9.スクリーン
「何事にも順序があるでしょ?」
開かない本を目の前にしている私に、アヤカはそう問いかけた。まあ、確かに順序はある。と言うことは、私はまだこの本を開く段階にいないのだろうか。
「まずは表紙からだね」
「…でも、これは私には何なのかさっぱりわからないよ。ただの模様に見える」
アヤカ的には多分、表紙に書いてあるタイトルのようなものを読んでから。ということだと思うのだけれど、文字で書かれていない。私には何かおしゃれなデザインが施された表紙に見える。
「じゃあ、重さの話をしようか」
「重さ?」
そんなことをアヤカは言ってきた。
「その本、重さはある?」
「うん、少しだけだけど」
「じゃあ、僕を持ちあげてみて」
そう言われるとなんだか身構えてしまう。…私は手に持っていた本を机の上に置くと、アヤカの方に近づき、腕と思われる部分の下に手を入れて持ち上げた。
「…どう?」
「ないよ。やっぱりアヤカには重さはない。っていうか、そもそも持っているって感じとかが無いよ」
「でしょ?」
そう得意げに言われても…。とは思ったものの、アヤカ的には何かを私に伝えたいらしい。持ち上げていたアヤカを元の位置に戻すと、また彼の言葉が続いていく。
「ミカの輝きは重さを持ったことで実体化した。言い方をかえると、輝きは重さを付けなければ実体化しない。いつまでの空の産物、空想の有機物、それか、誰かの頭の中にあるだけ」
「だからミカ、キミの輝きはある力で重みを付けた」
「ある力?」
「そう、それがこの世界でいう所の植物の力。ミカの輝きの投影先。スクリーンみたいな感じ」
「スクリーン…」
プランターの土を使うことで、植物を育てるように力を借りた。とアヤカは言う。確かに植物は光合成をするけど、だから輝きを実体化するのに適しているのだろうか。
スクリーンは映写機が動き続ける限り、映像を映し出す。当然、とめてしまえば、その先に映し出されるものは何もなくなるわけで。
「そう、ミカの言う通り。だからほんの少し、僕はミカの力をかりることにした。ミカの持ち物である輝きに〝重み〟を付けられるのは本人だけ。そうすると、投影された輝きは重みを付けて実体化する」
「…私の力?」
「うん、ほら、思い出して。水をかけてってお願いしたじゃん」
アヤカはプランターに手を向ける。
「水をあげて欲しいって言ったのは、単に生長に必要だからっていうのもあったんだけど、それ以上に、ミカに重みを付けて欲しかったんだ」
水をあげることで、なにかしら関わることで、輝きを固定化する為にこの世界に有るモノを動かしていく必要があったらしい。
「そうするとこの本が出来上がる」
「重み…」
「そう、そしてその重みはミカの場合、銀と言う名前の物。そして銀は月の輝きから映し出される。だからほら、表紙に描かれている模様は銀色をしているでしょ?」
本の表紙。それが銀色をしているというのは、私の輝きに重みが付いたということの証だということ。そこまでは理解できなくとも、納得することは出来た。けれど、それでもその模様が一体何なのかはわからない。
「ここまで言えば、あとはミカ。何となく気づけるはずだよ」
「本当に?」
「うん」
私はテーブルの上に置いてあった煙草を手に取ると、箱から出して口に咥え、腕を組んだ。
アヤカの言う〝輝き〟というのは何なのだろうか。ということについて考えることに。
重みを付けなければ実体化しない。ということは多分きっと…そうだなぁ、形になっていないけれど存在するもの、実体感はないけれど、あるもの。
そして私の輝きはアヤカの助力を得て銀を纏った。アヤカと過ごしているから何となくわかっている。こういうのは頭で考えてもたどり着けない。
だから、目を閉じて、本のタイトル、模様に触れることにした。指先に意識を向けず、指先から伝わる感覚に神経を澄ましていく。
しばらくすると、どこか懐かしい感覚に包まれ始める。指先から風を感じる。…これは、今の私にとっての風じゃない。私がかつて〝経験したことの有る風〟のように感じた。
「なんだろう、この感じは」
目を開くと、アヤカは少し嬉しそうに笑っていた。




