6.自分
部屋に冷たい風が流れているように感じた。リンリンが読み上げたタイトルの物語。それはこの世界で唯一無二のモノ。私がリンリンに見せただけのもので、どこにも出してはいないもの。
物語を書くきっかけをくれたのはリンリンだった。彼女は絵を見せた時、私に感想を聞いて来た。友達ではあるけれど、同じ美術部員。だから作品に関して言えば、お互いに気を使うことなく、言葉を伝える関係。
私は見せてもらうと素直な感想を彼女へ届けていた。でも、ある時。私の言葉を聞いて彼女はあることを言ってきた。
「美花は…なんて言えばいいんだろう。世界の見方が別にあるみたいな感じがする」
「…それを知りたいな」
と、そう言われたもんだから、私はなぜかペンを持って思いついた物語を書いた。でも、特に理由があったわけではない。ただ、私は彼女に、
「こうやって私は世界を見てるんだよ」
ってことを伝えたかっただけなのだから。
リンリンは私の書いた物語を読むと「すごいね!」と言ってくれた。
…でも、どうして物語があの紫色の本に書かれていたのだろうか。確かにこれを見たら本を置いたのは私になる。
「…美花、覚えているかどうか分からないけど」
リンリンは私の方を見た。
「この物語は私の絵を見て、それで美花が書いてくれたんだよ。だから私はすごくうれしかったんだ。〝私の絵に物語が見えたんだ〟って」
そうだ、思い出した。リンリンの絵を見て、感じたこと。見えたことをそのまま物語に書き出した。…同じモノを見ていても、私が見えている世界を伝えたくて。
「私が描いてないモノを、美花は物語として書いてくれた」
リンリンはあの時、絵を描くことを選択した。出来る限りの時間を、明け暮れるまで絵を描くことに使っていた。
私は美術部だった時から、彼女の真摯な姿勢を見て、かっこいいって。素敵だなって…。自分も何かそういうモノがあったらいいなって…考えて。
彼女は私の方を見た。
「美花…どうして泣いてるの?」
私は気が付くと、大粒の涙を流していた。自分では全く意識していなくて、涙は机の上に。優しい目でリンリンは私を見つめてくれた。
そうか、そうだ。全てが繋がったんだ。ここで。
私はきっと、物語を書きたかったんだ。
リンリンがあの時、認めてくれたことに。私が受け取っていなかったんだ。そうか、そうだったんだ。
アヤカが私の部屋にやってきたことも、別の世界に行ったことも、自分で書いた物語をリンリンが手にして持ってきて…。
もう一度、私を訪ねて来たんだ。
何か言わなければ。と私はリンリンに向かって言葉を紡ごうとしたのだけれど、涙がとまらなくて…。
「…しばらく待ってるから、ほら、お茶でも飲んで」
彼女は自分に出されたお茶を私の方へ持ってきてくれた。
別の世界で私は銀のペンを持って、物語を書いていた。必要なモノは「世界の見方」。
でも、それはもう既に私の中に存在するモノ。
受け取って、認めていなかったのは何よりも私自身。だからきっと私は…リンリンやアヤカが〝認めてくれている〟ってことを知るために、そのために別の世界に行ったんだ。
だから、私は、私自身が気が付くように種を用意した。
その種を作るのだって、こっちと同じようにリンリンの絵がきっかけ。
「…わたし、なんていうかその…かっこわるいね」
「何が?」
リンリンは泣いている私を見て少し安心したのか、優しい笑顔になった。彼女にとって私の涙は言葉に成っていない。だから、伝えなければ。今度はしっかりと受け取ったことを。
「リンリン。私…物語が書きたいんだ。本当は」
そう言うと彼女は机の上に置かれた煙草を手に取った。
「知ってた。だから待ってた。私はいつの日か美香と一緒に、物語を紡ぐんだろうって」
「高校生の時からわかってた」
リンリンの目からも涙がこぼれ落ちそうになっていた。
気が付くのが遅いわけじゃない。気が付く為に必要な条件が揃うまで仕方のなかったことなんだ。
けれど、条件は揃った。新しい芽が出始めようとしているのを、私達は感じていた。




