15.お土産は私です
「俺たちはもちろん日本語を使って話しているつもりでいるけど、異世界であるアーウェズトの人たちが日本語を使っているわけないだろ? これは『言語理解』っていう、名前を聞いてわかる通り、言葉を通じ合わせることができる魔法が俺たちに常にかかってるおかげなんだよ。こっちの世界では魔物との意思疎通をするのに使われることが多い魔法だって話だ。これをちょいとイジって、俺たち転移者の言葉が伝わるようにしてるんだとさ。ま、俺は魔法のことはあんましわかってないんだけどな! ウチの会社に『佐藤』ってやつがいてさ、俺たち転移者が転移する時に自動でこの魔法が機能するようにしたんだ。佐藤のことは、またどっかで紹介することにするよ。会社での立場とか、何かと色々特殊な人だからさ。あと、こっちの世界で使われてる言語は一種類しかないから、別に「日本語」みたいに「何語」とかもないって前にダロさんと――」
山田さんにアーウェズトという国と街について、そんなことを教えてもらいながら散策する。修学旅行が遊びのようでその全てが学校の授業の一環である(ということになっている)ように、一見、異世界での観光のようなこの時間も自分たちにとっては立派な仕事時間ということだ。
ちなみにこれまでで、俺の中での山田さんに対する印象は最初に会った時から随分と変わった。
最初はその見た目も相まって、何につけてもおざなりな人なのかと思っていた。けれど短い時間ながら一緒にいたことで、その実、少なくとも仕事に対しては真面目に向き合っているのが伝わった。人は見かけによらないのだ。
「ほら、あそこに見えるのがギルドだ」
進行方向、山田さんの指差す先には実に無骨な建物が鎮座していた。
ギルド。役所のような役割を担うそれはいくつもの部署を抱え、シェナさんとダロさんの所属する『異世界部門』もその部署のひとつ。ただ、この『異世界部門』は本部とは離れたところを本拠地としていた。シェナさんたちと別れてから随分歩いてきたと思うから、だいぶ離れたところにあったらしい。しかしその理由というのは、山田さんもわからないとのことだった。
「——ギルドって、冒険者になりたい奴が冒険者登録をしてクエストを受けてお金を稼ぐための場所、って思うだろ?」
「違うんですか?」
「部分的にはそういう面もある。といっても、扱ってるのはクエストというよりも個人からの要望やお願いなんかの簡単なものがほとんどだな。だから報酬もそんなに大したもんじゃない。そしてそれらを取りまとめて、受けてくれる人を探してくれるってのがギルドの役割として大きいかな。だからいわゆる冒険者みたいな、このギルドの依頼達成報酬だけで生計を立てている人なんてアーウェズトにはほぼいない。まあゼロではないけどな」
つまりは何でも屋ってことか。イメージとしてはお小遣い稼ぎっていうのが近いんだろう。
「じゃあ、魔物が出たら誰が対処するんですか?」
「魔物を見かけるのは国の外だから、基本的に対処も何もしないさ。わざわざそっちに繰り出して討伐だとかは聞かないかな。魔物の皮とか肉とか、そのための狩りみたいなことはしてるらしいけどな」
「でも、シェナさんたちの話だと、どこかの路地裏に魔物がいたかもしれないって話でしたね」
「俺もそういったのはこれまで聞いたこと無かったけど、たまにはあるんだな。この国にも憲兵団って言って、日本でいう警察みたいなのがあるんだって。何か事件があればその憲兵団が捜査とかもするっていうから、魔物の退治とかもやってるんじゃないか?」
へえ。ちゃんとそういう組織的なものがあるのか。
「じゃあ魔物を倒せるくらいには強いんですかね」
「魔物っていってもピンキリだろうけど、ある程度は戦えるんだろうな。でもダロさんが前に『人間が魔物よりも弱いのは常識』だとも言ってたな。まあ、それでも専門の訓練とかすればそうとも限らないんだろうさ。人間は殆どの魔物には無い、武器を使えるって強みはあるってダロさんも言ってたし」
そのあと小声で山田さんが「……他は全部負けてるとも言ってたけど」と呟いていたのを俺は聞き逃さなかった。
しかしまあ、森の中での出来事を思い返すと、ダロさんの言う通りだとは思う。
山田さんの言う、人間の強みである武器を俺は持ってこそいたけど、俺があの場を生きて乗り越えられたのは事実、偶然でしかない。次また同じ状況になればその時こそは——。
今回はあの武器が『常識』を覆した理由なのは間違いないにせよ、普通であればそれだけの差で人間が魔物に勝てるほど刃物の一本の存在は大きくないはずだ。やっぱり人間は魔物には勝てないと、それはやっぱり『常識』なんだろうな。
「それで、この後はギルドに行くんですか?」
「いや、特にギルドには用はないから行かなくていいかな。シェナさんとダロさんがギルドの、異世界部門ってとこの所属って言ってたっしょ? 別に俺ら探索部って、仕事じゃあの二人としかほぼ話すこともないんだよね。ウチの会社だと他の部署が折衝とかはしてるね」
「なんとなくですけど、異世界との関わりなんてかなり重要そうなのに、随分と扱いが軽いんですね」
「まさか! 異世界とのやり取りなんて、間違いなく国家レベルで超重要事項だよ。会社が単独で、なんじゃあ世間的には秘密裏にやってるウチなんてのは、言葉を選んだとしてもだいぶオカシイね。本来であれば日本という国として扱うべきだとは俺でも思うよ! ——でもそこはウチも会社だからさ。利益を追求する立場だから、そこは弋くんにも目をギュッと瞑ってもらって、ね?逆にアーウェズト側の話をすれば、イセカイ運輸とのやり取りは最初の窓口みたいなことを異世界部門の二人が担当としてやってるだけで、あとは国王レベルのお偉いさん方とかが出てきたり、結構お互い丁寧に対応してるらしいよ」
そうなのか。でもそのレベルの話なのは容易に想像できる。現実世界だって国同士のやり取りは各国の代表がやってるんだから、そりゃあ世界も跨いでなんてなれば順当というほかない。ということは。
「じゃあイセカイ運輸側は、社長がやってるんですか?」
「もちろんその通りなんだけど、言いたいことも、その心配もわかんでもない。まあひとつの会社を構えてるだけあるからね。ああ見えてちゃんとしてるんだよ。これを会社の事業にしようなんて動き始めた頃なんか、すげえ頭下げて回ったなんて本人から聞いたよ」
そうなのか。正直言って、あの社長がぺこぺこしてる姿なんて全然想像はつかないな。
「社長も大変だったでしょうね、相手が国王とかだなんて」
「まあね。でも、相手が王サマだろうと関係なく、アーウェズトとの文化の違いとかの方に苦戦したみたいだけどね。例えば弋くん。現実世界でさ、街中で急に金髪グラサンの人間に話しかけられたら、正直どう思う?」
「……びっくりすると思います」
山田さんの問いに、すぐに口から出かけた言葉を飲み込んでから、それを丁寧に組み立て直して口から流した。
「わははは! もっと正直に言ってもらってよかったけど、まあいいだろう! そして多くの人は弋くんと同じような反応だと思うけど、こっちの世界ではそういう感じでもない」
山田さんはぐるりと周囲を見渡し、俺もそれに倣う。
そして山田さんの言わんとすることも十分に理解した。
「この世界じゃ金髪なんてのは普通にいるし、それも社長みたいに髪を染めてってわけでももちろんない。まあグラサンはないから、それに驚くことはあるかもしれないが、それはそれってことで。 ただ挨拶回りはちゃんと社長もスーツ着てたみたいだけど、そのスーツすらこっちの世界には存在しないから、アーウェズトの人たちからすれば精々、変わった服着てるなーとかそんなもんだったんじゃないかな?」
「僕らも同じ感じに見られてるんですかね?」
「たぶんな」
確かになんとなく、周囲から視線は感じている。なんとなくというか、こっそり見てる風でもなく、ちゃんと見られている。そしてそれを受け、俺は俺でばっちりと周囲を――見るのは気が引けたので、横目でチラチラと見るに留めた。
「さて、実は今日は用事を済ませたい場所があってさ。一緒に行くとするか! ……と言ってもまだ時間はあるし、遠回りでもしていこうか」
「どこですか?」
「聞いて驚け! 何を隠そう、王サマの住む城だ!」
なっ……。お城だってえ!!
「……と言っても、別に王サマに会おうとかってことじゃないからね。たまにウチの会社の近況報告みたいな感じで、城にある事務所みたいなとこに行くことになってんのよ。さっき話したように、アーウェズト側はそういうレベルの人たちも関わってる国家事業だからさ。俺も最近行ってなかったから、弋くんにも様子でも見てもらうついでに行こうかなって」
「そういうことでしたか。王様に会うなんて、俺みたいなアーウェズトのことをまだ何も知らない奴が行くのはさすがにまずいかと思ったので安心しました」
「この国の王サマ、一応俺は会ったことあるけど、見た感じ温厚そうだったから別に緊張する必要もないよ。そうだな。今日も時間空いてたら挨拶くらいさせてくれないかな?」
「勘弁してください……」
冗談なのはわかるけど、本当にそんなことにもなってしまいそうで恐ろしい。フラグじゃないからね。
「じゃあ弋くん、城に行く前にこの世界のご飯でも食べてかない? 食材とかも馴染みのないものばかりだし、味付けも俺らからすれば変わってるかもだけど、物は試しってことで」
「ご飯ですか? それなら喜んで――」
「ほう。なら俺様も飯としようかな」
「……え?」
突然、誰もいなかったはずの背後からの声に驚いて振り返る。
くすんだ灰色の毛に覆われた、自分よりやや小さい背丈の痩せた体つきのそれ。やや垂れた三角の耳、そして鈍い黄色に光る両の目。そこにいたのは、どう見ても人間ではなく――。
「魔物……!」
二足歩行する犬、というのが近いのだろうか。もしくは、実物は見たことないけどゴブリンとかがこんな風貌でよく描かれている気がする。
いずれ眼の前のそれは、魔物に違いなかった。
「オラァ!!」
俺が飛び退いた隣で、山田さんは魔物に向かい、どこから取り出したのか短剣を振りかぶった。
「おっと! 危ねーじゃねえか」
しかし魔物は半歩後ろに飛び退いただけでそれを躱す。ギリギリで躱したように見えたが、その表情と声からは余裕が感じられる。
周りはというと、慌てて逃げていく人や、僅かながら距離をとって遠巻きから魔物に対峙する人など様々だ。
「くそっ……なんでここに魔物が!」
山田さんの言葉に、笑みを浮かべながら魔物はゆっくり首を傾げてみせる。
「魔物だぁ? 俺はな、魔物じゃねーよ! 魔族だよ、マ、ゾ、ク!」
「あー……魔族ってのは魔物と何か違うのか?」
「あ? 言葉ってのを使えるようになったら魔族って言われんだ。知らねーのか? つっても俺も魔族に成ったばっかだからよくわかんねーんだけどな! そういえばお前らも俺の言葉はわかるんだな。……まあいいや。なんでか知らねーけど、たまたま壁の中まで入れたんだ。それも魔族に成ってすぐに、だ! ツキが逃げないうちに、ここらでテキトーに土産でも持って帰るとするかな!」
そう言うと、魔物――魔族は俺に目を向ける。
「――え?」
その一文字が口から零れたのが早いか、魔族は一直線に俺の方に飛びかかると、自身を守るように腕を目の前で交差させた俺の、その背後に素早く走り込む。
「つまらねー真似するなよ。死にたかねーだろ?」
言いながら魔族は俺の首に爪を立てる。ゆっくりと両手を上げた自分の首筋に液体が流れたのを感じるが、まだそこ止まりなのがひとまずの救いなのか。
「弋くん!」
「イグルミってのがこいつの名前なのか?まあどうでもいいんだけどな」
そいつは首筋から爪を少しだけ離すと、片足でタタンと地面を鳴らす。その瞬間だった。
「……うわっ!」
地面が急に泥になったかのようにぬかるんだかと思うと、そのまままっすぐに足から沈んでいく。
「そんじゃ土産も手に入れたし、俺は帰るわ!」
「待て!」
「待つわけねーだろ。じゃーなー!」
「おい――!」
俺は魔族のに掴まれたまま声を出すことすらもできず、沈む視界の中でただ山田さんの声が遠くなるのを聞いた。




