8.記憶
お茶を入れましょう。と言ってルリハは部屋を出ていくと、3人分のコップと冷えたお茶の入ったボトルを持ってきてくれた。丁寧にコップには氷が入っている。
「で、早速なんだけど、この図書館の役割。それが何なのかって話だけど」
お茶を注ぎながらルリハは言った。私はもちろんのこと、多分アヤカも何をするのか分かっていない表情をしていた。…説明してもらえるのはありがたいけど、その話は私に分かることなのだろうか。
「ここは記憶を置いておく場所。そして、必要だと思った時、送り出す場所。いわば記憶の保管庫」
ルリハは窓の外を指さした。
「師という名の付く職業に就いている人。…ミカやリンリンのようなね。彼らはこの届け屋さんを通じて、作ったものをやり取りしている」
「彼らは受け取ったものをここへ持ってくる。…もっとも、世界がまだ1つだった時、ここはもっと人に近い場所にあった。だけど、有る時を境にして、人目の付かない、人があまり来れない場所になった」
ルリハが言うには特段、意図的に遠ざけようとしてそうなったわけではないらしい。どちらかと言うと、距離を取ったのは人の方。
彼は私の方を見ると、ポケットから袋を取り出した。…布で出来た袋。中身を取り出すと、机の上に置いた。
「…これはね、植物の種」
「種?」
机の上に置かれた種。何の植物の種なのかは分からないけれど、それがさっきの話とどう関係があるのだろうか。
「この種が何なのか。は主題じゃない。これは土に植えると、芽を出して、花を咲かせ、やがて果実を実らせる」
「…」
彼は私の目の前に、いくつかの種を差し出してきた。
「知っていること。でも、いつからか、ある〝ささやき〟のようなものが生まれる」
「ささやき…」
私は差し出された種を見つめると、そう呟いた。
「そう、ささやき。言ってしまえば、それは花や果実に意味や価値を付ける事。どんな色の花が咲くの?どのくらいの量の果実をつけるの?」
「…ただ単に、子供が持つような感覚。であればそのままだったのかもしれない」
「やがてしばらくすると、意味や価値が有る。とささやかれるモノだけが並ぶ場所が出来上がった」
静かな部屋にルリハの言葉だけが響き渡る。彼は机の上に置かれた種、その中の1つを見つめていた。
「それから時間が経過した。ということ。すると、ささやきは〝当然の常識〟へ。花や果実は〝その前〟を知らない人たちに届くようになる」
「…その前を知らない人たち…ですか」
「前を知らない。と言うことは当然、後ろも知ることは出来ない。…というか、後ろが有ることすら想像の外側に置かれていく」
「とすると」
ルリハは机の上に置かれている、お茶の入ったコップを持ちあげた。
「ミカとアヤカの関係性は、自然と距離が遠くなっていく」
私はルリハの言葉で、2つになった物語の事を思い出していた。
「だから、別の世界では私やアヤカの事を、見る事は出来ても会話することは過去のモノになっている」
「…過去のモノ」
アヤカはルリハの言葉を、話をじっと聞いていた。
「だけど、この世界なら。まだ、あなた達のような師と呼ばれる職業が存在して、その職を通じて私たちと会話が出来る。…であれば、それを記憶しておく必要が有る。それが次の世界、次の世代に行くためのモノだから」
ルリハは窓に留まっている届け屋さんに手を向けた。
「彼らが運んでくるモノには私たちが関わってる。それは、ミカが良く知っていると思うけど」
「はい…そうですね」
「だからこそ、それらは全て一度、ここへ運ばれてくる。そして私たちのような図書館の館員によって、観察される」
「…ただ観察するだけですか?」
私の質問にルリハは答えた。
「人の記憶として私たちは見る」
「記憶…」
「記憶は書き留められて、積み上げられていく」
なるほど。この図書館の蔵書はその積み上げられたモノ。私やリンリン。この職業に就いている人たちの送り出したモノ。言うなれば、私とルリハの会話…ということになるのだろうか。
「…まるで人の記憶そのものみたいですね」
「語り継ぐと少し似ているのかもしれないね」
ルリハはそう言うと、届け屋さんが持っているカバンの留め金を外し、中から封筒を1枚取り出すと、机の上に置いた。




