第99話 白狐神と内緒のためいき
翌朝。六の月7日。休みの初日。俺は以前からスキル一覧の端にあった趣味系項目を開いた。
【四十の手習い:グルメ】
名前だけ聞くと、舌が肥えて料理評論家になるような技能に見える。
実際は違った。できることは、ほぼ一つ。日本国内の人気飲食店や専門店から料理を取り寄せられる。今までのスーパー系の商品や惣菜とは別に、町中華、蕎麦屋、寿司屋、丼物、弁当、地方の有名店、ピザ、ハンバーガー、牛丼、その他。いわゆる外食・出前系の完成料理。それをスキルショップ経由で注文できる。
「……料理技能は一切上がらないのか」
【上がりません】
スキルナビが表示された。スキルに関する、俺の思考や言動を読み取り、提案や返答が表示される。何故かここ最近、AIの様に進化してきた。まあ、便利ではあるが…。
「店を知るだけ?」
【概ねその認識で問題ありません】
「なるほどな」
これまでスーパーや食品系ショップから材料や出来合い品は買えたが、店で作った状態の料理をそのまま取り寄せるのは別枠らしい。
「取得」
表示が切り替わった。
【趣味スキル《グルメ》を取得しました】
「おっちゃん」
「ん?」
「きょう、ごはん、しない?」
「作らない」
「おっちゃん、えらい」
「料理をしないだけで褒められた」
「やすむ、しごと」
「それ、ニナの『止めるのも仕事』と同じ扱い?」
「うん」
反論できない。
◇
朝食は、某牛丼チェーン店の朝定食にした。焼き鮭に卵。味噌汁。海苔。ご飯。小鉢。人数分を注文して、ポイントを支払うと、収納側へ受け取り可能表示が出る。
一括で取り出すと、その店のトレイや器に盛られた料理が出てきた。同時に俺のスキルナビに表示が出る。
【食べ終わった、トレイや食器、包装紙や箱は、洗わずに収納してください。収納された物は、そのまま回収・廃棄されます。】
……いや、便利すぎるだろ。
「……店がないのに店の飯が出た」
マルタが呆然としている。
「そこは俺も今ちょっと変な気分」
「これ、作った人がいるんだよね?」
「異界の向こう側でな」
「料理だけ来た?」
「そういうことになる」
「異界料理って、とうとう料理人まで省略したね」
「言い方が怖いから!」
◇
食後は仕事――ではなく、乗り物の練習だ。
「休みなのに訓練するのか?」
グレゴールが言う。
「強制じゃないぞ。やりたい奴だけ」
「ならやるにゃ!」
真っ先に手を挙げたのはミネットだった。予想通り。
今回、新たにマウンテンバイクを5台。蒼岩の盾4人とミネット用。
残る職人――グレゴール、エリオット、ボルガ、カイル、レイル、バドルには、大人用三輪自転車を一台ずつ。
前後のブレーキ、変速、荷台付き。三輪は低速で安定している。
「やったにゃ!マウンテンバイクにゃ」
「一番欲しそうだったからな」
「正解にゃ」
ミネットは王都の《槌と麦酒亭》で、ドランが持っていったマウンテンバイクへ一度乗っている。
「では、行くにゃ」
「最初にブレーキ確認してな!」
「分かってるにゃ」
早速ミネットが乗り、湖岸を走る。
「……普通に乗れるな」
ガランが感心した。
「猫族だからにゃ」
「ナージャも初日はふらついたぞ」
「聞こえてるよ!」
向こうで練習中のナージャが抗議する。
「私は慎重に覚えたの!」
「この間『猫族だから』って言ってただろ」
「慎重な猫族もいるの!」
◇
三輪組は別の意味で盛り上がった。
「倒れんぞ!」
レイルが叫ぶ。
「三輪だからな」
「止まっても足をつかなくていい!」
「だから三輪なんだよ」
グレゴールは最初こそ渋い顔だったが、一周すると荷台を見る。
「これ、工具を積めるな」
「積める」
「材木は?」
「長物は危ない」
「短い物なら?」
「固定すればな」
「現場移動に使える」
「まあ、そのつもりで出したが、もう仕事のこと考えてるだろ」
「乗り物を評価してるだけだ」
「今日は休みだぞ」
「職人に仕事を考えるなと言う方が無理だ」
まあ、それもそうか。ボルガは三輪自転車を止め、後輪付近を見ている。
「分解禁止な」
「見てるだけ!」
「保証」
「分かったよ!」
魔法の言葉だった。
◇
蒼岩の盾はこれまでの練習の続き。ナージャはもう普通に走れる。セルドも直進と停止は安定した。フィンは――。
「魔法は?」
「使いません」
「偉いな」
「最初からそのつもりです」
「前に使おうとしただろ」
「あれは思いついただけです」
オルフェンは相変わらず、乗る前にブレーキを左右それぞれ確認している。
「先輩」
「何だ」
「この確認、毎回必要ですか?」
「必要だ」
ガランは即答した。
「昨日動いていても、今日動く保証はない」
「分かりました」
さすがガラン。俺もその考えには全面的に賛成だ。
◇
昼前。今度は洗濯機の使い方を新メンバーたちに教える。先日マルタへ教えたリリアが、今日は職人と蒼岩の盾をまとめて洗濯ハウスへ呼んだ。
「基本的には、衣類を入れて、洗剤をこちらへ入れます」
リリアが洗剤投入口を示す。
「入れ過ぎないでください」
「多い方が綺麗になるんじゃないのか?」
セルドが聞く。
「なりません」
即答だった。
「泡が多すぎると、すすぎ残しの原因になります」
「はい」
「色の濃い物、汚れの強い作業着は分けてください。泥がひどい場合は先に落とします」
「はい」
セルドが完全に新兵になっていると、マルタが笑う。
「厨房で衛生講習を受ける新人みたいだね」
「料理人もこうなるんですか?」
「なるよ。生肉触った手で何でも触る奴は最初から叩き直す」
「叩くんですか?」
「言葉でね」
「少し安心しました」
職人たちは自分たちの服を各自持ってきた。洗濯ネット。洗剤。ボタン。乾燥させない物。汚れの種類。一通り説明すると、早速自分たちで回し始める。グレゴールが回転するドラムを見つめる。
「これが勝手に洗うのか」
「はい」
「すすぐ?」
「はい」
「水も抜く?」
「はい」
「絞る?」
「脱水までします」
「……電動ドライバーより、こっちの方が生活を変えそうだな」
リリアが少し笑った。
「私も最初は驚きました」
「王都なら洗濯だけで半日使うぞ」
「ですから、皆さんにも覚えていただきたかったんです」
「元々、職人たちは自分の服くらい自分で洗濯していたからな」
「助かります」
俺はそのやり取りを聞きながら、少しだけ肩の力が抜けた。人数が増えても、家事の負担まで同じ人へ増やす必要はない。
◇
昼。食堂へ戻ると、こびゃっこがすでに待ち構えていた。
「ヒカル」
俺はピンと来た。
「分かってる」
「つゆだくじゃ」
「まだ何も聞いてない」
「びゃっこはつゆだく」
「注文が具体的すぎる」
「原宿時代からの流儀じゃ」
「モデルが牛丼屋に行ってたのか?」
「行くぞ。モデルたちが毎日洒落た喫茶店でクリームソーダを飲んでおると思うな」
「妙に現実的だな」
「撮影が長引いた後の牛丼は速くて安くて腹へたまる。若い娘には重要じゃった」
「千年以上生きてる神使が『若い娘』と言うと時系列が混乱する」
牛丼を人数分。皆んなの要望を聞いて、普通盛りと大盛り。子供用は少量。こびゃっこは体格に似合わず並盛り相当。
出された牛丼はテイクアウト用の箱ではなく、店のどんぶりに盛られた状態で出る。
しかも、つゆだく。
「こびゃっこ、それ多くない?」
ミーシャが覗き込む。
「びゃっこは神使じゃからな」
「胃袋に神格関係ある?」
「ある」
「ないと思うぞ」
ユキは牛丼を一口。
「おにく、ごはんに、のってる」
「牛丼だからな」
「えらいの、うえに、えらい?」
「肉がご飯に乗ったら二段階評価になるのか?」
「うんみゃあ!」
「聞いてないな」
こびゃっこは汁の染みた米を頬張っている。
「これじゃ……」
「懐かしいか?」
「うむ。撮影終わりの味じゃ」
一瞬だけ、声が静かになる。
「向こうでは忙しかったのか?」
「忙しい時はの。着替えて、化粧を直して、撮って、移動して。また撮って。腹が減れば皆で店へ飛び込んだ」
「神使が随分俗世を満喫してるな」
「だから今も覚えておる」
そう言って、また口いっぱいに牛丼を詰め込んだ。
「つゆだくは正義じゃ!」
ミーシャも丼へ顔を寄せる。
「これ、全部一緒に食べるの?」
「そう。肉と玉ねぎとご飯を一緒にな」
「お皿じゃなくて、深い器なんだね」
「丼っていう」
トトが器の縁から中を覗き込んだ。
「汁、ごはんに、入ってる」
「それも味のうちだな」
ニナは丼を持ち上げ、底を見る。
「丸い。深い。こぼれにくい」
「お前は食器の構造から入るのか」
「べんり」
◇
新しく来た職人たちの反応も面白かった。グレゴールは箸ではなく、フォークを選び、まず牛肉だけを一口食べた。
「甘辛いな」
「醤油と砂糖系の味付けだ」
「肉料理なのに重すぎない」
「飯と一緒に食べる前提だからな」
次にご飯と肉を一緒に口へ運ぶ。しばらく噛んでから頷いた。
「なるほど。別々に皿へ出す必要がない」
「そこに注目したか」
「現場の昼飯としては合理的だ」
「職人はすぐ現場飯に評価を寄せるな」
エリオットは、牛肉、玉ねぎ、ご飯の色合いを見ている。
「茶色一色に見えて、玉ねぎの透明感があるな」
「味より盛り付けか?」
「もちろん味も見てる。この紅生姜と言うのか?乗せた方が色が締まる」
「そこまで計算してないと思うぞ」
「でも綺麗になる」
言われて紅生姜を少し添えると、確かに見た目が変わる。
「ほら」
「内装職人は牛丼まで配色するのか」
「見た目も料理の一部だろ」
「そこはマルタと話が合いそうだな」
カイルとレイルは、食べる速度が早かった。
「これいいな」
レイルが言う。
「早く食える。しかも美味い」
「お前、そればっかりだな」
「水路仕事って、昼休み短い時あるからな」
カイルも頷く。
「汁が飯へ染みているから、乾いたパンより食べやすい」
「暑い日の作業後なら塩分もある程度取れる」
「ただし食べ過ぎるなよ。味が濃いから」
「分かってる」
バドルは黙って食べ続け、半分ほど空にしてから一言。
「器がよい」
「そっち?」
「厚みがある。冷めにくい」
「石工は食器まで熱容量で見るのか」
「物は使い方を見る」
確かにバドルらしい。
◇
護衛組では、ナージャが一口目から目を丸くした。
「これ、危険ですね」
「何が?」
「食べるの止まらない」
「そっちの危険か」
「肉、ご飯、汁が一回で来るから、次の一口がすぐ欲しくなる」
セルドも大盛りを抱えている。
「巡回前に食べたら動けなくなりそうです!」
「だから腹八分目にしろ」
「でも大盛りを頼みました!」
「自分で罠に入ってるじゃないか」
オルフェンは慎重に普通盛り。
「携行食には向きませんが、拠点へ戻って短時間で食べるにはいいですね」
「そこは冷静だな」
「汁があるので持ち運びには不向きです」
「さすが盾役。飯にも防御的要素を求めてる」
「褒められてます?」
「半分な」
◇
そして、一番食いついたのは当然マルタだった。犬族料理人は自分の丼を半分ほど食べると、箸を置き、俺を見る。
「ヒカル」
「何?」
「この『丼』って、器の名前?」
「元は器の名前だけど、こうやってご飯の上へ具を乗せた料理もまとめて丼物って呼ぶ」
「ほかにもある?」
来た。完全に料理人の目だ。
「あるぞ」
「どれくらい?」
「かなり」
「具体的に」
俺は指を折った。
「親子丼。鶏肉と玉ねぎを煮て卵でとじる」
「卵」
「カツ丼。豚カツを卵でとじるタイプ」
「揚げ物を煮るの?」
「そう」
「面白いね」
「天丼。天ぷらをご飯へ乗せてタレ」
「揚げ物をそのまま?」
「海鮮丼。刺身を乗せる」
「寿司と違う?」
「酢飯の場合も普通の飯の場合もある」
「まだある?」
「そぼろ丼。焼き鳥丼。豚丼。うな丼。麻婆丼。天津飯は少し別系統だけど近い」
「待って」
マルタが手を上げた。
「多すぎる」
「俺も全部列挙してないぞ」
「丼って、料理の形式そのものなんだね」
「そう考えた方が近いな。飯へ主菜を乗せて、ひとつの器で食べる」
「厨房側から見ても面白い」
「どういう意味?」
「人数が多い時、皿を何枚も使わなくていい。具をまとめて作れる料理なら盛り付けも早い。洗い物も減る」
「その利点はあるな」
「それに、汁やタレをご飯へ吸わせれば味がまとまる」
「店屋物として長く残ってる理由の一つかもな」
マルタは牛丼をもう一口食べる。
「これ、湖畔の定番にしよう」
「決定が早いな」
「牛丼だけじゃないよ。親子丼も作る。カツ丼も。焼き鳥丼も」
「一気に増やすな」
「3か月しかないんだよ?」
「最近その台詞、よく聞くな」
「ヒカル」
「はい」
「丼物、今後の課題」
「料理の宿題を俺に出すな」
「店屋物で品書きを取り寄せられるようになったんだろ?」
「……そうだった」
反論材料が消えた。マルタは満足そうに頷いた。
「じゃあ決まり」
「何が?」
「今後、湖畔の丼物献立を増やす」
「俺の知らないところで献立会議が成立した」
「おっちゃん」
ユキが口いっぱいの牛肉を飲み込む。
「つぎ、なにどん?」
「もう次の話?」
「おやこどん?」
「名前を覚えたのか」
「おやこと、たべる?」
「違う。鶏肉と卵だから親子なんだ」
「……」
ユキは考える。
「とりさんと、たまご?」
「そう」
「ちょっと、かなしい」
「名前だけ聞くとな」
こびゃっこがつゆだく牛丼をかき込みながら言う。
「ならば他人丼もあるぞ」
「余計な情報を増やすな」
「たにん?」
ユキが食いついた。
「肉と卵の親子関係がない場合じゃ」
「料理の名前で家族関係を整理するな!」
食堂が笑いに包まれる。その横でマルタは、すでにメモ帳へ、
【ドンブリモノ】
と大きく書いていた。また一つ、湖畔の献立候補が増えた。
◇
昼食後。食堂タープの一角では、久しぶりにポーカー大会が始まっていた。以前は俺、ガラン、ニナ、リーファ、ドランの五人だったが、今日は人数が多い。
「全員参加は無理だぞ」
「交代でいいんじゃない?」
ナージャが椅子を引いた。
「私、やりたい」
「斥候はこういうの強そうだな」
「顔を見る仕事でもあるからね」
オルフェンも座る。
「ルールを確認してから参加します」
「真面目だな」
セルドはすでにチップを積んでいる。
「勝負なら受けます!」
「お前はドラン側の匂いがする」
「どういう意味です?」
「声が大きい」
「関係あります!?」
フィンはカードを一枚ずつ確認していた。
「魔法はなしだぞ」
ガランが言う。
「使いませんよ!」
「念のためだ」
「カードゲームに魔力探知なんて使いませんよ!」
「前に自転車で使おうとした実績がある」
「まだ言うんですか」
◇
最初の組は、俺、ガラン、ニナ、ナージャ、オルフェン、セルド。リーファとドランは後ろから見物。
「俺は参加せんのか!」
「人数多いから次」
「ニナへ雪辱を――」
「ドラン、顔に出る」
「まだ何もしておらん!」
「もう出てる」
「何がじゃ!」
「くやしい顔」
ナージャが吹き出した。
「この子、強いですね」
「ポーカーだと特にな」
「顔が変わらない」
「そうなんだよ」
ニナはチップを揃えながら、ナージャを見る。
「ナージャは、耳」
「え?」
「いい札、耳が前に出る」
ナージャが両耳を押さえた。
「嘘!」
「今も」
「猫族にポーカー不利じゃないか?」
ミネットが後ろから言う。
「尻尾もあるから、こういう賭け事は不利にゃ」
◇
セルドは予想通りだった。
「20!」
「声が大きい」
ニナが即座に言う。
「強い札だからですよ!」
「だから言ったら駄目だろ」
「あっ」
「お前、ポーカー向いてないかもしれないぞ」
オルフェンが額を押さえる。
「セルド。任務中の心理戦はもっと出来るだろう」
「戦闘とカードは別です!」
「ドランと同じこと言い始めた」
「わしの後継者じゃな!」
「あっ結構です」
即答だった。
「なぜじゃ!」
◇
意外に強かったのはオルフェンだ。慎重かつ無理をしない。勝てる時だけ前へ出る。
「盾役のポーカーだな」
俺が言う。
「どういう意味です?」
「守りが固い」
「褒められているのか、微妙なんですが」
「でもチップ減ってないぞ」
「任務でも無駄な損耗は避けます」
「やっぱり盾役だ」
ガランが笑う。
◇
フィンは次の組で参加したが、別の問題があった。
「フィン」
「はい」
「カードを見ながら考え込む時間が長い」
「確率を考えています」
「頭の中で?」
「はい」
「魔術式みたいに?」
「少し似ています」
ドランが横から叫ぶ。
「カードは気合じゃ!」
「それで最下位なんだろ」
「まだ今日の順位は決まっておらぬ!」
「過去の実績がな……」
「ヒカル!」
ニナがフィンを見る。
「考えすぎ」
「そうですか?」
「時間で、強さ分かる」
「……なるほど」
フィンが今度は即決した。
「降ります」
「極端だな」
◇
そんなポーカー卓の向こう。食堂の外では、別の集団がもっと騒がしかった。
「ミミ! いくよ!」
ミーシャがフリスビーを投げる。低く飛んだ円盤を、灰色のミミが追う。その横をクロメ。
「クロメー!」
トトが両手を叩く。ミミが先に追いつき、ぱくっと咥えた。
「とった!」
ユキが飛び跳ねる。
「ミミ、えらい!」
「次は私が投げるにゃ!」
ミネットがフリスビーを受け取った。
「お前もそっちへ入ったのか」
俺がポーカー卓から声を掛ける。
「前からやりたかったのにゃ!」
「そう言えば、そうだったな」
ミネットが肩を回す。
「屋根職人の投擲を見るにゃ!」
「屋根職人に投擲技能いる?」
「瓦を渡す時――」
「いや投げるなよ」
「冗談にゃ」
フリスビーが高い弧を描く。
「おっ!うまっ!」
ナージャがカードを持ったまま振り返る。
「ミネット、上手い」
「仕事で高いところから物の距離を見るからにゃ!」
「今度は少し納得した」
クロメが走り、跳ぶ。ぱくっ。
「クロメ!」
トトが嬉しそうに手を上げる。
◇
ロクも完全に遊び側へ入っていた。
「次、自分投げるっす!」
「ロク、本気にゃ?」
「狼族の投擲を見せるっす」
「また種族を持ち出す人が増えた」
ロクが思い切り投げると、フリスビーは真っすぐ遠くへ飛んだ。
「おお!」
セルドがポーカー卓から立ちかける。
「座れ。お前の番だ」
「すみません。つい」
ミミとクロメが一斉に走る。そして――。
「ブンブンブブブン! ブブブブブン!」
来た。白い毛玉の問題児。
「こびゃっこ!」
「何じゃ!」
ミミの背中には小さな乗用鞍。その上にこびゃっこが乗り、前足を高く上げ、見事に直管コールをかましている。
「白夜フリスビー部隊、出撃じゃあ!」
「昔の名前を部隊名にするな!」
「ブンブンブブブン!」
「ミミの耳元でやるなよ!」
「ミミは慣れておる!」
「慣れさせるな!」
ミミ自身は嫌がる様子もなく、フリスビーを追って元気に走っている。もちろんロクが横で様子を見ているし、無理な速度にはさせていない。
「こびゃっこ、はやい!」
ユキが大喜びだ。
「ユキも乗る?」
ミーシャが聞く。
「ううん。きょうは、フリスビー!」
「だよね」
「こびゃっこ、がんばれー!」
「応援はするんだ」
◇
「ブンブンブ――」
こびゃっこが叫びながらミミで走る。その前をフリスビー。横からクロメ。後ろからミネットとロク。さらにユキ、ミーシャ、トトが走って追う。
「こびゃっこ殿、乗ってるだけっす!」
「指揮官は前線で士気を上げるものじゃ!」
「フリスビーに士気いらないっす!」
「白夜魂を見せるのじゃ!」
「遊びに暴走族魂を持ち込むな!」
ポーカー卓のナージャが腹を抱えて笑っている。
「神使様、あれ普段からですか?」
「…そうだな」
ガランが答える。
「止めなくていいんです?」
「危なくなったら止める」
「あの『ブンブン』は?」
「ヒカルが止めている」
「今も止まってませんけど」
「………」
「なるほど……」
オルフェンが妙に納得した。
「警備対象の重要人物として、広い意味で難易度が高いですね」
「そこを理解してもらえて助かる」
「ガラン先輩、苦労してたんですね」
「俺よりヒカルだ」
「同情される俺って?」
◇
やがてミミがフリスビーを咥えて戻ってきた。こびゃっこは鞍の上で胸を張る。
「完全勝利じゃ!」
「お前、取ってないぞ」
「騎獣との一体攻撃じゃ」
「ミミが100パーセントだ」
ユキがミミの頭を撫でる。
「ミミ、えらい」
「そうだな」
「こびゃっこは?」
「暴走してたな」
「指揮じゃ!」
「直管コール担当だろ」
「役職が雑じゃ!」
ミネットが笑いながら次のフリスビーを持つ。
「もう一回やるにゃ」
「俺も投げるっす」
ロクも手を上げる。
「ユキも!」
「ミーシャも!」
「僕も」
トトまで参加表明。
「順番な。あと走りすぎたら休憩だぞ」
「はーい!」
「分かったにゃ」
「了解っす」
「びゃっこも――」
「お前はミミから一度降りろ」
「なぜじゃ!」
「休憩」
「びゃっこは疲れておらぬ!」
「ミミが休むんだよ」
「……それは必要じゃな」
一瞬で真面目になる。そういうところだけは、ちゃんと神使だった。
◇
夕食も休みの日くらい、さらに楽をする。今度は宅配ピザ系。大きな箱を並べる。
チーズ。照り焼きチキン。シーフード。ベーコン。コーン。さらにフライドポテト、チキン、サラダ。
「箱から料理が出る!」
レイルが喜んでいる。
「これは蓋を開けた瞬間がいい!」
分からなくはない。マルタはピザを一切れ持ち上げる。チーズが伸びた。
「おお……」
「そこに食いつくか」
「この生地、パンと似てるけど違う。上に全部乗せて焼くんだね」
「窯があれば作れる」
「覚える」
「今日は休み」
「見るのは休みでもできる」
「職人と同じこと言い出したぞ」
◇
そして。ユキが俺の袖を引いた。
「おっちゃん」
「何?」
「きょう、ある?」
「何が?」
「こびゃっこの、ころころ、しゅわ」
「……ああ」
前から約束していたラムネ。俺は昔ながらのガラス瓶タイプを人数分出した。
「おおおおお!」
こびゃっこの反応が一番大きかった。
「これじゃ! これなのじゃ!」
「お前が一番喜ぶな」
「ビー玉じゃ!」
ユキが瓶を両手で持つ。
「なか、ある」
「押して開けるぞ」
子供たちは俺とリリアが一本ずつ手伝う。栓を押す。ポンッ!シュワワワ!
「うわ!」
ユキが笑う。
「おっちゃん、あわ!」
「溢れるから傾けるな」
瓶の中でビー玉がころころ鳴る。
「ほんとに、ころころ」
「びゃっこが言ってた通りじゃろ」
「ユキ、とる」
「取れないぞ」
「こびゃっこ、とった」
「一度だけじゃ! しかもびゃっこが割ったのではない!」
「共犯だったんだろ」
「歴史の細部を蒸し返すでない!」
◇
ユキが最初の一口を飲んだ。白い耳が動く。
「しゅわ、つよい」
「微炭酸より強いからゆっくりな」
「うん」
もう一口。しばらくして、ユキが急に口を閉じた。頬が少し膨らむ。そして両手で口元を押さえた。
「……」
「どうした?」
ユキは左右を見る。誰も聞いていないと思ったらしい。俺へ顔を寄せる。
「……けぷ、した」
ほとんど音がしなかった。
「そうか、ゲッ――」
「しーっ!」
「何で隠すんだよ」
「ないしょ」
「何が?」
ユキは俺の耳元で囁いた。
「ないしょのためいき」
俺は危うくラムネを吹きそうになった。
「分類増えた!」
「しーっ」
◇
ユキは今度こそ慎重にラムネを飲む。
少し飲む。止める。ビー玉がころころ。また飲む。
「おっちゃん」
「何?」
「やすみ、たのしい」
「そうだな」
「おしごと、しない?」
「今日はな」
「でも、じてんしゃした」
「遊び半分」
「せんたくもした」
「自分の生活だからな」
「ごはん、おみせ」
「そう」
ユキは瓶の中のビー玉を見る。
「やすみも、だんどり?」
「……まあ、そうだな」
「おっちゃん、やすむの、へた?」
「急に核心を刺すな」
「ユキ、みてる」
「知ってる」
「また、ひとりでする?」
「今日はしない」
「明日も?」
「明日も休む」
ユキが満足そうに頷いた。
「ちゃんと、できる」
「休むだけで、そこまで言われるとはな」
◇
翌日。二日目の休みも、朝から工事はしなかった。警備組だけはシフト通りに交代巡回。
残る者は自転車で湖岸近くまで散歩したり、ポーカーをしたり、釣りをしたり、洗濯物を干したり、畑を覗いたり、工事事務所で図面を眺めたりして過ごした。
グレゴールたちは結局、午後になると厩舎の完成図を囲んで、
「ここへ補強を入れた方がいい」
「屋根端はもう少し出せるにゃ」
「排水の掃除口を一か所増やそう」
「馬房の仕切りは交換できる方がいい」
と話し始めた。
「お前ら休んでる?」
「考えるのは仕事じゃない」
グレゴール。
「それを言ったら俺もパソコン開くぞ」
「それは禁止だ」
「何でだよ」
「ヒカルは開いたら図面を直し始める」
「……」
否定できなかった。
「今日は閉じておけ」
「分かったよ」
今までなら、俺が休みの日でも次の工事を考え、見積もりをし、図面を直していただろう。だが今は、図面を見て意見を出してくれる人間がいる。
他にも生活を見る人間。警備を見る人間。料理を見る人間。子供たちだって、自分なりの仕事を持っている。俺が全部やらなくても、湖畔は動くようになってきた。
◇
夕方。仮設厩舎の向こうへ日が落ちていく。まだ柱と下回りだけ。屋根もなく馬房もない。それでも輪郭は見える。
「おっちゃん」
「ん?」
「あした、またつくる?」
「ああ」
「みんなで?」
「みんなで」
「じゃあ、まだ、やすんでいい」
「許可制だったのか?」
「かんとくさま」
「強いなあ」
こびゃっこが横でラムネ瓶を抱えている。
「びゃっこも本日は完全休養じゃ」
「撮影してないからな」
「休養中の記録映像を――」
「撮るな」
「即却下かえ!」
その時、ユキがラムネを一口飲み、口を押さえる。俺を見る。
「……」
「出た?」
小さく頷く。
「ないしょ?」
もう一度、頷く。
「言わないでおく」
「うん」
そして俺の袖を掴みながら、小さく笑った。
◇
【第99話・収支報告】
異世界生活78〜79日目
日付:六の月7日〜8日
オリエント王国歴952年
開始残高:3,129,824pt
今回の購入:
・趣味スキル《グルメ》取得
900pt(約90,000円)
・《蒼岩の盾》4人+ミネット用マウンテンバイク5台、ヘルメット・簡易整備用品
325pt(約32,500円)
・グレゴール、エリオット、ボルガ、カイル、レイル、バドル用大人用三輪自転車6台
540pt(約54,000円)
・休暇2日分の外食・出前系取り寄せ
牛丼店朝定食、牛丼、ピザ、サイドメニュー、その他店屋物一式
168pt(約16,800円)
・ラムネ、飲料類
18pt(約1,800円)
今回支出合計:1,951pt(約195,100円)
現在残高:
3,129,824pt − 1,951pt = 3,127,873pt
円換算目安:
3,127,873pt × 100円 = 約312,787,300円相当
続く




