7.決まっていました。
あれから3日くらい経過し、私はいつものように朝を迎えると、カーテンを開けて、窓を開けた。すると、プランターに本がはえていた。なんだこれ、アヤカの時と同じだ。
けれど、あの時とは違って、「種みたいなものを植えた」と言うのを見ていたのもあるのか、「ああ、芽が出て生長したんだな」って感想が出てくる。
はえていたのは立派な紫色の本。表面が布地、そして文字は読めないけれど、銀色の何かでタイトルのようなものが描かれている。
古い本屋さんの、戸棚の奥の方にありそうな、いかにも高そうに見える本。
私はアヤカに確認も取らないまま、その本に手を伸ばし、プランターから取り出すと、軽くついていた土を払い、両手で持って、しっかりと見ることにした。
「おおー、なんか、すごいなこれ」
見た目のわりに重量感はない。というか重さをほとんど感じない。まるで綿みたいなものを持っているような感覚。けれど、アヤカとは違って何と言うか、物質感はある。
…本なのだから当然中身があるはずだ。と私はそう考え、開こうかと思ったのだけれど、種を植えたのはアヤカである。何となく、こういうのは種を植えた人に権利があるように感じたので、水浴びに行ってしまった彼の帰りを待つことにした。
10分後、アヤカが帰ってくると本の存在に気が付いたのか、私の方へやってきた。私は何も言わずに本をアヤカへ渡すと、彼はいつもの場所に帰らず、私に話しかけてきた。
「良かったよ、こっちでもこの力が使えたのは一安心」
「…この力って言うのは、その、本の種を作るみたいな?」
「うん、それ以外にも力はあるけど、僕の持っているのはこれ。出来るとわかっていても、少し緊張するよね」
彼の持っている力。それはこの部屋で過ごすことで、使えるようになったのだろう、彼が先に言っていた「準備」が完了したのか、それともこれ自体がまだ、「準備」なのだろうか。
「これ、読めないでしょ」
「うん」
見せられた本の表紙には銀の文字のようなもので、タイトルのようなものが描かれている。英語っぽくも無く、どこか絵画のような感じにも見える。私には読むことは出来ないのだけれど、もしかしたらアヤカには読めるのだろうか。
「これね、描いてある模様。これは、そうだな、自然にできた川とか、木の表面の模様みたいなのだと思ってくれればいいよ」
「…この本にしかない、唯一の形ってこと?」
「そう、…あそこに木がはえてるじゃん?」
そう言ってアヤカは窓に向かうと、お隣さんの庭にある何か、柿木だったかな。それに手を向けた。
「うん」
「ああいう植物の葉っぱって、1枚1枚、どれ1つとして同じ葉脈をした葉っぱは無いでしょ?それと同じ感じ」
なるほどね、つまりアヤカは、この本はこの世界にとって唯一無二のものである。ということを言いたいのだろうか。でも、ふとアヤカの話を聞いている時に思ったのが、川、木の表面の模様、葉脈。これらは自然の風景というか生業みたいなもの。
それはつまり、雨が降って川になる。とか、木や葉脈についてはそこまで詳しくないけれど、そういうなんというか流れの跡に出来るもの。だからそれ自体は、自然って枠で表現されているけど、何かがあって、その跡が模様のように見えるわけで。
と聞くと、それはそうだよ、とアヤカは答えてくれた。
「じゃあ、この銀の模様も何かの跡なわけ?」
「よく思い出して欲しい、その本の種を植えた時の事を」
そう言われて思いつくのは、アヤカが私の額に手を当てたこと。となると、この模様は私に関係あるのだろうか。…私としては何一つ思いつかない。
「それで、最も大切なのが」
アヤカは手をベランダへ向けた。
「ミカ自身が、プランターを用意して、土を入れ、そして水を入れたってこと」
「でも…それは私の気まぐれというか、なんというか」
そう、このプランターにはそこまでの意味は無い。ただ単に家にいる時間が増えて、何となくやることが無くなって、それで試しに「やってみるか」で買ってきただけの事である。
「でも、僕は気まぐれで来たわけじゃないよ?」
まあ、それはそうなのかもしれないけれど…。アヤカがここに居るというか、来たのは私にとっても偶然というか、アヤカにとって運が良かったというか…。
するとアヤカは銀の模様に手を当てて私を見た。
「起きた出来事…。起きた現象について偶然や運という言葉を出す。ということはそれすなわち、自分の事を外から見ているから」
「…外から?」
「そう、内から自分を見ていれば、そんな言葉は出てこない」
アヤカは私の目を真っ直ぐに見つめた後、本の模様に目をやった。私もそれに従うように、彼の言葉を聞きながら、銀の模様を見つめていた。




