2.翻訳
寝ているアヤカを起こさないように部屋を移動すると、私は自分の仕事部屋へ向かった。電気をつけると壁一面の本棚がいつものように出迎え、木でできた机の上には何枚かの絵や写真が置いてある。
私の仕事。それは絵や写真、聞いた話、思い出…。そういった言葉に成っていない物を言葉にしていくこと。そして、それをまとめ上げたものを一冊の本とか紙にして依頼者に渡す。
この世界で私のような職業に就いている人は、銀輝師と呼ばれている。
言葉に成っていない物を言葉にする作業。これは私だけの力で出来ることではなく、あるモノの力を借りて行う。
銀輝師が使うペン。これは精巧な銀細工で出来ている。これは月の輝き、星の輝きを受け取ることで、その力が私にというより、その力を借りることが出来るように設計されている。
この場所に家を借りた理由はここにあって、周りに大きな建物がなく、それでいて明かりも少ない。夜になれば満点の星空がしっかりと夜空に存在するから。
そうやって、私は力を借りることで、絵や写真の向こう側。言うなれば〝銀を通して〟言葉を取り出すことが出来る。
「…だからこの場所を選んだんだけど、1人で住むには広すぎたかもね」
そして何より、私のような仕事をするためには、〝アヤカ達〟の存在が必要。彼らは私たちと同じ世界に住んでいるのだけれど、同じように暮らしてはいない。彼らには彼らの世界が存在する。
〝私のような仕事〟と言ったのは、この世界には、別の力を借りて人が何かをするという職業が他にも存在するから。私が月や星から力を借りるように、水、木、植物の葉っぱとかから借りて何かを作っている人もいる。
そんな別の何かから力を借りている私達には、ある共通項がある。
それが〝何を通すか〟。
私の場合は銀。他の人だと、石炭や金。アメジスト、クリスタル。そういったいわば媒体みたいなものを使う。そして「何を通せば、何の力を借りることが出来るのか」というのは私達にはわからない。
けれど、アヤカ達には見えている。だから彼らから教えて貰うことになる。
教えて貰う代わりに、私たちはアヤカ達に一定の対価を支払う。そうやって2つの種族と言えばいいのだろうか、お互いに支え合ってはいるものの、干渉しないように同じ世界に住んでいる。
通常、彼らは彼らの領域で暮している。だから人に会いに来るときは然るべき場所があって、そこで取引みたいなものが行われるのだけれど…。
私はアヤカの寝ている方を見つめた。
「…やっぱり何か事情があるのだろうか」
そう考えてしまう。
旅行に来た感じには見えない。何より、荷物はもちろんのこと、きっと財布だって持ってないだろうと思う。それはさっき彼のローブを洗濯するとき、ポケットを確認したのだけれど、何も入っていなかったから。
もしかしたら、持っているのかもしれないけれど…。
「あ…洗濯」
考えていて思い出した。そろそろ洗濯が終わっている頃だろう。私はまた足音を立てないように移動して、洗濯機の目の前に来ると中身を取り出して仕事部屋へ戻った。
「…これ、キラキラ輝いてる」
白い布を持ちあげると、部屋の照明に照らされ、何か輝くものが編み込まれていることに気が付いた。
「凄く軽いのにしっかりしてる生地。…きっとアヤカ達が知っている、私たちがまだ知らない素材とかを使ってるんだろうな」
そんなことを考えながらハンガーに手を掛け、窓を開けて庭に出ると作り付けの物干しへかけた。
「本当は昼間に干したいんだけど…まあ大丈夫でしょ」
夜風が心地よく吹いている。きっと今晩中干していれば明日には着ることが出来るだろう。
そのままサンダルを履くと、庭に出て、古びた木でできたベンチに座った。煙草の箱を取り出すと、紫煙を立ち上らせることに。…古い家のいいところはこういう所かもしれない。広めの庭と足元に生えている草の存在とか。
その場所だけ1つ時代が別の領域かのような、そんな雰囲気が私は好きだった。
明かりも少なく、秋の夜空に広がった月や星の輝きが、今日もここに降り注いでくる。そんな感じ。
私はしばらく何も考えず座っていたのだけれど、やらなければいけない仕事を思い出して、そのまま家の中に帰った。




