十五年前の事件詳細について②
「捜査は行き詰まり、結局、有力な手がかりはつかめなかった。しかし、王妃が殺された以上、疑いのかかった二人をそのまま放っておくわけにもいかない」
「それで、事件は最終的にどうなったのでしょうか」
思わず、私は口を挟んだ。
「レギアス公爵とアールズ伯爵家は、別の名目で罪に問われ、爵位を剥奪された上で国外追放となった。二人とも最後まで無実を訴えていたけれど、どうすることもできなかった」
「本当に、二人のうちどちらかが犯行を企てたのでしょうか」
私は恐る恐る尋ねる。
罷免された二人の境遇は、今の自分がおかれている状況と、重なるところがあると感じていた。
「わからない……。けれど、一つだけ確かなことがある。あの事件で、私は母上と、母上を支えていた有力な後ろ盾の両方を失った。父上が側妃を新たな王妃に立てたのは、母上の喪が明けて間もなくのことだった」
(――まるで、示し合わせたようだ)と私自身、そう思わずにはいられなかった。
「それからというもの、宮廷での私の立場は弱まっていった。新しい王妃は有力な貴族たちを次々と味方につけて、自らの周りを固めた。それでも私は第一王子だから、はじめのうちは多少なりとも期待されていた。けれど、母上の死は、その後私の身に降りかかることの、始まりに過ぎなかったんだ」
ヴィンセント殿下は一息つくと、紅茶のカップを口に運んだ。
カップはすでに空になっていたので、私はポットからお代わりを注ぐ。
「母上が亡くなってから、私は宮廷で体調を崩すことが増えた。最初は、母上を失った心労のせいだと思われていた。けれど、しばらくすると、私の周りで不審な出来事が相次いで起こるようになった。どれも、私の体質に関わるものだ」
「それは……昨日倒れられた、ピーナッツを受け付けない体質のことですね」
「そう。もともと、口にするものにさえ気をつけていれば、そうそう発作が起きるものではなかった。王宮の料理人たちも私の体質を心得ていて、食事には細心の注意を払ってくれていたからね。それなのに、母上が亡くなってからというもの、どういうわけか発作を起こすことが増えたんだ」
「まさか、旦那様のお命まで……?」
「原因ははっきりとはわからない。けれど、私が寝込むたびに、周囲は私ではなく、ランスロットに次期国王としての期待を寄せるようになっていった。気づいた頃には、宮廷に私の味方はいないも同然だった。私は身の危険を感じて、療養という名目でこの城に落ち延びたんだ」
「そうだったのですね……」
私はうなずいた。
ここまで聞くと、社交界で耳にしていた「病弱な第一王子」の噂とも重なってくる。
殿下が「この地に縛られている」と言っていたのには、やはり理由があったのだ。
話し終えて殿下が息をついている間、私は自分の身に起こった事件と照らし合わせて考えてみた。
(十五年前も、今回も、毒は翌朝には消えていた。ということは……)
もし、あの毒がせいぜい半日ほどしか効き目を保てないのだとしたら。
レギアス公爵の農園で仕込まれた毒が、王宮の茶会まで効き目を保っていたとは考えにくい。それは今回のワインも同じだ。南部の領地から何日もかけて運んできたワインに、屋敷で毒を仕込んだとは思えない。
毒は、どちらも口にされる直前に、誰かの手で仕込まれたのではないか。
もっとも、それを証明するには、毒の正体を突き止めるほかないのだけれど。
「前回は、疑いのかかった二人が罪に問われました。けれど今回は、私一人だけが一方的に指名手配されています」
状況だけ見れば、ワインを国王陛下に勧めたシャーロットをはじめ、疑わしい人物は挙げればきりがない。それなのに、王宮は端から私が犯人だと決めつけていた。
「シャーロット嬢の後ろにはランスロットがついている。ランスロットは、病床に臥せっている父上に代わって、近頃は政治の実権を握っている。自分の婚約者が暗殺を企てたなんて考えるはずがないし、状況を覆すのは難しいだろうね」
ヴィンセント殿下は肩を落とした。
十五年前の事件で、捜査が行き詰まる苦しさを、殿下自身が誰よりもよく知っている。だからこそ、たとえ私が無実だったとしても、それを証明するのは難しいと考えているのだろう。その表情は暗い。
「だとしても、このまま無実の罪を着せられて、おめおめと逃げ続けるわけにはいきません」
「――しかし、どうするつもりなんだい。今言ったように、毒の正体がつかめないままでは、真相にたどり着くのは困難だ」
ヴィンセント殿下はたしなめたけれど、私は引かなかった。
以前から、何かにつけて考えていたことではあった。自分はこのまま殿下のご厚意に甘えて、ここに潜伏し続けていていいのだろうか、と。
アルバスは、お父様に現状を報告すると言っていた。お父様たちも、きっと私の無実を晴らそうと動いてくれているはずだ。けれど、あれから音沙汰はないし、これまでに聞いた状況からすると、事態は芳しくない。誰かが助けてくれるのを、ただ待っているだけでは駄目な気がした。
「旦那様のおっしゃるとおり、この事件は毒がすべての鍵を握っている気がします。どんな毒が使われたのか、それがどこから持ち込まれ、誰がいつ混入させたのか。それさえわかれば、おのずと私が犯人でないことも明らかになるはずです」
言いながら、私は立ち上がる。
そうと決まれば、ぐずぐずしてはいられない。この事件は、ヴィンセント殿下の人生を狂わせた十五年前の事件ともつながっている可能性がある。私が今回の事件の真相をつかめれば、殿下が追い続けている十五年前の事件の真相にも迫れるはずだ。
(殿下には、ここに匿ってもらっている恩義もあるし。殿下のためにもなるのなら、労を惜しんではいられないわ)
ところが、一礼して部屋を後にしようとした時、不意にヴィンセント殿下が私の肩をつかんで引き留めた。そのまま、私を自分のほうへ向き直らせる。
「――本当に、君を信じていいのだろうか」
私を見下ろすその眼差しには、葛藤の色が浮かんでいた。
殿下にしてみれば、私が事件の犯人ではないという保証はどこにもない。私が疑うべき相手であることに、変わりはないのだ。
さらさらとした白銀の髪が揺れる。澄んだ青い瞳が細められ、私をじっと見下ろしている。肩に置かれた両手は熱を帯びていて、二人の距離がいっそう近く感じられた。心臓が早鐘を打つように高鳴ったけれど、私は殿下を安心させたくて、精一杯の笑みを向けた。
「大丈夫です。私を信じてください。きっと、旦那様の事件も、今回の事件も、解決してみせますから」
笑顔でそう告げると、殿下は私の肩に置いていた指先を、頬へとするりと滑らせた。
そうして、本人も気づいていないような、かすかな微笑みを返してくれた。




