6.感覚
お茶を入れると、私は仕事部屋にある真ん中のテーブルへ置き、アヤカに差し出した。気が付くともう夜になっていて、月と星が空に見えていた。
「ありがとうございます」
アヤカはお茶を受け取ると一口。その様子を私はじっと眺めていた。
「…それで?僕たちの話って言うのは?」
「はい…それはですね」
アヤカは自分の左腕を指さした。
「このお話を知っていますか?この世界に伝わるお話。〝私の王子はやがて彼方の王女を迎えに行くだろう〟ってタイトルのやつです」
「それなら知ってるよ。すごく有名な物語でしょ?」
アヤカの持ち出した会話の最初は、この世界に住む人なら子供の時の読み聞かせとかそういうので、気が付くと知っているようなそんな有名な物語だった。私も初めて知ったのは学校の先生からの読み聞かせだったのを覚えている。
「それで、あまり知られてはいないのですが、あの話は、実は対になっていまして」
「対?」
「はい。なので本来のタイトルは〝私の王子はやがて彼方の王女を迎えに行くだろう、月の女王が世界を見渡すと、輝きはきっと自分の世界を語るだろう〟というものになります」
私は持っていたお茶をテーブルの上に置く。
「それで、僕たちの世界ではこのお話、作ったのはずいぶん昔だと習っています」
「そうだね…こっちの世界でもそれは同じ。かなり昔だっていうのを聞いたことがある」
「はい…それでなのですが、このお話が作られたのは、ミカさんの世界と僕の世界、その2つの世界の境界線がまだはっきりとしていない時、と言いますか…」
アヤカの言っていることは初耳ではない。世界の歴史を少し調べてみると何となく見えてくる、この世界を2つに分けたのは、私も知らない時代に起きたある出来事というか、発見というか…。発明と言うか。
それをきっかけに私とアヤカの世界は分かたれた。…別れたという方が正確かもしれないけれど。
と、そう考えているとアヤカは言葉を続けて来た。
「本来、僕とミカさんの関係は〝求め合う〟という感じでした。僕が持っているこの白い布。これはそのためのもので、当時から使われていたものです」
「…けれど、今はそうではありません。言うなれば〝使いたい時に会いに行く〟という関係性に成っています」
同じような意味合いの言葉で表現される関係性ではあるものの、その中身は同じではない。世界を2つに分けたきっかけ以前と以降では、お互いに住む世界がより鮮明に分けられるようになった。とのことだった。
今、アヤカは私の隣にいる。これは今の世界の感覚だと、…なんというか、あり得ないということではないけれど、本来、ここには居ない存在ではある。
さっき見たように、アヤカには彼らにしか見ることのできない景色がそこにある。それが私たちにとって、自分がやりたいこと。それに手助けをしてくれるというか、手を添えてくれるというか。
私のやっている仕事もアヤカ達から教えて貰ったように、本来、私の隣にアヤカが居るという関係性の方が、私たちにとってやりたいことがスムーズに運んでいく。
それがわかりきっているのに、遥か昔に私たちの関係性というモノが、同じ世界を見つめなくなっていった。
「…なので、ミカさんの世界だと、あのお話の前半だけが伝承されていて、後半を含めた全文は僕の世界に伝承されている。という感じになります」
私はアヤカが話していることに耳を傾けつつも、ある考えが頭の中に出て来た。
彼は私達との関係性を本来なら〝求め合う〟という表現をしていたこと。…と言うのであれば、私たちが求めるモノと同じように、彼らにも求めるモノがあるはずである。
今、彼らとの関係性は、彼らに見えている世界を私たちが教えて貰い、その対価としてお金とか食料とか、そういうのを支払っている。
そうすることによって、私たちにとっての生活を豊かにしたり、便利にしたり。そういうモノが多く含まれていて、というよりも、彼らの目線があるからこそ、今の私たちの世界がここまでになった、というものある。
ならばきっと彼らが本来、私たちに求めているモノというのは、きっと別のモノになるのだろうか。…じゃあそれは一体?
私は腕組みをして天井を見上げると、アヤカに質問をした。
「じゃあ…アヤカは何かを求めて私に会いに来たってこと?」
「もちろんです」
「それで…それは一体…」
私がアヤカにそう聞くと、彼は私の目をまっすぐに見つめて、こう答えた。
「僕にツバサをくれるのはミカさんなんです」
そう言い切った彼の目には、何か決意のようなものと、強い意志を感じた。




