1.雨天
風が静かになると、私は目を開けた。…するとそこは元の〝私の部屋〟だった。口元に手をやり、「あれは何だったんだろう」という言葉を口にして考える。
そう言えば時間は?どうなってる?
部屋に置かれた壁掛け時計。
「…1時間くらいしか経ってない?」
電源の入っているパソコンのマウスを動かして、カレンダーを確認した。
「日付も今日のまま…?」
外からは雨音が聞こえてくる。どうやらまた降っているらしい。
部屋の隅から隅まで歩いて、私は何か見つけられないかと置いてある物を確認する。…でも特に何もない。まるで自分だけがこの部屋からあの世界に行って、帰ってきたみたいな感じ。
「…そうだ、アヤカは?」
ついさっきまで会っていたほうじゃなくて、この部屋に居たほう。ドラゴンの姿をしているアヤカ。私は風呂場に行ってみたけれど、そこに彼はいなかった。
紫色の本もどこかへ行ってしまったのか、置かれていた机の上には何もなかった。
「…あれはなんだったんだ」
煙草の箱を手に取ると、窓を開けた。
「…アヤカはもういないのかな」
彼が居たプランター。まだベランダに置かれている。そこには何もなく、ただ彼を育てたであろう土だけが有った。
「アヤカはツバサを得たのだろうか」
立ち昇る紫煙を眺めながら私はそんな事を思っていた。
私が行っていた世界は、過去なのかどうなのか。それも確かにわかっていないけど、ルリハはおそらく「私がやることをやった」からこそ、こちらの世界に戻したんだろう。
であればこの世界のアヤカにツバサが出来た…というか生えていてもおかしくはない。
…まあでも、どこに行くにしても一言くらい何かあってもいいんじゃない?
雨の降る夜空を見上げ、そんな事を考えているとアパートの上の方から物音が聞こえて来た。
「あ、帰って来てる」
声が聞こえた方向に少しだけ身を乗り出して屋根を見上げた。…のだけれども何も見えない。ただ雨どいが見えるだけだった。
「今、そっちに行くから」
声と共に風を切る音が聞こえてくると、屋根の上からアヤカが飛んできた。思った通り、彼の背中には銀色で出来ているツバサが付いている。
「…それがツバサ?」
私の質問に答える前に、彼は窓からいつものように部屋の中に入ると、置かれているタオルの上に着地して足踏みをしてくれた。
明るい部屋の中で確認すると、彼の背中にはどう見てもツバサのようなものが生えている。
けれど、それは鳥のようなものではなく、まるで空中にペンを走らせて描いたかのような形状をしている。翼膜は有るのか無いのかはっきりと見る事は出来なかった。
別の世界でアヤカが纏っていた白い布。そこに描き出された旅路の軌跡。ツバサはその軌跡のように見えた。
「…あれは、私が行っていた世界って」
「過去の世界ではある。ってことは確かに言えるよ」
アヤカは私の質問にそう答えた。紫色の本にあった銀の模様。その分岐点で私は過去に戻って何かをやってきた。だからアヤカに今、ツバサがあると考えると納得は出来る。
「でも、ミカが想像しているような過去ってわけでもない」
「どういうこと?」
アヤカはいつの間にか置かれている机の上にあるお茶を私に出してくれた。…ペットボトルだけど、どこからか買ってきたのだろうか。
「別の世界のはじまりは、ミカと僕が出会ったところからだったでしょ?」
「うん。雨の日だったのと、アヤカとの出会い方も…似たような感じだったよ」
アヤカは背中のツバサを動かしながらベランダの方に手を向けた。
「でも、少しだけこの世界と同じじゃない部分があって、それが―」
「まだ、ミカ達が僕達と会話出来るという、世界線だった」
これに関してはルリハも言っていた。植物の種に記憶する。と言うことはつまり、私達とアヤカ達の会話がこの世界では遠くになっているから。
会話の出来る世界線。私が選択をしたのはどの部分の話なのか。それと、あの世界はどのくらい前の過去の話だったのだろうか。
私は腕を組んで考え込んでしまった。




