19.秘密のこと
「山田さん。こちら、つい先ほど僕の後輩になりました更科さんです」
「更科寧々香です。よろしくお願いします」
「後輩……え?」
「配属は探索部です」
「え??」
挨拶、大事。部屋から出てすぐに山田さんに更科さんの紹介を済ませた。山田さんは疲労困憊の色を強めた。
◇
俺たちとの作戦会議を経たシェナさんも交えて、山田さんに事の経緯を説明する。もちろん、魔王のことは伏せて。更科さんがイセカイ運輸に勤めることについては、ギルドからの強い推薦があったということにした。「理由? そんなものはこれから考えればいいさ!」とはシェナさんの言葉。とりあえず山田さんには、理由はこっちでも考えるからなんとしても雇うようにして欲しいとシェナさんが頼んでいた。山田さんは最初こそ無理だと断っていたけど、シェナさんに何度も何度も頼み込まれて渋々引き受けることとなっていた。
「さて。色々と想定外のことばかりだったけれど、これで全て解決したというわけだ」
満面の笑みのシェナさんとは対照的に、山田さんはさっきから深刻な顔をして「社長になんて説明しよう……」なんて呟いている。まあでも、シェナさんに言わせれば全て解決したということだ。うん、そういうことにしておこう。
「それで山田さん、皆さんはこれからどうするんだい?」
「え、ああ、そうですね。もうこんな時間になってしまったので、今日はここらで戻ろうと思います」
「そうか。まあ色々あったからね。それならまだ終えられてないこともあるだろう。イグルミさんにも、ロクにアーウェズトを案内できなかっただろ?」
「はい。また明日も来ようと思います」
今の今まですごい顔になっていた山田さんも、一見するといつも通りの表情に戻っている。この切り替えの早さはぜひ見習いたいものだ。
「じゃあイグルミさんとサラシナさんも、これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「お願いします!」
「はい、じゃあ二人ともこれを使って」
山田さんは俺たちに南京錠なんかでよく使われる形の、銀色の鍵を手渡す。
といってもその大きさは十センチはあるだろうという大きなもので、さらに持ち手の部分にはかなり緻密な装飾が施されており、加えていくつか小さな異なる色の宝石のようなものが嵌め込まれていた。ひとつの芸術品といっても相違ない、そんな見た目をしている。
「この鍵は何に使うんですか?」
「そうか、弋くんには見せたこと無かったか。これはとある魔法を起動させることのできる鍵だ。キレイなもんだろ? こういう形のはウォード錠って言うんだってさ」
「確かにキレイですね……それで、とある魔法というのは?」
「元の世界へ帰るための魔法さ。当然こっちの世界には元々ない魔法だから、うちの社員がこの魔法を開発したんだよね。まあその社員に言わせれば、厳密には魔法とは仕組みが違うとは言ってたけどな」
さらっと言ったけど、魔法って開発できるんだ。これはすごいことだ。「俺の考えた最強の魔法!」とかも作れるのかな。
「で、これを使うことでその魔法が発動する。元の世界に戻るのには必須のアイテムだから、転移者はみんな持ってるやつだ。イグルミくんも失くさないようにな?」
なるほど、超重要アイテムってことだ。
「ちなみにこの鍵に名前ってあるんですか?」
「正式名称は『個体識別帰還魔法発動用子鍵』だけど、こんな小難しい名前は誰も呼んでないから『銀の鍵』ってみんな呼んでるよ」
『銀の鍵』ね。正式名称はもう覚えてないけど、それなら見た目通りでわかりやすい。ともかくこれは無くさないようにしないと。
「さ、じゃあ帰ろうか! シェナさんも、今日は何から何までありがとうございました。先輩である俺が役立たずで恥ずかしい限りです……。あと、うちの社長との協議の結果はまたお伝えしますので」
「ああ。よろしく頼むよ。山田さんなら上手いことやってくれるって信じてるからね」
シェナさんの言葉に山田さんは苦笑いを返す。
俺は改めてシェナさんにお礼を言い、三人で建物を出た。
「弋くん。『銀の鍵』はこう使うんだ」
山田さんの指示通り、俺は額に『銀の鍵』を数秒間触れさせる。すると鍵は仄かな温かみを帯びた。
「ほら、見てごらん」
山田さんに言われて額から離して見ると、鍵が赤、青、白と色を少しずつ変えながら微かに光っていた。
「これは魔法の発動ができる状態ね。あとは——」
俺は光る鍵を正面に突き出してから、まさにドアの鍵を開けるように捻る。
すると鍵を中心に、広がるようにして透明なドアが現れる。思わず「おおー」なんて声が出た。
「はい、これで魔法が発動したね。あとは鍵を抜いてもドアは無くならないから、ポッケにでも仕舞ったあとに普通のドアと同じように中に進めば帰れるってわけ」
「三人で入るんですか?」
「いや、最初に頭に『銀の鍵』を触れてもらったでしょ。あれでその人にしか適用されない魔法になってるから一人だけしか入れないんだ」
「うまくできてるんですね」
「それな」
俺は魔法のドアから『銀の鍵』を引き抜く。
「弋くん、向こうで更科さんと合流するから戻ったらその場で待ってて!」
「わかりました」
俺はドアを引いて、その中に足を入れる。右足、そして左足と入れたところで、意識もすっと薄れていった。
◇
「ゼタク、いるかい?」
「――はい。ここに」
シェナの声に、その半歩後ろから応えがあった。
「今日はありがとうね。お陰でイグルミさんを助けることができた」
「滅相もありません。それに彼を助けたのはシェナ様の魔法です。私は何もしていませんし、あれはシェナ様だからできたことです」
「そうだとしても、あの魔王を追うことができたのはゼタクだからだ。私ひとりだったらあの場にいることすら叶わなかったんだから、紛れもなくゼタクのお陰だよ」
「……そういうことなら、ありがたくお言葉は頂戴します」
「ああ、そうしてくれると嬉しいよ」
シェナはいつもの席に戻り、椅子に座る。軋んだ音が部屋に響く。
「今日は特にお疲れのようですが、大丈夫ですか?」
「ん? まあ、そうだね。久しぶりに集中して回復魔法を使い続けたから、気疲れみたいなものかな。それよりゼタク、イグルミさんはどうだった?」
「そうですね……私には特に怪しい人物とは思えませんでした。何かのスキルを行使している様子もありませんでしたし、最後まであの魔族に抵抗する素振りも見られませんでしたが、恐らくは自分と相手の力量差から何もしなかったものと思われます」
「……そうか。相手との力関係をうまく判断できているのは非常にいいことだ」
シェナはぐだりと椅子に体を預けると、軋んだ音が部屋に響く。
「……私にはアヴィステラがイグルミさんのことを何か気にしているように思えたが、気のせいだったということか」
「どうでしょう。私も魔王様の後は追いましたが、魔王様が先に彼の元に着いていました。何かをそこで見ていたとか、そういった可能性は排除できないかと——観察を続けますか?」
「いやいいよ。それよりゼタクは、むしろもっと自由にしてもらっていいんだからね?」
シェナは手をヒラヒラと振る。
「いえ。私が好きでしていることですから」
「ふむ……」
シェナは考え込むが、本人がそう言うのなら仕方がないと諦める。そもそも、こんなやり取りはこれまでも何度か繰り返してきたのだから今更ではあった。
「ならゼタクに一つお願いがあるんだが、相手を眠らせる魔法って使えるかい?」
「精神干渉系の魔法は得意分野ではありませんが、簡単なものならば」
「じゃあ私に使ってくれるかい?ちょっと休みを取りたいんだ」
「そういうことでしたら、ええ。承りました。しばらくしたら起こすようにいたしますので。それでは――」
ゼタクはシェナの額に指先を触れると、椅子に凭れたままシェナは眠りに落ちる。
——服の上からでも伝わるほどの細い腕。透き通るような白い肌。光を反射させて輝く長い睫毛。薄い桃色の艶やかな唇。自らが仕える主君の、そのあまりに無防備なその姿をゼタクは見つめる。
「シェナ様……」
シェナの柔らかな頬に手を添え、そっと顔を近づける。自分たち二人以外は誰もいない部屋で、ただ自分だけが知る空間で、シルエットが少しずつ一つになっていく。
「………………」
――我に返る。自ら仕えると誓った主君に対して、何を考えているんだろう、と。
名残惜しげに頬から手を離し、ふと外を見る。いつの間にか傾いていた陽に照らされた景色。ゼタクの頭に浮かんだのは、シェナと出会った日のことだった。
今でも鮮明に思い出す。シェナは覚えていないと言っていたけど、知っている。覚えている。忘れるはずもない。忘れられるはずもない。あれほど苛烈で、凄烈で、美しい命の形をあの時初めて目にした。できるものならもう一度、あの時のシェナに――。
しかしすぐに、それが愚かな考えだと自覚する。その願いが叶わないと知りながら、否、叶わぬようにさせるのが己の役目と決めたのだ。それこそが主君の願いである限り。
「――さて。シェナ様の安眠のため、少し身を隠すとしよう」
ゼタクはそう呟くと、影の中に落ちていった。
部屋に残されたのは、静かな寝息がひとつ。ただそれだけだった。




