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ベランダにドラゴンがはえて来た。改訂  作者: 松下一成
第1章 会いに来ました
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10.過去から

 その日の夜、いつもならスーパーの総菜とかで済ましている夕食を自分で何か作ろうと買い出しに出かけた。料理をするなんていつぶりだろうか。


 と思い出せないくらいにやってないわけだけど、別に料理は出来ないわけではない。多分、人並みには出来ると自分では思っている。


 料理を作りながら、私は銀の模様に触れた指先の感触を思い出していた。


「あの感じ…なんだったんだろう」


 模様に触れた時、消えてしまっていた記憶、経験というか、…何かを思い出しそうな感じになった。でも、アルバムを開く感じではない。思い出ではない、自分がやってきたことの何と言うか、そういうものの感じがした。


 完成した夕食を食べながら、アヤカを見て、考えていると彼がこちらにやってきた。


「もうあれが何なのか、ミカの中では見つかっているみたいだね」


「え?」


 あれからじっと考える私をアヤカは見つめてくれていた。それで私の独り言を聞いていたのだろう。彼の中で言葉のピースが合わさったらしい。


「…ミカの思う通り、この本にある模様はミカ自身が歩いて来た足跡。人生の足跡。だから模様は途切れていない。川の流れ、木の生長、葉脈みたいに繋がっている」


 …やっぱりそうなんだ。そんな感じはした。


「でも、何の模様なのかは、わからないでしょ?そう、分からない。どうして分からないのか。それはミカ、キミ自身がまだ自分の人生を見返していないから」


「キミの輝きを取り出し、実体化しても読み取ることは出来ない状態にある」


 アヤカが言うには私自身、過去の整理整頓のようなものが出来ていないから、あの感じ、あの模様が本の表紙に映し出されたという。けれど、これは特別私に限った話ではないらしい。


「他の人では歩いてきた道を見返すことは出来ない、出来るのは唯一自分だけ」


 アヤカは私に手を向けた。


「歩いて来た跡が銀色になった。輝きを持って人は道を歩くとしたとき、それに重みを付けなければ跡にならない。だから輝きは重みを付けると跡になる。前も言ったけど、ミカの場合は銀で重みを付けたから、その跡がこんな感じになった」


 私はアヤカにあることを聞く。


「…重みを付けるってことは、その、アヤカにとって大切なことなの?」


「ううん。僕じゃない。僕にとってはそうじゃない」


 すると彼は今まで私の部屋で読んでいた本を何冊か持ってくると、目の前に置いた。


「そう、理想を言えばミカ。この部屋にある本には作者が居る。それは誰かが書いたモノが置かれている。だから、彼らが生きていれば、ずっと生き続けていれば、ただ単に話を聞きに行けばいい。重みを付けることなく、そのままでいい。けど、いなくなるでしょ?いずれかは」


「だから、重みを付けて跡を残さないと誰も知ることが出来ない。…もちろんミカ自身の事も」


 アヤカが言うには重みを付けた輝きは、実際の輝き。その本人が放っていた輝きと少し差が出るという。まあこれも考えれば至極単純な話で、スクリーンの力が入っているから、実際の物との差は当然でてしまうわけで。そして何よりも、それによって起きる重要なことは。


「本を読んだ人、手にした人、その人だって同じじゃない。それぞれにスクリーンを持っている。それに、時代とか性別とかだってスクリーンになりえる」


「だから同じものを見たとしても、違う感想、解釈が出てくる」


 堰を切ったようにアヤカの言葉が流れていく。けれど、アヤカのこの言葉。最初に出会った時に聞いていたら、きっと理解できなかっただろう。今なら何となくわかる。それに私から彼に聞くこともできる。


「模様が全く読めないっていうことは分かったんだけど、…じゃあ開けないって言うのも同じこと?」


「そうだね」


 まとまっていないから、形にすらなっていないから、実体化はしているけれども読めない本。


「けど、大切なことがあってさ、それが何の形で実体化するかっていうのはこの〝世界〟つまり〝ミカの世界〟に任せるしかない。だから、本になることすら僕には予測出来なかった」


 もしかしたらスマホとか車とか。そういう別の形になっていたかもしれない。とアヤカは続けた。そして何より、私自身と何か関係の有る形になるように、必要だとわかるように、世界は私に対して呼応した。


 その実体化が本になった。とのことだった。


 ということは、考えると自分の過去を見直すこととか、まとめる事が出来たなら、この本の模様も理解することが出来るし、開くことも出来るのではないか。そう思った。


「…もちろん、それでその、まあ、ヒントと言うべきかなんというか。それが本の形になっていること。つまりミカにとって必要なのは、物語、ファンタジー…過去のお話。そういう物なんじゃないかな」


「私の過去の物語ってこと?」


「そう、それで最初に言った通り、僕と同じだから君は」


 だから、とアヤカは続けて言う。


「君の過去は、僕の過去でもある」


 私はその言葉を聞いた後、机の上にあった煙草を手に取った。

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