式典②
「会場への道がわからなくなってしまったんだけど、どっちへ行けばいいかな?」
「会場でしたら、あちらです」
パーシヴァルは、私がヴィンセント殿下のお城にいた「リア」だとは、まだ気づいていない様子だった。
私はすかさず、彼の背後の廊下を指さす。
「助かったよ。僕、方向音痴でね。知らない場所に来ると、いつも道に迷ってしまうんだ」
「そうでしたか。では、私はこれで」
早くこの場を切り上げようと、私はさっさと踵を返した。
けれど、彼はまだ私に何か用があるらしい。
「――待って」
「ほかにも、何か……?」
私は恐る恐る振り返る。
すると、彼の視線が、うつむきがちなメイドキャップの下の私の顔に注がれていることに気がついた。心臓がドキリと跳ねたけれど、私は平静を装う。
「なんだか君、どこかで見たことがある気がするんだよね。前に、どこかで会ったかな」
「さ、さあ。存じ上げませんが……」
「そうかな。でも、どこかで見覚えが……。君、新人さん? ほかのお屋敷に勤めていたことはない?」
そう言って、パーシヴァルはずいっと私のほうへにじり寄ってきた。
私は冷や汗をにじませながら、一歩後ずさる。
(まずいわ……ここでヴィンセント殿下のお城にいたメイドだとばれたら、後々面倒なことになる気がする。というか、この至近距離で顔をじろじろ見られていること自体が、そもそもまずい……)
突然現れた厄介な人物に、私が内心うろたえていた――その時だった。
「パーシヴァル。また、こんなところで道に迷っていたのか」
「ああ、ヴィンセント殿下」
思わず顔を上げれば、廊下の奥に立っていたのは、見覚えのある白銀の髪と、澄んだ青い瞳だった。
「会場は逆方向だ。なぜ屋敷の中をさまよっているんだ」
「ちょうどいいところにいらっしゃいました。実は、道に迷ってしまいまして」
パーシヴァルは振り返ると、頭を掻きながらヴィンセント殿下のほうへ駆け寄っていく。
殿下は、そうしてパーシヴァルの気を私からそらしてくれたように見えた。
「まったく、お前は本当に方向音痴だな。先に外へ戻っていてくれ。私はしばらく中で休んでいく。外の連中の相手をするのに疲れた」
「ああ、確かに。殿下は本当に久しぶりに公の場にお出ましですからね。先ほどから、ひっきりなしに要人の方々やご令嬢方に取り囲まれて、大人気でしたもの」
「久しぶりに大勢を相手にして、気疲れしたよ」
「そうでしょうとも。では、私もお付き添いします」
そう言って、パーシヴァルは一度は外へ向かいかけたのに、再び殿下のそばに留まろうとした。
それを、ヴィンセント殿下はぴしゃりとはねつける。
「いや、お前は会場に戻って、私の代わりに招待客たちの相手をしておいてくれ」
「ええっ、私に殿下の代わりなんて務まりませんよ」
「適当にあしらっておけばいいから。では、頼んだよ」
そう言って、ヴィンセント殿下はパーシヴァルを半ば強引に外へ追い出した。
彼の姿が見えなくなると、殿下はようやくほっと息をついて、こちらを振り返った。
「まったく、あいつはいつも間の悪い時に現れる……」
「殿下、いらしてくださったのですね」
私はヴィンセント殿下に駆け寄った。
実は、殿下がこの祝宴に出席することは、少し前に招待客の名簿で知っていた。けれど、殿下がここへ来る目的までは知らされていない。単に来賓の一人として招かれただけなのか、それとも私の様子を見に来てくれたのか、定かではなかった。
だから、会場で言葉を交わせるとは正直期待していなかったのだけれど、こうして会うことができてよかった。
「君の手紙を読んで、心配になってね。様子を見に来てみたんだ」
「私のほうは大丈夫です。殿下もお変わりないようで、安心いたしました」
久しぶりに殿下の顔を見て、私は思わず顔をほころばせた。
ここでの暮らしは、正直、快適とは言いがたい。超絶激務なブラック職場だけれど。それでも、殿下の綺麗な顔を見ただけで、日頃の疲れやストレスが半分くらいは吹き飛んだ気がする。
「それに、ちょうど殿下にお伝えしたいことがいくつかあるのです」
私は早速、手紙には書ききれなかった調査の進捗と、これから忍び込もうとしている地下室のことを、殿下に伝えた。
「……地下室?」
「はい。ここへ来てから、屋敷の中はあらかた調べました。シャーロットの私室にも、リース子爵夫妻のお部屋にも、目立った手がかりはありません。残るは、この奥にある、鍵のかかった地下室だけなんです」
「確かに、一度調べてみる必要はありそうだね。君の手紙にあったとおり、リース子爵やシャーロット嬢が何か事情を知っているのなら、手がかりが残されているかもしれない」
「はい」
「私も一緒に行こう。さっきパーシヴァルに、しばらく中で休んでいくと伝えたから、当分は誰も私を探しに来ないだろう。それに、君一人では心配だ」
ヴィンセント殿下はそう言って、澄んだ青い瞳で私を見下ろした。
「ありがとうございます」
その瞳に見つめられていると、なぜだかとても心強く思える。
あたりに人がいないことを確かめ、誰にも見られないよう細心の注意を払いながら、私たちは扉の前までやってきた。
そして、手に入れておいた鍵を使って、地下室の扉を開いた。




