6.最後の面接
「来てしまったなあ……」
マル月シカク日サンカク曜日。あの日から、ちょうど一週間経ったことになる。
さて。
今日は例の会社、その名も『イセカイ運輸』に面接へ来た。山田さんと初めて会った場所だ。
山田さんからの連絡では服装自由(ほんとに何でもいいよ! との注釈が付いていた)ということだったので、もはや持っている中で一番着慣れているから、というある意味前向きな理由でスーツに身を包んでいる。
こうやって面接に臨むのも何回目になるだろう。繰り返しやっていると、こういうものの勝手がわかるようになってきたというか、頭の中だけは余裕みたいなものが出てくるようになってきた。
ただ、緊張しなくなるわけでもない。事実、ちゃんと昨晩も寝つきが悪かった。
でも今回の面接に至る過程は、山田さんと色々とあったその結果というだいぶ後ろ向きなもの。実際のところ『イセカイ運輸』という会社への熱い思いは別にない。
さらに個人的に会社のことは調べてみたけど、やっぱりわからずじまいだった。
でも俺は、就職そのものには苦渋を飲まされてきた身。最近なんて志望順位が圏外みたいな企業ばっかにさえ履歴書送ってたし。……で、そこからも見事に全部落とされてるっていう事実からは目を逸らしてる。やめて、「お前が言い出したんだろ」って履歴書の写しを眼前に持ってこないで!
――だから今日は、今日こそは、絶対に内定を貰うんだと、もうこれを逃したら次がないんだと、実はそんな気持ちでこの日を迎えていた。
◇
「君が龍生の言ってた弋くんか。聞いていた通り、死んだ魚のような目だな! ……んだよ龍生。俺はそんなこと言ってないって、そんなようなことは言ってただろお前。失礼ったって、俺の部下になるかもしれん奴なんだから別にいいだろこれくらい。ハラスメントだ? 知らんわそんなもん。そもそもこの会社に社会の常識を求めるなんてのがお門違いって話だろうが。『イセカイ運輸』はちゃーんと社会から外れてる会社なんだからよ」
「スーツじゃなくてよかったのに」なんて言いながら出迎えてくれた山田さんに案内され、通されたのは社長室だった。
そして入った部屋で前方の長机の先に座っていたのは、金髪で、やや透き通ったグラサンの奥には人を殺すような目、派手な柄シャツを着た、笑うと八重歯が覗く男の人だった。
自身の役割を終えた山田さんがグラサンの彼の後方に移動すると、彼が山田さんに話しかけて始まったのがさっきのものだった。
そして俺は思った。強く、思った。
よし、帰ろう。いま、帰ろう、と。
「――ああ、悪いね。とりあえず座りなよ。あんま時間は取らせないからさ」
「あ、はい。失礼します」
……まあ帰れるはずはなかった。
俺は促されるまま、机を挟んで彼の反対側に座る。正面とはいえ机の分は離れているのに、見た目のせいか圧がすごい。
「そうは言っても面接だもんな。形だけはやっとくか。えーと、本日は晴天にも恵まれ、まさに良き面接日和で……って、なんか違うな。なあ龍生、やっぱ代わりにやってくれん?」
「いやいや、面接なんてちゃんとした人がやるもんなで、俺みたいなのができるもんじゃないですって。増してや俺が推薦したわけですから」
「それを言うなら面接は俺みたいなのがやるもんでこそないだろ」
「………………」
「否定はしろよ」
「すんません!」
はい。おわかりかと思いますがこのお方こそ、他ならぬ『イセカイ運輸』社長、司波さんであります。やっぱ帰ろっかな……。
「まあいいや。面接って言えば自己紹介はするよな?しないっけ? まあいいや。とりあえずやってもらっていい?」
「は、はい。弋灯哉といいます。年齢は二十二歳で、この春に大学を――」
「はー、二十二! 若いね! あ、こういうこと言うのって年寄り臭いか? 弋くん、どう思う?」
「え?どうなんでしょう……? 僕は特にそうは思いませんけど……」
「そう?ならいっか」
普段の面接での自己紹介だとここから学歴とかを詠唱するところだったけど、こんな風に遮られるのは初めてだった。
とにかくなんだろう、ペースが乱される……。
そうして気持ちを落ち着かせようとしていると、司波社長が衝撃的なことを言った。
「さ。じゃあ形だけだが面接やった感じも出たってことで、もうおしまいにするか」
………………。
「……え? ま、待ってください! おしまいってどういうことですか!?」
「どうって、おしまいはおしまいだよ。今日の面接は終わりってこと。弋くんもお疲れさん」
司波社長は俺の反応が意外だったかのように、不思議そうな顔をしてから続けて笑顔になって言う。
「つまり、あれですか。色々と聞くまでもなかったってことですか?」
「ん?まあ、そういうことになるか」
「そう、ですか……」
――終わってみれば実にあっけなかった。自己ピーアールをするほどのチャンスすらも得られなかった。でも、そうだよな。部屋に入って最初に言われたのが「死んだ魚のような目」だもんな。面接も形だけって言ってたってことは結果は最初から決まってたんだろう。これまで面接とかで直接言われたことは無かったけど、きっとどこでもこんな話になってたのかな。想像はしてたけど。でもそりゃそうか。どんな仕事でも、こんな暗い雰囲気の奴よりも明るい人の方がいいに決まってる。企業が求めてるのは、仕事ができる奴よりも周りと上手くやれる人材だって何度も聞いたことがある。そうだな、次はメイクでもして面接に行ってみることにしようかな。これまで写真添付なしの一次選考だけは採用率高かったし。書類選考も大事だから証明写真はもっと明るい感じに……。
「――おい、弋くん」
続く就活に向けて前向きな反省点を見つけることに成功していた俺に、司波社長が声をかける。
「なんか勘違いしてないか? 別に弋くんを落とそうとか、全く考えてないからな? 面接が形だけってのも、最初から採用は決めてたからな」
「……そうなんですか?」
「そりゃあな。龍生から全部聞いたぞ。
今回の件は、まあお互い様って面もあるだろうが、如何せんこの会社は綱渡りでやってるからな。経済的な話じゃないぞ。
で、ちょっと出した尻尾捕まって警察に突き出されたら会社が潰れる可能性も無くはない。もちろんそうならんように、色々と対策はしてるけどな。それでも弋くんを、はいどうぞってそのまま帰すのはできないってこった。
とにかく、危ない芽は早めに摘んでおく。多少遠回りでも確実な道を、ってのが経営者としての俺の考えだ」
要するに、俺が変なことをしないか目の届くところに置いておきたいから会社に入れてしまおうと、そうこの人は言っている訳だ。
……うん。順当にやばいこと言ってるな。
「それでだがな、龍生から聞いたぞ。随分と仕事探しには苦労してたみたいだな」
「え?」
俺は司波社長の後ろの山田さんに視線を移す。だが山田さんは黙ったまま、ただ口角が少しだけ上がった、ように見えた。
「龍生から、弋くんは何としても入れた方がいいって話をされてさ。そんで同情を誘おうと思ったのか知らないけど、そんな話を聞かされたよ」
もう一度俺は山田さんにチラリと目をやる。すると山田さんは、すっと目を逸らした。ああ、これは山田さん、司波社長には話し辛いことは色々と省略して話したんだろうな。
「俺の同情を買えたかは別にしても、弋くんが仕事に真面目に取り組んでくれる人なんだとは龍生の話を聞いてて思った。それで今日実際に会ってみて、それは間違いじゃないんだろうって思ったよ」
「……どうしてですか?」
「まあ、言ってしまえば俺の勘だな!」
司波社長は言ってから豪快に笑った。
「ははは! 半分は冗談だけどな! でも俺、人を見る目には自信があるんだよ」
「いいんですか? そんな理由で……」
「なんだ? やっと仕事が決まったんだぞ。嬉しくないのか?」
「それはもちろん嬉しいです」
「だろ? じゃあいいじゃないか。それに、これでもし弋くんが仕事をサボったりしてるようでも、弋くんを俺は責めない。俺の見る目が無かったってだけだ。
後はついでに、会社に迷惑がかかって、龍生が海の藻屑になるくらいだな」
「ちょっと社長! 弋くんにそういう冗談はキツいですって!」
「……冗談だと思うか?」
「……ああ、いや。答えないでおきます」
「それもいい。――それじゃ弋くん、これからよろしくな!」
俺は引き攣った笑顔で、小さく返事をした。




