海鮮グルメ回2 海鮮おかゆ
「さて。それで、あなたが大事そうに持ち帰ってきたこのお米だけど」
翌日、ソフィアと一緒に調理場へ入ると、そこには大きな麻袋がどんと置かれていた。
中には、私があのお店のご主人に頼んで分けてもらった精米済みのお米が、袋いっぱいに詰め込まれている。
「ああ、そういえばすっかり忘れていたわ」
帰りがけにヴィンセント殿下が倒れてしまったので、それどころではなかったけれど。私は昨日、パエリアのお店のご主人に頼み込んで、ちゃっかりお米を調達してきていたのだ。
「少し」のつもりが、私の熱意に気をよくしたご主人が、思いのほかたくさん持たせてくれたのである。
「どうするつもり? 私はこのあたりの出身じゃないから、お米の食べ方なんてわからないわよ。料理長も、パエリアにするくらいしか使い道がないってぼやいていたし」
「まずはパエリアにすれば問題ないわ」
私は呑気に答えた。
「まずは? それにしたって、これだけあったら食べきれないんじゃない?」
テーブルの上には、まるで米俵のような巨大な麻袋が横たわっている。
ソフィアと料理長は、それを怪訝そうに眺めていた。
「もう、ソフィアは心配性ね。余ったら私が全部食べるから心配しないで。……でも、みんなには日頃お世話になっているし、独り占めなんてしないわよ」
主食が白米の国から転生してきた私に、米を余らせるという発想はない。
ソフィアがあっけにとられている横で、私はひとり米俵を眺めて、うっとりと微笑んだ。
「まずは、試しにこのお米を炊いてみるわ。炊飯器なしで炊くのは久しぶりだから、うまくいくといいけど」
私は早速、麻袋からお米をボウルに取り分けると、水を張って米を研ぎ始めた。何度か水を替えて研いでいくうちに、白く濁っていたとぎ汁は次第に澄んでいく。
(やっぱり、向こうで食べていたお米とは少し違うみたいね)
私はボウルの中を覗き込んだ。
米粒は、馴染みのあるふっくらと丸みを帯びたものではなく、少し細長い。けれど、タイ米のようなパラパラの長粒米というほどでもない。
カップ二杯のお米に対して、三杯ほどの水を加え、鍋に移して蓋をし、火にかける。中火で熱して、沸騰したら火を弱めて十分ほど。火を止めたら、さらに十分ほど蒸らす。
これが、前世で覚えた、鍋でご飯を炊く方法だった。炊飯器が壊れてしまった時、私は何度かこの方法にお世話になったのだ。
火加減と蒸らし時間の調整が難しくて苦戦したけれど、この方法なら炊飯器がなくてもお米が炊けることはわかっている。
鍋の様子を窺いながら慎重に火加減を調整していくと、次第に懐かしい白米の匂いがあたりに漂い始めた。
「あら、なんだかいい匂いね」
私が謎の調理を繰り広げる中、隣でその様子を窺っていたソフィアが鼻をひくつかせる。
同席していた料理長は、怪訝そうにつぶやいた。
「一体、リアは何をしているんだ。水で米を蒸しているのか?」
「これは、米を炊いているんです」
「炊く?」
「はい。この地域のことはよく知りませんが、私の知る限り、お米はこうして炊いて食べるものでしたよ」
言いながら、私は鍋の蓋を取って炊き具合を確かめる。
真っ白な湯気がふわりと立ちのぼったあと、鍋の中につやつやのお米が姿を現した。
(ふふ……ついにやったわ)
私は内心でガッツポーズをした。
これで、私が探し求めていた食材の二つ目が手に入った。
先日のタコの一件で、この地方では私もよく知る海産物が豊富に獲れることがわかった。
前世を懐かしむうちに、こうなってくると次は白米が欲しくなってしまっていたところだったのだ。
まさか、それが現実のものになるなんて。
私はほくそ笑みながら、うっきうきで、炊きあがったお米をお皿に盛りつけた。
***
夜になって、私はヴィンセント殿下に夕食を届ける係を任されていた。
「旦那様は容体こそ落ち着かれたけれど、まだご気分がすぐれないそうなの。お夕食は、何かお体に優しいものをお持ちしてちょうだい」
夕方ごろ、メイド長のマーサが調理場にやってきて、そう告げた。
「承知しました」
料理長が答える横で、調理場で白米を堪能していた私たちは、思わず顔を見合わせる。
「――ところであなたたち、こんなところで何をしているの?」
「……えっと、これは料理長の新作のお料理の試食です」
ソフィアは慌てて立ち上がり、さりげなく料理をマーサの視界から隠して、サボっていたことをごまかした。私も慌てて口添えする。
「そ、そうなんです。料理長がぜひ味を見てほしいとおっしゃるので、試していたんです」
「――まったく。あまりサボってばかりいないで、早く仕事に戻ってくださいね」
「かしこまりました」
マーサが調理場を後にすると、私たちはほっと胸をなでおろした。
「お夕食の用意ですって。どうするの? 旦那様のお体のこともあるし、お部屋で召し上がるなら、あまり豪勢なものはお出しできないわよ」
「そうだな。いつもなら軽めのスープなどを用意するところだが」
言いながら、料理長はテーブルの上に残っている料理に目を向ける。
「ちょうどいい。さっきリアが考えたこの料理をお出ししてはどうだろう」
「ええっ、これをですか」
私は思わず声を上げた。
テーブルの上には、さっき炊いた白米のほかに、そのあと追加で作ったいくつかの料理が並んでいた。
料理長が指さしていたのは、そのうちの一品だ。
――話は数時間前にさかのぼる。
炊きあがったお米を料理長やソフィアと一緒に試食してみると、二人の反応は上々だった。
「うん、なんだかもちっとしていてふっくらで、なかなか美味しいじゃない」
「確かに。このあたりじゃ、米はパエリアのようにスープで炊き上げるのが一般的だが、こういう素朴な味も悪くない。料理の付け合わせにもよさそうだ」
料理長とソフィアは顔を見合わせながら、私が炊いた白米を堪能していた。
「でも、ちょっと味気ないのよね。なんだか、しょっぱいものが欲しくなるわ」
お米の魅力に気づき始めたソフィアは、ここで白米に合うおかずを要求してきた。
「じゃあ、これなんてどう?」
私が取り出したのは、朝方にお城へ届いたばかりの新鮮な白身魚だった。
それに塩を振って、網焼きにする。香ばしい匂いが立ちこめて、プリプリの白身魚の塩焼きが完成した。
「う……美味しすぎる……」
美味しいとわかってはいたけれど、一口食べて、私は思わず悶絶してしまった。
これぞ、私が忘れられなかった味。“焼き魚とご飯”という黄金コンビの誕生だ。この世界に来てしばらく経つけれど、それでもずっと恋い焦がれていた、“至高の和食”の味だった。
「確かに、塩の利いた魚料理と相性がいいようだ。米が進むな」
「本当ね。これならご飯がいくらでもいけそうだわ」
その後、私たち三人は白米に合うおかず探しですっかり盛り上がり、最終的に行き着いたのが――。
今、料理長が指さしている、この“海鮮おかゆ”だった。
これは、料理長が普段料理に使っている“魚介のブイヨン”で白米を煮込んだもの。
魚介のだしが利いたスープに白米が溶け込んで、それはもう絶品だった。
「確かに、ブイヨンで煮込んであるから優しい味だし、旦那様にも召し上がっていただきやすいかも」
「でも、お気に召していただけるでしょうか」
これは、この世界ではまったく馴染みのない料理のはずだ。
そもそも、ここではお米を食べる文化自体があまりない。
「大丈夫よ。私も初めて食べたけど、気に入ったもの」
「というより、昨日の騒ぎの後始末で今日も一日バタバタしていたからな。これ以外に、まともな料理は用意できていないんだ。
むしろ、これをお持ちするしかないな」
料理長はそう言うと、新しい米とブイヨンを使って、覚えたばかりの“海鮮おかゆ”を作り始めた。




