↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/25

12.決着

 俺は地面に手をつきながら、こちらに向かってくる物体に正対する。視線の先にいるのはクマに似た巨大な怪物だ。

 理由はわからないが、まあ別に知りたいとも思わないが、この怪物は俺に用があるらしい。さらに言えばきっと、こいつは俺を食べてしまいたいとか、そんな要件で俺につっかかってきているらしい。

 しかし、今はただの貧弱な獲物たる俺も、そいつの希望通り、黙って胃袋に収められるわけにはいかない。とはいえ、俺にはこの怪物に立ち向かうため必要な「勇気」と呼ばれる気もする心持ちはあるのに、今ここで必要になる武器は、鞘に収まる刃こぼれしたみすぼらしい短剣その一本だけ。

 ――だけど、やるしかないんだ。俺は覚悟を決め、腰に手を伸ばす。

 汚れた鞘から唯一の対抗手段を、向かってくる怪物から両の目を僅かにも離すことなく引き抜く。

 ただ心の内ではここまで覚悟を決めている俺も、目の前の怪物からすれば狩られるのを待っている小さな子ウサギのようにでも見えているんだろう。巨体は俺の持つ短剣を気に留める様子もなく、一直線に突っ込んでくる。

 ――自然と武器を握る手に力が入る。

 その瞬間にあったのは、今まで感じたことのない気持ちだった。それはたぶん、ここで自分がやり遂げなければいけないという使命感だとか、切迫感だとか、とにかく全身を緊張が張り巡っていた。――でも、そのどれもが悪い気分ではなかった。

 自分と巨体の距離は縮まるばかり。真正面から見るそいつは、直前よりも少しだけ、ゆっくりに見えた。

 ――引き伸ばされる時間の中、俺は今すぐか、もう少しか、もしくは最期まで来ないかもしれない好機をじっと待つ。それはこれまでに経験のない、あまりに長い一瞬だった。

 そして永遠の刹那の、存在しないかもしれない終わり――ついに、それは訪れた。

 同時に俺は、命のやり取りが実にあっさりしたものだということも知った。

 俺との距離がゼロになり、そいつは覆い被さるように右の腕を思い切り振りかぶった。しかしその瞬間、何があったのか俺にはわからなかったが、そいつから憑き物が取れたかのようにふっ、とよろけた、ように見えた。それは霧に覆われ少し先も見えない真っ暗闇の中、ふと陽が差して一本の道になったような。俺は躊躇うことなく、それに従って真っすぐに、力いっぱい剣先を突き立てた。

 喉元に横から深く刺さる短剣。そして大きく飛びのく。あまりに無意識に体が動いて、俺にも動物的な本能というものがあったんだと、そんなことを思った。

 壁のように視界を塞いだものは嘘のように力なく、硬い地面に倒れ伏した。ただその音と衝撃が、この光景が嘘ではないこと、怪物はちゃんと怪物であったことを証明していた。


 「――――――っはあああああ!」

 

 どうやら息ができていなかったらしい。急に現実に引き戻されたのと同時に、肺にたまっていた空気が慌てて飛び出してきた。

 頭で駆け回るあれこれといった思考。でも結局は何も考えられなかった。ただ、時間の経過とともにじんわりと理解できるようになっていく今の出来事に、一番は安堵の気持ちが、高速で駆け巡る血液と一緒に体中に広がっていくのを感じた。

 少しして、その感覚もだいぶ落ち着いた。やっと俺は重い腰を上げ、微動だにしない熊っぽいやつに恐る恐る近づく。近づくにつれ、「生きているかもしれない」が「死んでいるみたい」に、そして「たぶん死んでいる」に変わった。そっから思考を前進させるのにうまい手立ては見つからなかったけど、足でちょいちょいと蹴って様子を見たりして……まあ、そういうことにした。

 

「しっかしこれ、どうすっかな……」

 

 たぶん道路だろうここに、このまま放置ってのもよくはないと思う。あくまでもそれは日本のルール的にだけど。

 仕方なく俺は、引っ張る、蹴るとかを駆使して道路脇にそれを転がしておいた。きっとハイエナみたいな生き物が食べて処理したり、こういうのの取り扱いに長けた通りすがりの人が捌いて食用肉にするとか、上手いことしてくれるはずだ。うん、そうに違いない。

 そして最後に喉元に刺さったままの剣を抜こうとして、ちょっと引っ張ったら血が噴き出たから一度はやめた。なんなら手にいくらか付いた。

 

「………………」

 

 まあでも、俺が命を落とさずに済んだのはこいつのおかげなのは間違いない。いくら元々は誰かが捨てた物だとしても、命の恩人、いや、恩刃(おんじん)を放っておくのも気が引ける。しばらく悩んだ上で、血を浴びながらもちゃんと回収することにした。

 さて、こっからどうしたものか。とりあえず、走ってきた方向に戻るのはいくらなんでも無駄足というか、少なくともここまでの道のりには何も無かったのはわかっている。この先に何かあるという保証は無いけれど、仕方がない。思い切って更に先へと足を動かした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。