4.ペンの下で
ルリハが言っていたことと、アヤカが話してくれたこと。2つを見た時、どうやら私の中に既に書くものは有るらしい。…それはきっと、私とリンリンみたいな関係なのだろうか。
「白い紙に何かを書く」
それが今の私に出来ることで、アヤカにツバサをもたらすもう1つのこと。
…と言うことまでは、何となくわかっているのだけれど。
「何を書けばいいのか、わからないです」
ペンを持って白い紙に向かったのは良いのだけれど、特に頭の中に出てこない。こんなことは、このペンを手に持って以来、初めての事。
大体の場合、写真とか絵を見た時、そこに風景とか景色が頭の中に出て来て、それを外から見ている感覚で、…いつもなら書けるのだけれど。
リンリンが描いてくれたアヤカの姿。それを開いて机の上に置き、ペンを持つ。…これはあれだな、時間が掛かるやつだ。
…多分きっと、ここら辺が〝分かれ道になった過去の部分〟なのかもしれない。かつての私はここで何かを、…別の選択肢を取ったのかもしれない。それか本当に何も出てこなかったのか、単に発想が無かったか。
私は腕を組むと天井を見上げた。
「このままでも…いいのかな」
同じことを何回もやる。ということは、それはそういうモノのだろうけど、同じ場所に居続けることではない気もする。
「別の世界の私…」
と、有ることを思い付きスマホを手に取った。
次の日、私はこの間と同じようにアヤカと一緒にリンリンの店にやってきた。でも、今回やってきたのはアヤカのことではない。私の事。
彼は前来たときと同じように「絵を見てもいいですか?」と聞いて来た。私が「いいよ、リンリンと話が有るだけだから」と言うと彼は笑顔で絵を見始める。
彼女の居るであろう作業場のドアをノックすると「どうぞー、どうせ美花でしょ?知ってるんだから」という、いつも通りの言葉がやってきた。
私は見透かされているような、そんな感覚になった。
ドアを開けると、いつもの景色。彼女は絵に向っていて、机の上には沢山の物が置いてある。
「…どうしたの?話があるって」
「それがね…」
私が話そうとすると、リンリンがお茶を入れてくれた。…というかこれは缶のお茶だけど。私たちが来るから買ってきたのだろうか。
「貰ったんだよ。この間きた依頼主に」
「そうなんだ」
リンリンはそう言うと、挑戦的な笑顔を私に見せる。こういう時の彼女は…と考えていると、今描いているという絵を持ってきて見せてくれた。
「この人だよ」
「…この人って」
絵には私が会ったことのある人物。それは数日前に出会ったルリハ。あの時の姿が描かれていた。
絵をよく見ると、私はあることに気が付く。
「この、手に持ってるのは?」
「ん?白い紙。何でもこれを持っている風に描いて欲しいって言われてね」
リンリンは何かを知っているような、そんな感じで私の聞いたことに言葉を連ねていく。ルリハはいつ来たのか、何をお願いしに来たのか、そして何の目的でリンリンに絵をお願いしたのか。
「ああ、これね。私が描かせて欲しいってお願いしたの。そしたら良いですよって言ってくれてさ」
「…リンリンが?」
「そう。なんだろうね、アヤカもルリハも。私にとって描きたいモノなのかもしれない。ほとんどないから。自分から描かせて欲しいってお願いするのは」
多分、それはアヤカの時と同じ。というか私達側、ではなくアヤカ側だからだろうとは思う。
私は彼女が、私の事を描いてくれた時の事を思い出していた。実はリンリンがこの職を手にした時、一番最初に描かせて欲しいと言ってきたのは私だった。
だから私は「私でいいの?最初なのに」と聞いたら「美花じゃないと」と言われて。その言葉。リンリンから言われた言葉。
その絵に私は持っていない銀のペンを描くことになって、それでリンリンは「次は美花の番だからね」と言ってその絵を完成させていた。
…そう言えば完成させた絵はどうしたのだろうか。私の手元にも、リンリンの手元にも有るわけではない。
「…もしかして」
「うん、その〝もしかして〟であってると思う」
リンリンは煙草の箱を手に取ると、私の方を見た。
「美花の絵はルリハが持ってる」
私はその言葉に、少し納得してしまった。




