20.帰還
「おかえりなさい。山田さんはまだみたいですね。気分はどうですか?」
少しずつ意識が覚醒していき、声の主、高田さんが傍に立っていることを認識する。病院の大部屋をカーテンの間仕切りで区切った一画のような、まさにそこはイセカイ運輸の保健室だった。
……ここしばらく目を覚ます度に全く別のものが視界にあるから変な感じがする。
「——えっと、とりあえずは大丈夫そうです」
いずれ今は「大丈夫」なことに間違いはない。転移先の色々はとりあえず黙っておくことにした。
「それは良かった。弋さんには話した気もしますが、初めての転移では帰ってきてから具合が悪くなることが多いので、ちょっとでもそういうことがあればすぐに言ってください。それで仕事を休むことになっても山田さんも怒りませんから」
「ありがとうございます」
高田さんの気遣いに感謝しつつ、吊るしてある時計を見る。時間は午後四時半。だいたい七時間は向こうの世界にいたってことか。
「初めての異世界はどうでした?」
「なんていうか……不思議な体験でした。時間もあっという間だった気もしますし」
「そうですね。私も転移は体験したことありますけど、こっちの世界に戻ってからもしばらく気持ちがふわふわしていたのを覚えてます」
高田さんとそんな話をしていると、ピピピ、とカーテンの奥で音が鳴った。
「あ。山田さんも戻ってくるみたいですね」
「それもわかるんですね」
「はい。『銀の鍵』は使ったと思いますが、あの魔法、この事業用に作られたって聞きました? なので帰ってくるのがわかるようにしてもらっています」
高田さんはカーテンを開けると、別の仕切りに向かった。あそこに山田さんがいるわけだ。高田さんがカーテンの奥に消えると、すぐに二人の会話が聞こえた。
「山田さん、お疲れ様でした。体調は大丈夫ですか?」
「ああ。俺はなんともない。それより弋くんが心配なんだけど大丈夫? もう戻ってるよね?」
「そんなに焦らなくても戻ってますよ。ほら」
高田さんは言いながら、慌てて話していた山田さんと俺を隔てていたカーテンを開く。そして俺と目が合った山田さんは少し気まずそうな表情になった。
「こんにちは。至って元気な弋です」
「ああ、うん……」
山田さんはそっと目を逸らした。
「あー……そういえば更科さんは戻った? 渋崎さん今日はお休みだったよね?」
「女性のお客さんですよね? それも大丈夫です。山田さんと同時に戻りましたし、代わりの職員が対応してますよ。それより山田さん、向こうで何かあったんですか?」
「いやあ……それがさ——」
高田さんに聞かれ、山田さんは今日のことを話した。我ながらとても七時間とは思えない内容の濃さだと思う。一日で魔物アンド魔族に襲われるなんてさ。聞いていた高田さんが俺に同情の目を向け、俺はそれをしっかりと苦笑いで受け止めていた、そんな中だった。
「――へえ。そんなことがあったのか」
流れるように話していた山田さんの声はぴたりと止み、俺達は一斉に声の方を向いた。
「げ」
「おいおい、「げ」ってことはないだろ」
部屋の入口には司波社長が立っていた。
「お疲れ様です社長」
「おう。お疲れ、高田。そろそろ二人が帰ってくるんじゃねえかって来てみたら、ちょうどだったか? それで龍生。なんか楽しそうに話してたけど、お前、仕事初日の後輩連れてってそんな危険な目に遭わせたのか?」
「いや、楽しそうってことはないですけど……その……最後の部分はその通りです……」
「あ、でもですね社長! 結果として僕にも色々ありましたけど、山田さんも駆け回って探してくれたり、魔族に連れてかれたのも相手が強かっただけで守ってくれたのは本当で!――」
なんか雰囲気的に山田さんの行く末が危なげだったので慌ててフォローする。でも嘘もついてないし、山田さんが俺のために頑張ってくれたのは紛れもない事実。それが伝わったのか、司波社長は「他ならぬ弋くん本人がそう言うんじゃ、今回は不問ってことにしてやるか」と引き下がった。その瞬間、何やらつまらなそうに見えたのは気のせいだろうか。
「それで弋くん。初めてのアーウェズトはどうだった? 山田龍生が上司だけど仕事はやっていけそうか?」
司波社長に聞かれ、今日のことを頭の中で振り返る。右も左もわからないまま森に放り出され、熊の魔物に追っかけられ、今度は門兵に殺人犯として捕まって、挙句の果てには魔族に連れ去られて(記憶にはないけど)殺されかけた、と……。
「……弋くん?」
「……はい。やっていけそうです」
できるだけ自然に、微笑みを崩さずに答える。まあ最終的には熊との一騎打ちに勝ち、犯人という疑いも晴れ、なんとか命も助かった。これでいいじゃないか。
「あ、そうだ。高田さん、さっき話した更科さんって女性、ここに連れてきてもらえる?」
「え? その方って一般のお客さんですよね? いいんですか?」
「ああ、ちょっとワケがあってさ——」
◇
「さて。じゃあ新人職員がもう一人増えたということで――」
社長が切り出す。一方の山田さんはというと、やり切ったという顔で真白く燃え尽きている。様々情報を伏せなければいけないという制約の中、ほとんど即興にも関わらず恐ろしいプレゼン力だった。やはり山田さんは仕事ができる男。かつ社長も、来る者拒まずが会社のモットーなのかというほどにスムーズにコトが進んでいった。もはやこの会社が心配というか怖い。まあ、今さらではある。
「更科さんも、本当に配属は探索部でいいんだね?」
「はい。頑張ります!」
「その意気込みは良し! 龍生も大丈夫か? 確かにこれまで人手は不足してたけど、二人とも新採用ってのは?」
「はい。死ぬ気で指導して、死ぬ気で俺が働きます」
「いや、そこまで気張らんくてもいいと思うけどよ……まあいいや。無理すんなよ」
「ありがとうございます」
そう返す山田さんは、かなり遠い目をしていた。
「さてと今の時間は……三十分で仕事も終わりか。龍生も弋くんも、今日はもう上がりでいいよ」
「いいんですか?」
「今日なんて二人ともかなり疲れたろ。別にその分を給与から差っ引こうなんてしないから安心して、今日はおしまいにしな。時間早いけど、これで三人でメシでも行ってきな。あ、俺は仕事があるから行かないから安心しろ?」
そう言って社長が、財布から出したお札を山田さんに渡す。
「いや、社長、悪いですって!」
「いいんだよ。だけどいつも俺が出すとは思うなよ。今日だけだからな! ほら、早く行った行った!」
俺もなんだか申し訳ないとも思いつつ、渋々受け取りお礼をする山田さんに更科さんと一緒に倣う。社長は笑って、そのまま手をひらひら振ると部屋を出ていった。
「あー……じゃあそういうことだから、メシ行く? 二人とも時間とか大丈夫?」
「はい。俺は全然」
「私もいいんですけど……私まで連れてってもらってもいいんですかね?」
「そりゃあ、このお金だって社長は二人に渡したようなもんだろうし、当然。 それに、これから俺たちは三人で探索部なんだからさ」
三人で、かあ。
山田さんとの関係は、彼が運転するトラックに轢かれたことから始まった。それからお互いがお互いに弱みを握るようにして、半ば強引に俺はこの会社に入ることになった。
更科さんとは、そのトラックに轢かれる直前に公園で会って、それからカフェに行って、さらには異世界でも。そして異世界では俺と同じ「イセカイ運輸」で働くことになったのが、まさか魔王に脅されてなんて。
三人は、何の因果かわからないけど、そんな偶然がただの偶然なのかもわからないくらいけど、こうしてイセカイ運輸なんていう奇怪な会社で一緒になって、それも異世界で働くことになった。
「それじゃあ行くとするか!」
山田さんが号令をかける。
『イセカイ運輸 探索部』は今日ここに、新たに動き出した。きっとこの先にも困難だとか苦労だとか、それこそ死ぬ気|(文字通り)で仕事をすることもあるだろう。けれど不思議と、俺なら、俺たちなら大丈夫と、そんな風に思った。




