17.ベッドの上で
「――ん、起きたか」
「……えっと、ここは……痛っ!」
「ああ、まだ大人しく寝ておいた方がいい。見てくれだと傷は塞がってるようだが、まだ元通りというわけじゃないだ。治癒能力は高めてあるから、しばらくすれば動き回れるようになるはずだからね。少しの我慢だよ。ほら、これでも飲んで横になりな」
そう言ってシェナさんは、コップに入った水を渡してくる。
周りを見渡すと見覚えのある感じの部屋だった。どうやらアーウェズトのギルドの一室で眠っていたらしい。最近はよくこうやって知らない場所で目覚めるな、 なんてことをふと思った。
それにしても、胸の辺りがズキズキと常に痛む。特に触った感じ何かあったようには見えないけど……。はて、どうして俺はこんなところにいるんだっけ……?
「……弋くん」
「山田さん」
部屋のドアが開き、そこから山田さんが入ってきた。しかしいつもの元気はどこへやら、どうにも疲れたような顔つきになっている。まるで別人だ。
「またしても、本当にすまない」
「えっと……なんのことですか?」
「いや、また弋くんを危険な目に遭わせてしまったことについてだよ」
「森に転移した時のことですか? それならもう大丈夫ですよ?」
「そっちじゃなくて——。もしかして、覚えてないのか?」
「え?」
ほかに思い当たるものもなく、俺は不思議に思って山田さんを見る。が、山田さんは残念そうというか、また悲しそうな顔になる。
そういえば、どうして自分が今ベッドで横になっているのか。その理由は思い出せないままだ。
「……わかった。とりあえずシェナさんから貰ったものは飲んだ方がいいよ。分かりやすく言えばポーションみたいなものらしいから」
「ボーションですか」
果たしてそのポーションを飲んだことがない俺にとって分かりやすいのかはさておき。
そう山田さんに言われても、まあどう見ても水だな、と、そんな感想を持ちながら少し飲んでみると確かに水では無いらしい。ちょっと苦い感じがするのと、口の中でまとわりつくような感じもする。飲みやすく色々工夫されたけどまだ隠れきれていない苦い薬と言われればしっくりくる。
よくわからないけど、とりあえず薬なら最後まで飲みきった方がいいんだろうということで胸の辺りの痛みを堪えながら飲みきった。特に後味はイマイチだった。
「シェナさん、ありがとうございます」
「ああ。美味しかったかい?」
「いやあ……そうですね……」
「ははは! 無理しないでいいさ。まあ横になりなよ。——では、話は私からするとしよう。聞いていれば何か思い出すかもしれないよ」
はて。やり取りを聞いていると俺自身が何かを忘れているのは確かなようだけど、思い出すとはなんのことだろうか。
「じゃあ最初に確認だ。イグルミさんが覚えているのはどこまで? 街中で魔族に会ったのは覚えてる?」
魔族……。
「……魔族ってあの灰色のやつみたいなのですかね? ――あ! そういえばその魔族に捕まって……えっと、それから森の中で目が覚めて……どうしたんだっけ……」
覚えているところまでの記憶を整理してみる。確か、山田さんと一緒にアーウェズトを散策していて、途中であのゴブリンみたいな魔族が現れた。それで俺が人質みたいになって、それから急に地面が水のようになったかと思うと体が沈んでいって、目が覚めると森にいた。大丈夫。なんとか覚えてる。というか思い出せる。でもその後のことと、か今自分がここにいる理由とかは……。
「――なるほど。じゃあそこまでのことは覚えているし、逆にそれからのことは覚えていないということでいいかい?」
「そうですね、なんかこう、もやっとした感じで頭にあるような気もするんですけど……」
「わかった。まあ、あんなことがあったんだ。仕方がないさ。
それはそれとしても、それは実にちょうどいい。じゃあ続きの話をしようか。あ、悪いのだけれど、ヤマダさんは席を外してもらえるかい?」
「俺ですか?別にいいですけど……」
「すまないね。あと、彼女の体調が戻ったらこの部屋に来てもらえるように伝えてもらっても?」
「ええ、わかりました」
そうして、山田さんが部屋を出るまでを二人で見届ける。扉を閉める最後まで、俺の事を気にしているような顔をしていて、なんだかこちらまで申し訳ない気持ちになった。
「ごめんね。当事者であるイグルミさんには話さないといけないけど、できるだけ他の人の耳には入れたくないことでさ」
「山田さんにもですか?」
「ああ。話すとすればイグルミさんと、まあ他にはあと一人といったところかな」
「あと一人っていうのは、さっき『彼女』って言った人のことですか?」
「そうだ。直に来てくれるだろうけど、だいたいは彼女に話す必要もないことだから始めてしまおうか」
そしてシェナさんはベッド横にある椅子に座ると、ひとつ咳払いをしてから話し始める。
「ではまず、イグルミさんを連れ去ったあの魔族のことについてだ。と言っても詳しい情報はないんだよ。もう魔族も死んだし関係ないんだけどね」
「あ、死んだんですか?」
「ああ」
実にさらっと言ってのける。俺も一瞬驚いたけど、こうして俺が生きて帰ってきているのだから、落ち着いて考えれば当然のことではある。
でもあの魔族も、街中で対峙した時には山田さんの攻撃を簡単に躱していたはず。きっと簡単な相手ではなかったはずだ。それに山田さんも人間は魔族に勝てないって言ってたし。いや、魔族じゃなくて魔物だっけ?
「あの、ちなみに魔物と魔族って別物なんですよね?」
「そうだね。街中でイグルミさんたちを襲ったアレは魔族だ。魔族っていうのは、何らかの理由で私たちと同じ言葉を理解し話せるようになった魔物のことだよ。それは魔物が生きてるうちに突然変異的になるとか、例えば何か特別な物を食べてそうなるとか、はっきりとしたことはわかっていないんだ。とにかく、私たちと同じ言葉を話していれば魔族、それ以外は全て魔物という考えでおよそ間違っていないかな」
「じゃあ、魔物が進化したのが魔族ってことですか?」
「それがね、逆に魔族がある時急に言葉を使えなくなることもあるんだ。あとは生まれつき言葉が話せる魔族だっているというし、一概に進化とは言えないかな。それに魔族の方が魔物より強いとも限らない。もちろん個体差の問題もあるし――魔物は全体的に力のリミッターみたいなのが外れているとも言われている。人間種や魔族はこれのせいで単純なパワーとかは本来の何割ほどしか出せてないっていうのが通説だよ。それでも人間種と魔族では力の差は明らかだけどね。まあ、魔族と魔物の話はこの辺にしようか」
「すみません、話の腰を折りました」
「いえいえ。少しずつ覚えていけばいいよ」
聞いた限りでは、いずれ人間と会話ができるか、言葉をお互いに理解できるかどうかという区分けでだいたい問題は無さそうだ。この世界で最初に出くわした熊みたいなのは魔物ということなんだろうけど、確かに力のリミッターって点においては納得感がある。
「じゃあ話を戻そう。イグルミさんたちを襲った魔族だけど、さっきも言ったようにもう死んでいる。そして、街で起こった殺人事件の犯人もあの魔族ということで正式に国から決定がされた。これはイグルミさんが目覚めるまでの出来事だ。とにかくこれでイグルミさんの身の潔白も証明されたというわけだね。ひとまず安心したまえ」
「それはなんというか、良かったです」
「そうだね。じゃあここで重要になってくるのは、誰がその魔族を殺したのか、ということだ」
「誰がって……アーウェズトの憲兵団じゃないんですか?」
俺が聞くとシェナさんは少し固まってから、あっはっは、と笑う。その豪快な笑い方が彼女の見た目やこれまでの印象とはかけ離れていたのでちょっとびっくりした。
「国の憲兵団なんて魔族にも、魔物にだって勝てるかわからないよ! ――ああいや、失礼」
シェナさんはすぐに元の顔に戻って続ける。
「もちろんこれは相手の魔物や魔族次第だが、一人対一体でも勝てる憲兵だっているとは思うよ。こちらが複数人で戦えば一人一人の能力がそこまででもいい結果が残せる。ただ私が思うに、というレベルの話だが、あの魔族には並の憲兵十人でも力不足だったと思う」
「そんなにですか」
確かにあの魔族は、武器を持った山田さんを相手にしても余裕そうには見えた。でも、そこまでとは……。
「少し見ただけだが、あれは魔族の中でもかなりの強さだったはずだ。しかし恐ろしいのは、ヤマダさんが言っていたがあの魔族、魔物から魔族へと成ったばかりだったというじゃないか」
そういえば、確かにそんなことを言っていたような気がする。
「でも魔族が魔物より強いとは限らないんですよね?」
「そうだ。だが魔物と魔族では戦い方が、身体の使い方や魔力の扱い方が大きく異なる。魔物はただ思うがままに力を振り回すようなものだから、こっちは戦闘技術だとかはあってないようなものだ、と私は思っている。しかし魔族は違う。
魔族の戦い方には技術がある。魔物に比べて、考えて戦う。考えるということは、持っている知識や経験があり、それを取捨選択しながら、反射的に戦闘に組み込むということだ。さらに魔力の使い方、つまり魔法もより使える範囲が広がるが、それには技術や器用さが求められる。だから魔族としてある程度の戦闘経験を積まないと、本来の強さの僅かしか力を発揮できないんだよ」
「じゃあ弱いうちに戦えたのは運が良かったということですか」
「確かにあの魔族は、魔族特有の魔法を使っている様子はなかった。だからそうと言えばそうなんだが……今回に限って言えば別にどの状態であっても結果は変わらなかったかな」
「どういうことですか?」
質問にシェナさんは難しそうに顔をしかめる。そしてシェナさんの口から聞こえてきた言葉は、聞き間違いかと思うようなものだった。いや、むしろ聞き間違いであってほしかった。
「その魔族を殺した奴こそ――正真正銘、魔王そのものだからだよ」




