23.敵か、味方か
「皆さん、ひとまずご無事なようで何よりです」
俺たちは森の中、エルフを思わせる耳と容姿を持つ少女に襲われた。そんな俺たちに木々の奥から呼びかけたのは、こちらもまた似た特徴の姿の二人だった。二人は男性と女性で、見た目の年齢でいえば二人とも三十歳ほどに見える。
二人に従い、山田さんと、山田さんに背負われた俺、そして更科さんの三人は森の中をひたすらに走る。そしてやっと、木陰に身を潜めた。
「――いやあ助かりました! 先ほどの防御魔法は、お二人の魔法ですか?」
上がっていた息をなんとか落ち着かせた山田さんが尋ねると、「はい」と男性の方が答えた。
絶体絶命だった俺を間一髪で救った魔法の壁。もしもあれがなければ、今度こそ俺は間違いなくあそこで死んでいただろう。
そして女性の方はというと、風魔法によって俺の足にできた大きな傷口に回復魔法をかけ続けてくれている。あれから血は絶えず溢れ続け、血の奥には肉さえ見える。走っている最中はあまり気にならなかったけど、ここで落ち着いてからはずっと鈍い痛みが響いていた。しかし回復魔法を受けてからはそれも少しずつ和らいでいった。
「あの、ありがとうございます」
俺は女性にお礼を言う。しかし彼女は「いいえ」と、何故か苦々しい笑みを浮かべながら、短くそう答えた。俺を、俺たちを助けたのは間違いなくこの二人なのに。
「……ええと……何から話せばいいのか……」
重々しく口を開いたのは、例の防御魔法で俺を助けてくれたという男性。しかしそこから言葉が続かない。
「どうしました?」
山田さんが男性に促す。すると男性は、今も魔法を俺にかけ続ける女性と目配せをしてから、やっと話しだした。
「実は……あの子は僕らの子どもでして……」
「………………」
特徴のある耳に、どことなく似ている顔つき。そうじゃないかと思っていたのは僕だけじゃないだろう。
「……失礼かもですが、お二人は魔族ですよね?」
「!」
山田さんはそう聞きながら、仕舞っていた武器へ静かに手を近づける。
——魔族はその全員が人間の敵というわけではない。しかし魔物や魔族の世界では実力主義が大原則であり常識。大した力もなければ、それを補える特別な能力もない人間を下に見て、さらには血の気が多いなんて傾向も相まって、結果として双方は敵対関係にあることは俺も理解している。
この二人は魔族である。そうだとすれば、今俺たちの目の前にいるのはいわば俺たちの「敵」だ。対峙する山田さんの顔に笑顔は無く、両の目は普段とは違い、男性を鋭く刺していた。
「ま、待ってください! 確かに僕らは魔族です! 魔族ですけど、その、決して皆さんを傷つけたりはしません!」
「それは本当ですよね?」
「はい! 本当です! 信じてください!」
それでもぴくりとも表情を変えない山田さんを前に、彼は必死に訴える。それまで山田さんは剣の柄に手をかけていただけだったが、遂に引き抜いた。
……ただ、俺にも更科さんにもわかる。山田さんは魔族を、魔族だからというだけで敵対視することはしない、と思う。ただ山田さんは今、俺たちを守ろうという気持ちが強くあるだけだ。
だからこそ、俺は言う。
「……山田さん! ……僕は二人を信じたいです」
「弋くん、そう簡単な話じゃないんだ。例え今の言葉が、今この瞬間は事実だったとしても、また次の瞬間には――」
「山田さん。私も信じたいです」
「それは何を根拠に――」
魔族の男性と正面で向き合ったまま、山田さんは横目で俺と更科さんを見る。そして山田さんは俺たちの言いたいことを理解し、短く息を吐いてから剣をゆっくりと収めた。
その女性――つまりは俺を殺そうとしていたであろうあの少女の母親は、山田さんが男性——あの少女の父親に剣を向けていたその時でさえ、切らすことなく俺の足に回復魔法をかけ続けていた。そしてその表情は、あまり俺に見えないようにはしていたけど、何故かとても——悔しそうに見えた。
彼女の心の内は俺にはわからなかった。ただ、そんな単純なものでないことだけは俺にもわかった。そして魔法を使う彼女の顔。見え隠れしていたその表情については、俺にも腑に落ちるものがあった。
そして山田さんにも、その一端は伝わったらしかった。
「……わかりました。ここはあなた方を信じることにします」
「! ありがとうございます……!」
それからは誰も一言も話さないまま、しばらくして足の治療が終わった。その時には、肉を削り、あれだけの血が溢れていたはずの傷口は、信じられないことに小さな傷すら無く元通りになっていた。これが魔法の力かと驚くばかりだった。……まあこれについては、傷つけた側の魔法も大概ではある。
しかし、ここに生まれたのは「信頼」とは呼べないだろう。ただ、今はお互いがお互いの敵ではないということ。それだけは全員の共通認識だった。何より今は、それよりも大きな共通の問題が目の前に差し迫っていた。
「――では今さらですけど、自己紹介でもしましょうか」
声を上げたのは山田さんだった。
危険がすぐそこに迫っていることは確かだが、しかし、だからこそ俺たちが見て見ぬふりもできなかった。黙っていても協力するようになったのは、至って自然なことだった。
山田さんを皮切りとして、まず俺たちイセカイ運輸の三人がそれぞれ簡単に自己紹介を終える。二人は俺たちの会社のことはもちろん、転移のことも知らなかったらしく、随分と驚いていた。まあうちの会社が異世界転移を商売にし始めたのもここ十年くらいだというし、そんなものか。
そして二人が続いた。二人とも俺の中の魔族というイメージとは異なり礼儀正しく、見た目もあってか、むしろ人間のように思えさえした。
「ヤウルド・ユーザメロウです。こちらは、妻のカフィルイ。魔族では珍しいかもしれませんが、『ユーザメロウ』というのは人間種でいうところの苗字です。ヤウル、カフィと呼んでもらえればありがたいです。……そして最後に、娘の名前はアリスフィアといいます。僕らはアリスと呼んでいます。今はあんな様子ですが、本当はいい子なんです……」
ヤウルさんの声は最後、消え入るかのように小さくなっていった。そんなヤウルさんの肩に、カフィさんはそっと手を置く。その手は確かに震えていた。
「……では、ヤウルさんにカフィさん。教えてくれますか。お子さんに――アリスさんに何があったのか」
山田さんの問いにヤウルさんが力強く顔を上げ、はっきりと答える。
「事の発端は今日、『マスヴァラ』という魔族が私たちの前に現れたことでした。あいつの使う魔法は、恐らく相手を洗脳するようなものだと思います」
洗脳……。聞くだけでロクでもない力なんだと想像がつく。そして、アリスという少女に何があったのかも。
「……皆さんが思ったことは、たぶん間違いではないでしょう。アリスは今、その魔族に魔法で操られている状態です」
「襲われたことに心当たりはあるんですか?」
「いえ、全く。マスヴァラなんて魔族も初めて聞く名前でした」
「そうですか……その魔族の姿はどんなでした?」
「……浮遊する目玉です。それから触手? ……そいつにとっては手足かもしれませんが、そんなものが生えていました。私たちはほかの魔族と顔を合わせることも少ないですが、まず見たことがない姿でした。なのでそれ以外のことは何も……」
——目玉の魔族か。もしそうなら、ちょうどいいかもしれない。
「襲われたときはお二人は一緒だったんですか?」
「はい。そいつの戦闘力もなかなではありました。私の防御魔法を、魔法も使わずに何回かの触手の攻撃で突き破ってきました」
「あの魔法を……」
「ただ、本当の脅威は間違いなく魔法です。私と妻には効きませんでしたが、アリスはまだ魔力制御が甘く魔法への抵抗が弱いので、魔法の効果を受けてしまいました」
「どうしてそんなことを……。その魔族はヤウルさんたちを狙っていたんでしょうか」
「たぶん私たちを殺そうだとかは考えていないでしょう。ただ、目的に見当はつきます。私たちは魔力制御に長けた種族です。恐らくはこれが使えると思ったんでしょう」
「……その、使える、というのは?」
ヤウルさんは、その問いに当然というように返す。しかしその答えに、俺と更科さんは身を固くした。
「私たちを操って、それを魔王の力とするということです」
……魔王。
よりにもよって、その言葉をここで聞くことになろうとは。頭の中で思い出されたのは、シェナさんから魔王について教えられた時の言葉だった。
『魔王が人間の敵ではないということだ』




