第90話 白狐神と初収穫とやってきた職人達
◇いつも読んで頂きありがとうございます。今回のストーリーは、いつもの二話分と長くなっております。畑での収穫パートと、職人達が湖畔の拠点に来訪するパートの内容となっています◇
翌朝。今日は工事をしない。正確には、午前中だけ畑へ行くことにした。昨日、アルノとミーシャとトトから、ナスとトマトの一部が収穫できそうだと報告を受けたのだ。
畑を作ったのは五の月の初め。あれから約1か月。こびゃっこの豊穣加護のおかげで、普通よりかなり早く育っているとは分かっていたが、いよいよ自分たちで育てた野菜を食べられる日が来た。
「おっちゃん」
「ん?」
「きょう、とる?」
「ああ。採るぞ」
「トマト?」
「トマトも」
「ナス?」
「ナスも」
朝食を食べながら、ユキは少し考えた。
「おにくも、うえたら?」
「肉は生えてこない」
「じゃあ、トマトでいい」
「肉からの妥協案みたいに言うな」
向かい側では、こびゃっこが味噌汁の椀を両前足で抱えている。
「肉のなる木……夢があるのう」
「お前まで乗るな」
「唐揚げの木なら、びゃっこが豊穣加護を――」
「幼児の空想に神力を使うな」
ユキが俺を見る。
「おっちゃん、できない?」
「できません」
「なんでもできるのに?」
「俺をどういう生き物だと思ってるんだ」
「へんなおっちゃん」
「生物分類学に新ジャンル!」
ユキは味噌汁を飲んだ。
「おっちゃんは、おっちゃんだから」
「……まあ、そうなんだが」
「うん」
時々ユキは、妙なところで話を終わらせる。俺が面倒な理屈を考えている時ほど、ユキは単純だ。でも、その単純さに助けられている気もする。
◇
朝の片付けが終わると、畑組が集まった。今日は初収穫ということで人数が多い。俺。ユキ。こびゃっこ。ニナ。ミーシャ。トト。リリア。アルノ。さらにガラン、ロク、リーファも同行する。
マリベルは午前中、診療所で薬草の精製と医療品の整理。
ドランは――。
「わしも行くぞ!」
「今日は鍛冶場じゃないぞ」
「初収穫じゃろ?」
「そうだけど」
「食べる物なら重要じゃ」
「結局そこか」
ドランも加わった。移動は、最近すっかり定着してきた三輪自転車組とマウンテンバイク組。
俺、ガラン、ロク、リーファはマウンテンバイク。
ユキ、ニナ、ミーシャ、トト、リリア、アルノ、ドランは三輪自転車へ分乗する。
こびゃっこはミミの背中。
「出発進行じゃ!」
「こびゃっこ、直管コールをするなよ」
「まだ何もしておらぬ!」
「先に釘を刺した」
「信用がないのう」
「実績がありすぎるんだよ」
クロメが横からこびゃっこを見る。
こびゃっこは一瞬考えた。
「帰りはクロメじゃ」
「交代制にしたのか」
「乗騎への公平な勤務配分じゃ」
「魔犬を勤務表で回すな」
俺たちは生活区画を出た。湖畔拠点から橋までは、まだ草地だ。祠の脇を通り、小川へ向かう。
その先に鋼橋。橋を渡れば、畑の脇から南側入口まで続く幅6メートルの砕石道路がある。
「おっちゃん」
「何だ?」
「みち、こっちまで、まだ?」
ユキが三輪自転車を漕ぎながら、草地を指す。
「まだだな」
「ゴロゴロする?」
「そのうちな」
「グイグイも?」
「必要なら」
「ユキ、かんとくする」
「予定だけは早いな」
「だいじ」
「何が?」
「だんどり」
「俺が教えた言葉で俺を追い込むな」
ユキは満足そうだった。
◇
橋を渡る時だけ、全員速度を少し落とす。子供組には何度も言ってある。
橋の上ではスピードを出さない。ワゴンに人を乗せたまま渡らない。
橋を抜けると、その先は完成した砕石道路だ。左右に排水を逃がしやすいよう、中央をわずかに高くした路面。そこを進み、畑の緑色の柵が見えてくる。
「とうちゃく」
ユキが言った。畑の門を開け中へ入ると、朝の光を受けた葉が一面に広がっていた。最初に植えた頃は、地面の方が目立っていた。
今は逆だ。ジャガイモ。サツマイモ。キャベツ。トウモロコシ。スイカ。そしてトマトとナス。
「緑が増えたなあ……」
俺は思わず呟いた。こびゃっこがミミの背中から胸を張る。
「びゃっこの豊穣加護の成果じゃ」
「そこは素直に感謝してるよ」
「もっと褒めてもよいぞ」
「調子に乗るからここまで」
「けちじゃのう」
トトはもうスケッチブックを開いていた。アルノが昨日付けた記録札と見比べながら、トマトの列へ向かう。
「ヒカルさん。こちらです」
赤く熟した実がいくつもあった。俺は一つ手に取り、色、張り、ヘタの状態を見る。園芸スキルと鑑定。
【トマト】
【状態:良好】
【成熟度:収穫適期】
【病害:なし】
【食用:可】
「よし」
「とる?」
トトが聞く。
「採れる」
トトの猫耳がぴんと立った。
「トト」
「うん」
「約束どおり、最初の一個、採ってみるか」
「ホントにいいの?」
「ずっと色を記録してたからな」
トトは少しだけ驚いた顔をした。それから両手を洗い、俺から収穫用の小さなハサミを受け取る。
「ここを切る」
「うん」
「実を引っ張るなよ」
「わかった」
トトは片手でトマトを支え、もう片方で慎重に茎を切った。
ぱちん。赤いトマトが手の中へ落ちる。トトはしばらく、それを見ていた。
「……できた」
「ああ」
「ほんとに、できた」
「植えたからな」
「ちいさかったのに」
「大きくなった」
トトは嬉しそうに笑った。
「かく」
「収穫した後も描くのか」
「さいしょだから」
「それは残しておこう」
ユキが横から覗き込む。
「トマト、えらい!」
「野菜にもその評価を使うのか?」
「できたから、えらい」
「……それはまあ、そうだな」
「トトも、えらい」
「ありがとう」
トトが小さく答えた。
◇
ナスの方は、ミーシャが担当した。紫色の実が葉の間からぶら下がっている。
「大きい!」
「大きくしすぎると硬くなるから、これくらいで採る」
「これも?」
「それもいい」
「こっちは?」
「まだ少し小さいな。残す」
「全部採るんじゃないんだ」
「食べ頃だけな」
ミーシャは真剣に選んでいく。ナスは最初のうちは若採りした方が、株への負担も少ない。欲張って全部大きくするより、順番に取って長く実らせた方がいい。
「植物も無理させないんですね」
リリアが言った。
「人と同じだな」
俺は振り返る。少し離れたところで、ニナがコンベックスを持ってナスの長さを測っていた。
「記録してますね」
「無理してはいないが、別の方向に真面目だな」
「このナス、17センチ」
「食べ物まで寸法管理か」
「はじめてだから、記録」
「それならいい」
ユキが俺の横へ来る。
「おっちゃん」
「ん?」
「おっちゃんも、むり、だめ」
「俺?」
「うん」
「今日は畑で野菜採ってるだけだぞ」
「いつも」
「……」
「いろいろ、してる?」
何気ない言い方だった。ユキは俺を叱っているわけじゃない。ただ聞いただけだ。
「今日は皆いるだろ」
「うん」
「だから大丈夫」
「じゃあ、よし」
それだけ言って、ユキはミーシャの方へ走っていった。
「走るなー」
「ユキ、あるく!」
「言われてから切り替えるの早いな!」
後ろからガランが笑う。
「ヒカル」
「何だ」
「負けてるな」
「何にだよ」
「五歳児に」
「俺もそう思ったところだよ」
◇
収穫は、トマトとナスの一部だけにした。キャベツもかなり締まってきているが、今日はまだ残す。トウモロコシも成長中。ジャガイモ、スイカ、サツマイモはさらに先だ。
収穫した野菜を前にして、俺はいつもの癖で言った。
「じゃあ収納に――」
「だめ」
トトが言った。
「え?」
「ワゴン」
ミーシャも頷く。
「今日はワゴンで持って帰りたい」
「重いぞ?」
「引けるよ」
トトの赤ワゴン。ミーシャの赤ワゴン。二台を畑倉庫から出す。収穫したトマトを浅い箱へ並べ、ナスも傷まないよう別の箱へ入れる。
「収納なら一瞬なんだけどな」
「おっちゃん」
ユキが言う。
「なに?」
「とったの、みえなくなる」
「そうだな」
「ワゴンなら、みえる」
「……確かに」
収穫の実感。それを俺は、効率のために一瞬で消すところだった。
「じゃあワゴンで運ぶか」
「うん!」
ミーシャが嬉しそうに取っ手を持つ。トトも自分のワゴンへ手を掛けた。
「俺も手伝う」
「ぼく、ひける」
「じゃあ一緒にな」
「うん」
ユキも取っ手へ手を伸ばす。
「ユキも」
「お前まで?」
「みんなで」
「分かった。ただし引っ張り合いするなよ」
「ニナもみんなと、ひく」
「ヒカルのマウンテンバイクと、子供達の三輪自転車はどうするんだ」
「そっちは一旦収納しよう」
結局、帰りは大人が自転車を押しながら、俺は子供たちと一緒にワゴンを引くことになった。効率は悪いが、急ぐ事はない。
◇
昼は畑倉庫の横に簡易テーブルを出した。初収穫なので、その場でトマトを食べる。もちろん浄化済みの給水タンク設備から出した水でよく洗った。
一部はそのままスライスして、少し塩を振った冷やしトマト。残りも薄くスライスして、モッツァレラチーズと重ねる。塩。オリーブオイル。少量の黒胡椒を振る。バジルはまだ畑にないので、今日は無し。
「この料理、名前あるの?」
ミーシャが聞く。
「カプレーゼって言うんだ」
「火を使わないの?」
「材料が良ければ、それだけでうまい」
昼食の主食はおにぎり。塩むすび。梅。鮭。子供たちは小さめ。大人は少し大きめ。こびゃっこは体格に反して普通サイズ。
「お前だけ比率がおかしい」
「神使仕様じゃ」
「質量保存の法則を無視するなよ」
ユキが冷やしトマトを口に入れた。
「つめたい」
「どうだ?」
もぐもぐ。もう一口。
「……あまい。うんみゃあ」
「うん。甘味が強いな」
「むれの、トマト?」
「そうだ。みんなの畑のトマトだ」
「ユキも、おみずした」
「したな」
「トト、みた」
「記録したな」
「ミーシャ、むし、とった」
「取った」
「アルノ、かいた」
「記録をつけました」
「こびゃっこ」
こびゃっこが胸を張る。
「豊穣加護じゃ」
「おっちゃん」
「俺?」
「つくった」
「畑をな」
ユキは満足そうに頷いた。
「むれの、トマト」
「そういうことだ」
カプレーゼも好評だった。ミーシャが一口食べて目を丸くする。
「これ好き。チーズとトマト、一緒だと味が変わる」
「オリーブオイルもあるからな」
リーファも頷いた。
「香草を入れても合いそう」
「ああ。本来はバジルと言う香草を使うことが多い」
「これも畑で育てる?」
「そのうちハーブ区画も作りたいな」
アルノが即座にメモする。
「追加作物候補ですね」
「まだ決定じゃないぞ」
「候補としてです」
「仕事が早い」
ドランはおにぎりを食べながら言う。
「ナスは食わんのか?」
「夕飯」
「今焼いてもよいぞ」
「お前は昼飯を食いながら夕飯を急かすな」
「初物じゃぞ」
「だから夕食でちゃんと料理するんだよ」
こびゃっこが前足を挙げた。
「焼きナス。揚げナス。味噌炒め。天ぷら。麻婆ナス」
「食文化監修が覚醒したな。確かにどれも美味そうだな」
「カレーへ入れてもよい」
「昨日まで千年ぶりだった奴が、もうアレンジへ進んでるな」
「食の進歩は速いのじゃ」
◇
昼食が終わった。食器を片付け、ゴミを回収。ワゴンへ残りのトマトとナスを積む。
畑の門を出た、その時だった。
ミミが止まった。続いてクロメ。二頭とも湖岸の南側へ顔を向け、耳が立っている。
「どうした?」
ロクもすぐ気づいた。
「誰か来るっす」
俺たちが黙ると風の向きが変わった。遠くから、かすかな馬の音。車輪。人の声。
ガランが目を細める。
「予定より少し早いな」
「まさか」
「ああ」
ロクが双眼鏡を上げた。
「馬車3台。人影……複数。湖岸を北上してるっす」
ガランも双眼鏡を覗く。
「間違いない。《蒼岩の盾》が先頭にいる」
「職人たちか!」
ドランが叫ぶ。
「着いたのか!」
「まだここから歩くぞ」
「迎えに行く!」
「待て!」
もう走り出そうとするドランの襟を掴む。
「何じゃ!」
「馬車が来てるんだ。いきなりこっちから突っ込むな」
「旧友との再会じゃ!」
「お前、全員旧友なのか?」
「酒場仲間じゃ!」
「範囲が広いな!」
ユキが俺の服を引く。
「おっちゃん」
「ん?」
「ひと、きた?」
「ああ」
「しょくにん?」
「そうだ」
「ユキ、あう?」
「一緒に行こう」
ユキは一度だけ俺の手を握った。
「おっちゃんも?」
「俺も行くよ」
「なら、いく」
「俺と行く前提なのか?」
「おっちゃん、たまに、ひとりでする」
「まだ引っ張るのか、その話」
「だいじ」
「はいはい」
手をつないだまま歩く。こういうところは、神でも何でもない。ただの五歳児だ。
◇ ◇ ◇
湖岸の草地を進んでくる馬車が見えた。先頭を歩く人族の大男。大きな盾を持っている。その横に犬族の男性槍使い。少し前を猫族の女性が偵察している。後方には細い杖を持った、エルフの魔術師らしき男性。
その間に馬車が3台。そして大工、職人、鍛冶師らしい連中が乗っている。
「止まったわ」
リーファが言う。
砕石舗装された道路の入り口手前で、馬車列が止まっていた。全員、俺たちを見ている。いや。正確には――ユキを見ている。
白い髪。白狐耳。大きな白い尻尾。俺の手を握る、小さな女の子。そしてその横には、ふわふわ浮いている手のひらサイズの白狐ぬいぐるみ。
「……」
全員、固まっていた。最初に口を開いたのは、犬族の男だった。
「本当に……本当に、白き神獣……」
ユキが俺を見上げる。
「おっちゃん」
「何?」
「また、さま、いわれる?」
「そうかもな」
「む」
「最初くらい許してやれ」
「さいしょだけ?」
「慣れるまで」
「じゃあ、よし」
俺たちの会話が聞こえたらしい。犬族の男――セルドがさらに固まった。隣の猫族の女性――ナージャは、口元を押さえている。
「ガラン先輩……聞いていたより普通の子供なんですけど」
「だからそう言った」
「もっとこう、光りながら空から降りてくるのかと」
「そういうのはない」
その瞬間。こびゃっこが空中で一回転した。
「守護神使こびゃっこ、参上じゃ!」
「ひゃっ!そっちは飛ぶんですか!」
魔術師のエルフ――フィンが叫んだ。
「うむ。飛ぶぞ」
「布玩具が!」
「布玩具ではない。守護神使じゃ」
「布玩具が喋った!」
「失敬な!」
第一印象が盛大に混乱している。
◇
「おーい!」
ドランが後ろの職人達に手を振った。
「よう来たな!」
「ドラン!」
真っ先に反応したのは、ドワーフの女性ボルガだった。
「本当に湖畔にいたんだね!」
「わしが嘘をつくか!」
「酒が入った時は、話が大きくなるからね」
「それを言うな!」
その隣で、大工らしい男――グレゴールが俺たちの後ろを見ていた。視線の先は、畑の柵。12畳の畑倉庫。砕石道路。その先の鋼橋。
「……ドラン」
「何じゃ?」
「あれは何だ」
「どれじゃ?」
「全部だ」
「フフン。わしも帰ってきた時、同じことを言ったぞ!」
「威張るな」
狐族の兄弟も、すでに道路へ視線を落としている。
「兄さん」
「ああ」
「路面が固めてある。それもかなりの力でだ」
「真っ平らだが、中央が少し高い」
「横へ水を逃がしてる」
俺は思わず答えた。
「10センチずつ、二層。全部で20センチの厚さだ」
二人の狐耳が同時にこっちを向いた。
「あなたがヒカル?」
「そうだけど」
「この道路を?」
「作った」
「排水は?」
「横断勾配で外へ逃がしてる。低いところは路床も入れ替えた」
「橋は?」
「俺」
「橋台は?」
「俺と仲間」
「測量は?」
「俺とニナ」
「ニナ?」
俺は横を指した。黄色いヘルメットを被った赤毛の少女が、赤ワゴンの横にいる。
「子供?」
「補助だけだ。危険作業はさせてない」
「水平器は使える?」
「使える」
「計測道具は?」
「使えるぞ」
「測量補助は?」
「できる」
カイルとレイルの目が輝いた。
「あとで話を聞かせてくれ」
「もちろん。順を追って説明する」
次に大工棟梁のグレゴールが来た。
「ここが拠点なのか」
「ここは畑で、職人用の宿は向こうの奥にある」
「宿って、俺たちの宿をもう作ったのか?」
「ああ。まあ、作ったと言うより設置したと言う方が正しいが」
「信じられん、この目で見るまでは」
「もちろん。あとでゆっくり見せる」
今度は内装職人のエリオット。
「あの遠くの白い建物は?」
「診療所だ」
「その隣は?」
「厨房」
「あれはテントか?何枚ある?」
「仮設の食堂用が4張」
「布か?」
「合成繊維」
「...ごうせい...?...雨は?」
「防水」
「色は選べるのか?」
「そこも聞くのか!」
質問が止まらない。
◇
屋根職人のミネットは、こちらへ来る途中からずっと上を見ていた。畑の倉庫の屋根。遠くに見える厨房の屋根。診療所。タープ。
視力がよっぽど良いのか、単管で作った洗濯ハウスの、物干し場の屋根まで見つけている。
「ねえ、ヒカル」
「ああ」
「あの透明っぽい茶色い屋根材は何にゃ?」
俺は一瞬止まった。
「……今、何て?」
「屋根材は何にゃ?」
ドランが言う。
「その語尾、相変わらずじゃの」
「何度も言わすにゃ。これは方言にゃ」
「方言?本当に?」
「本当にゃ」
猫族だから語尾が「にゃ」。あまりに異世界のお約束すぎる。他の猫族は普通なのに、ミネット本人は方言と言い張っている。俺はちらっと、横をふわふわ浮いている、こびゃっこを見る。
口調が「のじゃ」系。昭和ネタ。自称の役職が、際限なく増殖する生物。
……残念系が増えたか?
「...ヒカル」
こびゃっこが言った。
「何だ」
「お主、今失礼な事を思ったじゃろ」
「読心術を使うな!」
「顔に出ておる!」
ミネットも猫耳をぴくりと動かす。
「私のこと、残念系とでも思ったのにゃ?」
「何で分かるんだよ!」
「顔に出てるにゃ」
「二人同時に突っ込むな!」
こびゃっことミネットが顔を見合わせる。
「お主、なかなか分かっておるのう」
「神使様ほどではないにゃ」
「妙なところで意気投合するな!」
ガランが横で小さく笑った。
◇
「ドラン」
少し離れたところから、大きな声がした。
「おい、ドラン!」
「何じゃ!」
「私を無視する気かい!」
犬族の女性が腰へ手を当てていた。ドランの顔が完全に止まる。
「……マルタ?」
「久しぶりだね」
「なぜ、おぬしがおる!」
「来たからだよ!」
「見れば分かる!」
ドランがガランを見る。
「聞いておらんぞ!」
「俺も知らなかった」
「ガランまで知らぬのか!」
マルタが腕を組む。
「職人7人と護衛4人で、2週間も旅するのに誰が飯を作るんだい?」
「それは交代でじゃろ――」
「干し肉と豆を毎日食わせる気だったのかい。薄情だねえ」
「ぐぬ」
「《槌と麦酒亭》から正式に出張で来た。親父さんの許可もある」
「店はどうする!」
「副料理長が回す!」
「三か月おるのか?」
「その予定だよ」
こびゃっこが俺の肩へ降りてきた。
「ほれ、ヒカル」
「何だ」
「びゃっこが言った通りじゃろ」
「何が?」
「王都の料理人が来たら大騒ぎする、と」
「本当に来るとは思ってなかっただろ」
「結果よければ全てよしじゃ」
「予言者みたいな顔をするな」
マルタの犬耳が動いた。
「あんたがヒカルかい?」
「ああ。俺も一応、湖畔の食事を――」
言い終わる前に、マルタの鼻が動いた。厨房の方を見る。
「……あれが厨房かい?」
「そうだけど」
「あとで見せてくれ」
「もちろん」
「米もあるんだろうね?」
目が怖い。
「あ、ある」
耳が完全に前を向いた。
「本当に?」
「朝も食べた」
「朝も?」
「ほぼ毎日」
マルタが固まった。ドランがにやりと笑う。
「言った通りじゃろ?」
「……伝説の食材を」
「普通に炊く」
「毎日?」
「だいたいな」
「……」
「マルタ?」
「あとで話をさせておくれ」
俺は、ちょっと腰が引ける。
「顔が料理人じゃなくて、商人になってるぞ」
「その両方のつもりで来たんだよ」
◇
一行をそのまま立たせておくわけにはいかない。
「とりあえず、質問は休憩してからにしてくれ!」
俺は声を上げた。
「馬車は一旦、拠点近くの草地へ止めてもらう。馬に水と餌を用意する。荷物はすぐ全部降ろさなくていい。宿舎を案内してから振り分ける」
護衛リーダーのオルフェンがすぐ頷いた。
「了解です」
「長旅のあとだから、まず水分。体調悪い人は?」
「全員歩けます。軽い疲労だけです」
「マリベルに後で確認してもらう」
「東風の牙のマリベルさんですか?」
「ああ。今は診療所にいる」
「診療所まであるのか……」
「そこもあとで」
ナージャが、畑正門の脇へ置かれたマウンテンバイクを見つけた。
「……あれ」
「何?」
「あれがマウンテンバイク?」
「ああ」
「何台あるの?」
「今は5台」
その声に、少し後ろを歩いていたミネットの猫耳もぴんと立った。
「それ、ドラン達が王都まで乗ってきた二輪車にゃ?」
「そうだ」
ミネットはすぐ横まで来ると、前輪、フレーム、ペダルを順番に覗き込む。
「やっぱり軽そうにゃ。酒場で乗った時より、ちゃんと外で見ると速そうに見えるにゃ」
「……酒場で乗った?」
「少しだけ一周したにゃ」
俺はドランを見る。
「お前、酒場の中で乗らせたのか?」
「止めたぞ! こやつが勝手に乗ったんじゃ!」
「猫族は平衡感覚がいいにゃ」
「それを免罪符にするな」
ナージャも目を輝かせる。
「ミネット、もう乗ったことあるの?」
「あるにゃ」
「ずるい」
「早い者勝ちにゃ」
「勝負しなくていいから」
俺が止めると、二人の猫耳が揃ってこちらを向いた。
「「あとで乗っていい(にゃ)?」」
「まず休憩! それから説明と安全確認!」
「やった」
「許可が出たにゃ」
「『あとで説明する』を都合よく解釈するな!」
猫族が二人に増えた途端、マウンテンバイクの管理項目まで増えた気がした。到着してまだ10分。もう疲れた。
◇
食堂へ移動する途中でも、一行は何度も止まった。最初は鋼橋。ボルガが完全に動かなくなった。
「……何だい、この鉄」
「H形鋼」
「一本がこの長さ?」
「約8メートル」
「継いでない?」
「一本物だな」
「こんなデカブツどうやって作るんだい」
「俺の世界の工場」
「また工場かい!」
大工棟梁グレゴールが橋面を見る。
「床も鉄板か」
「滑り止め付きの鋼製覆工板だ」
カイルとレイルは橋より周囲の水流を見ている。
「小川の断面を変えてないな」
「橋台で流れを狭めすぎてない」
「増水時は?」
「そこも想定した」
「あとで図面を」
「分かった!まずは休憩してくれ」
次に祠。朱色の鳥居が見えた瞬間、一行の空気が変わった。職人たちは自然に立ち止まる。こびゃっこも少し静かになった。
「ここが、白狐神の祠じゃ」
ユキが首を傾げる。
「ユキの?」
「ユキと皆の場所だろ」
「うん」
俺は一行へ説明する。
「参拝は自由。無理に礼をしなくていい。ユキ本人も、ここで崇められるためにいるわけじゃない」
魔術士エルフのフィンが戸惑う。
「しかし白き神獣の祠なのでは」
「むれの、ありがとうするところ」
ユキが言った。
「……なるほど」
フィンは完全には分かっていない顔だったが、深く礼をするのはやめた。それでいい。慣れてもらうしかない。
石工職人のバドルは祠の石組み台座の前でしゃがんだ。黙って触るが、何も言わない。
「どう?」
「良い石材だ。後でゆっくり見させてくれ」
「そうか」
それだけだった。ドランの言っていた通りの石工らしい。
◇
一通り生活区画を説明する。そこでも質問が続いた。
「この並んでいる白い箱が住居?」
「ユニットハウスだ」
「壁が薄そうなのに寒くないのか?」
「断熱材が入ってる」
「あれは?」
「洗濯ハウス」
「あれは?」
「診療所」
「あれは?」
「薬草干し場」
「あれは?」
「洗面所」
「あれは?」
「厨房」
「屋根の上の黒い板は?」
「ソーラーパネル」
「何をする?」
「電気を作る」
「電気を作る!?」
「もう一回説明するのか……」
俺は頭を抱えた。ガランが肩を叩く。
「俺も王都で同じ目に遭った」
「今ちょっと気持ちが分かった」
小声でガランが言う。
「まだ大型ガレージの話はしない方がいい」
「ああ。そうだな」
そう言った矢先、ドランが大声で後ろから言う。
「大型鉄骨の馬車庫の様なものも作るぞ!」
「言うなって!」
職人7人の目が一斉にこっちを向いた。
「大型?」
「鉄骨って橋の様な鉄かい?」
「基礎は?」
「どんな屋根にゃ?」
「排水は?」
「シャッターとは?」
「やってくれたなドラン」
「...すまん」
◇
ようやく食堂へ案内する。大型タープ4張が、厨房の横に2張ずつ二列。今日はその一角を使う。
「まず座ってくれ」
馬車で2週間。さらに湖岸を進んできた一行だ。いくら元気でも疲れているだろう。冷たい麦茶とスポーツドリンク。チョコレート菓子と個包装のクッキーと小さなチョコレートをテーブルへ並べる。
犬族の槍使いセルドが、スポーツドリンクを一口飲む。
「……甘い?」
「汗をかいた時向けだ」
「塩気もありますね」
「水分と電解質補給」
「でんかい……?」
「今は気にしなくていい」
猫族の斥候ナージャは冷たい麦茶。
「こんな冷たいお茶なんて初めて!」
「冷蔵庫で冷やした」
「冷蔵庫?」
「そう」
「一年中?」
「電源があれば」
「魔法なしで?」
「なし」
「異界の人たち、ずるい」
「俺に言うな」
猫族の屋根職人ミネットはチョコレートクッキーをかじった。
「これ、甘くてうまいにゃ!」
「そこは普通の感想なんだな」
「何を期待したにゃ」
実は、何処かの方言の様なユキと同じリアクションを少し期待していた。テーブルの上では、こびゃっこが横からチョコレートを抱えている。
「チョコレートは文明の至宝じゃ」
「チョコレートはお宝の味にゃ」
「お主、分かっておるのう」
「初対面でチョコレート同盟を結成するなよ」
◇
一息ついたところで、改めて紹介することになった。まずドランから。
「では職人からじゃ」
立ち上がり、順番に示す。
「大工棟梁、グレゴール」
灰色の短髪の男が軽く頭を下げた。
「グレゴールだ。大工をしている。新しい工法でも、理由があるなら学ぶ。ただし危険な物や納得できない物には質問する」
「もちろんだ。むしろ質問してくれ」
「それを聞いて安心した」
「ただし、さっきみたいに全員同時は勘弁してくれ」
少し笑いが起きる。
「屋根職人ミネット」
「ミネットにゃ。屋根、足場、高いところは任せるにゃ」
「勝手に高いところへ登るのは、禁止にさせてもらう」
「まだ何もしてないにゃ!」
「事前通告ってやつだ」
「ドランから聞いてた通りにゃ」
「何を?」
「安全の話が最初に来る人」
「俺の事はそう思ってくれていい」
次。
「内装職人エリオット」
「エリオットです。壁、床、扉、収納。仕上がりだけでなく、使う人の動きも見ます」
「厨房を見たら意見をくれ」
「すでに3つあります」
「早いな!」
「見れば出ます」
次。
「鍛冶師ボルガ」
「ボルガだよ」
彼女は俺ではなく、ニナの腰道具を見ていた。
「その小さいの、自分の工具かい?」
ニナが頷く。
「うん」
「あとで見せてくれるかい?」
「分かった」
「分解は禁止だぞ」
俺が先に言った。
「まだ何も言ってないだろ!」
「ドランから聞いてる」
「ドラン!余計なことを!」
ドランが視線を逸らす。
「保証が切れるからじゃ」
「保証?」
「あとで説明する」
次。
「狐族の兄、カイル。弟、レイル」
「水路、測量、排水を担当する」
カイル。
「掘削と道路、水の流れを見る」
レイル。
「さっきから道路しか見てないだろ」
「良い道だった。排水勾配も完璧だ。あんな採石や転圧された道路は見たことがない。」
「ありがとう」
「でも、橋からこっちが草地だな」
「まだ第一段階だ」
「と言う事は、続きを作るのか?」
「計画は第四段階まである。それから、水路工事の計画もある」
二人の耳が立つ。
「水路もか!よし!」
「今から始めるなよ」
「まだ何も言ってないぞ」
「顔が言ってる」
最後。
「石工、バドル」
「バドルだ。石を見る」
短い。
「ああ。聞いてる」
「祠の台座もあとで見る」
「もう見てただろ」
「まだ足りない」
「そ、そうか」
ドランが笑う。
「相変わらずじゃ」
◇
次はガラン。
「Aランクハンターチーム《蒼岩の盾》を紹介する」
重盾の男。
「リーダー、オルフェン」
「オルフェンです。湖畔までの護衛任務を完了しました。今後3か月、Sランクハンターチーム《東風の牙》と共同警備へ入ります。現地ではヒカル殿の指揮に従います」
「頼む。まず今日は休め」
「ありがとうございます」
「犬族の槍使い、セルド」
「セルドです!」
立ち上がった。ユキを見て一瞬止まる。
「白狐神ユキ様――」
「ユキはユキ」
「……ユキ、さん」
「ユキ」
「……ユキちゃん?」
ユキが少し考える。
「リーファもおなじだから、いい」
セルドがものすごく安堵した顔になった。
「難易度高いな」
俺が言うと、ガランが頷いた。
「俺も最初は苦労した」
次。
「猫族の斥候、ナージャ」
「ナージャです。斥候と索敵が専門。あと、あの二輪車に興味があります」
「最後は任務じゃないだろ」
「巡回に使えるか、試してみたいです」
「言い換えたな」
最後。
「エルフの魔術師、フィン」
「フィンと申します。遠距離の攻撃魔法と、軽度の回復魔法ができます。」
オルフェンが言った。
「フィン。実際に見てもらえ」
フィンは立ち上がり、タープテントを出るとしゃがみ込んで地面の小石を何個か拾った。そしてまた立ち上がり、皮手袋をした左の掌に、小石を何個か乗せたまま、右手に持った杖の頭を当てた。左手の先は湖面を向いている。すると掌の小石が青白く光った。
次の瞬間。バシュッ!
鋭い音と共に掌の小石が消え、50メートル先の湖面に、1メートル程の高さの水しぶきが数カ所上がった。
「凄いな.....」
異世界にきて、初めて攻撃魔法を見た俺は、思わず声を漏らす。
「すごい。いし、とんだ?」
ユキや子供達も驚いたようだ。
「通常の場合には、石ではなくこれを複数飛ばします」
そう言ってフィンが、ポケットから出したのは鉄製の小さな矢尻の形をしたものだった。確かにそれを喰らったら、致命傷ものだ。
椅子に座る前にフィンは、ユキへ深く頭を下げそうになった。途中で止まり、普通に会釈する。
「よろしくお願いします、ユキちゃん」
「うん。フィン、すごい」
ガランも小さく頷いていた。
◇
「次はこっちだな」
俺も立つ。
「俺はサコン・ヒカル。ヒカルでいい。ここでは工事と生活設備の管理を中心にやってる」
「守護者ヒカル殿では?」
オルフェンが聞く。
「殿はいらない」
俺は隣を見る。
「ユキ」
ユキが立ち上がる。
「ユキはユキ」
終わった。
「それだけ?」
「ユキはユキ」
真顔で頷くユキ。
「ですよね」
ナージャが笑う。俺は補足して紹介する。
「この子は白狐神だ。人の子で五歳くらい。神格は幼神三段。ただし、普通の子供として接してくれ。危険な時は、他の子と同じように注意して守る。何か与える時...まあ食べ物とかは他の子と公平に頼む」
「おにく、おなじ」
「そこを強調するな」
「みんな、おなじ、だいじ」
「まあ大事だけど」
皆が笑う。
「そして守護神使、こびゃっこ」
こびゃっこがテーブルへ飛び乗る。
「守護神使こびゃっこじゃ。古代史、神事、食文化、空撮、文字監修その他多数を担当する」
「役職の半分は自称だ」
「む。訂正を要求するのじゃ!」
「歴史的功績は本当だ」
ガランが補足する。
「オリエント王国建国期に、各種族への農業、医療、治水技術の普及へ関わった」
一行の顔が変わる。こびゃっこも少しだけ静かになった。
「昔の話じゃ」
「王城への落書きも本当だけどな」
「ヒカル!」
「白夜参上...ですか?」
ナージャが言った。こびゃっこが固まる。
「最近、白狐神と神使様復活の噂で、関連の古文書に関心が集まり、王都で有名ですよ」
「ぐぬ」
「王室からも写し絵が公開されたんです。歴史的聖遺物なんですよね?」
「そ、その話は終わりじゃ!」
「拡散された黒歴史系のためいきが出そうだな」
「まだ出さんのじゃ!」
◇
「リリア」
「リリアです。生活面と料理、裁縫、薬草などをしています。皆さん、よろしくお願いします」
「アルノ」
「アルノです。記録、文書、畑、診療所で薬草仕分けを担当しています。必要な物品や工事記録の整理もお手伝いします」
「ミーシャ」
「ミーシャです。8歳です。料理...特にお菓子作りと畑が好きです」
「トト」
「トト。6歳。絵と畑」
「ニナ」
ニナは一度ボルガを見た。
「ニナ。7歳。工事見習いと、鉄の仕事」
ボルガの眉が動く。
「鉄?」
「溶接、練習してる」
沈黙。ボルガがゆっくりドランを見る。
「ドラン」
「何じゃ」
「溶接って何だい」
「ふふふ」
「その顔をやめな」
「見れば分かる」
「今教えて!」
「「今日は休め!」」
俺とグレゴールの声が重なった。ボルガは不満そうだった。
◇
マルタは最後になった。
「それで」
俺は犬族の料理人を見る。
「マルタさん、でいいか?」
「マルタでいいよ」
「《槌と麦酒亭》の料理人?」
「ああ」
「3か月?」
「その予定」
「職人と護衛の食事管理で?」
「旅の間はね」
マルタは少し姿勢を正した。
「湖畔へ着いた後は、厨房を手伝わせてもらいたい。ここの女性や子供達へ私たち12人の食事を押しつけるつもりはない」
「本当にそれは助かる」
「職人側も片付け、清掃は自分たちでやらせる。料理を覚えたい人間は、男女関係なく厨房へ入ればいい」
「その方針なら歓迎する」
リリアも笑顔になる。
「助かります。これから近衛騎士団の方々も来ますので」
「近衛騎士団?ああオルフェンから聞いてるよ」
「20人出そうだ」
「20人!?」
マルタの声が食堂へ響いた。
「そんなに増えるのかい!」
「炊事担当は2人来る予定だ」
「なら、その2人も厨房へ入ってもらうよ」
「まだ会ってないのに、もう厨房人員に入れたな」
「人数を聞いたら段取りを考えるのが料理人だよ」
「気が合いそうだな」
「ヒカルもそうだって聞いてるよ」
「否定できない」
◇
そこで、こびゃっこが前足を挙げた。
「びゃっこから提案があるのじゃ」
「嫌な予感がするが」
「夕食は歓迎会じゃ」
「それはそうだな」
「カレーじゃ!」
食堂が静かになった。マルタだけが反応する。
「カレー?」
「異界料理じゃ」
「どんな料理だい」
こびゃっこが胸を張る。
「肉と野菜を香辛料で煮込み、白い米へ掛けて食べる」
マルタの犬耳が前へ向く。
「米へ?」
「そうじゃ」
「白い米へ、煮込みを?」
「そうじゃ」
「香辛料?」
「そうじゃ」
「肉?」
「入る」
「野菜は?」
「タマネギ、ニンジン、ジャガイモ」
ユキが付け加える。
「おうちカレー」
「おうち?」
「ユキの、おうちのカレー」
マルタが俺を見る。
「作れる?」
「作れる」
「今夜?」
「人数分なら追加材料を出せば」
「手伝う」
「即答だな」
「料理人へ知らない料理の名前を出して、座ってろって言う気かい?」
「それもそうだ」
ミーシャも手を挙げる。
「わたしも!」
「いつも通りな。ただし人数が多いから大人中心でやる」
「うん!」
リリアが言う。
「今日収穫したナスも使えますね」
「ナスカレー?」
ミーシャが聞く。
「カレーへ入れてもいいし、別料理にしてもいい」
マルタの視線が赤ワゴンへ向いた。
「その野菜……」
「今日、初収穫」
「湖畔で?」
「そう」
「その赤いのは?」
「トマト」
「食べていい?」
「昼に食べた残りだから、夕食分はある」
「料理するなら味を見たい」
俺は一つ取って、洗ってから切る。マルタが一切れ食べると、顔の動きが止まった。
「……甘い」
「豊穣の加護が入ってるから、普通より味も良いのかもしれない」
「豊穣加護?」
マルタがこびゃっこを見る。こびゃっこが胸を張る。
「加護はびゃっこの仕事じゃ」
「これを?」
「作ったのはユキ達もじゃ」
マルタの目が今度はユキへ向く。ユキはスポーツドリンクを飲んでいる。
「ユキ、みず、あげた」
「……」
「トト、みた」
「……」
「ミーシャ、むし、とった」
「……」
「ユキとみんなの、むれのトマト」
マルタがゆっくり笑った。
「なるほどね」
そして、その目が変わった。完全に料理人の目だ。
「ヒカル」
「何だ?」
「今夜の厨房、見せてもらうよ」
「もちろん」
「カレーを教えてもらう」
「ああ」
「ナスも使う」
「好きに提案してくれ」
「トマトも料理する」
「いいぞ」
「米も見る」
「どうぞ」
「調味料も全部見せてもらう」
「……全部?」
「全部」
「目が怖いぞ」
「2週間、これを楽しみに来たんだよ」
こびゃっこが俺の肩へ飛び乗った。
「ヒカル」
「何だ」
「始まったのう」
「ああ」
「食文化交流じゃ」
「お前は食べる側だろ」
「監修じゃ」
「今日は厨房へ勝手に入るなよ」
「なぜじゃ!」
「人数増えて混乱するからだ!」
ユキが俺の袖を引く。
「おっちゃん」
「何?」
「カレー、いっぱい?」
「今日は相当大鍋だな」
「おにくも?」
「入れる」
「えらい」
「結局そこか」
「おっちゃん」
「まだ何かある?」
「きょう、ひと、いっぱい」
「ああ」
「おうち、いっぱいになった」
俺は食堂を見回した。昨日までは空席だった場所に、知らない顔が12人増えている。
大工。屋根職人。内装職人。鍛冶師。土木職人。石工。ハンター。料理人。これから同じ場所で働く人たちだ。
「そうだな」
「むれ?」
「それはまだ分からない」
ユキが俺を見る。
「きてから、きめる?」
前にも似たようなことを言った。
「そうだな」
「じゃあ、まず、ごはん」
「そこからか」
「いっしょに、たべる」
ユキは当然のように言った。俺は少し笑った。
「それが一番早いかもな」
「うん」
まず一緒に食べ、それから仕事をする。意見が違えば話し、危ないと思ったら止めて、分からないことは聞く。群れになるかどうかなんて、こちらが最初から決めるものじゃない。
暮らして、働いて、飯を食って、そのうち気づけば同じ場所へ帰ってくる。多分、それでいい。
そして今日の夕食は――。
「むれのおうちカレー!」
ユキが宣言する。
「歓迎会なのに、名前が家庭料理だな」
「うんみゃあだから、いい」
「まあ、いいか」
マルタが勢いよく立ち上がった。
「厨房はどっちだい!」
「待て! まだ休憩終わってない!」
「もう休んだ!」
「到着して30分だぞ!」
「料理人には十分だよ!」
ドランが笑う。
「ヒカル。諦めろ」
「お前が連れてきたんじゃないのに、何で得意げなんだ!」
「良い人材が揃ったじゃろ?」
「それは認めるが…」
こうして湖畔へ、新しい職人と護衛、そして想定外の料理人がやってきた。たぶん今日から、また景色が変わる。
そして厨房も……かなり騒がしくなりそうだった。
◇
【第90話・収支報告】
異世界生活73日目
日付:六の月2日
オリエント王国歴952年
開始残高:3,145,446pt
今回の購入:
・歓迎夕食用追加食材
牛肉約3kg、玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモ、カレールー甘口・中辛、牛乳、バター等
148pt(約14,800円)
・職人一行到着時の飲料・茶菓子
スポーツドリンク、麦茶、チョコレート菓子、個包装クッキー、氷等
57pt(約5,700円)
今回支出合計:205pt(約20,500円)
現在残高:
3,145,446pt − 205pt = 3,145,241pt
円換算目安:
3,145,241pt × 100円 = 約314,524,100円相当
※米、塩、油、基本調味料、おにぎり用具材、モッツァレラチーズ、オリーブオイル等は既存在庫を使用。
※ナスとトマトは湖畔畑で本日初収穫したものを使用するため、購入費なし。
続く




