第95話 白狐神と増えていく仕事
工事事務所を出た時、時計は午後3時を少し回っていた。
午後の日差しはまだ高い。湖から吹いてくる風も穏やかで、仕事をするにはちょうどいい時間だ。
ただし、今日は新しい工事を始める日ではない。まずは人に教える日だ。
「おっちゃん」
「ん?」
「ガラン、あっち」
ユキが湖岸を指さした。見ると、砂混じりの浜の広い場所にマウンテンバイクが並べられている。
ガラン。ロク。リーファ。その前にいるのが、《蒼岩の盾》の4人だった。
「先に自転車講習を始めたみたいだな」
「ナージャ、のる?」
「一番乗りたがってたからな」
そして、その少し離れたところ。猫耳をぴんと立てたミネットが、こちらと湖岸を交互に見ている。
「……」
「ミネット」
「何にゃ?」
「鍛冶場を見に行くぞ」
「見に行くにゃ」
「目は完全に自転車だぞ」
「猫族は視野が広いにゃ」
「昨日は耳でも説明を聞けるって言ってたよな」
「便利な種族にゃ」
「都合よく特性を増やすな」
ミネットは湖岸でナージャがマウンテンバイクへ跨がるのを見る。
「……乗りたいにゃ」
「あとで教えるって言っただろ」
「分かってるにゃ」
「なら鍛冶場へ行くぞ」
◇
湖岸では、ガランが《蒼岩の盾》へマウンテンバイクを教えていた。
「先輩、これでいいですか?」
ナージャがサドルへ跨がり、両足を地面につける。
「ああ。まずブレーキだ」
ガランが前後のブレーキレバーを示す。
「右と左で前後が違う。いきなり強く握るな。特に前輪だけを強く止めると、前へ投げ出されることがある」
「分かりました」
「次に変速。最初は触るな」
「え?」
「まず走る、曲がる、止まる。それだけ覚えろ」
「でも、これ数字が――」
「ナージャ」
「はい」
「まずは段取りで覚える」
「……ガラン先輩まで、その言葉を使うんですね」
「湖畔では便利だからな」
横でセルドが笑う。
「先輩、かなり染まってません?」
「お前も三日いれば分かる」
「まだ二日目ですけど、ちょっと分かります」
オルフェンが自分の自転車のブレーキを確認していた。
「ガラン先輩。巡回で使用する場合、武器はどうします?」
「まずは乗れるようになってから、各自の装備方法を決める」
「盾は背負う形でしょうか」
「その大盾を背負って、最初から乗ろうとするな」
「ですよね」
オルフェンは素直に盾を置いた。
一方、フィンは少し不安そうだ。
「ガラン先輩」
「何だ?」
「これは、倒れた場合――」
「倒れる」
「やはりですか」
「馬と同じだ。絶対に落ちない乗り物はない」
「魔法で――」
「禁止だ」
「まだ最後まで言っていません」
「自転車の練習にならない」
「……はい」
後輩相手になると、ガランは完全に新兵の教官の様だった。横ではロクが湖岸へ木の枝で線を引く。
「まず、この線から向こうまで真っ直ぐっす。速度は出さなくていいっすよ」
「ロクさん、足は?」
セルドが聞く。
「ペダルへ置くっす。でも怖かったらすぐ地面へ下ろす。格好つけなくていいっす」
「分かりました」
リーファがナージャへ声を掛ける。
「視線は前。前輪ばかり見ないで」
「はい!」
「肩に力を入れない」
「はい!」
「猫族なら平衡感覚は良いでしょうけど、それと操作は別よ」
「分かってます!」
ナージャがペダルを踏む。
「行きます!」
「ゆっくりだ」
すいっ。
「おっ」
思ったより普通に進んだ。
「乗れた!」
「前見ろ!」
「はい!」
そこから少しふらつき、右へ寄り――。
「わっ!」
両足をついた。
「……」
「転んでないっす」
ロク。
「転んでないわ」
リーファ。
「ナージャ」
ガランが腕を組む。
「最初としては十分だ」
ナージャの猫耳が一気に立った。
「もう一回!」
「一度止まって、今の動きを確認してからだ」
「はい!」
ずいぶん素直だ。昨日、《東風の牙》の昔話をしていた時とは別人みたいだな。
◇
「……いいにゃ」
俺の横でミネットが呟いた。
「見てたな?」
「見てないにゃ」
「全部見てただろ」
「耳で聞いてたにゃ」
「目も完全に湖岸だったぞ」
グレゴールが笑う。
「ミネット。見学が終わってからにしろ」
「棟梁まで!」
「お前の仕事と一緒だ。屋根へ上がる前に、まず地面で我慢することを覚えろ」
「関係ないにゃ!」
「ある気がする」
エリオットが真顔で言った。
◇
俺たちは、そのまま倉庫西側の「群れの鍛冶場」へ移動した。
約5メートル四方の単管パイプの骨組みに、茶色のポリカーボネート波板屋根。西と北には金属波板の壁。溶接位置の上には金属製の火花受け板。
周囲には遮光防火カーテン。床は鋼板。作業台と大型バイス。外側に発電機区画。そして酸素ボンベと燃料ガスボンベは、離して固定してある。
入口には、こびゃっこ筆耕の表示。
【ヨウセツチュウ タチイリ キンシ】
「うむ」
ふわふわ浮きながら、こびゃっこが胸を張った。
「何度見ても達筆じゃ」
「自分で言うな」
「事実じゃ」
グレゴールが表示を見て頷く。
「確かに上手いな」
「ほれ!」
「調子に乗るな」
◇
ボルガだけは、すでに俺の説明など半分耳に入っていない顔で、溶接機を見ていた。
「これかい……」
「ああ。インバーター式のアーク溶接機」
「電気で鉄を溶かす機械?」
「正確には、電極と母材の間にアークを発生させ、その熱で溶融させる」
「温度は?」
この世界も温度は摂氏で表される。沸点と融点の概念もあり、これも異界人の知識だったそうだ。魔道具の温度計や体温計もあるらしい。
「アークそのものは数千度になる」
「数千!?」
ボルガだけじゃない。グレゴールもエリオットもカイルもレイルも、こちらを見た。バドルまで眉が動いた。
「鉄が溶けるのは当然か……」
「だから危ないんだ」
俺は遮光面を持ち上げる。
「光も直接見るな。強烈な紫外線や赤外線を含む。目を傷める」
「ただ明るいだけじゃない?」
ボルガ。
「違う。だからこれを使う」
自動遮光面を見せる。
「普段は中が見える。でもアークを検知すると、自動で暗くなる」
「自動?」
「見た方が早い」
「見たい!」
「だから順番でな」
「……段取りね」
「覚えたな」
「便利な言葉だね」
◇
まず発電機。次に溶接機。アースクリップとホルダー。溶接棒。電流調整。作業台。換気。消火器。熱い材料を置く場所。冷めた材料と、まだ触れない材料を分ける表示。それらを一つずつ説明した。
「一番怖いのは?」
グレゴールが聞く。
「一番はない」
「?」
「感電。火傷。火災。目の損傷。煙。ボンベ転倒。ガス漏れ。全部別々に事故になる」
「なるほど」
「だから『これは大丈夫だったから次も大丈夫』はなし」
「職人仕事と同じだな」
「そう思ってくれればいい」
ボルガが作業台の下を見る。
「床まで鉄なのは、火花対策?」
「それもある。燃える物を置かないためだ」
「油が落ちたら?」
「吸着材で回収。汚れを落としてから拭く。水で何でも流さない」
カイルが反応した。
「排水を分けているのか?」
「ああ。金属粉や油を湖へ流したくないからな」
「そこまで考えるのか」
「作る場所だけ綺麗でも、その先を汚したら意味ないだろ」
バドルが小さく頷いた。
「良いな」
「何が?」
「考え方だ」
「まあ石じゃないけどな」
「鉄も土へ戻るが、時間が掛かる」
「……なるほど」
◇
次はガス設備。酸素と燃料ガスのボンベ。転倒防止チェーン。逆火防止器。ホースと圧力調整器。
「これはニナにはまだ触らせてない」
俺が言うと、ボルガがニナを見る。
「アークはやるのに?」
「危険の種類が違う」
ニナが自分で答えた。
「ガス、まだ」
「やりたい?」
「やりたい」
即答。
「でも、まだ」
「……」
ボルガが少し笑った。
「なるほどね」
「何だよ」
「ちゃんと待てるんだね」
「練習した」
「そこも練習なのかい」
「止めるのも、しごと」
俺は少しだけ嬉しくなった。ニナ、ちゃんと覚えてるな。
◇
「じゃあ実演する」
見学者を遮光カーテンの外へ移動させる。ボルガには見学用の遮光面を渡した。
「これなら直接見ていい?」
「面越しなら。外さないこと」
「分かった」
「ユキと子供たちはさらに後ろ」
「おっちゃん」
「何だ?」
「ユキ、いつものところ」
「ああ。そこならいい」
「かんとくさま」
「今日は見学監督だな」
「うん」
こびゃっこは、三脚の横でふわふわ浮いている。
「撮影台帳は?」
「記入済みじゃ」
「カメラの位置」
「遮光カーテン外。直接アークを真正面から撮らぬ」
「返却は?」
「終了後、清掃して台帳記入じゃ」
「よし」
「信用回復中じゃからの」
「そこはちゃんと続けてくれ」
◇
最初は俺。L形鋼の端材を固定する。アースと電流を確認。更に周囲確認。
「始めるぞ」
自動遮光面を下ろす。シュッ。バチッ!青白いアークが走った。
「……!」
短いビードを一本。数秒で止めると、煙が上がる。材料は触らずそのまま。
「終了」
ボルガが黙っていた。
「どうした?」
「……もう一回」
「見るところがあったか?」
「いっぱいある」
今度はドラン。
「ワシもやるぞ」
「落ち着いてな」
「分かっておる」
ドランは以前よりずっと姿勢が良くなっていた。棒を近づける。バチッ。一瞬だけ固着しかけたが、無理に引かず、すぐ止める。
「今の判断は良かった」
「じゃろ?」
「最初なら引っ張ってたな」
「昔のワシを持ち出すでない」
「数日前だぞ」
ボルガが笑った。
「ドランも初心者なんだね」
「む」
「なら追いつける」
「何じゃと!」
「競争するな」
◇
最後はニナ。体調はマリベルが先に確認済みだ。ニナは防炎作業服、革エプロン、腕カバー、革手袋、自動遮光面を装備する。足元は高さ調整済みの固定足場で、俺とドランが左右につく。
「まず無通電」
「うん」
棒の角度。距離。姿勢。ケーブル位置の確認。
「どう?」
「いいぞ。じゃあ一回だけ仮付け」
「分かった」
ニナが面を下ろす。少し間を置く。バチッ。白青い火花が散った。数秒後、すぐ止まる。
「終了」
俺が言う前に、ニナはホルダーを安全位置へ戻した。
「……」
ボルガは動かなかった。
「ボルガ?」
「七歳だよね」
「ああ」
「今のは、教えて何日目?」
「数日」
「鍛冶は?」
「父親が鍛冶師だった。ただし本人が本格的に鉄仕事を始めたのは、ここへ来てからだ」
ボルガはニナの仮付け部分を見る。決して綺麗なビードではない。短い点だが、それでも鉄と鉄がつながっている。
「これで完成じゃないが、今は、火花を出すことより、安全に止められることを重視してる」
「それでいいと思うよ」
ボルガの返事は速かった。
「むしろ、それがいい」
ニナが面を上げる。
「だめ?」
「逆だよ」
ボルガがしゃがんで、ニナと目線を合わせた。
「鍛冶屋は、鉄を叩けるだけじゃ駄目なんだ。火を扱う。重い物を扱う。自分だけじゃなく、隣の人間まで怪我させることがある」
「うん」
「だから、止まれる人間の方が長く続けられる」
ニナは少しだけ三つ編みを揺らした。
「ニナ、続けたい」
「ああ」
ボルガは立ち上がり、今度は溶接機を見た。
「ヒカル」
「何だ?」
「これ、鍛冶を変えるね」
「そこまで?」
「変える」
即答だった。
「炉で全部を熱くしなくても、必要な場所だけ繋げられる。薄い鉄にも使える。部品を組んでから固定できる。修理の方法も増える」
ドランも頷く。
「ワシも最初に見た時、同じことを思った」
「なら何で、もっと大騒ぎしなかったんだい」
「したぞ」
「してたな」
「機械を開けようとして、もっと大騒ぎになった」
「それは分解の話だろ!」
ボルガが溶接機を見つめる。
「これを、そのまま王国へ持ち込めるかどうかは別だけどね」
「電力が要るからな」
「それでも考え方は持ち帰れる。金属を『叩いて形にする』だけじゃない。切る、曲げる、穴を開ける、そして溶かして繋ぐ」
目が完全に職人だった。
「新しい鍛冶の入口だよ、これは」
◇
「じゃあ、今後なんだけど」
俺はドラン、ボルガ、ニナを見る。
「朝の鍛冶練習を3人でやろうと思う」
「3人?」
ボルガ。
「俺は指導と安全管理。ドランとボルガには、鍛冶師として金属の状態や姿勢も見てもらいたい」
「いいね」
「ニナは今まで通り短時間。無通電から。低電流。仮付け中心。ガスはまだなし」
「分かった」
「ボルガも最初は初心者として同じ手順」
「私も無通電?」
「当然」
「鍛冶師だよ?」
「アーク溶接は初心者だろ?」
「……その通りだね」
「そこを認められるなら早い」
ドランが笑う。
「ワシは先輩じゃな」
「数日先輩な」
「先輩は先輩じゃ!」
ボルガが腕を組む。
「すぐ抜くよ」
「ほう!」
「だから競争するな!」
◇
そこへ湖岸から声が響いた。
「先輩! 乗れました!」
ナージャだ。振り返ると、かなりゆっくりだが真っ直ぐ走っている。
「前を見ろ!」
ガランの声。
「見てます!」
「喋りながらこっちを見るな!」
「はい!」
ナージャが正面へ戻る。少し後ろをセルドが走り始めていた。フィンはまだ両足を地面につけ、ロクから説明を受けている。オルフェンはガランにブレーキの事を聞いている様だ。
「……」
それを見ていたミネットの尻尾が左右へ動く。
「ミネット」
「何にゃ」
「もう鍛冶場の説明、半分聞いてなかっただろ」
「聞いてたにゃ!」
「何を?」
「電気で鉄がくっつくにゃ!」
「要約しすぎだ」
「でも合ってるにゃ」
「まあ、合ってるけど」
◇
見学を終え、工事事務所へ戻ったのは午後4時を過ぎていた。今度は明日以降の段取りを詰める。
俺はホワイトボードの予定表を見る。昨日決めた予定。
午前――健康診断。
午後――職人との作業分担。
「……また変わるな」
「ヒカル」
ガランが言う。
「予定は変更するためにもある」
「それ、段取りを否定してない?」
「状況が変わったのに、古い予定へ固執する方がまずい」
「正論だな」
俺は予定を書き直す。
【六の月4日 午前】
・集団健康診断
・鍛冶練習
「並行してやるんですか?」
マリベルが聞いた。
「ああ。健康診断は一人ずつ回す。全員が診療所へ集まる必要はない」
「私とヒカルさんの両方が必要な検査は?」
「時間を決める。まず俺が朝一番で機器を準備。それから成人を順番に呼ぶ。採血や身体鑑定は俺たち二人で見る」
「その間の鍛冶場は?」
「俺が必要な溶接練習の時間だけ、健診を一旦止める」
「ニナは?」
「子供組は空腹採血をしない。通常の朝食後でいい」
「分かりました」
マリベルが予定表へ時間を書き込んでいく。
「ドランは?」
「健康診断を先に受けてから鍛冶場」
「なぜワシだけ明確なんじゃ」
「酒が残ってないかも含めて確認するから」
「飲んでおらん!」
「今夜の話よ」
「まだ夕方じゃ!」
◇
「午後は?」
グレゴールが聞いた。
「別件の工事を入れたい」
「何だ?」
「厩舎」
「馬の?」
「ああ」
一行が少し静かになる。現在いる荷馬車用の馬は3頭。今は職人宿東側の草地で休ませている。天気が安定している間はいいが、3か月置くなら雨除けと管理場所が必要になる。
さらに近衛騎士団が来る。
「騎士団も馬で来るんだよな?」
グレゴールがガランを見る。
「ああ。全員騎乗用の馬で来る予定だ」
「今の3頭だけじゃなくなるわけか」
「そういうこと」
俺は簡単な配置図をホワイトボードへ描く。
「場所は、職人宿と近衛宿の東側。湖岸寄りに大型ガレージ予定地がある」
「昨日聞いた鉄骨のやつだな」
「そのさらに20メートル北側」
カイルが立ち上がり、図へ近づく。
「湖側へ寄せ過ぎない?」
「そこは現地で地盤高を確認する。湖の増水時に水が来る場所は避ける」
レイルが続ける。
「排水方向は?」
「湖へ直接流さない」
俺は線を引く。
「床の外周と洗浄側にコンクリートU字溝。そこから排水桝へ集める」
「馬の糞尿も入るぞ」
「固形物は先に掃除して回収。敷料も別。残った洗浄水だけ流す」
「その先は?」
ユキが俺を見る。
「ユキ?」
「ああ」
「とりい?」
「そう。排水桝に鳥居紋を付けて、浄化を頼みたい」
ユキは少し考えた。
「おうまの、おみず、きれい?」
「汚れた水を、そのまま湖へ入れないようにする」
「ユキ、きれい、する」
「ただし毎回全部を神力任せにはしない。人間も掃除する」
グレゴールが頷く。
「もちろん、その辺は俺たちの仕事だ」
「ああ。頼む」
こびゃっこが腕を組む。
「浄化主任としてびゃっこもやるぞえ」
「必要な時は頼む」
「任せるのじゃ」
◇
「床は?」
バドルが聞いた。
「滑り止め付きの工事用大型鉄板を敷く」
ボルガが眉を上げる。
「馬の蹄で滑らない?」
「そこは俺も気になってる」
俺は図の馬房部分を指す。
「通路と清掃下地は鉄板。ただし馬が長く立つ区画は、その上に取り外せるゴムマット…つまり柔らかい素材の敷板と敷料を入れる」
「それならいい」
ガランも頷いた。
「馬は足を痛めると致命的だからな」
「鉄板だけで寝かせるつもりはないよ」
「掃除の時に敷板を外せる?」
エリオット。
「そうしたい。床下へ汚れが溜まらないよう、継ぎ目も考える」
「勾配は?」
カイル。
「排水側へごく緩く。ただし馬が立ちにくいほど傾けない」
「現地で測ろう」
「頼む」
◇
「骨組みは?」
グレゴール。
「単管パイプ」
「さっきの鍛冶場と同じ?」
「基本はな。ただし屋根も含めて規模が全然違う。筋交いと控えを多めに取る」
「屋根!」
ミネットが即座に反応する。
「ポリカーボネート波板」
「透明のヤツにゃ?」
「全部透明にはしない。日差しで暑くなりすぎる。採光は取るが、日陰を作る」
「屋根勾配は?」
「現地で決める。雨樋も付ける」
「やるにゃ」
「やっと自転車から戻ってきたな」
「屋根は仕事にゃ!」
◇
「宿舎みたいな灯りを付けるのか?」
エリオットが聞く。
「今のところ常設電源は引かない予定だ。常夜灯としてソーラーパネル付きのライトを複数、明る過ぎない程度に設置する」
「人が動いたら点くやつか?」
「センサーライトは付けない。防犯上の効果はあるが、馬が驚いたり、落ち着かない可能性がある」
ロクが頷く。
「確かにその方がいいっす」
レイルが聞く。
「水は?」
「2,000リットル級の鳥居紋浄化付き給水タンクを基本に考える。馬が増えるなら増設」
セルドが聞いた。
「先輩、馬って一日どれくらい飲みます?」
ガランが答える。
「体格や気温にもよるが、かなり飲む。20頭以上になれば、タンク一つで何日も保つとは考えるな」
「毎日補給前提か」
「そうだ」
俺も補足する。
「飲水用と掃除用は、使用量を分けて記録する。異常に減ったら漏水も疑う」
「馬小屋にも台帳か」
グレゴールが笑う。
「水がなくなってから気づくよりいいだろ」
「そうだな」
◇
そこで俺は、職人7人を見る。
「一つ確認したい」
「何だ?」
グレゴール。
「この厩舎工事は、皆の本職とは少しずれる仕事もある。大工に排水材を運んでもらうこともあるし、石工に単管の基礎を手伝ってもらうかもしれない。屋根職人にも地上で材料整理を頼むことがある」
「それが?」
グレゴールが普通に聞き返した。
「いや。専門外のことまで頼んでいいのかと思って」
「ヒカル」
「何?」
「俺たちは大型ガレージだけ作るために来たわけじゃない」
「ああ」
「湖畔で3か月働く。現場が変われば、必要な仕事も変わる。それくらい想定して来てる」
カイルが頷く。
「むしろ、単管っていう材料を実際に組めるなら興味がある」
レイルも。
「U字溝も見たい。寸法が全部揃ってるんだろ?」
「揃ってる」
「なら施工速度がどれくらい変わるか見たい」
エリオット。
「鉄板床の上に取り外し式のゴム床。清掃前提の馬房設計も興味がある」
ミネット。
「ポリカ屋根を広い面積で張れるにゃ!」
ボルガ。
「単管の接合金具も見たいね。溶接しないで骨組みを組めるんだろ?」
バドル。
「U字溝を見る」
「お前は本当に迷いがないな」
「石に近い」
「コンクリートだけどな」
「人工の石だ」
「そう来たか」
最後にグレゴールが笑った。
「専門外の雑用を押しつけられるなら嫌だが、新しい建材と工法を一緒に覚えられる仕事なら、むしろ歓迎だ」
「助かる」
「それに」
「ん?」
「ヒカル一人に全部やらせるために、俺たちは王都から2週間かけて来たんじゃない」
昨日、ユキに言われた言葉が戻ってくる。俺は少しだけ黙った。
「……そうか」
「おっちゃん」
ユキが下から見上げる。
「ひとり、しない?」
「ああ」
「みんな、する?」
「みんなでやる」
「なら、だんどり、よし」
「五歳児から工程承認をもらった」
グレゴールが笑った。
「監督様だからな」
「かんとくさま」
ユキは満足そうに胸を張った。
◇
ホワイトボードを書き直す。
【六の月4日】
午前
・健康診断
・鍛冶練習
・厩舎予定地測量
午後
・仮設厩舎工事開始
・地盤確認
・床下整正
・排水計画
・資材搬入
「厩舎予定地の測量は、健康診断待ちの職人から順番に出てもらえばいいな」
カイルが言う。
「俺とレイルが先に見ておく」
「でも二人とも健診は受けてもらうぞ」
「当然だ」
「朝飯抜き」
「分かってる」
ドランが小声で言う。
「厳しい一日になりそうじゃ」
「一食抜くだけだろ」
「朝飯は重要じゃ!」
マリベルが言う。
「終わった人から食べていいから」
「では一番に!」
「検査順は私が決める」
「なぜじゃ!」
「こうなるからよ」
◇
外を見ると、湖岸ではナージャがマウンテンバイクの練習を続けている。
「ガラン先輩! 曲がれました!」
「大回りだ。まだ速度を出すな」
「はい!」
セルドも何とか走っている。
「先輩! これ、馬より静かです!」
「だから斥候には便利だ。ただし森の中で無理に走るな」
「分かりました!」
フィンはようやく数メートル進んだところで、両足をついた。
「……これは魔法より難しいですね」
ロクが笑う。
「魔法でズルできないっすからね」
「ズルではありません。補助です」
「それをズルって言うっす」
オルフェンは一番慎重だった。走り出す前にブレーキを何度も確認し、周囲を見てから進む。
「リーダーらしいな」
俺が言うと、ガランがこちらへ歩いてきた。
「オルフェンは昔からああだ」
◇
日が少し傾いてきた。まだ仕事は山ほどある。けれど、昨日までと違うこともある。職人たちがいて、警備には《蒼岩の盾》も加わった。マルタも厨房にいる。一人で作る必要はない。
「おっちゃん」
「ん?」
「また、いっぱい、かんがえた?」
「少しな」
「ひとり?」
「今度は皆に渡す仕事を考えてた」
ユキは俺の顔をじっと見た。
「それなら、よし」
「査定が厳しいな」
「ユキ、おっちゃん、むりしないの、ちゃんとみる」
「どこで覚えたんだ、その言い方」
「おっちゃん」
「俺かよ」
こびゃっこが肩の上で腕を組む。
「育児とは己の言動が返ってくるものじゃ」
「急に千歳らしいこと言うな」
「びゃっこは人生の大先輩じゃぞ」
「その大先輩、昨日日本酒何杯飲んだ?」
「……過去は振り返らぬ主義じゃ」
「都合の悪い時だけミネットみたいになるな」
「聞こえたにゃ!」
「聞いてたのかよ!」
笑い声が湖岸へ広がった。明日は――まず健康診断と鍛冶場。そして午後から、馬たちの新しい「帰る場所」を作る。
どうやら湖畔は、人だけでなく馬の分まで、待っている灯りを増やすことになりそうだった。
◇
【第95話・収支報告】
異世界生活74日目
日付:六の月3日
オリエント王国歴952年
開始残高:3,134,519pt
今回の購入:
・鍛冶場見学用自動遮光面、革手袋、防炎腕カバー等追加安全装備
78pt(約7,800円)
・溶接練習用L形鋼、溶接棒等追加消耗材
42pt(約4,200円)
今回支出合計:120pt(約12,000円)
現在残高:
3,134,519pt − 120pt = 3,134,399pt
円換算目安:
3,134,399pt × 100円 = 約313,439,900円相当




