10.イセカイ運輸という会社
「……で、ここが倉庫その七だな。ここも長らく中は見てないから何が入ってるかは忘れた。ま、どうせ大したもんじゃなかっただろ!
よし、じゃあこれで最後かな? そしたら『トラック保管庫その二』に戻るか」
山田さんに連れられ、ちょうど一時間ほど。各部屋や施設を案内してもらいながら、時折すれ違う職員に挨拶をしながら社内を一周し、再び『トラック保管庫その二』の前に戻ってきた。
「というわけで、会社ん中の説明は以上だな!
なんとなくわかったと思うけど、会社入口の近くには普通のトラック業者としての部署が、そして遠くの、つまり裏口側に異世界関係の部署があるってわけ。もちろんそっちの存在は公にはしてないけどな」
そう。『イセカイ運輸』という会社、実はちゃんと、社名のような運輸会社の体は保っていた。全国各地へ荷物の搬送とか、そういった本当に普通の運送会社の業務も受けている。ただ運輸会社としては若干業績が伸び悩みだとか山田さんは言ってたけど、たぶん名前の怪しさとか影響無くはないと思った。でも仕方ないよね、公開されてないとはいえ、会社名はこの会社のアイデンティティを表してるんだもの。
「で、見てみて何かわからないことあった?」
「とりあえずは大丈夫です。ただ部署だとか覚えるのに時間かかりそうでした」
「あとで社内部署の配置図あげるよ。もちろん持ち出し厳禁の社外秘だから注意してな」
「ありがとうございます」
本当に秘密の多い会社だなあと思う。橋田(口が軽い高校の後輩)とかが社員になったら、あっという間に問題行動、解雇までは見えた。
「さてと。そしたら時間もちょうどいいか。じゃあ行くとするか!」
どこに、なんてことは言わずもがな。社内の案内を聞いている最中も、俺もさすがに内心ではワクワクが止められないでいた。
「山田さん、なにか準備とかはありますか? 持ち物とか」
「持ち物っていうか、身体そのものは転移しないからアーウェズトに持ち込みはできないな」
そうでした。すっかり旅行気分でいた。
「ただ、最初に転移した時だけはその時に着てるもののまま転移できるんだよ。仕組みはわかってないけどね。そして二回目以降はその前に現実世界に戻った時の服装、装備になるってわけ。つまり今の弋くんなら、転移した先でもスーツ姿ってわけだな」
「着替えた方がいいですかね」
「お客さんたちには動きやすい服をおすすめしてるけど、別にどっちでもいいよ。
……あ、でも転移した時はいつも地面に寝っ転がってるから、スーツだと汚れるか。適当な貸し出し用の服があるから、あとでそれに着替えてもらえる?それと、今日はアーウェズトの、ちょっとお偉いさんみたいな人にも挨拶しようと思ってるからそのつもりで」
「え、そんな急にいいんですか?そういう時のマナーとか自信ないんですが……」
「まあ大丈夫でしょ。というか、異世界でこっちのマナーなんてどこまで通用してるんだか俺もよくわかってないし」
そんなテキトーな……。社長、アーウェズトでの振る舞いには社命がかかってるとか言ってませんでしたっけ?ついさっきまでのウキウキ気分はどこかにいってしまった。
「それよりほら、社会人は時間に追われる生き物だからな。時間がもったいないから早速行くぞ!」
そんな訳で山田さんに急かされながら着替えを済ませた俺は、山田さんの先導で『トラック保管庫その二』に入る。この保管庫にはただ一台のトラックが、それこそ同じトラックがもう一台は置けない程度の空間に鎮座している。見せてもらった、配送業用のトラックの保管された別の保管庫とは大違いだ。
「――さっき説明した通り、お客さんのアーウェズトへの転移に現在使われているトラックはこの一台のみだ。そして、俺たちがアーウェズトに行くのもこの一台のみ、と考えてもらっていい」
「ということは、実際には他にもあるんですか?」
「曖昧な言い方にはなるけど、他にもアテはある、って感じかな?」
「なるほど……?」
この会社の、こういった部分については深入りしてはいけないのかもしれない。そんなことを思い、とりあえず疑問は心の引き出しにしまい込んだ。
「よし。じゃあ行くか! 転移の方法は前にも話したな? 俺たちが車両にぶつかる、ただそれだけだ。わかると思うけど、床にクッションが敷いてあるのは倒れた後の怪我防止のためね」
「あの、気になってたんですけど、転移してる間って体は現実世界に残されるじゃないですか。無防備だし、色々と危なくないですか?」
「お、良いところに気がついたな!」
俺の質問に、待ってましたとばかりに山田さんがにやり、口角を上げる。
「その通り。だから体は、その間は別室に移動される」
「どうやってですか?」
「そりゃあこうやってよ。……高田くーん!」
山田さんが部屋の奥に向かって声をかけると、少ししてその先にあったドアが開いた。
そしてそのドアの向こうから姿を見せたのは、社内の案内中にたくさんベッドのある保健室にいた男の職員だった。その保健室の広さもあれば、そこにいた彼が白衣を着た、まさしく医師といった風貌だったのも印象的でよく覚えていた。
「こちら、体の移動担当兼、保健関係業務もやってる高田くんだ。これからお世話になることも多いぞ」
山田さんの紹介を受け、高田さんは軽く微笑む。
「どうも、高田です。先に山田さんの発言を訂正しとくと、僕は主な仕事こそが保健関係で、体の移動が兼務みたいな感じです。
皆さん――お客さんに限らず職員も、異世界に行くと慣れないうちは帰ってきた時に具合悪くなる方も多いので、そうなったら気軽に保健室に来てくださいね」
高田さん、案内の時には顔だけ見た程度だったけど、この会社にもこんな優しい雰囲気の、何よりも普通な感じの方もいるんだなあ。
「弋です。これからよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「ちなみに高田さん、今日って渋崎さんいる?」
「今日は休みです。女性のお客さんの予約もなかったので」
「そっか。なら弋くんには別の日に挨拶してもらおうかな。
渋崎さんは高田さんと同じ保健室の方なんだけど、同じく体移動を担当してるんだけど、女性の担当をしている方だ。女性の体を男が運ぶのは問題になるからさ」
なるほど。その辺はちゃんとしてるんだ。確かにそんなことが原因で問題にでもなれば、そこから会社の色々が公になってオシマイってことも十分に考えられそうだもんな。
「じゃあ高田くん、これからアーウェズトに弋くんと行ってくるからよろしく。たぶん長くなると思う」
「わかりました。お気をつけて」
「弋くん、じゃあ俺と一緒に転移できるようにトラックにはできるだけ同時にぶつかるようにしようか。もし転移できなかったりしたら、その時は高田さんに言って。あとトラックにはそんなに強くぶつかる必要も無いからな。じゃあ準備はいい?」
山田さんの言葉に、俺は頷く。
ほんとは異世界に行くことには不安もあったけど、山田さんが一緒だと思えばなんとなく、根拠のない安心感があった。
「よし! じゃあ行くぞー……」
そう言ってからゆっくりと走り出した山田さんに倣って、トラックへの衝突のタイミングが同時になるようにと速度を調整して走る。そして――俺は山田さんとほとんど同時にトラックに体当たりすることに成功した。
……そう思った。
正直、速度も出していないから衝撃は無かった。けれどぶつかった瞬間、すっと意識が遠のいていく。そして視界が傾いていくのをうっすら感じながら、あの時のように目が閉じていった。




