4.『イセカイ運輸』
外はもう暗くなっていた。
彼――山田龍生さんの提案で、俺たちは会社の建物で話をすることになった。
「では改めて、弋くん。
ここが俺の勤め先の、『イセカイ運輸』だ」
机を挟んで対面に座る山田さんは笑顔でそう言った。
「『イセカイ運輸』……なんと言うか、変わった名前ですね」
「そうだな。会社の事業そのものが変わってるから名前もって話だけど、いずれ変わっているのはその通りだな」
「?」
「さて弋くん。君がトラックに轢かれた、ってのは話した通りだ。そこは思い出せたな? まだ君の中の疑問は色々と解決してないんだろうが、とりあえず置いといてほしい。
ただ先にこれだけ言っておきたい。君がトラックに轢かれたという割に無事なのは、俺が、超、超ゆっくり運転してたからだな。もちろん、感謝して欲しいとかでは一切なく。むしろすまん」
「……言われてみれば確かに、怪我らしい怪我はなかったです」
「だろう?」
「でも、その割には意識を失ってたみたいですが……もしかして俺――僕が驚きすぎて失神してたとかですか」
もしそうならイヤすぎる。自分から轢かれておきながら、ただびっくりしたからなんて理由であのザマだとか。そう思ったが、それは山田さんが否定した。
「そうじゃないんだな、これが!」
それも、何故か嬉しそうに。
「ではどういうことなんですか」
「それはだな」
山田さんは、こほんと咳払いをする。
「弋くん。君、異世界って行ったことあるか?」
「異世界……ですか?」
「ああ」
異世界……イセカイ……。うん、『イセカイ』って言葉が指すものなんて『異世界』しかないよな。テレビだと観光地の取材で「見てください!まるで異世界です!」とか紹介してるのは見るけど、山田さんが言ってるのはそういうことじゃないだろうし。
異世界、異世界……。
頭の中で繰り返してはみたけど、答えなんて考えるまでもなかった。
「たぶん……というか、無いですね。無いです」
「そうだな。そう思うよな」
変な言い方をする。まるで俺が、異世界なんてのに行ったことがあるというような――。
「弋くん。君はね、異世界に行ったんだよ」
「――はい?」
思わず間の抜けた声を返してしまう。
この人は何を言っているんだ?
「『いったい何を言ってんだ?』とか思っただろ」
「……いいえ?」
おっと、読心術かな。
「一回、「異世界に行ったことがあるわけない」っていう考えを捨てて考えてみてくれ。
さっき弋くんは言ったよな、知らない森の中で目が覚めたら、そこでドラゴンに出会ったって。お、なんか『森の熊さん』みたいじゃない?」
「まあ、ちょっと近い気も……じゃなくて。確かに僕はそんなことも言いましたけど、ドラゴンっていうのは夢の話で……」
「それがもし、夢じゃなかったとしたら?」
「いや、そんなわけないっていうか。だって僕は、今こうして山田さんの目の前にいるわけじゃないですか。それも夢の中で――そう、夢の中で、そのドラゴンに殺されたんです。現実であるわけがありません」
論理的な説明なんて意味をなさない問答なのは自覚しつつ、全力で俺は山田さんの言葉を否定する。
そんな俺の言葉を、山田さんはうんうんと頷きながら聞いていた。
「言っていることも、言いたいこともよくわかる。わかるというか、まあそうだろうなって感じだな!
じゃあここで、俺の会社の説明といこうか!」
山田さんは立ち上がると、近くにあったホワイトボードに大きな文字で書き始める。
「『イセカイ運輸』――これが、俺の勤めている会社の名前だ。
さっき弋くんからも言われたけど、変わった名前だろ? とはいえこれが俺たちからすれば一番わかりやすいし、間違いない。何せこの会社がやっているのは、顧客への異世界体験の提供だからな!」
俺は山田さんのその突拍子もない話に、出かかった言葉をすんでのところで飲み込む。
「……話の流れからしてそんなわけないですけど、それは『まるで異世界のような体験ができる』とかってことじゃなくてですか……?」
「当然! そんなありきたりな、つまらない口説き文句なんかじゃない。
『まるで』なんて、要はただの偽物だろ? うちは正真正銘、本物の異世界に行ってもらうんだ! ただ身体はこっちの世界に置きっぱなしだから、意識だけの『転移』っていう言い方をウチだとしてるけどね」
ああ、何か悪い宗教の勧誘かもしれないと、心の中でそう思った。
でもそんな子供の夢物語のような話をする山田さんの目は、俺には不思議と嘘をついているようには見えなかった。まあそれほど彼が本気でのめり込んでしまっている可能性は否定できないけど。その場合は、残念だけどこの人はもう手遅……。
「おや、なにか言いたそうな感じだね?」
「え? いや、あはははは」
危ない危ない。山田さんは読心術の使い手(仮)だった。
「じゃ、じゃあ山田さんが言いたいのは、僕がドラゴンとかを見たっていうあれは、つまりあそこが異世界だったからだって言いたいんですよね?」
「ああ。だって実際に、現実ではありえない体験になったろ?」
山田さんは自慢げに話すが、俺には未だにピンと来ない。
「でも本当に異世界に行ってたとして、僕、山田さんに何かされましたっけ?」
「いやいや、轢かれただろ、俺の運転するトラックに」
「それはそうかもですけど……それとどういう関係が?」
「なんだ知らないのか。異世界に行くにはトラックに轢かれる。これ、常識」
さも当たり前という顔で真っ直ぐこちらを見ながら山田さんは言う。んな馬鹿な。
「あ、ほんとに知らない? そういうアニメとか見ない? 若い子はみんな見てるんだと思ってた」
「いや、言いたいことは一応わかるんですけど、ちょっとそれを常識として現実に持ってこられても困るというか……」
「そうか」
山田さんは心底残念そうな顔をする。あれ、これ俺がおかしいの? 違うよね?
「ええと、つまりですけど、この会社では異世界に行きたいって人をトラックで轢いてあげてるってことですか?」
「いや、それは言い方が悪いな弋くん! 車に轢かれたら人間って死ぬし。身体は無事じゃなきゃ、戻ってきた時に大変なことになるだろ? それに道交法とか殺人未遂とか、なんかもう色んな容疑で俺たち捕まるもん」
は?
「でもトラックに轢かれたら異世界に行けるんですよね? で、この会社ではそれを商品にしてるんですよね?」
山田さんは、うんうん、と何度か深めに頷いてから話す。
「間違ってはないんだけど、厳密にはトラックにも轢かれる必要はないんだな、これが。どうにも、強い衝撃でトラックと衝突さえすれば転移ができるんだってさ。
要はトラックに轢かれる必要はなくて、人間側がトラックに勢いつけてぶつかればいいってわけ。トラックは普通のトラックじゃなくて専用の特別なトラックだけだけどな。
さらに言えば、仕組みとしてはぶつかるのがトラックである必要すらないとか聞いたこともある!」
「じゃあ何でトラックにしてるんです?」
「そういうもんだからな。常識的に」
「常識的に」
いけない。世界を渡って輸入された常識に置いてかれている。しかし一方で、本当にあの時の自分は異世界に行っていたんだと、そう思えてきた自分がいる。頭のてっぺんから足の先まで、全身で体験したあの時間が、そう思わせる。
「……えっとつまり、僕はその特別なトラックとやらに今回は轢かれて、異世界に行ってたということですか」
「そ。ただ今回転移した異世界は『イセカイ運輸』で今のところ商品にしてる場所じゃなかったんだけど……まあその辺はいいや。とりあえず弋くんの言っている感じで間違ってないよ」
ふむ。わかるような、わからないような、わからないような。
ただ、わかろうがわかっていなかろうが、とりあえず重要なことは今聞いておこうと思った。
「ちなみに異世界に行ったら、どうやったら戻ってこれるんですか?」
万が一にも今後、同じ目に遭った時のために対応策を。そんなことが起こることはもう無いとしても、一応ね。
「弋くんが今回行った世界だと、本来ならまさしく『ゲームをやめる』みたいにいつでも自由に戻ってこれるようにするつもりだ。
ただ、そのシステムはできあがったばっかりでさ。明日にでも試験導入しようってところだったんだよね」
……ん? システム? 試験導入?
「ちょ、ちょっと待ってください。僕が行ったのって異世界なんですよね? システムとかってどういうことですか?」
「ああ、そうだよな。後回しでいいかと思ってたけど、先に話した方がいいか。
『イセカイ運輸』は今は本物の異世界に転移できるのを商品にしてるんだけど、異世界のことだから今後何が起こるか、それこそ想像がつかないわけ。そうした時に別の転移先も用意しといた方がいいと思って、創ってるんだよ」
「創ってる」
「そう。異世界をね。イチから創ってるんだよ!」
そんな馬鹿な! と、普段ならそうやって信じるわけなんてないところだけど、なんだか山田さんと話しているうちに全て本当のことなんだと、いつの間にかそう考えるようになっていた。
……おっと、そういえば異世界から戻ってくる方法を聞いておくんだった。
「ん? ああそうだった。その創ってる異世界はまさしく作成途中でね。さっき言ったように、自由に戻ってこれるようにはできてないんだ。明日にはできるようになる予定だ」
「じゃあ僕はどうして戻ってこれたんですか?」
「ドラゴンに殺られたからだね」
つまり死んだから戻ってこれたということか。
「他に戻ってくる方法は何があるんですか?」
「特に死に方は問わないよ」
そうではなく。逆にドラゴンに焼き尽くされるだけが手段と言うなら、それはもはや手段が無いと言っていいだろ。
「つまり、死ななければずっと異世界のままってことですか?」
「つまり、そういうことだ」
山田さんはにこやかに答える。
なるほどね。危うく俺は異世界人として余生を過ごすことになってたかもしれないわけだ。それも作成途中の異世界で。バグとかきっとすごいんだろうな。むしろ俺は、ドラゴンに感謝すべきなのかもしれない。
そう思うと、あの時トラックに轢かれるべくして轢かれた自分の不注意をより深く反省できた。
……と、ここでひとつの疑問に思い当たる。
「そういえば山田さん、さっき車で轢くのは違法だから、お客からトラックにぶつかってもらってる、って言ってましたよね」
「ああ、言ったね」
「僕、結果的にはさっき轢かれたわけじゃないですか。今回のって法的にはどうなるんですか? 保険屋さんとかに電話した方がいいですかね?」
俺としては、今は平気でももし家に帰ってから怪我とかが発覚した場合にどうやって扱われるのか、それが単に心配になって疑問をぶつけたつもりだった。よく交通事故である話だ。
ただ、なんか脅し文句みたいだと言ってから気づいた。
すると山田さんが俺に近づき、両肩にぽんっと手を置いた。
あ、殴られでもするのか。内心そう覚悟を決めた俺に、山田さんは笑顔で話す。
「弋くん、そうなんだよ。だからさ――」
山田さんはひと呼吸置いてから言った。
「なにか、弱みとかない?」
今の時代、暴力は流行らないらしかった。




