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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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98/112

第98話 白狐神と週休二日制


 翌朝。目が覚めるより先に、妙な声が聞こえた。


「……こいつ……動くぞ……」


「ん?」


 薄暗い部屋の中で目だけを開ける。右腕には、いつものようにユキが抱きついている。大きな白い尻尾も、腹から左脚へ斜めに乗っていた。


 問題は籐カゴの方だった。


「むにゃ……すごい……五倍以上のエネルギーゲインがあるのじゃ……」


「何の夢見てるんだ、お前」


 こびゃっこは籐カゴの中で丸くなったまま、前足だけをもぞもぞ動かしている。


「……びゃっこ、行きまーす……」


「とうとう来たな、このネタ」


 いつかはやると思っていた。昭和後期から平成初期まで日本にいた白狐神使である。歌番組、ドラマ、暴走族と来て、あのアニメ作品だけ素通りするはずがない。


 俺は枕に顔を半分埋めた。


「頼むから朝っぱらから宇宙世紀を始めるなよ……」


「……見せてもらおうか……連邦の……グイグイの性能とやらを……」


「モ○ルスーツじゃなくてブルドーザーになってるぞ」


「……通常の三倍で……整地するのじゃ……」


「危ないから通常速度でやれ!」


 寝言へ本気で突っ込んでしまった。ユキの狐耳がぴくっと動く。


「むにゃ……おっちゃん……うるさい……」


「ごめん。原因はそっち」


「……ザ○とは違うのじゃ……グイグイとは……」


「混ざってる、混ざってる」


 しかも微妙に改変されている。こびゃっこの前足が、何かのレバーを握るように動いた。


「……右よし……左よし……規制線よし……」


「そこだけ妙に現場が現実的だな」


「……戦いとは……常に二手三手先を読んで……段取りするものじゃ……」


「名台詞を工事計画に変えるな」


 だが、ちょっと感心した。夢の中でも安全確認をしているらしい。


「……アークが当たらなければ……どうということは……」


「あるよ! 溶接は当てろ!」


「……認めたくないものじゃな……自分自身の……棒を固着させたゆえの過ちというものを……」


「それドランだろ」


 溶接まで夢に混ざっている。籐カゴの中で、こびゃっこがむにゃむにゃと身体を丸め直した。


「……足なんて飾りじゃ……偉いヒカルには……」


「待て」


 俺は上半身を起こした。


「俺をあの『偉い人』側にするな」


「……むにゃ……保証が切れるから……分解できぬのじゃ……」


「急に現実へ戻った!」


 そして最後に、こびゃっこは妙に渋い声を作った。


「……ヒカル……なぜ分解させぬ……」


「保証があるからだ!」


「……坊やだからさ……」


「誰が40歳の坊やだ!」


 そこでユキがとうとう目を覚ました。


「おっちゃん……」


「はい」


「こびゃっこ、へんなゆめ?」


「たぶんな」


 ユキは籐カゴを見る。


「こびゃっこ、たたかってる?」


「いや」


 俺は少し考えた。


「たぶん、ブルドーザーに乗ってる」


「グイグイ?」


「グイグイ」


「なら、あんぜん?」


「夢の中ならな」


 すると籐カゴから、


「……まだじゃ……たかがメインカメラをやられただけじゃ……」


 と聞こえてきた。俺は天井を見上げた。


「お前そのサイズでメインカメラ壊れたら、ほぼ全損だろ……」


     ◇


 数分後。朝食へ行く支度をしていると、こびゃっこが何事もなかったように籐カゴから出てきた。


「おはようなのじゃ」


「おはよう、赤い彗――」


「知らぬ」


「まだ最後まで言ってないぞ」


「何も知らぬ」


「グイグイの性能を見せてもらうんじゃなかったのか?」


「……」


「通常の三倍で整地するんだろ?」


「……夢とは、人の心が生み出す幻影じゃ」


「毛玉が急に哲学で逃げるな」


 ユキが俺の服の裾を引く。


「おっちゃん」


「ん?」


「こびゃっこ、はずかしい?」


「たぶんな」


 ユキがこびゃっこを見る。


「はずかしがってる、においする」


「ユキ! 神力をそういう使い方するでない!」


「確定したな」


「認めたくないものじゃな……」


「そこだけ元ネタに戻すな!」


   ◇


 朝食を終えた俺は、いつものようにユキと工事事務所へ向かった。今日は仮設厩舎の続きだ。昨日までに表土を剥ぎ、地盤を均し、砕石を入れて転圧してある。側溝と排水桝を入れる場所も、ツチノコで掘削済み。


 次は、その上に何をどう組むか。


 職人たちが来た以上、俺の頭の中だけに完成形を置いておくのは駄目だ。


「まず図面を見せる」


 工事事務所へ入ると、グレゴールたちも後から入ってきた。長机の上にはノートパソコン。俺が椅子に座り、電源を入れる。


「それが例の薄い箱か」


 グレゴールが言った。


「箱じゃない。パソコン」


「昨日の映像を映していた物とは違うのか?」


「テレビとは別物だ。こっちは計算したり、文字を書いたり、図面を描いたりできる」


「全部?」


 エリオットが眉を上げる。


「全部」


「何でも箱じゃないか」


「俺まで何でも係だからな」


「おっちゃん、なんでも」


 俺の隣でユキが頷いた。


「そこは否定してくれ」


     ◇


 CADを立ち上げ、パソコンとテレビをケーブルで繋ぎ、42インチのモニター画面へ仮設厩舎の平面図を表示した。


 23頭以上を入れる馬房に、中央通路。給水位置。餌置き。掃除道具置き場。排水溝。排水桝。単管柱。筋交い。屋根勾配。さらに完成状態の立体図へ切り替える。


「……」


 全員が黙った。


「どうした?」


 レイルが画面へ顔を近づける。


「これ、まだ建ってないよな?」


「建ってない」


「なのに、建った姿が見える」


「そういう図面だからな」


 マウスを動かし、視点を回転させる。厩舎が画面の中でぐるりと回る。


「うおっ!」


 レイルが一歩引いた。


「建物が回った!」


「建物じゃなくて画面の中の図だ」


「分かってるけど!」


 カイルはもっと実務的だった。


「上から見せて」


「はい」


「ここの排水方向」


「南西へ流す。主勾配はこっち」


「寸法は?」


 俺が数値を表示する。


「ここからここまで――」


「待て」


 グレゴールが遮った。


「数字を変えたら?」


「図も変わる」


「柱を一本動かしたら?」


「それも変わる」


「屋根の高さを変えたら?」


「立面も変わる」


 マウスで柱位置を少し動かして見せた。


 画面上の線が更新される。


「……卑怯だな」


「何が?」


「職人が頭の中で何度も組んでは壊していたものを、そいつは目の前でやる」


「その代わり、間違った数字を入れれば間違った図面が正確に出るぞ」


「道具は結局、使う人間次第か」


「そういうこと」


 ボルガがパソコンの横へ回り込んだ。


「この中、どうなって――」


「分解したら保証が切れる」


「まだ触ってない!」


「顔がドランだった」


「誰の顔がワシじゃ!」


 後ろからドランの声がした。


「すまん、その方がなんか説明し易くて」


     ◇


 図面は紙にも出した。プリンターが動き始める。ウィーン、ガッ、ガッ。白い紙へ、寸法線と柱位置が少しずつ現れる。グレゴールの眉間の皺が深くなった。


「今度は何だ」


「印刷」


「同じ図を描いているのか?」


「機械がな」


「何枚作れる」


「紙とインクがあれば必要なだけ」


「同じものを?」


「同じものを」


 グレゴールが出てきた一枚を受け取った。カイルとレイルにも渡す。施工用には平面、排水、骨組み、完成イメージを分けて出した。


「王都でドランから聞いた時は、半分くらい盛ってると思っていた」


「失礼じゃな」


「お前は普段から盛るだろ」


「酒が入った時だけじゃ!」


「そこは否定しろ」


 ミネットが完成図を見て、猫耳を動かした。


「屋根は、私の仕事にゃ」


「まだ先だぞ。今日と明日は下を作る」


「分かっているにゃ。上を見るには下からにゃ」


「珍しくまともなこと言ったな」


「にゃ。いつもまともにゃ」


     ◇


 現場に移動して作業に入る。最初の工程はU字溝だ。カイルとレイルが中心となり、掘削済みの溝底を確認、必要な箇所へ砕石を足す。高さを揃え、地面ぶるぶるで締める。


「ここから先、1センチ下げる」


 カイル。


「了解」


 レイルがレーキで調整する。俺は購入した、小さめのU字溝を必要位置へ順番に出した。バドルが一つを叩いて音を聞く。


「これが人工の石か」


「コンクリートな」


「割れ方は石と違う」


「サイズが大きいと、中に鉄筋が入ってる物もある」


「あとで端材を見せてくれ」


「分かった」


 職人の興味は本当に専門ごとに違う。U字溝の方は一気に並べずに、一個ずつ据える。高さを見て、方向を見る。次を入れ、接続を見る。また高さを測る。途中に排水桝を設置。その上にはグレーチング蓋を載せる。


「これは何だ?」


 グレゴールが格子状の金属蓋を見る。


「グレーチング。水は落ちるが、人や道具は落ちにくい」


 ボルガが持ち上げる。


「結構重いね。だが綺麗に格子の寸法が揃ってる……こんなの見た事ないよ」


「重さがあるから勝手に動きにくい。馬が近くを通る場所だから、がたつきも確認する」


 エリオットが足で軽く踏む。


「蓋の間に隙間が出たら?」


「蹄が入らない場所へ配置する。馬房の真下には持ってこない」


「なるほど」


 排水設備は便利でも、新しい危険を作ったら意味がない。


     ◇


「水、ながす?」


 規制線の外から、監督ヘルメットを被ったユキが聞いた。


「試験で流す」


「ユキ、ぱちってする?」


「今日はまだしない」


「とりいのしるしは?」


「鳥居紋の浄化は厩舎が全部完成して、排水経路も確定してからだ」


「さいご?」


「最後の確認の一つだな」


 ユキの横でふわふわ浮いてるこびゃっこが、隣で前足を上げる。


「その際は、神事主任として――」


「今日は撮影見習いな」


「最後まで言わせるのじゃ!」


「排水枡で浄化される前に、まず人間が固形物を取る。糞も敷料も流さない。それから洗浄水を外部へ排水させようと思う」


「それで問題無かろう。神力は下水処理場ではないからの」


 その辺は、こびゃっこも真面目だ。


     ◇


 午後には実際に水を流した。少量ずつ。カイルとレイルがグレーチング越しに流れを見る。


「ここ、少し溜まるな」


「少し上げたい」


「やり直す?」


「今なら簡単だ」


 一度外し、下を調整。また据えて水を流す。


「今度はいい」


「よし」


 ニナがメモに記録する。


【ハイスイ、カクニン。ミズ、ノコラナイ」】


「その感じで記録してくれ」


「うん」


 図面通りに作っても、最後は現物だ。水はCADを信用しない。低い方へ流れるだけである。


     ◇


 翌日。六の月6日。次は床へ進んだ。滑り止め付き大型鉄板を設置する。重量物なので、全員を退避させ、配置展開を使って大まかな位置へ出す。


「また消えたところから鉄が出た……」


 グレゴール。


「そろそろ慣れろ」


「無理だ」


「ワシは慣れたぞ」


 ドランが得意そうに言う。


「お前は慣れたんじゃなくて諦めただけだろ」


「それを世間では適応と言うのじゃ」


「言うか!」


 配置後は職人の出番だ。鉄板の継ぎ目。段差。がたつき。排水方向。清掃時の取り外し。エリオットが特に継ぎ目を気にする。


「馬がここで足を滑らせない?」


「馬房部分には最終的にゴムマットを敷く」


「通路は?」


「鉄板の滑り止めを生かす。ただし水が溜まらないようにする」


「掃除で外す可能性は?」


「ある」


「なら固定しすぎない方がいい」


「俺もそのつもりだ」


 こういう相談ができるのが、職人が来た最大の利点だった。


     ◇


 午後から単管。柱位置を墨とマーキングで出し、ベースを置く。まず低い位置の横材、次に柱。まだ高所作業へは入らない。


「ニナ。地上部分だけ頼めるか」


「うん」


 黄色いヘルメットが動く。ニナはクランプを掛け、ラチェットを回す。カチ、カチ、カチ。


「ここ?」


「そこでいい」


「固定」


 グレゴールが柱を支え、ボルガが反対側を見る。カイルとレイルが通り芯を確認する。バドルはベース周り。エリオットは馬房通路幅。


 ミネットは早く上へ行きたそうな顔をしている。


「まだ登るなよ」


「何も言ってないにゃ」


「耳が登りたがってる」


「猫耳を読むなにゃ」


「分かりやすいんだよ」


     ◇


 二日目の夕方。柱と下周りの横材まで組み上がった。まだ屋根はなく、筋交いも途中。馬房の間仕切りもない。


 それでも、昨日まで平らな鉄板だけだった場所に、建物の輪郭が立ち始めている。ユキが規制線の外から見上げた。


「おうまの、おうち、ほね?」


「そう。骨組み」


「まだ、すかすか」


「これから埋まる」


「いつ?」


「その前に休む」


「……やすむ?」


「ああ」


 ユキの耳がぴくっと動いた。


「おっちゃんも?」


「俺も」


「ほんと?」


「そんなに信用ない?」


「ちょっと」


「五歳児の信用査定が厳しい」


     ◇


 その日の夕食後。俺は職人、東風の牙、蒼岩の盾、リリア、マルタたちを集めた。


「明日と明後日、工事は休みにする」


 一瞬、静かになった。最初に反応したのはグレゴールだった。


「二日ともか?」


「ああ」


「何か資材が足りないのか?」


「違う。休むために休む」


 今度はドランが首を傾げる。


「まだ働けるぞ」


「お前は健康診断で酒以外にも休養を言われただろ」


「酒以外は問題ないと言われた!」


「そういう意味じゃない」


 俺はホワイトボードへ書いた。


【週2日 休み】


「今まで、人が少なかったから、その日の体調や仕事に合わせて適当に休んでた。でも人数も仕事も増えた。このままだと『誰かが働いてるから自分も働く』になる」


 グレゴールが腕を組む。


「まあ、職人はそれをやりがちだな」


「だから今後は、原則として週に2日は休みを入れたい」


 マリベルがすぐに頷いた。


「賛成です」


「即答だな」


「健康診断をした直後ですから。疲労は病気になる前に休ませる方がいいです」


 ボルガが言う。


「二日休んだら手が鈍らない?」


「最低三か月働くんだぞ。二日で鈍るなら、その方が問題だ」


「それもそうか」


 グレゴールは少し考えた後、頷いた。


「俺も賛成だ。事故を起こして一週間寝るより、一日休んだ方が安い」


「それ」


 さすが棟梁。話が早い。


     ◇


 問題は警備だ。


「俺たちは全員同時には休めない」


 ガランが言う。


「だよな」


「東風の牙と蒼岩の盾は交代制にしよう。巡回人数を落とさず、順番に休む」


「その表を作る」


「またパソコンか?」


「またパソコン」


 翌月まで使えるカレンダーを作る。この世界は1か月30日。そこへ工事休業日、作業日、巡回警備担当の休みを割り振る。


 ガラン、ロク、リーファ、ドラン、マリベル。そしてオルフェン、セルド、ナージャ、フィン。全員が同じ日に休まないよう調整。早番、通常巡回、夕方巡回も簡単に分ける。


 プリンターから表が出てくると、フィンが感心したように見た。


「人の予定まで図面のように作るんですね」


「建物より面倒な時もあるぞ」


「人は寸法通りに動きませんからね」


「その通り」


 ガランがシフト表を確認する。


「これなら回せる」


「変更はその都度書き直す」


「便利だな」


「便利だけど、表のために人を無理に動かすのは無しだ。体調不良や緊急時は変える」


「了解した」


     ◇


 炊事側も相談した。今の中心は俺、リリア、マルタ。ミーシャも本人が好きだから手伝うが、8歳児を労働力として数えるつもりはない。


「近衛騎士団が来たら炊事担当が2人いるんだよな」


 ガランが頷く。


「男1人、女1人だ」


「そこまで揃ったら、厨房も正式にシフト制を考えよう」


 マルタが腕を組む。


「いいね。毎日同じ人間が朝から晩まで厨房じゃ、せっかく休みを決めても意味がない」


 リリアも頷く。


「私も賛成です」


「ミーシャはどうだ?」


「やりたい時にやるのは?」


「それでいい」


「え、いいの?」


「ミーシャは料理の仕事を覚えてる途中だ。担当人数には入れない。やりたい日に手伝ってくれるか?」


「うん!」


 リリアが少し笑った。


「それが一番ですね」


「おっちゃんは?」


 ユキが横から入る。


「俺?」


「おっちゃんも、やすむ?」


「だから休むって」


「ごはん、つくらない?」


「明日は作らない」


 ユキが目を丸くした。


「だれが、つくるの?」


「店」


「みせ?」


「日本の店だ」


「……おっちゃんのむかしの?」


「そう」


 こびゃっこの耳が、ものすごい勢いで立った。


「ヒカル」


「何だ」


「詳しく聞こうではないか」


「食い物に関してだけ、感知能力が高いな」


 俺は新しい趣味スキルの取得を考えていた。

     

    ◇


【第98話・収支報告】


異世界生活76〜77日目

日付:六の月5日6日

オリエント王国歴952年


開始残高:3,133,594pt


今回の購入:


・仮設厩舎用U字溝、排水桝、グレーチング蓋、据付・接続資材一式

 1,180pt(約118,000円)


・滑り止め付き大型工事用鉄板、床接続・段差調整部材一式

 1,760pt(約176,000円)


・仮設厩舎用単管パイプ、ベース金具、クランプ、筋交い用部材第一期分

 830pt(約83,000円)


今回支出合計:3,770pt(約377,000円)


現在残高:


3,133,594pt − 3,770pt = 3,129,824pt


円換算目安:


3,129,824pt × 100円 = 約312,982,400円相当


続く


 

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