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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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93/111

第93話 白狐神と夢の中のモデル


 ……これはたぶん夢だ。だが、妙に色も音もはっきりしている。俺は駅前に立っていた。


「……原宿?」


 目の前にあるのは、木造風の三角屋根と白い外壁を持つ、昔の原宿駅舎だった。ここは、令和の東京ではない。


 駅前から見える道路には車がほとんど走っておらず、代わりに若者が溢れている。派手な服。大きなラジカセ。ローラースケート。ダンスパフォーマンスに、バンドの演奏。道沿いには露店。歩行者天国だった頃の原宿だ。


「いつの時代だよ、昭和か?」


「おっちゃん」


「ん?」


 横を見ると、ユキが俺の手を握ってこちらを見上げていた。白いワンピース姿に白い靴下。小さな皮ブーツを履いている。森で出会った初日に、俺がスキルショップから買ってやった服だった。


「お前、その服……」


「ユキの、さいしょの」


「ああ」


 俺自身も、あの日と同じ格好だった。茶色のスエードのフード付きハーフコート。黒のニット。黒のデニムパンツ。茶色のワークブーツ。


「異世界生活初日の服装で、昭和の原宿かよ」


「しょうわ?」


「こびゃっこがいた時代だ」


 問題はユキだった。白いボブヘアーに白狐耳。そして大きな白い尻尾。どう考えても目立つ。


「これ、まずくないか?」


 しかし、すれ違う女子高生らしき二人組は、俺たちを見るなり声を上げた。


「キャー!かわいい!」


「見て、あの子!」


「狐耳、本物みたい!」


「イナリ・ミコみたい!」


 俺は足を止めた。


「……今、何て?」


「いなり、みこ?」


 ユキが繰り返す。


「ユキ。知ってるか?」


「知らない」


「じゃあ誰だ?」


 別の通行人もユキを見て笑顔になる。


「ちっちゃいイナリ・ミコだ」


「かわいい!妹役?」


「撮影かな?」


 誰も狐耳と尻尾を本物だとは思っていない。昭和の原宿、おおらかすぎないか。


「おっちゃん」


「何だ?」


「ユキ、かわいいって」


「ああ」


「ユキ、かわいい?」


「まあ、かわいいな」


「む。まあ?」


「そこ拾うのか」


 ユキが不満そうに俺の手を引っ張った。


「かわいい?」


「はいはい。かわいい」


「む。『はい』は、いっかい!」


「……はい」


     ◇


 俺たちは竹下通りへ入った。人が多いので、ユキを抱っこする。俺の知ってる頃とは看板も店も違う。それでも通りには、若者向けの服や雑貨、クレープの店が並び、人でごった返している。


「ひと、いっぱい」


「原宿だからな」


「おっちゃんの、むかしのおうち?」


「日本ではあるが、俺が暮らしてた場所じゃない」


「じゃあ、こびゃっこの?」


「……それはあり得る」


 その時だった。通りの先に、人だかりができていた。特に若い女の子たちが何重にも集まり、カメラを構えている。


「イナリ・ミコだ!」


「キャーこっち向いて!」


「ミコちゃーん!」


 嫌な予感がした。


「まさか…」


 ユキが鼻をひくひくさせる。


「おっちゃん。こびゃっこのにおい」


 人垣の隙間から、白いものが見える。白いツインテールの髪型に白い狐耳。大きな白い尻尾。白と黒を基調にした、後の時代なら、ゴシックロリータと呼ばれそうな服。フリルの付いたブラウス。膝丈のスカートに白いタイツ。小さな革靴を履いている。


 年齢は十代半ばくらいに見える。少し釣り上がった目に、とんでもなく整った顔。片手には生クリームと苺が山盛りになったクレープ。


 少女はカメラへ向かって、軽く顎を上げ、ポーズを取っている。


「押すでないぞ。順番に撮るのじゃ」


 俺は少女の声と話し方で確信した。


「やっぱりお前かい!」


 少女がこちらを見る。


「む?」


 ユキが声を掛ける。


「こびゃっこ!」


「ユキ?」


 俺はユキを降ろすと、彼女はそのまま駆け出した。


「ユキ、走るな!」


 ユキは白いゴシックロリータ少女へ抱きつく。


「こびゃっこ!」


「おおっ、ユキではないか!」


「ほんもの?」


「びゃっこはいつでも本物じゃ!」


 周囲が一斉に沸いた。


「なにあの子!」


「かわいい!」


「ミコちゃんの妹?」


「ダブル狐!」


 シャッター音が鳴る。当時のフィルムカメラだ。コンパクトカメラを持った少女たちや、一眼レフを持ったカメラマンらしき人も何人かいる。

 

 パシャ。パシャパシャ。

 俺はこびゃっこの前へ立った。


「おい」


「おお、ヒカルも来とったか」


「イナリ・ミコって何だ」


 こびゃっこの動きが止まり、顔を背けた。


「……」


「お前だよな?」


「……さて?」


「今、周り全員がお前をそう呼んでるぞ」


「……当時の芸名じゃ」


「初耳だぞ!」


 こびゃっこはクレープを一口食べた。


「原宿でモデルをしておった頃、白狐姿では芸名が必要での」


「それでイナリ・ミコ?」


「稲荷の巫女じゃ。分かりやすかろう」


「直球すぎるだろ!」


「雑誌編集者が気に入ったのじゃ」


「しかし、モデル時代って、こんな売れっ子だったのか?」


「当時はちょっとしたもんじゃったぞ。ケモミミファッションの元祖とも言われたのじゃ」


「自分で言うな」


 また周囲から声が飛ぶ。


「ミコちゃん、こっち!」


「クレープ持って!」


「その子も一緒に!」


 こびゃっこがユキを抱き寄せる。


「では、特別撮影会じゃ」


「今からか!」


 ユキは楽しそうに笑っている。


「おっちゃんも」


「いや、俺はいい」


「む。いっしょ」


「四十男が混ざる絵じゃない!」


「おっちゃんも、かわいい?」


「それは無理があるだろ」


 こびゃっこが鼻で笑った。


「ヒカルは背景役じゃな」


「モデル時代のお前、なんか容赦ないな」


 パシャッ。ストロボの強い光が、俺の視界を遮った。


     ◇


「……眩しっ」


 思わず目を開けると、知ってる天井。右腕にはユキがいて、腹から左脚にかけて、大きな白い尻尾が横たわっている。いつもの寝床だった。


「やっぱ夢だよな……」


「むにゃ……ミコちゃん……」


 ユキが寝言を言った。


「お前…同じ夢見てるのか?」


 返事はない。籐カゴを見ると、こびゃっこは丸くなって寝ていた。


「……お前、イナリ・ミコか?」


 白い耳がぴくっと動いた。


「……取材拒否じゃ」


「やはりお前か!」


     ◇


 職人と護衛チーム《蒼岩の盾》を迎えた翌朝。


 職人宿では、湖畔へ来て最初の夜を過ごした十二人が、それぞれ妙な顔で起きていた。


 一階の男性部屋。グレゴールはベッドへ腰掛け、無言でマットレスを押している。


「……」


 カイルが隣から言った。


「寝心地どうだった?」


「…腰が痛くない」


「俺もだ」


 レイルが天井を見る。


「夜中、少し冷えると思ったが、全然そんな事無かったな」


「ああ。壁が薄いのにな」


 オルフェンは窓を開け、外を見る。


「警戒し易い位置にあって、窓は施錠。外周灯もあって、侵入者に対処できる」


「お前だけ宿泊施設を、砦として評価してるな」


 セルドが言った。


「職業病だ」


 二階では、別の問題が起きていた。


「ミネット」


 ボルガが声を掛ける。


「何にゃ?」


「その階段、何往復した?」


「三回だけにゃ」


「何を確認してる」


「勝手に灯りが点く仕組みにゃ」


 外階段へ足を出す。ぱっ。


「ほら!」


「飽きないねえ。昨日からやってただろ!」


「夜と朝では条件が違うにゃ」


「見るところが、職人らしいと言えば職人らしいが……」


 ナージャはもっと素直だった。


「私はトイレが忘れられない」


「何でにゃ?」


「座って、終わったら水が全部持っていくのよ」


「それは私も驚いたにゃ」


「しかも臭いが残らない」


「風呂もすごかった。特に洗髪剤」


 マルタが髪をまとめながら言う。


「一晩経っても、髪がフワフワだよ」


 女性陣が皆頷く。


「毎日これなの?」


「ヒカルは、そのつもりらしいよ」


 皆の間に、短い沈黙が落ちた。


「……湖畔から帰れなくなる人間が出るな」


 グレゴールが真顔で言った。


     ◇


 朝食で、さらに追い打ちがかかった。


「……米」


 マルタが食堂へ入るなり呟いた。茶碗には白飯。味噌汁。湖で釣った焼き魚。卵焼き。漬物。昨日あれだけ大騒ぎした伝説の穀物が、朝から普通に並んでいる。


「本当に毎日出るのかい……」


「毎日とは限らないぞ」


 俺は答えた。


「パンの日も麺の日もあるが」


「そういう意味じゃないよ!」


 ミーシャとトトは普通に箸を使っている。ニナも無言で焼き魚をほぐしている。セルドが自分の箸を見る。


「これ、棒が二本ですよね?」


「ああ」


「どうやって魚を掴むんです?」


「練習だな」


 隣でナージャが卵焼きを摘まもうとして落とした。


「むずかしい!」


「フォークもあるから無理するな」


「でも子供たちが使ってる!」


「競争じゃない」


 ミネットは箸を一本ずつ両手に持った。


「こうかにゃ?」


「それはトングより使いにくいだろ」


     ◇


 事件が起きたのは、その直後だった。こびゃっこが小さな茶碗の前へ立つ。白飯の中央を箸で窪ませ、別の器でかき混ぜた生卵をかけ、醤油を少しかける。


「箸はこうやって使うのじゃ」


 こびゃっこがぐるぐる混ぜると、マルタが目を見開いた。


「待ちな!」


「何じゃ?」


「その卵、まだ焼いてないじゃないか!」


「生じゃよ」


「知ってるよ!」


「では問題ないではないか」


「問題しかないよ!」


 マルタが俺を見る。


「ヒカル!」


「ああ、そう言う事な。大丈夫だ。生食用として管理された卵だ」


「生で食べるための卵?」


「ああ」


「そんな区別があるのかい?」


「衛生管理と流通の基準が違う」


 こびゃっこは構わず一口。


「うむ。美味いぞ。びゃっこは別の器でよく溶いてかけるのが好きじゃ」


「神使様!本当かい?」


 リリアも自分の茶碗へ卵を割った。


「私も好きですよ」


 リーファも続く。


「私も慣れたわ。これって、醤油ありきなのよね」


 アルノも頷き、静かに卵を落とす。


「最初は驚きましたが、今では普通に美味しいですね」


 ニナも。


「たまごかけごはん、おいしい」


「お前もそっち側だったな」


 ユキが俺を見る。


「ユキも、きょうはたまごかけ」


「ああ。ただしちゃんと卵は溶いて、白身が喉につかえないようにな」


「うん」


 マルタは完全に固まっている。

 マリベルが笑った。


「私も最初はびっくりして、止めようとしたんですよ」


「でしょう!?」


「でもヒカルさんが説明してくれて。それでも私は今も焼いた方が好きです」


「正常だよ!」


「びゃっこからすれば人生を損しておる」


「また大袈裟な。」


 オルフェンたちは、生卵組と焼き卵組を交互に見ている。


「湖畔には卵の食べ方で、派閥があるんですか?」


「いや、ないから。好きに食べてくれ」


 こびゃっこが前足を挙げた。


「次は納豆じゃな」


「うーん、却下」


「なぜじゃ!」


「まだ早い!」


「ヒカルも食いたいのじゃろ?」


「食いたいよ!」


「なら出せ!」


「匂いで新メンバーが帰るかもしれないだろ!」


「そんなに匂うの?どんな料理」


 ナージャが聞く。


「説明しにくい。発酵した大豆だ」


「豆を発酵?チーズみたいに」


 マルタの目が光った。


「匂いが強い?」


「かなりなそれに粘る」


「粘る?」


「ものすごく」


「見たい」


「また料理人の好奇心に、火を付けてしまったか!」


 俺も久しぶりに納豆ご飯を食べたい。だが、昨日来たばかりの人たちへ生卵の次に納豆を出すのは、異文化交流として攻めすぎだ。


「そのうちな。専用の個室でも作るか」


 こびゃっこの細い目が光る。


「納豆VIPルームじゃな。約束じゃぞ」


「そこはまた仕事を増やすなと、反対してくれ!」


     ◇


 朝食が終わる頃、俺は全員へ声を掛けた。


「少し皆んなに相談がある」


 職人と《蒼岩の盾》も含めた全員が、こちらを見る。


「明日の午前中、診療所で健康診断をしたいと思う」


「健康診断?病気の検査か?」


 グレゴールが聞き返す。


「体調が悪くなってから診るんじゃなく、今のうちに身体の状態を確認しておく」


 ガランが頷いた。


「身体検査だな。長期滞在開始時の記録にもなるな」


「ああ。今後3か月働いてもらうなら、最初の状態を知っておきたい。皆んなにとっても、自分の体の状態を知る事は有益だと思う」


 グレゴールが頷く。


「ヒカルの言う通りだな。どうも俺たち職人達は、自分の体は自分で分かったつもりでいる。いい機会じゃないか皆んな?どうせヒカルの事だ、お座なりな検査じゃなく、ちゃんと専門的に診てくれると思うぞ」


 皆も頷く。


「そうだよな。ヒカルの事だから…」


「それは信頼されたと言う事でいいのか?」


 俺は苦笑いしながら続ける。


「子供以外の大人は、明日の朝食を食べずに来てくれ。水は飲んでいい。ただし酒は今日の夜から控えめにして欲しい」


「酒も?」


 ドランだけが反応した。


「そうだ。もちろんお前もだ」


「ぐぬ」


 マリベルが即座に言った。


「今日は一本までね」


「まだ朝じゃぞ!」


「夜の話よ」


「先に決めるのか!」


「ドラン。だんどり」


 ユキが言った。


「白狐神まで」!」


     ◇


 この健康診断は、昨日急に思いついたわけではない。職人や近衛騎士団が増える話が出た段階で、マリベルとは相談していた。


 俺の【医療スキルLv1】。


 取得した時、元々持っていた【総合鑑定士資格】から、医療用の派生スキルが追加されている。


【医療身体鑑定】


 人間の身体を医学的に評価するための鑑定能力だ。しかも、人族だけではない。エルフ。ドワーフ。猫族。犬族。狼族。狐族。そして他の獣人族。


 主要な種族ごとに、年齢、性別、体格を考慮した基準範囲が数値表示される。例えば人族なら高値でも、筋肉量の多いドワーフでは正常範囲になる数値もある。逆もまたあり得るが。


「ヒカルさんの鑑定は便利ですね」


 以前マリベルへ説明した時、かなり興味を示していた。


「便利すぎて、俺も怖いけどな」


 特に胸部鑑定。胸へ意識を向けると、俺のスキル画面には――。


【胸部鑑定】

【表示形式:胸部X線正面像相当】


 として、レントゲン写真のような画像まで出る。本当にX線を照射しているわけではない。鑑定結果を、俺が理解できる医学画像として表示しているらしい。肺や心陰影。胸水や気胸。肋骨など、大まかな異常は確認できる。


 これなら少なくとも現段階で、本物のX線撮影装置を購入する必要はない。


「ただ、鑑定だけに頼るつもりはない」


 俺はマリベルへそう説明していた。


「数字として残せるものは、機械で残す」


「それを毎回比較するんですね」


「ああ」


 身体鑑定で異常なしと出ても、半年後に血圧や体重が大きく変わっていれば意味がある。逆に機械の数値が妙でも、種族差なのか、本当に異常なのかを俺の医療鑑定で補える。


 さらに、マリベルの身体鑑定がある。彼女は疲労、筋肉、骨、関節、脱水、毒、魔力枯渇に強い。


 特に魔力循環は、俺の現代医学的鑑定より上だ。


 つまり、俺が現代医学側視点で、マリベルが異世界医学、魔力側視点の両方で見る。


「湖畔式健康診断、ってところだな」


     ◇


 朝食後、俺は診療所へ入り、スキルショップを開いた。早速、必要な物を選んでいく。


 デジタル身長計。体組成対応体重計。自動血圧計。非接触体温計と予備の電子体温計。パルスオキシメーター。聴診器。十二誘導ではなく、健診用の小型心電計。


 視力検査表。簡易聴力検査器。尿検査試験紙と採尿カップ。採血用品。小型の血液検査装置。これは、血糖、ヘモグロビン、脂質、肝機能、腎機能など基本項目を確認できるタイプで、採血量は少量で済む。


 それから手袋。アルコール綿。止血パッド。医療廃棄物容器。結果記録用ファイルと……。


「買う物、多いな……」


 それでも病院一式を作るわけではない。健康診断と一般診療に必要な範囲だ。購入を確定すると、知識が頭へ流れ込んだ。


 機器の使用方法や校正。測定姿勢と採血手順。検査前条件。清掃。消毒。異常値が出た場合の再検査。


「相変わらず便利だな、スキル」


 横でマリベルが心電計を覗き込む。


「これは?」


「心臓の電気的な動きを波形で見る」


「心臓にも電気が?」


「俺の世界では、そう説明する」


「見せてもらっても?」


「もちろん。明日は一緒にやろう」


     ◇


「びゃっこも受けるぞ!」


 いつの間にか診療所の窓から、白い頭が出ていた。


「どうした?」


「健康診断と聞いたから、来たのじゃ」


「お前も受けたいのか?」


「守護神使の健康管理は重要じゃ」


「体重計がまともな値を出すかな?」


「失礼な」


 そこへユキまで来た。


「ユキも、けんこうしんだん」


「お前も?」


「ユキ、けんこう?」


「まあ健康かどうか見る」


「ユキ、げんきでも?」


「元気な時に測っておくんだよ」


 ユキは考える。


「はと、おなじ?」


「この間の歯の話を引っ張ったな」


「げんきだから、まもる」


「……覚えてたか」


「ユキ、ちゃんとみる」


 どこかで聞いた言い方だ。


「じゃあ二人とも受けるか」


 マリベルが笑う。


「基準値はあるんですか?」


 俺はユキを見る。白狐神で幼神三段。次にこびゃっこ。千年以上生きた守護神使。現在は手のひらサイズのぬいぐるみ体型。


「たぶんない」


「どうなるんです?」


「意味不明な数字が出る可能性が高い」


「神を何人も集めて、基準値は作れんじゃろ」


 こびゃっこが腕を組む。


「それなんだよ」


「びゃっこを標準値にすればよい」


「千歳超えのぬいぐるみ狐を医学標準にするな」


「ユキは?」


「お前も比較対象がいない」


 ユキが俺を見る。


「ユキ、へん?」


「違う。珍しすぎて比べる相手がいない」


「ユキ、ひとり?」


 一瞬だけ、声が小さくなる。


「白狐神としてはな」


「でも、おっちゃんいる」


「ああ。いるぞ」


「こびゃっこも」


「おるぞ」


「なら、よし!」


「……そうだな」


 医学統計としては何の解決にもなっていない。でもユキにとっては、それで十分らしい。


     ◇


 昼前。俺は食堂へ戻り、新しく来た職人と護衛たちを集めた。


「健康診断については明日の朝。今日はこれから、皆に具体的な仕事の内容を説明する」


 グレゴールの表情が変わる。


「ようやく仕事か」


「昨日着いたばかりだろ」


「休んだ」


「一晩で十分と言う顔だな」


「職人はそんなもんだ」


 ミネットも耳を立てる。


「屋根あるにゃ?」


「たくさんある」


「よしにゃ」


 エリオット。


「内装は?」


「山ほど相談したい」


「よし」


 カイルとレイル。


「道路は?」


「第二期分が300メートル残っている」


 二人の狐耳が立つ。


「水路は?」


「計画あり」


「よし」


 バドル。


「石は?」


「橋台周り、祠の囲い、今後の道路側溝、コンクリート基礎の立ち上がりブロック」


「見る」


 最後にボルガ。彼女だけは朝からずっとニナを見ている。


「ヒカル」


「何だ?」


「昨日言ってた溶接」


「ああ」


「いつ見られる?」


 ニナも無表情のまま、わずかにこちらを見る。待っていたらしい。俺は立ち上がった。


「仕事の説明をした後だ」


「場所は?」


「倉庫の西側」


「何がある?」


 ユキが先に答えた。


「むれの、かじば」


 ボルガの目が光った。


「鍛冶場?」


「普通の鍛冶場とは、だいぶ違うけどな」


 ドランがにやりと笑う。


「見れば分かるぞ」


「またその顔!」


「今度は本当に見せる」


 俺は全員を見回した。


「まず仕事内容と安全規則を説明する。そのあと、施設を一通り回る」


 一拍置く。


「最後に――群れの鍛冶場を見てもらう」


 ボルガが立ち上がった。


「今行こう!」


「説明が先!」


「見るだけ!」


「昨日から一歩も進歩してない!」


 ニナがぽつりと言った。


「ボルガ、気持ち、先に行ってる」


 食堂に笑いが起きた。


「お前が言うと説得力ありすぎるな」


 ニナは少しだけ三つ編みを揺らした。


「分かるから」


 似た者同士だった。どうやら今日も、静かな一日にはならなさそうだ。


 そして明日は、湖畔で初めての集団健康診断。人族、エルフ、ドワーフ、獣人。さらに白狐神と、千歳を超えるぬいぐるみ神使。俺の医療スキルが、どこまで正常値として受け止めてくれるのか。


 そこだけは――俺にも少し楽しみだった。


     ◇


【第93話・収支報告】


異世界生活74日目

日付:六の月3日

オリエント王国歴952年


開始残高:3,139,754pt


今回の購入


・デジタル身長計、体組成対応体重計

 310pt(約31,000円)


・自動血圧計、電子体温計、非接触体温計、パルスオキシメーター

 280pt(約28,000円)


・聴診器、視力検査用品、簡易聴力検査器

 190pt(約19,000円)


・健診用小型心電計、専用電極・消耗品

 620pt(約62,000円)


・小型血液検査装置、初期試薬セット

 1,180pt(約118,000円)


・採血針、採血管、アルコール綿、止血材、医療用手袋、医療廃棄物容器

 210pt(約21,000円)


・尿検査試験紙、採尿カップ、検体ラベル類

 95pt(約9,500円)


・健康診断記録ファイル、個人記録票、衛生消耗品

 65pt(約6,500円)


今回支出合計:2,950pt(約295,000円)


現在残高


3,139,754pt − 2,950pt = 3,136,804pt


円換算目安


3,136,804pt × 100円 = 約313,680,400円相当


続く

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