5.取り引き
「なにか、弱みとかない?」
『イセカイ運輸』なる、異世界の体験を事業とするらしい会社の話を聞かせてくれた、見た目はやんちゃそうでも中身はいい人――と思われていた山田さん。
そんな彼に笑顔で迫られながら、俺はそんな平和的とは思い難いことを尋ねられた。
物事の解決には話し合いが一番。そう、そしてそこには相手との貸し借り、弱みを握る、そういったものが大変有効なのである――。
――とはいえそんなあからさまな脅迫があってたまるか!
自分でもわかるくらいに固まった表情の俺に、山田さんは肩に置いていた手を慌てて離した。
「あっ、ちょっと待って! すまん、軽い冗談のつもりだったんだよ! そうだよな、この見た目の野郎に今みたいなことを間近で言われれば怖いよな! 悪かった、忘れてくれ!」
山田さんの慌てようからして、どうやら今の言葉は嘘ではないらしかった。
「……脅かさないでくださいよ」
本人も自覚あるみたいだし、言っちゃ悪いけど山田さんの見た目はいわゆる、できれば俺みたいな人間が関わるべきでないタイプの人寄りだと思う。
ただし話してみて、恐らく中身はいい人なんだとも思った。とはいえ目の前にあの顔、あのセリフと相まって、さっきはなかなかの破壊力ではあった。
「でも弋くんさ、実際のところ車で人を轢いたともなれば俺としてもかなりマズイんだよね。だからさ、例えばだけどなにか困ってることとかない?俺が手伝えることならできる限り手を貸すからさ?」
山田さんはだいぶ苦い顔で言う。
厳密にあれが人を轢いた、というのかは微妙だと俺は思ったけど、警察沙汰とかなればそれはさぞ大変なことになるのは俺にもわかる。
今回のことについては、俺にも不法侵入という大きな非がある事案だし、山田さんに黙っててと言われればそうするつもりだった。
でも、俺は思わず零した。
「困ってることはありますけど……」
「お、なんだ!」
それを聞いて嬉しそうにする山田さん。
「ああ、でも山田さんに話すことでも無いというか……!」
「なんだよ水臭いじゃん。俺と弋くんの仲だろ!」
「どんな仲なんですか?」
「罪を共有してる仲」
「………………」
やっぱ脅しじゃないか!
……しかし、山田さんが解決できるわけではないにしても、事実困ってることといえば、ある。
「……じゃあお話しますけど、僕、大学を卒業したばかりなんです。なんですけど、いま無職で。もちろん在学中に就活はしてたんですけど、いい結果が出なくて。もう何社落ちたかもわからないくらいなんですよ」
山田さんは俺の話を、時折相槌を打ちながら黙って聞いてくれた。
話し始めた時、俺はただ山田さんがただの交換材料としてなんとなく言っただけかと思った。しかし山田さんは、俺が思っていたよりも真剣だった。
「……確かに、最近は就職先がないってよくニュースで聞くな」
「それもあるかもしれないですけど、僕自身の問題が大きいんだと思います」
「何か心当たりでもあるのか?」
「はい。大学で面接練習をした時にはよく面接官役の人から、表情に感情が現れてない、何を考えているかわからなくて怖い、とまで言われました」
それを聞いた山田さんは一拍置いて、「まあ確かに。俺もそう思う」と言った。やっぱりかー。
「なんて言うか……怒るなよ? 死んだ魚の目ってよく言うじゃん。それかはわからないけど、目に生気がないというか、常に無気力っていうか。目を合わせるとこっちまで力が抜けてくるような感じかな」
「その辺については自覚がありますね」
もちろん俺自身、普段から喜怒哀楽を感じないなんてわけじゃない。ただそれらが顔、言葉、行動その他に出にくいだけ、と思ってる。例えるなら、頭で思ったり感じたことが、それぞれの神経を伝っていくスピードが遅いというか。
今回こうやって実害となっている以上、直したい気持ちはある。でもどうすれば、ってのもわからない。
……就職が上手くいかないのは、これが本質的な原因かはわからないけど。
「そうだな……じゃあ俺から提案がある」
「はい」
「弋くんさ、この会社で働くってのはどうだ?」
「はい?」
突然の提案に、間の抜けた返事になる。
「この会社で……ですか? それは願ってもないことですけど……いいんですか? 自分で言うのもなんですが、ここまでずっと就活に失敗してるような人間ですよ?」
「それの何が問題なんだ?」
山田さんは少し首を傾げながらそう言う。
「少なくとも俺は、弋くんと一緒に仕事をするとしても何か君に大きな問題があるとは思えない。
表情がどうだとかってのも、確かに仕事じゃ重要な時もある。ただ、弋くんはそれを補えるだけの誠実さとか、仕事に重要なモノをいくつも持ってると俺は思うね」
山田さんは真剣な眼差しで俺を見ながらそう言った後、「逆に俺はそういうのとは遠い存在だからな!」と自虐した。
――俺は笑って返すこともできなかった。そんな余裕がないほどに山田さんの言葉ひとつひとつが胸に刺さって、そして胸の奥がじんわりと温まっていく。
「それにさ、何せこんな俺が雇われてるんだ。そもそもウチの会社の特異性があって、社員も好き勝手増やせないから人手は不足しがちでさ。その中で弋みたいな若者なんて余計に貴重なんだから、社長も欲しがるだろ!」
「そういうもんですか」
「そういうもんだ」
歯を見せて笑ってみせる山田さん。つい俺はそれを見て、釣られて少しだけ笑っていた。
「でも山田さん、そんな人事のことまで決められるんですか?」
「いや、まさか。あくまで俺ができるのは、そういうことが決められる人に話を通すだけだ。
だけど安心してくれ。大丈夫だと俺が約束する。で、どうする?」
「えっと……」
俺にとって長期間に渡って最も大きかった問題が解決できる、非常にありがたい話なのは間違いなかった。
ただ急な話だし、第一この会社のことを何も知らない。山田さんの話を信じるなら余計に、この会社に決めるのはリスクが大きいのでは、というのが正直なところだった。
悩んだものの、俺はこの会社について調べて、ちゃんと考えてから答えることにした。
「……そうは言っても、今日のところは持ち帰ってもいいですか?」
「もちろん。弋くんも考える時間が欲しいだろうしな。ただ、この会社のことはネットとかで調べてもほとんど出てこないぞ」
「え、なんでですか?」
「考えてもみてくれよ。この会社がやってること、そのまんま世間に大っぴらにしていいと思うか?」
「ダメなんですか?」
「ああ、問題しかないね」
山田さんは、当たり前だというように答える。
「説明した通り、うちの会社がやってる事は他のどんな会社でもやってないことだ。つまりは客をトラックに体当たりさせて、そうやって異世界に転移できるんです、なんて、これを聞いて『ああそれはすごいですね、やってみよう!』と思う人と、『なんだそのわけのわからない危険そうなのは!』と思う人と、どっちが多いと思う?」
「冷静に考えると、確かに……」
「ま、そういうことだ」
山田さんの説明に深く納得しつつ、でもそれを会社側の山田さんが言ってるのもおかしな話なのでは?とも思ったけど黙っておいた。そして俺自身、それを理解しつつそっち側になるかどうかという選択を迫られているのだと思うと……。
「……それを聞いた上で答えるとなると、なかなか難しいですよね……」
「だけど弋くんは、最後には俺の提案に乗ることになるよ」
「どうして言いきれるんですか?」
すると山田さんは自信に満ちた顔で、声を小さくして話す。
「いいのかな弋くん?
忘れたわけじゃないだろうけど、君はこの会社の敷地に不法侵入をしたんだよ」
「………………」
「……そうだなあ。あそこって確か、監視カメラに映るところだったと思うんだよなあ」
「………………」
俺はにこにこ顔の山田さんから目を逸らしつつ、急に変わった風向きを改めて読もうとする。
「一応確認ですけど、もしかして僕って今、脅されてたりします?」
「いやいや、人聞きの悪いこと言わないでよ。ただちょっと、ちょっとだけ、もし弋くんが頷いてくれなかった時にどうなるかなーって想像しただけでさあ?」
どうなるんだよ……どうなるんだよ!
「――で、でも山田さんって、そこまでして僕を誘う必要ってありましたっけ? 会社が人手不足っていうのは聞きましたけど、それにしても俺が入るかなんて会社にとって重要じゃないと思うんですけど」
「会社にとっては重要じゃなくても、俺にとっては重要なんだよ!」
「何でですか?」
すると山田さんは俺からやや視線を逸らしつつ、気まずそうに呟く。
「いやほら、仮にも俺って弋くんを轢いたわけだし……」
「……なるほど」
つまりこれは。
「僕が会社に務めることになれば、山田さんとはお互いに余計なことを隠したままにできる、ウィン・ウィンの状態になるってことですか」
「そういうことになるね!
さらに言えば、俺は弋くんにいろいろこの会社のことを話した。で、話した通りこの会社は普通じゃない。じゃあこのことを知った君が周りにこのことを言いふらしたりしたら、うちの会社も、弋くんもどうなるかな!」
まさかの二段構えだった。そして、だから俺はどうなるんだ!
「ちなみにウチの社長も見た目は俺みたいな方向ではあるけど、更には俺と違って、中身も見た目通りの人だ!」
どこまで予防線を張れば気が済むんだ。
「では弋くん、この会社に入ってくれるかなー?」
「……はい」
ノリが悪いぞーとやや不服そうな山田さんだけど、それより不服なのは俺だから許してほしい。
だけど一方で、この無職生活にもサヨナラバイバイできること、果たしてどんな会社なのかはさておき、内心ではそのことにそれなりの喜びを感じる俺だった。
「じゃあ、たぶん上司と面接って話になるからさ、日程連絡のために連絡先教えてもらえる?」
「あ、はい」
久しぶりに使った、アプリの連絡先交換機能。毎回使い方忘れるんだよね。今回は山田さんに言われた通りにしてスムーズに終えられた。
………………はっ。
「ありがとー!」
そう言いながらスマホをしまう山田さんの口角がさっきより上がっていることに気がついた。これでもし弋灯哉が行方を晦ましても連絡できるね! そんな山田さんの心の中が読めた気がした。
いつの間にか俺も身につけてたのか、読心術を。
個人情報は大切にしよう。急に社会人の入り口に立たされた、そんな気分だった。




