7.決めていたこと
私にとって〝ツバサ〟という言葉は、どこかで聞いたことがあるようなそんな気がした。どこか、懐かしいようなそんな気持ちになる。
そんな風に私が思っていると、彼はそれを確認するように話を続けた。
「…僕たちには、役割があります」
「役割?」
アヤカは真剣な表情で私に話しかけてくる。
「はい。それが今、この僕たちが居る世界から〝飛び立つ〟という役割です」
「飛び立つこと…」
アヤカ達の世界。その情報は私たちの世界にほとんど入って来ない。彼らはどんな生活を普段しているのか、どういう家に住んでいるのか。ということが一切わかっていない。
…でも、そうか。役割…そして、飛び立つこと。それがアヤカ達の世界では、きっと大切なことなのだろうというのは、アヤカの目を見れば直ぐにわかった。
「…それっていうのは、その、アヤカ達にとって、共通の役割なの?」
「そうですね。時期とか時間とか。そういうのも関係あると思いますが、基本的には共通です」
アヤカが言うには、役割、飛び立つこと。そのために必要なツバサを求めることは、私たちと求め合うことになるらしい。それは、アヤカ達の世界にはない物というか、彼らには出来ないことが、私達には出来るからだという。
「じゃああれだ、つまり、ずっと昔なら、私とアヤカは一緒に住んでいて、それでお互いに求め合う物を差し出し合いながら生活をしていて。それで、アヤカはツバサを、私は今の仕事みたいなのが出来る…みたいな?」
「はい、本来ならそういうことになります」
なるほど。今と昔で形は別の物になったけれど、アヤカ達と私達で求め合う物はお互いに手に入れることができる。というのは代わりないってことか。
「ツバサねぇ…」
私は腕組みをして天井を見上げる。…そんなことが出来るのだろうか。誰かに何かを与えるというか、やってあげられることがあるとすれば、物語は作れるけど。ツバサとなると…。
でも、アヤカの纏っていた白い布は、それを私に求めてきたわけで。
「…それでですね、ミカさん。僕とミカさんの関係は、まだ本来の形を取っていないんです」
「どういうこと?」
「僕はミカさんが求めるモノを渡していません。だから、渡さないといけないのです」
…なるほど、そういうことか。言っていることは理解できる。確かに私がもっているこの物語を作ることは、目の前にいるアヤカから貰ったものではない。アヤカの先輩から貰ったもの。
じゃあなるほど。確かにアヤカから貰わないと本来の関係性は成り立たない。
とは言うものの、私は既にアヤカ達から受け取っていて、それで仕事をしている。
「でもアヤカ。私はもう持っているって言うか…こうやって生活してるわけで」
部屋にある本棚、机の上に置いてある写真や絵。銀細工のペン。物語。私の生活はアヤカ達との関係性、それがあっての話になる。
「…いえ、〝それだけ〟ではないはずです」
そう言うと、アヤカは私の後ろの方を指さした。
「ここではない世界のミカさんが、求めているモノを僕が渡します」
…なんだろうか、そのここではない世界の私というのは。そんなのが居るのだろうか。別世界の私が求めているモノ…それがアヤカには見えているのだろうか。
「…なのですが」
少しアヤカは申し訳なさそうな顔をした。
「それを可能に、別の世界へ届けるためには、ミカさん達の力を借りなければ作れない…と言いますか…」
「そうなの?」
「…はい」
私はアヤカの言った「作る」という言葉が気になった。
「作るってことは、その、私が受け取ったような感じじゃなくて…物質的な物をってこと?」
「そうです」
アヤカ達から貰うモノは、使い方、見方。そんなようなものを教えて貰い、それを実体化するための媒体を一緒に見つけ出し、私たちは自分たちの世界で使うようになる。
物質的な物ではなく、考え方を受け取るような感じで。
確かに、今の世界の私であれば、こうして直接言葉とかで伝えればいいけど、ここではない世界の私に伝えるためには、物にする必要があると。そういうことらしい。
…じゃあそれを作るためには、どうすればいいのだろうか。
考えていたら、アヤカは私の手を指さした。
「必要な物は2つあって、1つは分かっているのです」
アヤカは両手を広げると、全身を見せるようにしてきた。
「それは、僕の姿を作ること」
「姿を作る?」
「はい。写真や絵などで、僕自身の姿をかたどること」
…そう言われても私は絵が描けない。写真は…まあ、スマホとかカメラがあるからそれなら可能だけれど。でもそれだと多分、きっとアヤカの望む物にはならないと直感的に思った。
「つまり…とりあえずアヤカの姿を絵にすることって言うのが、一歩目ってこと?」
「はい」
私はしばらく静かに考える。絵を描くという言葉が出て来たとき、頭の中にある人物が現れてしまった。現れてしまったのであれば、その人物の所に行くしかないだろう。
「…どうせ、お店に居るだろうから」
そう言うと、私はスマホを手に取り、電話をかけた。




