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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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96/112

第96話 白狐神と群れの健康診断


 翌朝。


「……父さん……湖畔は今日も、静かなわけで……」


 目が完全に覚める前、どこかで聞いた事がある口調の妙な声がしてきた。


「……それで馬小屋を建てるわけで……ニナは火花を飛ばすわけで……ヒカルはまた、仕事を増やしているわけで……」


「誰が増やしてるんだよ」


 ツッコミを入れつつ思わず目を開けた。いつもの天井。右腕にはユキが抱きついている。大きな白い尻尾は俺の腹から左脚へ斜めに載っていた。


 そして籐カゴの中。こびゃっこが丸くなったまま、妙な声で寝言を続けている。


「……でも父さん……この湖畔には、電気も水道もあるわけで……」


「お前、どこの北海道から来たんだよ」


「……るーるるるるる……」


「狐を呼ぶ側じゃなくて、お前が狐だろ!」


「むにゃ……キタキツネではない……白狐神使じゃ……」


「何処の国からだよ!」


 俺の声で、ユキがもぞもぞ動いた。


「む……」


「起こしたか。悪い」


「おっちゃん……うるさい」


「俺だけのせいじゃない」


「こびゃっこ?」


「ああ」


 ユキが俺の腕へ抱きついたまま、籐カゴを見る。


「こびゃっこ、なにしてる?」


「昔のテレビドラマの真似だと思う」


「てれびどらま?」


「日本の映像というか…」


 こびゃっこの耳がぴくりと動く。


「……びゃっこがまだ稲荷寿司食ってる途中でしょうが!!」


「いや、お前が食ってるんかい!」


「むにゃ……びゃっこは都会へ行っても、変わらぬぞ……」


「お前は原宿でモデルやってただろ」


 白い耳が止まった。


「……取材拒否じゃ」


「起きてるだろ!」


     ◇


 その声で、こびゃっこがようやく身体を起こした。


「朝から騒がしいのう」


「原因はお前だ」


「びゃっこは静かに寝ておった」


「『⚪︎の国から』ごっこしてたぞ」


「む?」


「『父さん、湖畔は今日も』とか言ってた」


 こびゃっこが細い目をさらに細くし顔を背けた。


「……知らぬのう」


「絶対知ってる顔だろ」


「夢は夢じゃ」


「都合のいい時だけ夢扱いするな」


 ユキが布団の中から顔を出す。


「おっちゃん」


「何だ?」


「きょう、けんこうしんだん?」


「ああ」


「ユキ、げんき」


「元気な時の数字を残しておくんだよ」


「ニナも?」


「受ける」


「こびゃっこも?」


「受けるぞ!」


 こびゃっこが籐カゴの中で胸を張った。


「千年級守護神使の健康記録。歴史的資料じゃ」


「体重計がエラーを出さなければな」


「失敬な!」


     ◇


 六の月4日。異世界生活75日目。

 今日は朝から、いつもの湖畔とは少し動きが違う。


 成人組の多くは朝食抜き。昨日のうちに全員へ伝えてある。水は飲んでいい。ただし、甘い飲み物、酒、食事は健康診断が終わるまでなし。


 子供たちは通常通り朝食だ。食堂へ行くと、リリアとマルタが朝食を準備していた。白飯。味噌汁。焼き虹マス。卵焼き。漬物。


 いい匂いがする。そして、その匂いの前でドランが絶望していた。


「これは拷問じゃ……」


「何がだ」


「目の前で飯を食う者がおる」


 テーブルではユキ、ミーシャ、トト、ニナが普通に朝食を食べている。


「子供は食べていいって昨日言っただろ」


「分かっておる! 分かっておるが腹は別じゃ!」


 こびゃっこも小さな茶碗を抱えている。


「うむ。朝の白飯は格別じゃ」


「こびゃっこ殿……」


 ドランの目が恨めしそうだ。


「何じゃ?」


「少し静かに食ってくれぬか」


「なぜじゃ?」


「うまそうに食うからじゃ!」


 マリベルが冷静に言った。


「ドラン。終わったら食べられるわよ」


「一番にしてくれ」


「検査順はこちらで決めます」


「昨日と同じ返事じゃ!」


「昨日決めたから」


「段取りだな」


 ガランが横から言う。


「お前まで!」


 ユキが味噌汁を飲みながら頷いた。


「ドラン、だんどり」


「白狐神まで!」


「ユキはユキ」


「はい……」


 完全に負けている。


     ◇


 今日の午前中は三つを並行して進める。


 一つ目、健康診断。

 二つ目、短時間の鍛冶練習。

 三つ目、仮設厩舎予定地の測量。


 ただし、同時に俺が三か所へいるわけじゃない。


 健康診断は俺とマリベル。


 厩舎予定地の下見はカイルとレイルを中心に、グレゴールとバドル。警備には《蒼岩の盾》のうち健診が終わった者を順番に回す。


 鍛冶練習は俺が診療所を一度止めている時間にやる。人が増えたからといって、俺自身が分裂するわけじゃない。


「おっちゃん」


「何だ?」


「ひとりで、みっつ、しない?」


「しません」


「なら、よし」


「俺の行動監査が厳しくなってきたな」


     ◇


 午前7時半。診療所へ入る。昨日準備した機材は、もうそれぞれの位置に置いてある。


 入口側に受付と記録机。身長計、体組成対応体重計。その先に血圧計、体温計、パルスオキシメーター。


 視力、聴力。奥側に採血台と小型血液検査装置。心電計。診察用ベッドに医療廃棄物容器。アルノには記録補助を頼んだ。


「順番と結果票の管理をお願いします」


「分かりました」


「名前、種族、年齢、職業、検診結果。次回の検診で前回記録と比較できる様にする」


「皆んな今回が初回ですね」


「ああ。基準値は医療身体鑑定側で種族差を見る」


 マリベルも手を洗い、手袋を用意する。


「最初は誰にします?」


 診療所の外を見ると、ドランが扉の前に立っていた。俺は思わずためいきをつく。


「……あいつしかいないだろ」


「聞こえたぞ!よっしゃ、ワシだな」


     ◇


「身長、体重」


「昨日までと変わらんじゃろ」


「測る」


「分かった」


 ドランが体重計へ乗る。表示された数字を俺とアルノが記録する。


 次に血圧。


「腕を力ませるな」


「力ませておらん」


「ドワーフは普通に座ってても腕が太いんだよ」


「鍛冶師の腕じゃ」


「だから専用の大きめカフにしてる」


 測定すると、俺の医療身体鑑定にも表示が出る。


【ドワーフ男性】

【年齢相当:壮年】

【血圧:種族基準範囲内】

【心拍:正常】

【筋肉量:高値・種族特性範囲】

【脱水:なし】

【肝機能:軽度注意傾向】


「……」


「なぜ黙る」


「ドラン」


「何じゃ」


「酒」


「まだ血も取っておらんぞ!」


「鑑定で先に出た」


「卑怯じゃ!」


「結果に卑怯も何もあるか」


 マリベルが横から身体鑑定を重ねる。


「魔力循環正常。疲労も問題なし。筋肉と関節も異常なし」


「ほれ見ろ!」


「ただし飲酒習慣は別」


「マリベル!」


「私もヒカルさんと同意見」


「二対一!」


 診療所の入口から小さな声がする。


「ユキも」


「三対一になったぞ」


「なぜおる!」


 ユキが扉の横から顔を出していた。


「みてる」


「神の監査まで入るのか!」


     ◇


 採血は少量。


「針刺すぞ」


「子供扱いするでない」


「じゃあ動くな」


「動かん」


 刺す。


「……」


「平気だな」


「当たり前じゃ」


 血液検査装置へセットする。血糖。ヘモグロビン。脂質。肝機能。腎機能。数分後、結果が出る。重大な異常なし。ただし、飲酒を続ければ将来的に注意が必要な数値が一部ある。


 ドランに結果を説明する。


「異常なしではないか!」


「『今すぐ病気ではない』と『好きなだけ飲んでいい』は別だ」


 マリベルが結果票へ印をつける。


「今まで通りね」


「健康診断を受けた結果、酒量が増えぬとは!」


「普通は増やすために受けない」


「ぐぬ……」


「終了。朝飯食っていいぞ」


 その瞬間。


「よっしゃ!」


「走るな!」


 ドランが診療所を出ると、外からユキの声がした。


「ドラン、あるく!」


「分かった!」


 五歳児に注意されるベテランハンター。絵面がおかしい。


     ◇


 次はガラン。身長、体重、血圧、心拍、SpO2。どれも問題なし。胸部鑑定を行う。


【胸部鑑定】

【肺野:明らかな異常なし】

【心陰影:基準範囲】

【胸水:なし】

【気胸:なし】


「今、身体の中が見えてるのか?」


「ああ。俺にはレントゲン写真みたいな形で出てる」


「れんとげん?」


「身体の中を見る地球の医療技術だ。ただし、これは実際に放射線を当ててるわけじゃない」


「意味は分からんが、便利だな」


「便利すぎて怖いくらいだ」


 採血も問題なし。マリベルが肩周りを確認する。


「昔の剣傷の周囲、動きは問題ない?」


「ああ」


「魔力循環も正常」


「なら仕事へ戻れるな」


「今日は自転車講習と警備巡回でしょう?」


「ああ」


「無理して転ばないでね」


「俺が教える側だ」


「教える側が転ばないとは限らないわ」


「……まあ正しいが」


     ◇


 その後はグレゴール、エリオット、カイル、レイル、バドル。


 種族差が面白い。人族のグレゴールは典型的な職人型。腰と肩に軽い慢性的負担。


「痛みは?」


「仕事の後に少しな」


「今のところ関節そのものに重大な異常はない。でも、腰を痛めてからじゃ遅い。重い物を一人で持ち上げない」


「大工にそれを言うか」


「大工だから言う」


「分かった」


 エリオットは比較的問題なし。カイルとレイルは狐族らしく体格が軽い割に脚の筋力が高かった。


「歩き仕事が多いからな」


「測量と水路は歩く」


「なるほどな」


 バドルが体重計に乗る。俺は表示を見る。


「……重いな」


「石工だからな」


「職業は体重に関係ないだろ」


「石に近づく」


「近づかなくていい」


 医療身体鑑定では、ドワーフとして正常範囲。骨密度相当の表示もかなり高い。


「丈夫だな」


「石よりもか?」


「お前の身体を石基準で評価するな」


     ◇


 検査を終えた者から朝食へ向かい、その後は予定地の測量へ回る。


 午前9時前。カイルとレイルが簡易測量機器を持って、ガレージ予定地よりさらに北へ向かった。グレゴール、バドルも同行。測量機器の使い方は、あらかじめ教えている。


 ニナも行きたそうだったが。


「ニナは朝飯食べたな?」


「うん」


「まず健康診断。それから鍛冶場」


「測量は?」


「今日は大人に任せる」


「……分かった」


「全部に参加しなくていいんだぞ」


「分かってる」


「本当か?」


「ちょっとだけ、行きたい」


「正直でよろしい」


     ◇


 子供組の健康診断は、成人ほど項目を増やさない。身長。体重。体温。心拍。視力。聴診。必要に応じて身体鑑定。採血は、症状もないのに全員へやるつもりはない。


 まずユキ。


「ここ、立って」


「うん」


 身長計。白狐耳を避けて測る。


「耳は含めないぞ」


「なんで?」


「身長は頭のてっぺんまでだから」


「みみも、ユキ」


「哲学の話じゃなく測定方法の話だ」


 ユキは不満そうに耳を伏せた。


「みみ、なし?」


「耳は健康診断で別に見る」


「なら、よし」


 測る。体重。


「尻尾は……」


「しっぽも、ユキ」


「分かってるよ」


 普通に全部込みで測る。医療身体鑑定を使う。


【白狐神】

【神格:幼神三段】

【身体年齢相当:5歳前後】

【栄養状態:良好】

【体温:正常】

【心肺機能:良好】

【神力循環:良好】

【備考:比較基準対象なし】


「出た」


「なに?」


「元気な健康体だ」


「ユキ、げんき!」


「ただし、ちゃんと寝る」


「ユキ、ねてる」


「俺は寝不足だけどな」


「おっちゃんも、けんこうしんだん」


「……後で受けます」


     ◇


 ニナ。身長、体重とも順調。右肩も確認。


「痛くない?」


「ない」


 マリベルの身体鑑定。


「筋肉の張りも残っていません。関節、骨、腱も問題なし」


「じゃあ鍛冶場」


「その前に視力」


「……分かった」


 検査を終えると、ニナは黄色いヘルメットを抱えて待機した。


 次はミーシャ。


「目、右」


「見える」


「これは?」


「上」


「こっちは?」


「左!」


「大丈夫だな」


 トトは視力表を見るより、視力表そのものを描こうとしていた。


「トト」


「なに?」


「今日は絵の資料じゃない」


「丸が、いっぱい」


「後で描いていいから、今は見える方向を答えてくれ」


「うん」


     ◇


 そして、白い毛玉の問題児。


「びゃっこの番じゃ!」


 こびゃっこが体重計へ乗る。表示が変化する……数字は出た。


「おお」


「どうじゃ」


「ちゃんと測れた」


「当然じゃ!」


「体格の割に重いな」


「神格の重みじゃ」


「神格を物理的重量として出すな」


 体組成測定の結果が表示される。


【測定不能】


「ほらな」


「機械の修行が足りぬ」


「機械に神使対応を求めるな」


 血圧計。


「腕が細すぎる」


「前足じゃ!」


「どっちでも無理」


 パルスオキシメーターを前足へ挟む。表示が点滅するとエラー表示。


「……」


「……」


「びゃっこは健康じゃ」


「測定不能」


 俺のスキルで総合鑑定を使う。


【守護神使】

【個体名:こびゃっこ】

【年齢:1,000年以上】

【身体状態:良好】

【神力循環:良好】

【疲労:なし】

【栄養状態:過剰傾向なし】

【備考:比較基準対象なし】


「神力循環も良好だって」


「ほれ見よ!」


「ただし比較基準なし」


「びゃっこを基準にせよ」


「地球上にもこの世界にも、お前が一人しかいないだろ」


「唯一無二ということじゃな」


「ポジティブだな」


     ◇


 午前9時半。一旦健康診断を止める。


「ここから一旦、鍛冶場へ行く」


 マリベルへ確認する。


「30分程度で戻る」


「分かりました。こちらは記録整理をしておきます」


「アルノ、結果票をまとめといてくれ」


「任せてください」


 鍛冶場へ向かう。今日からボルガが正式参加。ドランはすでに防炎装備。ニナも準備済み。ボルガは昨日支給した綿主体の作業着に、その上から防炎エプロンと腕カバー。


「まず無通電」


「本当にやるんだね」


「昨日言っただろ」


「分かってる。言ってみただけさ」


 ドランが得意そうに言う。


「初心者は素直にやるのじゃ」


「数日前に棒をくっつけた人が言う?」


「ぐぬ」


「はいはい、そこまで」


 俺は二人の間へ入る。


「競争なし。今日はボルガが姿勢と道具の扱いを覚える日」


「はいよ」


「ドランは昨日と同じ短い練習」


「うむ」


「ニナは一番最後。体調は問題ないが一回だけ」


「分かった」


     ◇


 ボルガはさすが鍛冶師だった。電源を入れない状態で棒を動かすだけでも、手首と肘の使い方が安定している。


「棒の先を見すぎない」


「溶け具合を見る?」


「アークが出ればな。最初は距離を一定に」


「これくらい?」


「いい」


 次に実際のアーク。


「短くいくぞ」


「分かった」


 バチッ!


「おっ!」


 一瞬、光が走り、すぐ切れた。


「消えた!」


「距離が開いたな」


「もう一回!」


「焦るな」


「……段取り」


「便利だろ?」


「腹立つくらい便利だね」


 二回目。バチッ。今度は少し続き、数秒で終了。面を上げたボルガの目が輝いている。


「面白いね!」


「顔がドランと同じだぞ」


「失礼だね!」


「なぜワシ基準なのじゃ!」


     ◇


 ドランは昨日よりさらに安定。短いビードを一本。無理をしない程度に。


「いいな」


「当然じゃ」


「調子に乗るな」


「褒めた直後に落とすでない」


 最後にニナ。まず、無通電で行う。


「一回だけ」


「うん」


 バチッ。ほんの数秒ですぐ止め、ホルダーを戻す。


「終了」


「まだできる」


「知ってる」


「今日は終わり?」


「ああ」


「分かった」


 以前なら、ほんの少し間があった。今日はすぐに受け入れた。ボルガが横から言う。


「やっぱりいいね」


「何が?」


「まだ出来る時に止めるってやつ」


「長く続けるためにな」


 ニナが頷く。


「明日も、できる」


「そういうこと」


     ◇


 鍛冶場を出たところで、カイルたちが戻ってきた。


「ヒカル」


「どうだった?」


 カイルが簡単な測量メモを開く。


「第一候補地で問題なさそうだ」


「増水は?」


「湖岸より十分高い。水が来た形跡もない」


 レイルが続ける。


「ただし南西側へ少し低い。床をそのまま作るなら整地が必要だ」


「排水には使える?」


「使える。でも自然勾配そのままじゃ強すぎる部分がある。床面は別に作った方がいい」


「了解」


 バドルが短く言う。


「地盤は悪くない」


「掘った?」


「少し」


「勝手に深く掘ってないだろうな」


「見ただけだ」


「ならいいが」


 グレゴールが笑う。


「ヒカル、俺たちまで信用されてないぞ」


「初日から機械を分解しようとする人が二人いる集団だからな」


 ボルガとドランが同時に目を逸らした。


「連帯責任はひどいね」


「わしは何もしておらん」


     ◇


 診療所へ戻り、残りの成人組の検診をする。《蒼岩の盾》4人。マルタ。それからリリア、アルノ、ロク、リーファ、マリベル。そして最後に俺。


 オルフェンは概ね健康。重盾を長年扱っているため、左右の肩周囲に筋肉量の差がある。


「これは異常じゃないですか?」


「今のところは職業による適応範囲。ただし片側へ負担が偏りすぎるのは注意だな」


「分かりました」


 セルドも大きな問題なし。ナージャは軽い脚の疲労。


「昨日自転車やったから?」


「それだけじゃないでしょうね。旅の疲れも少し残っています」


 マリベルが言う。


「自転車もあまり無理しないでね」


「はい!」


 フィンは魔力循環が特徴的だった。俺の鑑定では身体的には問題なし。


 マリベルの方では、


「魔力の流れがかなり細かいですね」


「魔術師ですから」


「特に術式制御を細かく使う人に多いです」


「なるほど」


 地球医学だけでは存在しない項目だ。こういう時、二人で見る意味がある。


     ◇


 マルタは採血の針より、血液検査装置へ興味を持った。


「こんな少しの血で分かるのかい?」


「全部じゃないけどな」


「料理人の身体も?」


「人間なら仕事に関係なく」


「じゃあ、食生活も出る?」


「一部は」


「嫌な道具だねえ」


「急に評価が下がったな」


「料理人は味見するんだよ!」


「そこは適量で頼む」


 結果は良好。


「よし」


「でも厨房で立ち仕事が多いから、脚の疲れはあるな」


「それは昔からだよ」


「厨房側に折りたたみ椅子を用意するよ」


「仕事中に座れって?」


「休憩の時な」


「なら頼むよ」


     ◇


 俺自身の番。


「ヒカルさん」


 マリベルが言う。


「ちゃんと測ってくださいね」


「分かってる」


「自分だけ簡略化しそうなので」


「信用ないな」


「実績です」


「最近そればっかりだ」


 身長。体重。血圧。体温。心拍。SpO2。採血。心電図。俺自身へ医療身体鑑定。


【人族男性】

【年齢:40歳】

【肉体年齢:約30歳】

【身体状態:概ね良好】

【疲労:軽度蓄積】

【睡眠不足:あり】

【筋肉・関節:軽度疲労】

【重大異常:認めず】


「……」


「何かありました?」


「睡眠不足」


 マリベルが俺を見る。入口ではユキが俺を見ている。机の上の小さな座布団の上では、こびゃっこが知らん顔。


「おっちゃん」


 ユキが言う。


「何?」


「ユキのせい?」


「まあ、少し」


「しっぽ?」


「少し」


 ユキが自分の大きな白い尻尾を見る。


「おっちゃん、いや?」


「嫌じゃない」


「じゃあ、よし」


「医学的には解決してない」


 こびゃっこが腕を組み頷く。


「愛情とは時に睡眠時間を削るものじゃ」


「お前は寝言でドラマを始めるな」


「……さて、何の話じゃ?」


「また忘れたふりしてるだろ!」


     ◇


 午前11時半。全員分の第一回健康診断が、ようやく終わった。緊急に治療が必要な者はいない。職人たちには職業上の軽い腰、肩、膝の負担。ハンター組には古傷や身体左右の肉体疲労差。それぞれあるが、今すぐ作業を止めるほどの異常はない。


 大事なのは、今日の数字が残ったことだ。


「半年後に比べられる」


 アルノが個人記録票をファイルへ綴じる。


「体重、血圧、血液検査、心電図。変化が見えますね」


「ああ。病気を見つけるだけじゃなく、変化を見るための記録だ」


 グレゴールが腕を組む。


「工事の記録と同じだな」


「え?」


「最初の地盤を知らなきゃ、沈んだかどうかも分からない」


「……確かに」


 その例えは分かりやすい。バドルが頷いた。


「身体も基礎がいる」


「石工まで乗ってきた」


「基礎は重要だ」


「否定はしない」


     ◇


 診療所を出ると、湖から風が吹いてきた。北側の草地には、カイルとレイルが立てた仮の測量杭が見える。


 あそこへ午後から、23頭以上を想定した厩舎を作り始める。その前に昼飯。予定を詰めた割には、ちゃんと午前中で収まった。


「おっちゃん」


「ん?」


 ユキが俺の手を握る。


「けんこう?」


「ああ。今のところな」


「ねぶそく?」


「そうだな」


「ちゃんと、ねる?」


「努力します」


「きょう、はやく、ねる?」


「夜はちゃんと寝るよ」


 ユキが満足そうに頷いた。


「なら、よし」


「五歳児に健康指導されるとは」


 肩の上へ、こびゃっこがふわりと降りた。


「父さん……ヒカルは今日も、ユキに健康管理されるわけで――」


「やっぱり覚えてたか!」


「昭和・平成の名作じゃ。見ていたに決まっておろう!」


 ユキが笑った。昼からは馬の家を作る。その前に、まず飯だ。健康診断を終えた成人組は、すでに食堂へ向かって食事をしている。


 少なくとも今日の午前中は、全員健康らしい。


     ◇


【第96話・収支報告】


異世界生活75日目

日付:六の月4日

オリエント王国歴952年


開始残高:3,134,399pt


今回の購入:


・なし


今回支出合計:0pt


現在残高:


3,134,399pt − 0pt = 3,134,399pt


円換算目安:


3,134,399pt × 100円 = 約313,439,900円相当


続く

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