第92話 白狐神と職人たちの歓迎会
食堂へ向かうと、匂いだけで全員の足が少し速くなった。
「これか!」
ボルガが鼻を鳴らす。
「昼から聞かされてたカレーってやつは!」
「まだ鍋へ突撃するなよ」
「しないよ!」
「ドランと同じ顔してたぞ」
「誰と同じ顔じゃ!」
後ろにいたドランから抗議が来た。ともあれ、今日の夕食は歓迎会だ。大鍋のカレーライスに、今日、湖畔の畑で初収穫した冷やしトマト。葉物野菜とチーズのサラダ。ナスは揚げナス、出汁を含ませたおひたし、さらにミートソースとチーズを重ねたグラタン。
酒のつまみには、ハム、サラミ、チーズ。ただしハムとサラミについては、職人たちは王都で既に経験済みだ。ガランとドランが職人を勧誘した際、日本酒、ワイン、ウイスキー、それに焼き鳥の缶詰、ハム、サラミを見せている。
つまり職人組にとっては、
「またあれが食える」
という事である。一方、《蒼岩の盾》の4人は違った。
「……これが、例のハムですか」
オルフェンが妙に真剣な顔で皿を見る。
「何でそんな顔してるんだ?」
「職人たちが旅の間、真剣に何度も話していたので、どれ程の物なのかと思って」
セルドが横から言う。
「『湖畔へ着けば、又、あの酒と肉がありつけるかもしれない』って」
「誰だ、そんな餌で釣られたみたいな奴は」
職人7人が揃って目を逸らした。
「全員かよ」
◇
「まずは飯にしよう」
俺が大鍋の蓋を開けると、ふわっと湯気が上がった。玉ねぎの甘い香り。牛肉。香辛料。辺りに香りが広がる。
「おお……」
初めて見る《蒼岩の盾》の4人から、ほぼ同時に声が漏れた。ユキが得意そうに胸を張る。
「おうちカレー」
子供たちは甘口。辛い物が苦手な大人も甘口。それ以外は中辛にする。こびゃっこは当然のように中辛の前へ浮いていた。
「びゃっこは大盛りじゃ」
「お前、昼も普通サイズのおにぎり一個食べてたよな」
「成長期じゃ」
「千年以上続く成長期って何だよ」
「神使に人族の常識を当てはめるでない」
否定しづらいのが腹立たしい。
◇
「いただきます」
湖畔組が手を合わせる。新しく来た面々も、それを真似した。グレゴールが最初の一口を食べる。
「……」
二口目。三口目。
ミネットが覗き込んだ。
「棟梁?」
「うまい」
「それだけにゃ?」
「食ってる最中に長々喋る必要があるか」
そして四口目。
「ヒカル」
「何?」
「おかわりはあるか」
「十分気に入ってるじゃないか」
「あるなら大盛りで頼む」
「はいはい」
ミネットも一口。猫耳がぴんと立った。
「……これ、危険にゃ」
「何が?」
「止まらないにゃ」
「食い過ぎる方の危険かよ」
エリオットはカレーそのものより、皿を見ていた。
「白と茶だけだと少し色が寂しい」
「食事まで内装目線なの?」
「赤を添えると締まる」
俺は冷やしトマトを一切れ横へ置いた。
「こう?」
「……良い」
「料理の盛り付け監修まで始まったな」
◇
マルタはもっと静かだった。一口。
もう一口。牛肉。ジャガイモ。ルーだけ。白米だけ。そして再び合わせる。
「どう?」
「静かにして」
「はい」
初日から料理人に黙らされた。しばらくして、マルタが匙を置く。
「玉ねぎがかなり溶けてるね」
「ああ」
「最初に甘味が来て、後から香辛料」
「中辛だからな」
「肉の脂を米が受ける。でもパンみたいに汁を全部吸い込まない」
「そこが米とカレーの相性の良さだと思う」
「ジャガイモはルーを抱える。ニンジンは甘い。……これ、店へ持って帰る」
「皿ごとは駄目だぞ」
「作り方だよ!」
「分かってるよ」
「今日覚えた中では最優先」
「まだ初日だぞ」
「初日でこれだから、3か月後が怖いよ」
◇
今日の初収穫野菜も好評だった。ナージャが冷やしトマトを口に入れる。
「甘っ!酸味もあって美味しい」
「砂糖は入れてないぞ」
「これが畑で今日取れたの?」
「ああ」
「王都まで運んだら、この味のまま?」
「普通に馬車なら難しいだろうな」
「やっぱり」
アルノが横から穏やかに言う。
「今日の収穫量は記録しています。今後どれだけ収穫出来るかは、数日で予想出来ると思います」
「あなたが畑の記録担当?」
「トトと一緒に、ですね」
ナージャがトトを見る。
「君も?」
「うん」
トトはスケッチブックを開くと、最初に収穫したトマトの絵。赤い実の周囲に、黄色と緑の線が描いてある。
「これは?」
「におい」
「匂いを描いたの?」
「うん。あおいにおいと、あかいにおい」
ナージャがしばらく絵を見た。
「……これ、斥候の記録にも使えそう」
「え?」
「足跡とか、風向きとか、匂いの強さとか。絵の方が分かりやすいことがあるから」
トトの猫耳が動いた。
「あとで、みせて」
「私の記録。絵にしてみる?」
「うん。描いてみたい」
「いいよ」
いきなり斥候と6歳児の情報交換が始まった。悪くない。
◇
ボルガは揚げナスを食べながら、向かいのニナを見ていた。
「ニナ」
「なに」
「本当に溶接ってやつをやってるのかい?」
「うん」
「鉄と鉄を?」
「火花で、つける」
「……」
ボルガの目がまた危ない。
「明日は?」
「ヒカルがよてい、きめる」
「やる時は見せておくれ」
「うん。規制線の外なら」
「分かった」
職人との会話が、完全に成立した。
「ニナ」
俺が言う。
「見せる側になっても、いつも通りだからな」
「うん」
「上手くやろうとしなくていい」
「いつもどおり」
「そう」
ボルガも頷いた。
「そっちの方がいい。見栄を張った手元ほど危ない物はないからね」
さすが鍛冶師だ。その辺は、よく理解している。
◇
フィンは、リリアとアルノの向かいに座っていた。同じエルフだからか、話しやすいらしい。
「お二人とも、こちらへ来て長いのですか?」
少しだけ空気が変わった。リリアは一瞬だけ手を止める。
「いいえ。私は……ヒカルさんたちに助けていただいてからです」
「私もです」
アルノが続けた。フィンは二人の表情を見て事情を察したのか、それ以上過去を掘らなかった。
「では、ここが今の家なんですね」
リリアが少し驚く。
「……はい」
そして、柔らかく笑った。
「今は、そう思っています」
ユキが横から口を挟む。
「リリア、むれ」
「はい、ユキ」
「アルノも」
「ありがとうございます」
フィンが微笑んだ。
「王都で聞く白き神獣の話とは、ずいぶん違いますね」
「どんな話だった?」
俺が聞く。
「もっと……神託とか、神がかった奇跡とか」
「肉と食べ物の話の方が多いぞ」
「おにくは、だいじ」
「ほらな」
フィンが笑った。
◇
そして歓迎会なので、酒も出す。ただし、ここで事情が二つに分かれる。
職人7人は、ガランとドランが王都で勧誘した時に、日本酒、ワイン、ウイスキーをすでに飲んでいる。グレゴールはウイスキーの瓶を見て言った。
「これだ、これ」
「何が?」
「俺たちを釣った酒だ」
「人聞き悪いな!」
ドランも抗議する。
「ちゃんと仕事の話もしたぞ!」
「酒を出してからな」
「順番の問題じゃ!」
ボルガも笑う。
「でも実際、あの酒がなかったら『異界の道具がある』って話を半分くらい疑ってたね」
「酒で真実味が出た訳か。結局効いてるじゃないか」
一方、《蒼岩の盾》の4人は全部初めてだ。オルフェン、セルド、ナージャ、フィンが、テーブルへ並べた瓶や缶をじっと見ている。
「職人たちが旅の途中で何度も話してた酒ですね」
セルドが言う。
「そうそう」
ミネットが嬉しそうに頷く。
「白い米の酒。葡萄の酒。茶色い強い酒にゃ」
「葡萄酒なら王国にもあるだろ」
「全然違ったにゃ」
◇
「比較しながら飲むか」
俺は小さめのグラスを用意した。
「この世界にも麦酒、葡萄酒、ドワーフの蒸留酒はあるんだよな」
「ある」
グレゴールが答える。
「一番普通なのは麦酒だな。王都ならどこの酒場にもある」
「葡萄酒は?」
「産地次第だ。安い物から貴族が飲む物まである」
ボルガが続ける。
「強い酒ならドワーフの蒸留酒だね。麦や雑穀を発酵させて蒸留する。樽へ入れる物もある」
ドランが胸を張った。
「良い蒸留酒はのう、香りを楽しみながら――」
「お前は量を楽しむだろ」
「話の腰を折るな!」
◇
まず日本のビールから、缶を開ける。プシュ!
「!」
セルドとナージャの耳が同時に動いた。
「今の音!」
「炭酸ガスだ」
「酒が鳴いたのかと思った」
「鳴いてない」
初めてガラン達と飲んだ時以来の同じ反応に、思わず笑う。グラスへ注ぐと、細かい泡が盛り上がる。
オルフェンが一口。
「……冷たい」
「そこから来るよな」
「王都でも地下蔵や井戸で冷やした麦酒はあります。しかし、ここまで冷たい物は……」
もう一口。
「泡が舌へ当たりますね」
「炭酸が強めだからな」
セルドも飲む。
「こっちの麦酒より軽い。でも苦味ははっきりしてる」
ナージャはグラスを光へ透かす。
「濁ってない。と言うかグラスも綺麗」
「濾過されてる物が多い」
「王都の麦酒はもっと麦っぽい匂いがする」
「違いが分かるの早いな」
「酒場には行くから」
◇
次は日本酒。職人組は「ああ、これこれ」という顔だ。
だが《蒼岩の盾》は初めてだ。セルドが匂いを嗅ぐ。
「……穀物?」
「米だ」
「米から酒?」
「そう」
「さっき食べた白いのから?」
「同じ原料」
「信じられない」
フィンが慎重に口へ含む。
「葡萄酒ほど酸味がない」
「種類にもよるけどな」
「甘い香りがあります。でも王国の酒とは違う」
「こっちにも穀物酒はない?」
ガランが答える。
「一部の地域にはあるが、米酒とは全く別物だな」
こびゃっこは隣で普通に徳利から盃へ注いでいる。
「やはり日本酒はよいのう」
くいっ。もう一杯。
「お前、普通に飲んでるな」
「びゃっこにとって、晩酌も神事じゃ」
こびゃっこは完全に酒飲みの顔だった。
「肴にサラミもよいが、日本酒なら塩辛、冷奴、焼き味噌――」
「献立を増やすな。あーでも、そのチョイスは解る」
「日本酒文化監修じゃ」
「また役職が増えた」
◇
ワインも職人組は経験済みだ。
「王都の葡萄酒より、香りが整ってるんだよな」
エリオットが《蒼岩の盾》へ先輩面で説明する。ナージャが赤ワインを一口。
「王都のより辛口かも。でも、嫌じゃない」
オルフェンは香りを確認する。
「肉料理に合わせる酒ですよね」
マルタがすぐ食いついた。
「分かるのかい?」
「護衛で貴族の宴席に立つことがありますから」
「飲む側じゃなく、警備として見る側?」
「はい」
「悲しい経験値だな。今日は飲んでくれよ」
◇
そしてウイスキー。職人組から、
「ああ」という声が出た。
「やっぱり、これが本命か?」
グレゴールが真顔で答える。
「職人として、これは押さえないとな」
《蒼岩の盾》メンバーは初めてだ。セルドが一口。
「っ!」
犬耳が後ろへ倒れた。
「強い!」
「ドワーフの蒸留酒くらいあるだろ?」
「強さは似てます。でも味が違う!」
ボルガが嬉しそうに言う。
「分かるだろ? こいつは丸いんだ」
「丸い?」
「強いのに角が少ない。樽の木と甘い香りが間へ入ってくる」
フィンも香りを確かめる。
「煙のようにも感じます」
「銘柄によってはもっと強く出るぞ」
「煙を酒に?」
「本当に煙を入れてるわけじゃないが」
説明がまた増えた。
◇
ブランデーは職人たちにも初めてだった。
「こっちは葡萄酒を蒸留した酒」
「葡萄酒をさらに強くするのか?」
グレゴールが眉を上げる。
「そう」
ボルガが飲むと、一瞬黙る。
「どう?」
「果実の匂いが後から戻るね」
「そうなんだよ」
「ドワーフの蒸留酒とは違う。これは食後にゆっくり飲みたい」
マルタも少量。
「菓子にも使えそう」
「そこを見るか。正解だ、そういう菓子もある」
「これでも料理人だからね」
◇
缶チューハイは完全に未知だった。
プシュ!ナージャがまた反応する。
「この音、好きになってきた」
「音で酒を選ぶなよ」
柑橘系を少し注ぐ。
「甘い匂い」
一口。ナージャの目が丸くなった。
「これ、酒?」
「酒精が入っている」
「果実水の炭酸じゃなく?」
「酒」
「危険だね」
「理解が早いな」
「何杯でも飲めそう」
「皆、そう言う」
マリベルがすぐ入る。
「そういうお酒ほど気をつけてくださいね」
「はーい」
「返事が軽い」
「でもちゃんと水も飲むよ」
「ならよろしいです」
ミネットも飲む。
「しゅわしゅわで甘いにゃ」
「気に入った?」
「かなりにゃ」
「屋根仕事の前は駄目だぞ」
「当たり前にゃ!」
◇
最後はハイボール。
「ウイスキーを炭酸水で割った酒」
俺が説明すると、グレゴールが怪訝そうにする。
「せっかくの強い酒を薄めるのか?」
「まず飲んでみて」
プシュッ!俺自身も一本開ける。久しぶりだ。冷たい炭酸にウイスキーの香り。
「……ああ、これだ」
「おっちゃん、うんみゃあ?」
ユキが聞く。
「大人版のうんみゃあだ」
「おとなも、うんみゃあ」
「まあな」
グレゴールも飲む。
「……なるほど」
「どう?」
「ウイスキーの香りは残る。でも食事の邪魔をしない」
ボルガも頷く。
「これは飯と飲むための酒だね」
マルタは揚げナスを一口食べてから飲んだ。
「脂が切れる」
「料理人は全員そこを見るのか?」
「食事中の酒なんだから当然だろ。料理と酒の組み合わせは大事だよ」
ドランが身を乗り出す。
「ヒカル! わしにも!」
「はいはい」
俺は缶を渡しかける。そこでグレゴールが笑った。
「ヒカル」
「何?」
「職人の酒まで、そこまで管理しなくていいぞ」
「いいのか?」
「俺たちはプロだ」
グレゴールはグラスを置いた。
「大工は刃物を使う。ミネットは屋根へ上がる。ボルガは火と鉄を扱う。カイルとレイルは掘削や測量、バドルは重い石を扱う」
「ああ」
「翌日の仕事に響くほど飲むような奴は、最初から連れて来ていない」
ボルガも頷く。
「飲む時は飲むさ。でも火床へ立つ朝まで酒を残すほど馬鹿じゃない」
ミネットも胸を張る。
「二日酔いで屋根へ登るほど命知らずじゃないにゃ」
「お前は素面でも少し心配だが」
「失礼にゃ!」
「でも、分かった」
俺は頷いた。
「職人側は自主管理で」
「それでいい」
ふとドランを見ると、ものすごく嬉しそうだ。
「ということは、わしも――」
「違います」
マリベルだった。
「なぜじゃ!」
「職人の皆さんは職人として来ています」
「ああ」
「ドランの今の本職は?」
「ハンター……」
「夜中に魔物が来たら?」
「出る」
「誰か怪我をして護衛が必要なら?」
「出る」
「明日の朝は?」
「鍛冶場……」
「溶接もしますね?」
「……はい」
「では普段から抑える」
「む。世の中は不公平じゃ!」
「仕事が違うだけだ」
ユキがカレーを食べながら言った。
「むれ、おなじ。でも、おしごと、ちがう」
一瞬、静かになる。グレゴールが吹き出した。
「白狐神に全部まとめられたな」
「五歳児に論破されたのう……」
「ユキ、ろんぱ?」
「覚えなくていい」
◇
そこから話題は、なぜか《東風の牙》へ移った。きっかけはセルドだった。
「でも……こうして普通に酒を飲んでるのが、まだ不思議なんですよね」
ガランが首を傾げる。
「誰が?」
「ガラン先輩たちです」
「何でだ」
ナージャが即答した。
「《東風の牙》ですよ?」
「そうだが」
「Sランク級パーティですよ?」
「ランクを強調するな」
「私たちから見たら伝説側なんですけど!」
俺は横を見る。
「……そんなに凄かったの?」
ロクがむせた。
「ヒカル、今さらっすか!」
「強いのは知ってる。でも具体的な昔話をあまり聞いてないからな」
セルドの目が輝いた。
「じゃあ話していいですか?」
「やめろ」
ガランが即座に止めた。
「なぜです!」
「ろくな話をしない顔をしている」
「良い話ですよ!」
ナージャが笑顔で続ける。
「…半分くらいは」
「半分しかないのか!」
◇
「《東風の牙》って、最初からこの5人だったんですか?」
ミーシャが聞いた。ガランが諦めたように息を吐く。
「いや」
「最初はガランとワシだけじゃった」
ドランが答えた。
「え?」
俺も初耳だった。
「どういう組み合わせだよ。近衛騎士と鍛冶屋?」
「わしは当時、鍛冶仕事をしながらハンターもしておった」
「ガランは?」
「近衛を辞めた直後は、俺も単独でハンターをしていた」
「何で組んだ?」
二人が黙る横で、ロクが笑いを堪えている。
「何だよ」
リーファまで口元を隠した。マリベルが言った。
「酒場です」
「やっぱり酒がらみか!」
ガランが額を押さえた。
「違う。正確には、酒場で起きた護衛依頼の揉め事だ」
「ガランが真面目に依頼条件を確認して、ドランが『細かいことは行ってから考えればよい』って言って喧嘩になったんです」
マリベルが補足する。
「仕事への姿勢が真逆だった訳だな。最悪の出会いじゃないか」
「その後、二人とも別々に同じ護衛依頼を受けていました」
「結果、道中で二人とも魔物の群れに襲われた」
ガラン。
「で、背中を預けることになったと」
ドランが笑う。
「喧嘩した割に、実際に戦ってみたら妙に動きが噛み合ったのじゃ」
「そこからか?」
「ああ」
なんだか妙に二人らしい。
◇
「その後にリーファさんですよね」
フィンが言った。
「ええ」
「王都では『百歩先の木の葉を射抜くエルフ』って話が――」
「そんな呼ばれ方、初耳よ」
「呼ばれてましたよ」
「誰が広めたの?」
ガランが視線を逸らした。
「……酒場で少しな」
「ガラン?」
「実力を分かりやすく説明しただけだ」
「盛ったでしょ」
「少しだけ」
「あなたも人のこと言えないじゃない」
意外だ。ガランにもそういうところがあったらしい。
「リーファは加入試験で、的じゃなくて飛んでいた蜂を射抜いたって聞きました」
ナージャが言った。
「はち?」
ユキが食いつく。
「はち、ちっちゃい?」
「小さいな」
「リーファ、すごい」
リーファは少し困った顔をした。
「あれは蜂じゃなくて、大きめの羽虫よ」
「訂正するところそこ?」
「重要よ」
◇
「ロクさんはもっと有名っすよ」
セルドが言った。
「嫌な予感するっす」
「三日三晩追跡して、山賊団の隠れ家を一人で見つけた――」
「一人じゃないっす。猟犬借りたっす」
「犬」
「狼族っす!」
一瞬で返った。新メンバー全員が笑う。ロクが耳を伏せる。
「初日からこれっすか……」
「でも三日追ったのは本当?」
「まあ……」
「睡眠は?」
「交代で少し」
「一人じゃないじゃないか」
「だから最初からそう言ってるっす!」
◇
「マリベルさんも凄いですよ」
フィンが言った。
「私は何も」
「魔物の合同討伐遠征で、赤熱病の前衛4人を戦線離脱させずに3日間管理したって」
俺はマリベルを見る。
「それ、回復魔法で無理やり?」
「違います」
そこは即答だった。
「むしろ逆です」
「逆?」
「休ませました。体温、脱水、魔力枯渇を見て、動けない者は強制的に後送しました」
「なるほど」
「結果的に重症者が出なかった。それだけです」
フィンが首を振る。
「それが凄いんです。普通はSランク級の戦闘パーティほど、『まだ行ける』って前に出ようとしますから。でもマリベルさんは有無を言わせず」
ドランが目を逸らす。
「お前だな」
「昔の話じゃ」
「今もだろ」
マリベルがにっこり笑う。
「今もです」
「逃げ場がない」
◇
セルドがさらに身を乗り出した。
「あと、有名なのが《東風の牙》の“峡谷七日戦”です」
「その名前を誰がつけた」
ガランが嫌そうな顔をする。
「ハンターギルドです」
「……なら仕方ない」
「何したの?」
俺が聞くとオルフェンが答えた。
「山間の交易路が魔物の大群で寸断された時、避難民と商隊合わせて百人以上を守りながら、7日間かけて峡谷を抜いたんです」
「百人?」
「ガラン先輩が全体指揮。ドランさんが崩落した道を直しながら前衛。ロクさんが迂回路と敵を探し、リーファさんが高所から援護。マリベルさんが負傷者と食料、水を管理」
「……今と役割、あんまり変わってないな」
俺が言うと、5人が一瞬止まった。ガランが苦笑した。
「確かにな」
「つまり昔から段取りパーティだったのか」
「殺意より段取りっすね」
ロクが笑う。
「その言葉、気に入ったな」
「ヒカルに染められたっす」
◇
ミーシャが目を輝かせる。
「ガランたち、そんなに強かったの?」
「今も強いよ」
俺が言う。
「ただし今は、道路作ったり、馬の世話したり、酒を止められたりしてるだけで」
「最後はわしだけじゃろ!」
子供たちが笑う。ニナは少し考えてからドランを見る。
「ドラン、昔も、鉄?」
「もちろんじゃ」
「戦って、作る?」
「ああ」
「じゃあ、今も同じ」
ドランが少しだけ目を細めた。
「そうじゃな」
ニナはそれ以上言わず、カレーを食べる。多分、父親のことも少し重ねたのだろう。
ボルガは何も聞かなかった。ただ、ニナへ揚げナスの皿を少し寄せた。
「これも、良かったら食べな」
「うん。ありがとう」
それで十分だった。
◇
リリアはマルタと厨房の話をしていた。
「明日の朝食は、今夜ほど大がかりにしなくて大丈夫ですよ」
「でも米は出るんだろ?」
「はい」
「朝から?」
「普通です」
「……まだそこに慣れないね」
アルノが笑う。
「私も最初はそうでした」
「アルノも?」
「米そのものより、毎日食べられる量があることに驚きました」
マルタは俺を見る。
「ヒカル」
「何?」
「3か月後、米の報酬を受け取る時、本当に量の相談しようね」
「馬車3台全部米にするなよ」
「しないよ!」
こびゃっこが日本酒を注ぎながら言う。
「ヒカルが馬車ごと収納して、王都に行けばよいのでは?」
「俺は貨物列車か」
◇
酒も料理も進み、食堂の空気はだいぶほぐれた。
オルフェンは最初こそ背筋を伸ばしていたが、今ではガランと警備の話をしている。セルドはロクへ昔の追跡術を聞いている。
ナージャはトトと斥候の記録方法。フィンはアルノ、リリアと薬草やエルフの地域差の話。
ミネットとミーシャは、明日のマウンテンバイク試乗とお菓子の話がなぜか同時進行。
ボルガはニナの工具箱を明日見せてもらう約束を取り付けた。
バドルは――。三杯目のカレーを食べている。
「バドル」
「何だ」
「どうだ?」
「ああ。気に入った」
「どこが?」
「全部」
「またそれか!」
「トマトも良い」
「一個増えた」
◇
外は完全に暗くなった。職人区画のソーラーポールライトが食堂から見える。昨日まで誰もいなかった宿舎。今夜から、そこに12人が帰る。
「おっちゃん」
「ん?」
ユキが俺の隣で、残り少なくなったカレーを食べながら外を見る。
「あそこ、ひと、いる」
「ああ」
「まってる、あかり」
「今日からな」
「しょくにんの、かえるばしょ?」
「職人と護衛とマルタのな」
「さんかげつ?」
「今の予定では」
「そのあと、かえる?」
「王都へ戻る人もいる」
「……」
「寂しい?」
ユキは少し考えた。
「まだ、わかんない」
「そうだな。今日来たばかりだ」
「だから、きてから、きめる?」
「覚えてたのか」
「うん」
「今日はどう?」
ユキは周りを見る。笑っている職人。昔話をされて頭を抱えているガラン。酒を飲んでいるこびゃっこ。
ニナと話すボルガ。トトの絵を見るナージャ。マルタと話すリリア。アルノとフィン。ミーシャとミネット。そして、皆と談笑しつつ、ドランを監視するマリベル。
「いっしょに、ごはん」
「うん」
「いっしょに、わらう」
「ああ」
「じゃあ、きょうは、それ」
「それで十分だな」
「うん」
◇
俺がハイボールを一口飲む。冷たい炭酸とウイスキー。久しぶりの味だ。飲みながらもふと考える。明日からやることは山ほどある。
「おっちゃん」
「ん?」
「また、いっぱい、かんがえてる」
「顔に出てた?」
「うん」
「最近みんなに言われるな」
「ごはんのときは、ごはん」
「もう食べ終わりそうだけど」
「おさけのときは、おさけ?」
「それは教育上どうなんだ」
こびゃっこが盃を掲げる。
「ユキ、それは名言じゃ!」
「お前が喜ぶな!」
ユキは少し笑った。
「おっちゃん、いま、たのしい?」
「ああ」
「なら、よし」
それだけだった。変なところで刺さる。
「……そうだな」
俺は考えるのをやめた。今日は歓迎会だ。明日の段取りは、明日の朝でも間に合う。新しい12人が来た最初の夜。
同じカレーを食べ、知らない酒を飲んだ。昔の話で笑い、子供たちも、新しい大人たちと話した。
群れかどうかは、まだ決めなくていい。ただ、帰る場所の灯りが12人分増えた。今夜は、それで十分だった。
◇
【第92話・収支報告】
異世界生活73日目
日付:六の月2日
オリエント王国歴952年
開始残高:3,139,961pt
今回の購入:
・歓迎夕食追加食材
牛肉、葉物野菜、チーズ、ミートソース、サラミ等
115pt(約11,500円)
・歓迎会用酒類
ビール、ブランデー、ウイスキー、缶チューハイ、ハイボール、日本酒、ワイン等の追加分
92pt(約9,200円)
今回支出合計:207pt(約20,700円)
現在残高:
3,139,961pt − 207pt = 3,139,754pt
円換算目安:
3,139,754pt × 100円 = 約313,975,400円相当
続く




