22.探索部とは
「やあヤマダさん。元気してたかい?」
「あはは。それはもう、とてもとても」
例の大きな机を挟んで、にこやかなシェナさんの挨拶に苦い顔で答える山田さんは、その言葉とは裏腹に気持ちを隠すつもりはない様子。というか、隠せないほどなのかもしれない。
さて、今日は更科さんと、こちらは随分とお久しぶりの山田さんとアーウェズトに来ている。俺と更科さんは毎日のように来ているけど、山田さんは二ヶ月振りくらいじゃなかろうか。もちろん現実世界では何度も会うけど、異世界で会うのは事実、かなり久しぶりだ。
「同僚の私が取引先の方に聞くのも変なんですけど、弋くんと更科さんはしばらくどうでしたか?」
「それは本当に変な質問だ。それにもし悪い評価だったら、本人たちを前にして、私にそれを言えというのかい?」
「……そうですね。すみません」
「まあいいさ。結局のところ、そんなことは無いからね。ヤマダさんだってそれくらいわかった上で聞いたんだろう? 二人とも仕事はちゃんとしてくれているよ。毎日のようにここに顔を出してくれるし、転移者についての報告もしっかりしてくれる。それこそ最近は問題らしい問題も何もないけどね。ね?」
シェナさんが急にこっちに振ってきたので、「え、ええ」なんてさも何かあるような反応に二人揃ってなってしまった。まあ仕事の一環(?)とはいえ直接的に仕事ぽくないこともしていないこともなかったというか、まあしばらくそんな感じだったからね。思わず逸らしてしまった目を山田さんに気づかれていなければいいけど。
でも山田さんは、シェナさんの言葉に少しだけ口角が上がったように見えた。こっちに来れないながらも実は俺たちのことが心配だったのか、それともシェナさんが真意を見抜いてくれたことが嬉しかったのか。いずれ安心したということだろう。
「ありがとうございます。私もアーウェズトの様子は二人からも聞いています」
「そうだろうね。ホウレンソウって言うんだろ? 私にはうまく翻訳されないからあんまりピンとは来ないけど、二人から説明はしてもらったよ。確かに大事だと思うし、ダロにはぜひ身につけてほしいものだ。まったく、今日いないのが残念でならないよ。
——それで、今日はそんな平和なアーウェズトに、久しぶりにどうしたんだい? 久しぶりなんだから見学でもしていくかい? いや、ぜひしていくといいさ。久しぶりなんだから!」
「いやあ……」
両肘をついて指を組んで、そこに顎を乗せたシェナさんがにやにやしながら言う。そっと目を逸らす山田さん。
「しばらく顔出せなかったことはスミマセン……。今日も別件が落ち着いたのでなんとかやっと来れた感じでして、それで二人の様子を聞くつもりだったんです。でもさっきの話だとそれももう教えていただけたんで、今日はウチの二人が行ったことがない場所に行ってみようかなあなんて……」
◇
「行ったことのない場所ってここですか?」
「そう。アーウェズトは森に囲まれてるけど、この辺りには来てないでしょ?」
山田さんに連れられて来たのは、アーウェズトの南西方面の森。これまでシェナさんとダロさんが一緒の時も含め、どちらかというと北西方面にしか入っていなかった。二人によれば比較的弱い魔物や魔族がいるのがその方面だったそう。そういうわけで、確かにこの辺りには来たことが無かった。ただ周囲の風景こそ、どっちも「森だなあ」という感想しか出てこない。
「ところで弋くん、その目のやつは何? 見えてるの?」
あ、そういえば。山田さんにはまだ言ってなかったっけ。
「はい。いろいろあって着けることになりまして。魔法で見えるようにはなってます」
何のことかと言うと、俺の目を覆うように顔に巻きつけられている布のことだ。
俺はアーウェズトに更科さんと二人で転移するようになってから間もなく、いろいろあって、この布を巻くようになった。見た目はスイカ割りをしている人、みたいな? もちろんあれは目が見えないようにしているわけだけど、ここは異世界。魔法によって布があっても変わらずに視界はクリアだ。
「へえ、そんな魔法具あんのか。 初めて聞いたな。それで、いろいろあったって、何が?」
「……強くなるための訓練ですかね!」
まあ嘘ではない。
「へええ! あれだろ、『心の目』ってやつだろ? かっけえな!」
「ありがとうございます!」
弋灯哉は特にツッコむこともせずに受け入れることを選んだ。
いいなー俺も欲しいなーと本当に羨ましそうに山田さんは言いながら、俺たちは森の中を進んでいく。正しくは、この布は魔法を発動させるような魔法具なんかじゃなくてただの布だけれど、細かいところは指摘しないでおく。
そして少し木も鬱蒼としだしたところで、更科さんが質問を投げる。
「山田さん、何かこの先にあるんですか?」
「ん? 別に何も無いんじゃないか?」
「「え?」」
想像に無かった答えに、俺も更科さんも間の抜けた声が出た。一方の山田さんは足を止め、俺たちに体を向ける。
「いいかい二人とも。俺たちの仕事は魔物を倒すことじゃない。俺たちの、イセカイ運輸の商売とは何か? そのために必要なもの、ことは何か? 答えは無限とあるだろうが、最優先はお客さんだ。つまり、最低限の安全を確保することが俺たちの重要な仕事ってわけだな。つまり俺たちは今日、何も無いことを見に来たんだ」
ま、何かがあったらあったでダロさんに助けでも頼もうかな! と山田さんは笑顔で付け加えた。
……俺は、俺や更科さんは、シェナさんやダロさんとここのところはよく一緒に活動していた。それもあって、仕事への向き合い方はわかっていたつもりだった。
ただ、どうだろう。俺はなにか勘違いしていた気がする。別に魔物を倒すことが自分の仕事だとまでは思っていないけど、どこか自分がお客さんと同じように、この異世界を冒険のステージだと思ってはいなかっただろうか。
だから山田さんの言葉にはすごく納得した、気がした。
そして俺たちは再び歩き出す。
「さ、そういうわけだ。今日はこうして森の中を見て回ってくから、おかしなことがあったらすぐに報告するように! 些細なことでもいいぞ。――そういえば二人とも、というか弋くんか。武器が決まったんだな。おめでとう!」
「そうなんです。シェナさんの薦めで決めました」
答えた俺の手には一本の短剣が握られている。刀身の長さや重みは、転移したばかりの俺を救ってくれたあの時の短剣によく似ている気がする。大きく違うことは、シェナさんの助言を受けて、ただの短剣じゃなくて魔法具にしたこと。使いこなせるのか、というと今はまだ微妙だけど、いずれ役に立つからというシェナさんの強い薦めで選んだ。
さっきの山田さんの話じゃないけれど、俺がアーウェズトに来ているのはあくまで仕事で、お客さんの転移者とは違って魔物と戦うとか、そんな目的は確かに無い。でも、アーウェズトにやって来たあの日。魔物と魔族に襲われて、たまたま間一髪助かったことを思うと、少しは自分の身は自分で守るくらいできないと駄目だとはわかった。そして山田さんの話だ。転移者の安全のため、戦う力はいずれ必要になることもわかった。この短剣は、その時に俺の助けになるだろう。
「更科さんの武器は杖なんだな。お客さんの時からそうだっけ?」
「はい! その時も私、ほとんど魔法しか攻撃手段にしてなかったので、つい自然とこれになってました」
更科さんの持つ杖は、全体が白く、だいたい一メートルくらいの杖だ。選ぶときには俺も一緒に見て回ったけど、特に珍しくもない見た目だと記憶している。しかしその柄には、五センチほどの赤い宝石のようなものがしっかりと埋め込まれている。
「じゃあ武器としての熟練度は相当ってわけだな!」
「どうですかねえ? 結局使うのって魔法なので、杖で直接戦っていたわけでもないですし……あ! でもこの杖もシェナさんにオススメされた魔法具で、普通よりも魔法の効果が上がる杖なんです!」
「へえ、それはすごい!」
更科さんが言うように、わざわざそれまで使っていた杖を変えてまでその杖を選んだのは明確な理由がある。杖は総じて魔法の威力を高める効果をもたらすのだけど、この杖だと魔法の威力を高めるだけでなく、魔法の精度だとか、俺は詳しくわかんないけど色々な効果が付与されるらしい。
ただし、アーウェズトにおいては魔法に最適なのが杖というのとは少し違う。魔法具にとって重要なのは、魔力をより多く込め、蓄えられる形や大きさであることがある。この杖では、埋め込まれている宝石がそれにあたる。それでいて急な戦闘に備えて肌身離さず持ち歩きやすく、かつそれが過度な衝撃で魔力の暴発とかが起きにくいように戦闘に直接は使わない物である方が望ましいとされている。こういった条件で考えていくと、シンプルな形状の「杖」が向いていたと、実際はそれだけの話だとダロさんから聞いた。つまりは魔法具である俺の短剣にも、少しながら魔法の使用をサポートする能力がある。ただし直接相手に斬りつける剣の類では、暴発の恐れからその効果は杖に比べると大きく抑えられている。そんな話を聞くからには過去にこれによる事故もあっただろうから、経験と知恵の結晶ともいえるんだろうな。
「ん?」
三人で話しながら森の中を歩いていると、先頭を歩いていた山田さんがなにかに気づく。
「どうしました?」
「……いや、なんか奥の方で木が倒れる音がしたような……」
そう言うので耳を澄ますと、間もなく今度は俺にも更科さんにも聞こえる音がした。
ガガシャ。
「……しましたね」
「でしょ? あと今のほうが音が大きかったんだよな」
山田さんの気のせいではなかったらしい。
とはいえ、木がそんなに何度も倒れることなんてあるだろうか。少なくとも自然にそうなっているとは思い難い。
「木の伐採でもしてるんですかね」
「そうだなあ。考えられるとしたらそんなとこだよなあ」
「どうします? もしそうならお仕事の邪魔しても悪いし回り道でもしますか?」
「そうだなあ……」
山田さんは悩ましい声を出しながら、それにぴったりの悩ましそうな顔をする。俺も更科さんの言う通り、迂回するのは賛成だ。しかし山田さんは何かあるのか悩んだ様子のまま。
すると、奥の方からしていたその音がまた聞こえた。また。そして、また。それはだんだんとこっちに近づいてくるのがわかった。
「……山田さん、なんか来てますよね? 魔物、だったら嫌ですね」
「……可能性はあるな。二人とも、身を守る準備だけしとけ」
俺たちは武器を構える。その間もだんだんと音が近づいてくる。途中、俺達の右側、森の中を何かが駆け抜けていったような音が聞こえたが、その間も奥から音は近づいてくる。そっちも気になったが、今は正面から近づいてくる音の方が重要だった。
そして音がいよいよ目前と迫ったところで、木と木の間から、小さな人影が姿を現した。
「……エルフ?」
長い髪を掻き分けて覗かせる長い耳を持つその姿は、俺の知るだけの知識ではそう呼ぶのが一番適していた。
その子は女の子のようだった。年齢は中学生、いや、それよりも幼く見える。ただ前にシェナさんに聞いたことがあるが、こっちの世界には現実世界で語られるエルフやドワーフなんて種族の区分は存在しないという。当然といえば当然だ。一方で、そういった種族に似た性質の種族はいるらしい。それはさておき、だ。
「………………」
俺たちの前に現れたその少女はというと、最初に右、左と何かを探すように首を振ってから、それからずっと黙ってそこに立っている。
ただ、どこか目が虚ろに見えるのは気のせいだろうか。
「……どうしたの? 大丈夫?」
俺と同じことを感じたのだろう。それは、更科さんが眼の前のその子の登場に緊張を解いて声をかけたのと同時だった。
「――! 待って! 様子がおかしい!」
「えっ?」
山田さんが叫んだ。
それまで垂れたままだったエルフの腕が、すっと持ち上がり、そして俺たちを指すように指先が向けられる。それと同時に彼女の周りに空気の渦ができる。
——俺はこれを知っている。前にダロさんが見せてくれた、風魔法だ。
そのことに気がついたのとどちらが早かったか。その子の周りの空気の渦は風となって、そしていくつもの目に見える刃になって飛んできた。
俺たちの正面に走り出た山田さんが、手にしていた長剣でそれらを斬り払う。しかし全てに対応することはできず、そのうちいくつかが後ろの俺たちにも飛んできた。
「――ッ!」
強化された体のおかげか、自然と体が動いた。
しかし俺は横目に、反応に遅れた更科さんを捉えた。同時に風の刃が更科さんに向かっていたのも。俺は即座に、更科さんに覆い被さりながら地面に倒れ込んだ。
「大丈夫か二人とも!」
「はい! なんとか! 更科さん、大丈夫ですか?」
「あっ、うん……ごめん」
「よし、逃げるぞ!」
俺は更科さんの手を引き上げながら起き上がる。
「こっちだ!」
「はい!」
虚ろな目の少女は立て続けに魔法を放つ。さっきもそうだったが、魔法はこちらを本当に狙っているのかというほどに甘い狙いのものばかりで、真っ直ぐこっちに飛んでくるのは総数の半分以下しかない。それでも如何せん放たれる頭数が異常で、逃げながら躱し続けるのはなかなかに骨が折れそうだった。
——しかしそこから逃げるべく立ち上がった俺は、それ以前の問題に直面することになる。
「――痛ッ!!」
踏み出した足に鋭い痛みが走り、バランスを崩す。自身の足に視線を落とすと、太腿から血が溢れている。更科さんを庇った時だろうか。そこまで酷いものではないけど、足を掠めていたらしい。
「弋くん!」「灯哉くん!」
地面に膝をつく俺が格好の的だったんだろう。少女は俺に向かってまた風魔法を放つ。自身にできた傷から考えても、あの魔法が人間の肉を断つくらい容易いことは間違いなかった。
あれをマトモに喰らえば俺は死ぬ。そうわかっているのに、足が思うように動かない。思ったよりも深い傷だったらしい。
何やってんだ! こんな時くらい根性見せろよ、弋灯哉!!
自分へ言い聞かせた言葉に俺の身体が応えたのか、激痛をその足に覚えつつもなんとか足は俺の指示通りに動いた! ……が、とても魔法を躱せるほどの時間が俺にはなかった。
ここで終わりか――そう思った時、飛んでくる風の刃と俺との間に突如として、大きな壁ができた。
透明なそれは、確かに壁だった。魔法の刃はそれに当たると、傷さえつけられずに砕け散った。
「――こっちです! 早く!」
俺たちが逃げようとした方向から聞こえた、聞き覚えのない声。
「弋くん!」「大丈夫? 立てる?」
山田さんと更科さんが駆けつけ、ふたりが肩を貸してくれる。俺たちは迷わずに、何も疑うこともなく、疑う余裕もないまま、声のした方に急いで走った。




