シャーロットのお屋敷へ潜入調査②
ここへ来て、一つだけわかったことがある。
この職場はブラックだ。それも、相当な漆黒の職場である。
最初に異変に気づいたのは、勤め始めた初日の深夜だった。
「――明日のランスロット様との昼食会が楽しみすぎて眠れないの。気分転換にお風呂に入りたいから、今すぐ用意して」
「えっ……。い、今からですか?」
私は困惑した。
この世界のお風呂は、現代のものとはまるで違う。蛇口をひねれば勝手にお湯が出てくる、なんて代物ではないのだ。別室で沸かしたお湯を何往復もして運び、ちょうどいい湯加減に調えてバスタブに張らなければならない。
「ですが……ご用意には、かなりお時間がかかります。今からですと、夜更けをとうに過ぎてしまいますよ」
「なんですって? あなた、私に口答えするつもり?」
シャーロットは、頭ごなしに私を怒鳴りつけた。こうして深夜に気まぐれで使用人を叩き起こしては、無理難題を押しつけてくることが多々あった。
後になってわかったことだけれど、初日のあの感じの悪い対面から今に至るまで、シャーロットが使用人の前で機嫌よくしていたことなど、一度もなかった。
シャーロットは、使用人を足蹴にするように、まるでパワハラのごとくこき使う。
「――これ、明日までに全部洗濯して、アイロンをかけておいて」
(えっ……もう深夜なのに、明日まで、とは?)
「――明日は、ランスロット様との晩餐会なの。王妃様もお見えになるから、お気に入りのアクセサリーを全部ピカピカに磨いておいて」
「――遅くまで出かけていたからお腹がすいちゃったわ。今からプディングを焼いて」
などなど。ほとんど二十四時間体制で、過酷な業務が押しつけられていく。
(シンデレラですか……)
と、私は嘆いた。
確かに、ランスロット殿下の婚約者への内定を控えて、シャーロットが忙しいのはわかる。けれど、それにしたって予定を詰め込みすぎなのでは、と心配になるほどだった。
何しろ彼女は、出かけるたびに、必要以上に着飾ることに余念がないのだ。
かつて社交界で、シャーロットが周りの令嬢たちから煙たがられていた理由が、なんとなくわかった気がした。
この日も私は、くたくたになって使用人の控室に戻ってきた。
すると、中で休憩していたほかのメイドたちから、憐れみの目を向けられる。
「毎日大変ね……」
「お嬢様はああやって使用人をこき使うから、ここ数か月で、お嬢様付きのメイドがもう三人も辞めてしまったのよ」
「シャーロットお嬢様って、昔からあんなふうに我が儘だったんですか」
私は半ばうんざりしながら尋ねた。
社交界では愛嬌のある花形の彼女が、家では使用人をこんなに粗末に扱っているなんて。
(人としてどうなの……?)
私の中で、彼女への信用はガタ落ちだ。
先輩メイドたちはそれを聞いて顔を見合わせると、こちらに生暖かい目を向けてきた。
「お嬢様は昔からああですよ」
「旦那様と奥様が甘やかすから」
「そうそう。ランスロット殿下と親しくなられてからは、横暴ぶりにも拍車がかかって。近頃はもう手がつけられないんだから」
私はゾッとして、ため息をついた。
こんなパワハラ職場にいつまでもいたら、こっちがおかしくなりそうだ。いっそシャーロットにキレて屋敷を飛び出してしまおうか――という誘惑が何度も頭をよぎったけれど、なんとか思いとどまった。
そして実際、この潜入によって、私はのちに、自分でも期待していた以上の手がかりをつかむことになる。
***
それは、屋敷に潜り込んで一週間が経った頃のことだった。
その日は久しぶりに、リース子爵夫妻とシャーロットの親子三人が、屋敷にそろい踏みとなった。
シャーロットの父であるリース子爵は、近々侯爵の位を授かる予定だ。そのため、このところは屋敷を留守にして、新しい所領や、侯爵として受け継ぐ財産の整理を進めていた。
「ねえ、お父様。新しい所領の様子はいかがでした?」
シャーロットは、いつもの猫なで声で尋ねた。
これも後でわかったことだけれど、シャーロットは使用人以外――家族や社交界の友人たちには、一貫して愛想がいい。だからリース子爵夫妻も、彼女を本当に愛らしい自慢の娘として扱っていた。
(……彼女の裏の顔を知っているのは、使用人だけということね)
そんなシャーロットのあざとさに辟易しながらも、私はなんとかそれを顔に出さないようにして、晩餐の給仕を続ける。
すると、彼女はこんなことを言い出した。
「ねえ、お父様。侯爵の位をいただいたら、所領も財産も、たくさん受け継ぐことができるのよね。そうしたら、もっともっと豊かな暮らしができるようになるのね」
「ああ、そうだよ。これも、お前がランスロット殿下のお心を射止めてくれたおかげだ」
父親にもてはやされて、シャーロットは得意げに微笑む。
「私ね、また新しいドレスを仕立てたいと思っていたところなの。近々ランスロット様と競馬を観戦することになっているから、それ用の装いを整えなければならないのよ」
「新しいドレス? しかし、お前はもうたくさん持っているだろう」
「ほかのご令嬢方に比べれば、まだまだよ。これじゃあランスロット様の婚約者として見劣りしてしまうわ。殿下には、私だけを見つめていていただかないといけないのに。それに、ランスロット様はこのところ、あの暗殺未遂事件のせいでお忙しくて。以前のようにお相手してくださらないのよ」
シャーロットの口から事件のことが出てきたので、私はすかさず聞き耳を立てた。




