9.仕事初日
弋灯哉、『イセカイ運輸』の社員としての記念すべき出社一日目。
俺は緊張していた。確かに社長室で独り、社長が来るのを待っている現状に緊張を覚えているということもある。でもどちらかと言えば、これまで長く実現できなかった「入社」や「出社」というものをいざやっているというこの感じが……。
「よっ!」
「ぅわっ!」
背後から突然、俺の固くなった肩に手が、ぽん、と置かれて体が跳ねる。
「……って、山田さんじゃないですか。驚かせないでくださいよ」
「いやいや、まさかそこまでびっくりしてくれるとは思わなかったわ。むしろ俺の方がびっくりしたまである」
山田龍生さん。俺の職場の先輩になった方であり、俺が『イセカイ運輸』に入ることになったきっかけ、というか原因になった人だ。
「でもそんなに緊張することもないだろ」
「いやあ、こういうの初めてで……」
「初めて? 学校でクラス替えした最初の日にやる、クラス全員自己紹介みたいなもんだろ」
「山田さんにとってどうかは分かりませんが、一般的にそれは緊張するやつの代名詞です」
「そうなの?」
「はい」
逆にこの山田さんが緊張するのってどんな時なんだろう。
「おう、弋くん。おはよう! 龍生もおはよう」
山田さんのおかげでちょっと緊張が解れたところで、この会社の社長、司波玄太さんが現れた。相変わらず金髪のサングラスに、今日も派手目なシャツに身を包んでいる。
「おはようございます」
「お、おはようございます」
「なんだ。また随分と緊張してるな?」
「そうですかね? ……いや、そうですね。やっと社会人になったんだなって思うと、なんかこう、落ち着かないというか……緊張してしまいます」
「お。こんな非・社会的な会社に入ったのに社会人とは、面白いことを言うねえ!なあ龍生」
「え? あ、はは! そうですね!」
……ああ、山田さんも司波社長相手には緊張も特に珍しくもなかったらしい。
「つっても、別に会社全体に弋くんお披露目会するわけでもないし、今日はこの会社についてと、自分の業務を知ってもらうってところかな。ああ、社内の人間には新人が入ることだけは伝えてるけど、顔は知らないからできるだけ龍生と一緒にいるように。それで、部署の配属は聞いてるな?」
「はい。『探索部』と聞きました」
「そうだ。何をするところかは聞いたか?」
「いえ、特に」
まさか山田さん、社長から伝えるように言われてたのでは? なんて答えてから考えたけど、そういうわけではなかったらしい。
「おう。なら今日は、先輩に案内してもらうとしよう。龍生! そしたら先に社内を見せて、それからアーウェズトの見学にでも連れて行ってくれ」
「今日からですか?」
「探索部の仕事を知るって言うなら、それが一番だろ」
アーウェズト?
「わかりました。だいたい社内見学は一時間くらいで終わると思うので、十時頃から出てきます」
「おう。――じゃあ弋くんは、今日は龍生の指示に従って動くように。特に、アーウェズトの中では勝手するなよ。場合によっちゃあ、君の言動ひとつが会社の存続にも懸かってくるからな」
「……あの、まず、アーウェズトってなんですか?」
「ああ、それはまだ聞いてなかったか」
社長は徐ろに、机の引き出しからホチキスで止められた冊子を取り出すと俺に手渡した。
「……『異世界『アーウェズト』について』」
冊子には、カラー印刷されたどこか見たことがあるような景色を背景に、そんな言葉が書かれていた。
しかし何より目を引くのは、そのタイトルに負けないくらいにデカデカと書かれた「社外持ち出し厳禁」という真っ赤な太文字だった。
「アーウェズトっていうのは、ウチが異世界を体験してもらってる、その異世界の呼び名だ。厳密にはそこでお世話になってる国の名前だな。現地の言葉で……なんつったっけな。おい、龍生」
「確か、エズト神の国、みたいな意味だって言ってましたよ。――弋くんに説明しとくと、エズト神っていうのがアーウェズト王国で信仰されてる唯一神ね。アーウェズトには神殿もあるし、どっかで足でも運んでみような」
「それがいい。アーウェズトのことはできるだけ頭に入れておいた方がいいぞ。ほんとに些細な情報でも、どこで役に立つかわからないしな。
で、そういったことは結局、自分で直接見聞きするのが一番身になるってもんだ。冊子にも基本的なことは書いてあるから読んでもらうけど、やっぱ文字だけじゃ本当の意味で理解するってのは難しいと俺は思ってる。だからちゃんと、そこで、その目で見て、感じて、そして考えてほしい」




