5.思いはここに。
玄関先に立っていたのは私にとっての友人。高校の時に出会って、お互いに美術部で3年間を過ごした相手。リンリンだった。
「どうしたの…こんな時間に」
会うのは久しぶりだけど、リンリンの目元はあの日と同じ。作品に向かう真剣な目つきで私を見て来た。
何も言わないまま彼女は持っていたカバンを開けると、あるモノを取り出した。
「…それ、紫色の本」
リンリンは靴を脱ぐと、そのまま部屋へ向かって行った。「部屋にはアヤカが居る」とそう思った私は急いで玄関のドアを閉めると、鍵をかけて部屋に向かうことに。
彼女は何度かこの部屋に来たことがあるのだけれど、前回はいつだっただろうか。
紫色の本を机の上に置き、煙草の箱をポケットから取り出すと置いてあった座布団の上に座った。…どうやらリンリンにはアヤカの姿は見えていないらしい。彼が目の前を通っても、羽を動かしても気が付く様子は無かった。
私は冷蔵庫から冷えたお茶を取り出すと、彼女の前に置いてみた。
「美花、これはどういうつもり?」
「これって?」
「これよ、これ、この本」
どうやら彼女がここに来たのは紫色の本がきっかけみたいだった。置かれた本を見ると、私が前に見た時と少しだけ見た目が…。表紙にあった銀の模様はきれいさっぱり取れている。
と私はあることに気が付いた。アヤカのツバサ。あれはもしかしたら銀の模様そのものなんじゃないのか。…とかそんなことを考えていると、リンリンが口を開いた。
「…絵を描いている途中で、煙草を吸おうとした。ベランダを開けた。そしたら、これが置いてあった」
「美花が置いたんでしょ」
もちろん、身に覚えはない。となると答えは1つ。アヤカは私の肩に飛んできてとまると、私の方を向いて笑顔になった。…やったやつはここに居るぞ。
リンリンは成績が優秀だった。だからそのまま大学に進学すると思っていたのだけれど、彼女は絵を描く方を選んだ。3者面談の時に先生とか親とかと話し合っているのを聞いたことがある。
内容は知らないけれど、両者が納得する形に成ったのか、彼女は専門学校へ行くことになったのだけど、私が大学2年生の時、勝手にアパートにやって来て、そのまま住み着いた。
バイトをしながら専門に通って、絵を描いては私に見せてくれた。
ほどなくして、私は大学を卒業して就職。リンリンも同じくらいのタイミングで何とか近くに住める場所を見つけたらしく、私たちはお互いに別の道を歩くことになる。
あれから時間が経って、私も仕事をしていたからあまり会うこともなくて。今でも彼女は絵を描いているっていうのは知っているけれど。
…年末年始とかにも実家に帰ってないみたいだけど…というのは私も同じか。
「美花、説明してくれる?これ」
「…ちょっと待っててね、その…えっと、そう、洗濯物があるから見てくる」
もちろんそんなのはない。私はアヤカを肩に乗せたまま、洗濯機の近くに行くと小声で彼に話しかけた。
「…あれを置きに行ったのアヤカでしょ」
「もちろん。僕以外に誰がいる?」
「なんで置きに行ったの?」
「それはほら、ツバサが生えたからだよ」
そういうことを聞きたいんじゃない。私が聞きたいのは手段じゃなくて目的の方。アヤカは私に顔を近づけると耳打ちしてきた。
「でも、僕は本を置いて来ただけ。本当に。…じゃあどうしてリンリンはあれをミカが置いたってわかったんだろうね」
確かに。表紙はもちろん、あの本は開くことが出来ない。じゃあ…一体どうして?私は部屋に戻るとリンリンと対面するように座った。
しばらく、お互いに話さない時間がやってきた。…のだけれど、私が何も言わないのを見つめたまま、彼女は置いてあった本に手を掛けると、表紙を開いた。
「え…?」
私は本が開いたこともそうなのだけれど、中に書かれているモノを見て、口に手を当てた。
「これ…」
リンリンは書いてあるモノを読み上げる。
「〝私の王子はやがて彼方の王女を迎えに行くだろう、月の女王が世界を見渡すと、輝きはきっと自分の世界を語るだろう〟」
それは私が大学生の時、リンリンに見せたことのある、初めて書いた〝物語〟だった。




