↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/25

13.弋、捕まる

 天使と悪魔。そのどちらもに当てはまるような彼女が俺たちを笑って見ている。その隣には体格のいい、単純に見た目の歳でいえばオジサンが、こちらは呆れたような目で俺たちを見ている。そしてふたりの視線を集めるのは、俺に抱きついている山田さん。

 何があったのかというと、それは一時間ほど前に遡る。

 一対一の、命懸けの勝負でなんとか勝利を収めた俺は、山田さんが言っていた『アーウェズト』という国を目指して歩き始めた。

 国といっても、日本に住んでいる感覚からすればそれはめちゃくちゃ小さいものらしい。その上、住居や施設が立ち並んだ唯一の「街」が国を成り立たせているが、それを取り囲むように存在する森やら荒野のまま放っておかれてる土地が国土のかなりを占めているだけだという。ただしこれはアーウェズトに限らず、この世界においてはどこの国も同じ感じらしい。

 さて。その目的地は、結論から言うと確かに俺が選んだ方向、その先にあった。それもあの怪物に追いかけられてだいぶ近くまで来ていたようで、歩き出してからは実にあっさりと見つけることができた。

 それまでずっと鬱蒼と木々が覆っていた道は急に木々が少なくなって空が広くなったかと思うと、今度は整備された一本道だけが伸びるだけの明るい太陽の下に出た。そして道の続く先には、人の背丈なんかよりははるかに高いだろう壁が横に広がっていた。遠くから見ても自然物でないのは明らかで、さらにその奥には何らかの建造物も見える。

 社長から貰っていたアーウェズトについてまとめられたパンフレットは詳しく読む時間がなかったから、その外観からではそこがアーウェズトであるのかは断定できない。ただ例えばそこが全然違う街、または国だったとしても、そこに辿り着いたことに意味がある。どこから怪物が襲ってくるかもわからない森の中を彷徨うのだけはもう勘弁だったからね。

 そして目を凝らしてよく見ると、道の先、国の入口には鈍い色の装備をした門番が脇に一人立っている。今になって気がついたけど、どうやらこっちの世界に来てから視力もかなり良くなっているようだ。

 とりあえずあの人に何て国なのか聞けば、これまでの選択が正しかったかがわかるわけだ。もし違ったら、その時改めて考えるとしよう。

 そんなことを思いながら一本道を真っ直ぐに歩いていく。するとそれまでぼーっと空を眺めていた門番が、近づいてくる俺に気がついた。そして急にあたふたしだしたかと思うと、突然門の中に消えた。そしてすぐに、今度は一人が二人に増えて出てきた。たった一人の訪問客に大層なおもてなしだなーなんて考えながらなおも歩いていくとガシャガシャと彼らが走ってきた。そして立ち止まった俺が挨拶しようとすると、それよりも先に随分と険しい顔の二人がそれぞれ腰の剣を引き抜いた。


「おい、お前! そのまま両手を挙げろ! 武器は地面に置け!」

「えっ、な、なんですか!?」


 突然のことに驚いて、言われた通りに両手を上げる。しかし二人の視線が自分の右手に向いていることに気がついて、俺も自分の右手を見る。俺はなんとなく状況を察した。その手には例の短剣が握られていた。

 なるほど。原因が判明し、急に冷静になる。そして、原因が短剣だけではないことにも気がつく。

 今、自分が周りからはどう見えるのかを考える。まず右手には、血が落とせていない短剣が一本。左手、何も無し。そして右手を中心に全身は、この短剣をあの怪物から引き抜いた時に吹き出た血で赤く仕上がっていた。

 

「あの、これには訳があってですね――」

「言い訳はいい! 後で聞いてやるから、さっさと武器を捨てろ!」

「はい……」

 

 二本の剣を向けられた俺は仕方なく、言われるがまま武器を捨てる。そのまま後ろで手を縛られると、全身を纏うように大きな麻布をかけられた。たぶん血まみれの俺を隠すためだろうけど、犯罪者はどこの世界でも同じような扱いを受けるのか。勉強になるなあ。


「あのう、この国の――街かもしれないですけど、名前だけ聞いても……?」

「あ? アーウェズトに決まってるだろ。今さらしらばっくれてんのか? どっちみち無駄だからな。自分から捕まりに来たくせに変な奴め……ほら、さっさと歩け!」


 誤解は解けるどころかより複雑になりながら、引かれるままに足を動かす。そして、全く予想だにしていなかった形で俺は目的地、アーウェズトに足を踏み入れることになった。

 門を潜って、俺は布の隙間から周囲を覗き見る。

 そこは、どこか知っているような気にもなる光景だった。

 レンガが積まれてできているらしい造りの建物。馬車を引くちっちゃな角が生えた馬っぽい生き物は、石畳をカタカタ音を鳴らして歩いている。そしてこれは鍛冶屋だろうか、鉄を打つような音が狭い道の先から届く。鼻にはパンの焼ける時に似た香ばしい匂いと草木の燃える煙のような匂いが、自身に被された布の土臭さを越えて、どこからともなく流れてきていた。

 ――そこに響いたのは、大きな鐘の音。視界の狭まった今の自分から音の出処は見えないが、街全体に響き渡っているであろうそれは、この街の時計のような役割なんだろうと思った。

 俺がどこか知っているような、と思ったのはきっとヨーロッパの風景と似ているから。それも中世ヨーロッパと言われるような時代のもの。実際にこの目で見たことはないけれど、何故かよく知っている気になる不思議な光景。

 ただ、ここは異世界。そう思ってそこら辺を歩いてる人たちを見て、ちょっと残念な気持ちにはなる。

 異世界なんだから翼が生えたりとか、耳が長いヒト型生物とかがたくさんいるのものだと思ってたのに、どうにもそういった人は見当たらない。筋肉隆々の男とか、黒いローブで杖を持ったまさしく魔法使いみたいな人はいるけど、どちらかというとコスプレ感が強くて現実味がない。

 

「こっちだ」

「あっ」

 

 もうちょっと街並みとかをちゃんと見ておきたかったけど、すぐに狭い路地に連れ込まれた。大丈夫?このままこの人たちに痛い目に遭わされるとかヤなんだけど。解放してもらうのに賄賂とか要求されてもこの世界のお金とか見たことすら――。

 

「あ、おい、ダロ! ちょうどいいところにいた。ちょっといいか?」

 

 路地に入ってすぐ、俺を連れていた男の一人が、ちょうどそこの建物から出てきた大柄の男に声をかけた。名前はダロというらしい。


「あ? なんだ」

「ほら、今朝の殺しの犯人っぽい奴を捕まえたからよ、こっからは任せた」

(殺しの犯人……?)

「いや、俺いま休憩時間になったばっかなんだが」

「じゃあよろしく頼むわ! おい、行くぞ!」

「はい!」

「あっ、てめ……」

 

 そう言い残すと二人は、ダロと呼ばれた男に俺を押し付けて逃げるように走って行ってしまった。

 そして寂しく残される俺と、休憩時間を奪われた代わりに面倒事を抱えることになった可哀想な男。呆れたようなような顔をしながら、彼は大きくため息をつく。


「おい」

 

 彼は自身の胸に放られた俺に声をかけるのと同時に、被せられていた布をどかす。当然、血が付着する服も露わになった。

 

「お前、本当に人を殺したのか?」

「い、いえ、やってないです! というかなんの事かさっぱりで……」


 慌てて答えると、彼はもう一度ため息をつく。


「……だろうな――全く、これだから国の教育は駄目なんだよ。血ぃ見てそれくらいわかれって話だろうが……どいつもこいつも誇りがどーとか言っておきながら、なんでも今みたいに途中で放り出しやがって! ……まあ当番の仕事もあるから戻らないとってのは分かるんだけどよ……だったら一人で連れてこいよ! 一人じゃ不十分だって言ってるようなもんだろ、情けねえ――」

「あの……」


 まくし立てる男。それにびくびくしながら、小さめに声をかける。

 

「ああ、すまん。日頃の不満っつうか、まあ気にすんな。事情は知らんが、お前が悪いってことじゃないんだろ、たぶん。その服じゃあちこち動けねえだろうし、とりあえず中に入れ」

 

 そう言うと彼は、さっきの二人から受け取った例の短剣で縛っていた縄を切る。

 

「ええと……ありがとうございます?」

「そういえばお前、ニホンの人だろ。お前も冒(・)険(・)者(・)みたいなことやってんのか?」

「いえ、聞いたことがあるかわかりませんが、イセカイ運輸の職員で――」

「イセカイ運輸? お前がか? 適当なこと言うな。あそこの職員がそんな格好で外を彷徨(うろつ)いてる訳ないだろ」

「いやまあそうなんですけど……」

「まあ後で確認すればいいか。ちょうどシェナもいるしな」

 

 シェナ? 名前だろうか。山田さんたちからは聞いてないはずだけど、うちの会社との関係者ってとこか。俺としては会う前に一体誰なのか聞いておきたかったけど、それよりも先に建物の中に促される。

 とはいえ、だ。彼は俺の説明に納得はしてくれなかったけど、せめて会社のことを知ってる人だったのは何よりだ。あとはシェナという人が話の通じる人だといいんだけど。

 それにしてもダロさん。休み時間返上でのお客さん(おれ)の対応、お疲れ様です。

 どこの世界でも仕事とはこういうものなんだろうか。働くって色々あるんだなあ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。