おとぎ話の悪役令嬢に転生しました
「お嬢様、本日は宮廷にて、春の園遊会が開催されます」
転生してから間もないある日、私はアルバスからそう知らされて、国王陛下主催の園遊会に招かれることになった。
朝早くから使用人たちに取り囲まれて、慣れないコルセットで締め上げたドレスを着せられ、髪を結い上げられて馬車に乗り込む。
この日、私は豪華な臙脂色のドレスに身を包んでいた。淡い珊瑚色の髪は結い上げられて、首元には、金と真珠の首飾りをつけてある。着せ替え人形みたいにおめかしをさせられるのにはうんざりしたけれど、完成して鏡の前の自分の姿を見たときには、自分事ながら思わず見惚れてしまったことは否めない。
家の紋章付きの豪華な馬車の窓から外を覗くと、街灯の立ち並ぶ、舗装された赤いレンガの大通りの先に、見事な白亜のお城が見えてきた。
馬車は王城の広大な庭を横切り、暫く進んでから、お城の別邸前の車寄せに停車した。
周囲には、既にたくさんの馬車が停まっていて、そこから美しく着飾った令嬢達が次々に降り立っていくのが見える。
ドレスの裾を踏みつけないように馬車を降りると、周囲の令嬢たちが私の姿に気づいて近寄ってきた。
「コーネリア様、御機嫌よう」
「今日もお麗しいですわ」
「なんて豪華なドレスでしょう。流石はアーチャー公爵家のご令嬢ですわね」
「そ、そう……? どうもありがとう」
周囲の貴族たちは、私を取り囲んで口々に賛辞の言葉を投げかけてくる。未だコーネリアとしての生活に慣れていなかった私は、それを受けてタジタジしてしまった。
どうやら、アーチャー家は国内でも有数の大貴族であるらしかった。今日身につけているドレスや装飾品たちも、他の貴族令嬢達と比べると、確かに幾分か豪華に見える。そんなコーネリアを、周囲ももてはやしているようだった。
取り巻きみたいな令嬢達に囲まれながら、私は王宮の別邸へと入っていった。
中に入ると、そこは天井一面に絵画が施され、噴水みたいに雫がきらめく大きなシャンデリアの吊るされた、豪華絢爛な広間だった。広間には大勢の貴族たちがごった返していた。
今日は国王陛下主催の春の園遊会である。側近や周辺貴族達が国王陛下と顔を合わせ、近況を報告し合ったり、情報収集をしたりする場でもあるらしい。
昨今、令嬢たちの間では、国王陛下の第二王子でありながら、次期国王として最も期待を集めているランスロット様の話題で持ちきりなようだった。
広間で他の貴族達がランスロット様の噂話に花を咲かせているのを聞き流していると。高らかな喇叭の音とともに、ランスロット殿下が会場に姿を現した。
「きゃー、ランスロット様よ」
「今日もお美しいわ……」
「あら? 殿下の隣にいらっしゃる方って、もしかして」
貴族たちが小さく歓声を上げる中、私はある異変に気がついた。なんと、ランスロット殿下は傍らに見知らぬ女性を連れて会場に現れたのだ。
それを見た令嬢の一人が、声を上げる。
「あれは、リース子爵家の令嬢、シャーロットではなくて?」
「ええっ? 下級貴族のシャーロットが、どうしてランスロット様の隣に?」
令嬢達は不信感をあらわにして顔を見合わせていた。確かに、ランスロット様はまるで愛しい恋人を伴っているように、ピッタリとシャーロットに寄り添って歩いている。連れ立っているシャーロット自身も、まんざらではない様子で頬を赤らめていた。
(確かに、ランスロット様はどうやら、このシャーロットという娘に熱を上げているようね)
遠巻きに眺めている私にも、それは明らかだった。
すると、見かねた令嬢の一人が声を上げる。
「コーネリア様、よろしいのですか?」
「そうですわ、あのような下級貴族の娘がランスロット様の隣にいるなんて許せません。
ランスロット様もランスロット様ですわ。少し前まではコーネリア様に言い寄っていらしたのに」
(えっ……そうなの? 私が、ランスロット様と?)
私は声に出さないように目を見開いた。転生した別人であることがバレないよう、なんとなく成り行きに身を任せてはいたが、コーネリアがランスロット様と何某かの関係にあったというのは初耳だった。
「そ、そうね。でも、よろしいのではなくて。今日はたまたまかもしれないわ」
私はそれとなく口調を合わせた。
「ええー。コーネリア様、このまま黙ってシャーロットの好きにさせてよいのですか」
「そうですわ、きっとシャーロットがランスロット様を誘惑したに違いありません」
「下級貴族のくせに。コーネリア様、バシッと言って分からせてあげてください」
(ええ……そんなこと言われても)
私は困ってしまった。この場で大貴族としての威厳とプライドをちらつかせて、彼女を脅してみろとでも言うのだろうか。――どうやってやり過ごそうかと考えているときに、私は気がついた。
(……もしかして、これは小説に出てくるような、虐げられヒロインと悪役令嬢の構図なのでは?)
確かに、眼の前にいるシャーロットという少女は、下級貴族の娘でありながら王子の寵愛を受けている。そして、私はというと、大貴族の娘でありながら王子を取られて妬んでいる。よくある恋愛ものの王道ストーリーだ。
(となると、このまま彼女たちに言われるがまま、シャーロットに喧嘩を売ってはいけないような気がする……)
私の知る王道ストーリーでは、嫉妬に狂った悪役令嬢は、ヒロインの恋路を妨害するが、やがて度が過ぎて、最終的にはヒロインまたは王子に断罪されて破滅する。もし、この世界でも同じようなことが起こり得るのであれば、未然にそれを回避しなければ。
私は小さく息を吸うと、周囲にいた令嬢たちをたしなめるようにこう言った。
「いいえ、わたくしはそのようなことはいたしませんわ。ランスロット様が誰といらっしゃろうが、わたくしには関係のないこと。興味もありませんわ」
「ええっ……コーネリア様、本気ですか」
「シャーロットの良いようにさせてしまってよいのですか?」
「関係ありません。では、わたくしはこれで」
華麗に悪役回避ムーブを決めた後、私は令嬢たちに別れを告げて、颯爽と会場を後にした。
後で聞いた話だけれど、この私の行動は、社交界でも物議を醸したらしい。
アーチャー公爵家の令嬢たるコーネリアは、いずれランスロット殿下の妃となることを、周囲から半ば当然のように期待されていた。その上、いつもは社交界で幅を利かせていたはずの彼女が、ぽっと出の下級貴族シャーロットを放っておくなんて――そんな声が、あちこちで囁かれたそうだ。
令嬢達は、シャーロットとランスロット様を放っておいた私に対して、最初こそあれこれとまくし立てていたが、次第に興味をなくしたかのように、私の前から去っていった。
そんなわけで、私は社交界とも適度な距離を置きながら、異世界ライフを満喫していた。
破滅フラグは折った。あとは静かに暮らすだけ――そう思っていたのに。
でも、運命は私を放っておいてはくれなかったらしい。




