12.果実
「過去に戻ることは出来ない。けれど、それって過去を知らなくてもいいっていう話でもない。知ることは出来る」
アヤカは言う。
「だけど」
彼はベランダから部屋の本棚に目を向けた。
「僕たちは実体化が出来ない。ミカたちの世界の住人じゃないから」
「…つまり、日記とか文字とか。そういうのにまとめられないってことでしょ?」
アヤカは輝きに重みを付けることは知っていても、それが出来るわけではない。実際にこうやって本とかで過去の物を見ることも、作ることも出来る私たちにとっては想像できない事なのだけれど。
「うん、だからミカに僕の過去を知ってもらうためには、別の方法を取る必要が有る」
「別の方法…」
そう言うとアヤカは私の座っている膝の上に乗ってきた。すると、頭を差し出してくる。
「手を置いて欲しい。どっちの手でもいいよ」
彼にそう言われる。…私はその言葉に従って、左手を頭の上に乗せた。…と言うよりも添えたに近い感覚。何せ彼にはそこまで実体感がないのだから。
「それで、もう片方の手を本の所に置いて欲しい」
「…こう?」
言われた通り、私は左手をアヤカの頭に、そして右手を本の表紙の上に置く。
「…本に在る、銀の力、月の力を少し借りよう」
アヤカはそう言った。私の輝きは銀、月の力を借りて本という形に実体化している。だからこそ、アヤカが言うには、その力を借りることも出来るらしい。私にはその理屈は分からなかったけど、水や食物を取り込むとき、それを取り込んでいるだけではない。
水や食物の旅路、生長過程。そのものを取り込んでいくのと同じだという。
「目の前に有るモノ、起きる事は、その目の前じゃなくて、もっと前から有るモノ」
「だからミカ、イメージして欲しい」
「イメージ?」
…目の前の事ではなく、その向こう側を見に行く感じ。手前ではない。植物はいきなり葉っぱを付けて存在しているわけではなく、その前の段階である、種から始まっている。けれど、当然その種にも前があり、更にその前がある。
そんなことは分かり切っているのだけれど、どうしてなのか、私たちは目の前の事ばかり気になって、前のことを無かったことのようにしてしまう。
「過去は未来」
「ミカ、本の力を信じて、感じて、僕に集中して欲しい」
「そう言われましてでもですねぇ…」
とりあえず言われた通りイメージはしてみる。なんかよくわからないけれど、本の力を信じて、感じてみる。想像とかそういうのをしてみる。…そしてアヤカに集中。この時、私は添えた手に意識を集中させることにした。
最初は何も感じなかったのだけれど、しばらくすると〝懐かしい感じが両手にある〟というのを感覚的に手のひら感じるようになってきた。
「…なんだろう、これ」
その懐かしい感覚がしてきたとき、アヤカは私に「そしたら、左手で本に在る分岐点に触れて欲しい」とお願いしてきた。
「うん、わかった」
私はアヤカの頭から手を離すと、本の分岐点の所に指先を添える。すると、指先からこの間と同じように風が吹いて来た。その風は段々と強くなり、左手の指先からまるで全身を包み込むまでになっていく。
私はその様子を見守ることしかできなかった。気が付くと、膝の上にいたアヤカは私の肩の上に乗っている。
「ミカ、僕の過去、輝きそのものを感じてもらう方法」
「…これが?」
「うん」
すると強い風が吹き、私は思わず目を閉じてしまった。




