次なる調査へ向けて②
お城に戻ってから数日、私はこれまでの状況をふまえて、あることを決心していた。
それを伝えるため、日中の仕事を片付けたあとで、ヴィンセント殿下の執務室を訪ねる。
扉を開けると、殿下は執務机で書類に目を通しているところだった。
私が入っていくと、殿下は顔を上げて、澄んだ青い瞳を見開いた。
「リア、どうしたんだい?」
「実は、先日お話しいただいた事件のことで、ご相談があるのです」
私がただならぬ雰囲気で入ってきたのを見て、ヴィンセント殿下の目がきらりと光る。
殿下は、向かいの椅子を私に勧めてくれた。
「私が嫌疑をかけられている事件、そして旦那様が追っている十五年前の事件。二つの事件の手がかりを探るため、私はある場所へ潜入したいのです」
「潜入? 一体どこへ?」
ヴィンセント殿下は驚いていたけれど、私はなおも冷静に続ける。
「旦那様からお話を伺ったあと、念のため、アルバスを通じて家族にも事件のことを確かめました。家族を信じるならば、アーチャー家の者は事件に関わっていません。となると、まず疑うべきはシャーロットと、リース子爵家です。彼女もまた、ワインに毒を仕込むことができた一人ですから」
「確かに、それはそうだが」
「王室近衛騎士団やランスロット殿下は、私の犯行だと決めつけて疑っていないようですが、私は納得できません。だから、私自身の手で、シャーロットの周辺を調べたいのです」
そう言って、私は新聞の切り抜きをヴィンセント殿下の前に差し出した。
「この求人広告にあるとおり、王都のリース子爵邸では、最近新しい使用人を募集しているようなのです。これを見つけて、いても立ってもいられなくなりました。
旦那様、僭越ながら、しばらくお暇をいただけないでしょうか。私は使用人として、シャーロットの住むリース子爵邸に潜入するつもりです」
「駄目だ。さすがに危険すぎる。王都は君にとって一番危険な場所だろう。第一、君はシャーロット嬢と面識があるんだろう? 彼女の前に出ていけば、すぐにコーネリアだとばれてしまうんじゃないか」
ヴィンセント殿下は当然反対したけれど、私は引かなかった。
「それについては、心配いりません。ほら、こうして髪色を変えただけでも、かなり印象が違うでしょう? 社交界に出る時は、濃いお化粧に派手なドレスで着飾っていましたから。使用人の身なりをした飾り気のない私を見ても、彼女は気づかないと思うんです」
そう言って、私は殿下の前でくるりと回ってみせる。
社交界に出入りしていた頃は、素顔からほとんど別人のように着飾っていた。
私の素顔を知っている家族や身内なら気づくかもしれないけれど、シャーロットとはそこまで親しい間柄でもない。社交界で顔を合わせる程度で、私的に会ったことは一度もなかった。
何より、こんな質素な使用人姿の私が、まさかあのコーネリアだとは夢にも思わないだろう。
「念のため、薄く色の入った眼鏡をかけて、目立つ瞳の色もごまかします。頬にそばかすを描いて、顔色も悪く見せておきますわ。十分に用心しますので、ご心配なさらないでください」
「し、しかし……」
ヴィンセント殿下は、なおも顔をしかめている。
「これは、事件の手がかりをつかむために必要なことなのです。このまま待っていても、事態が好転するとは思えません。ランスロット殿下はシャーロットを微塵も疑っていないし、王室近衛騎士団もあてにはできない。となれば、自分で調べに行くしかありません。それに、これは旦那様の追っている事件の手がかりにもなるかもしれないのです」
「私の事件の?」
「はい。旦那様は、今回の事件は十五年前の事件と関わりがあるとおっしゃいましたよね。アルバスの話では、シャーロットの母君であるリース子爵夫人は、先の王妃様の侍女で、あの茶会の場にも控えていたそうなのです。その後は、今の王妃様にお仕えしているとか」
「……ああ、そのことか。確かに、リース子爵夫人が事件の関係者であることは私も把握している」
ヴィンセント殿下の表情が、わずかにこわばった。
「何か手がかりがつかめるかもしれません。私も、旦那様にここで匿っていただいた恩義がありますし、お力になりたいのです」
「リア……」
「それに、ここで使用人として働いた経験が生かせます。あの屋敷に潜り込むことができれば、中を自由に調べられます」
ここで働いたおかげで、私は使用人としての仕事をひととおり身につけた。それに、ヴィンセント殿下のお城に勤めていたという経歴があれば、向こうも私の腕を見込んで採用してくれやすくなるはずだ。
意気揚々としている私をよそに、ヴィンセント殿下はいまだに納得しかねている様子だった。
***
結局、最後に折れたのは殿下のほうだった。
数日後、私はお城の使用人たちに、急な用事ができて数週間お暇をいただくことを報告して回っていた。
「リア、あなたがいないと寂しくなるわ。料理をつまみ食いする仲間がいなくなっちゃうじゃない」
「少しの間いなくなるだけだから、心配しないで。用事が済んだら、また戻ってくるから」
リース子爵邸に長居するつもりはない。勤めが長引けば、ぼろが出ないとも限らないからだ。
そもそも、潜入したところで何の手がかりもつかめない可能性だってある。リース子爵家が事件に関わっているという確証もない。何も出てこなければ、諦めて別の調査に移るつもりだった。
「早めに用事を済ませて、戻っていらっしゃい。このお城は、いつだって人手が足りないんですから」
メイド長のマーサも、そう言って私をねぎらってくれた。
最後に私は、険しい顔でこちらの様子を窺っているヴィンセント殿下に向き直った。
「旦那様、しばらくお暇をいただくことをお許しいただき、ありがとうございます」
「くれぐれも気をつけて。少しでも危険を感じたら、すぐに切り上げて帰っておいで」
「はい。用事が済んだら、すぐに戻ってまいります。ご心配なさらないでください」
そう言ったものの、ヴィンセント殿下は、まるで私を戦地へ送り出すかのように、心配そうに私の顔を覗き込む。肩にそっと手を置かれ、あの澄んだ青い瞳で見つめられて、私は思わず顔が熱くなってしまった。
「では、皆さん。行ってまいります」
そう言って、私はお城を後にした。




