↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
87/105

第87話 一方、オリエント王城では


 オリエント王都東門が、朝から妙に騒がしかった。


「止まれ! その荷は何だ!」


「王城軍務局への緊急輸送品です! 湖東方面より、厄災級魔物の討伐証明!」


「厄災級?」


 門番の顔色が変わる。街道から入ってきた荷車の中央には、大きな木枠が固定されていた。その上に載っているのは、乳白色から青灰色へ変化する巨大な湾曲物。


 一見すれば、何かの角にも見える。だが、先端から根元まで、大人の背丈近くある。荷車の左右には騎馬伝令隊6人。長い旅で埃まみれになりながらも、その表情には妙な緊張と誇らしさが混じっていた。


「何の牙だ?」


 銀狐族の門衛隊長が尋ねると伝令隊長は背筋を伸ばした。


「レイクサーペントです」


 一瞬、東門周辺の音が消えた。


「……もう一度言ってくれ」


「レイクサーペントの牙です」


「湖東の?」


「はい」


「何十年も討伐に失敗している、あの?」


「その個体です」


 門衛隊長は巨大な牙を見た。


「まさか……」


「守護者サコン・ヒカル殿と、白狐神ユキ様による討伐です」


 門衛隊長の銀狐耳が、ぴんと立った。


「王城へ急報!」


     ◇


 牙は、そのまま王都の市街を引き回すような真似はされなかった。軍務局の指示で東門近くの検査所へ一度移され、魔力反応、腐敗、呪詛、毒性を確認。


 その後、王城から派遣された専門官と神殿の鑑定官立ち会いのもと、改めて王城敷地内へ運び込まれた。


 王宮中庭。普段なら儀礼用の馬車や王国旗が並ぶ場所へ、巨大な牙が置かれている。


「……これは」


 軍務卿が腕を組んだ。


「報告書だけでは、大きさが分からなかったな」


 横にいる神殿長は、牙の根元へ触れず、魔力検査用の水晶を近づけた。透明な水晶内部へ、濃い青緑色の光が広がる。


「間違いありません」


「本当にレイクサーペントか」


「水棲蛇竜系。それも極めて高位です。記録されている湖東個体の魔力特性とも一致します」


 軍務卿が牙を見上げた。


「これが一本だけ、か」


「はい」


 伝令隊長が答える。


「本体には、まだ複数の牙がありました」


「本体を見たのか?」


「目の前で」


「どの程度だった」


 伝令隊長は少し考えた。


「王城のこの中庭へ出せば、かなり狭く感じると思います」


「そんなにか」


「全長、およそ30メートル」


 軍務卿が黙る。近くにいた若い文官が、持っていた記録板を取り落としかけた。


「30……?」


「頭部だけでも、小屋ほどありました」


「それを、どうやってここまで?」


「本体は運んでいません。ヒカル殿の収納にあります」


「収納?」


「はい」


「30メートルの魔物が?」


「入りました」


 軍務卿は額を押さえた。


「報告書に書いてあったことが、実物を見ると余計に分からなくなるな」


 神殿長が小さく咳払いする。


「重要なのは、討伐が確認されたことです」


「そうだった」


 そこへ、王宮侍従が近づいた。


「陛下がお見えになります」


 全員が姿勢を正す。


     ◇


 銀狐王セイラムは、牙を見た瞬間に足を止めた。


「……大きいな」


 第一声は、それだった。

 宰相が隣で頷く。


「陛下。報告では、これでも牙一本だけとのことです」


「分かっている」


 セイラム王はゆっくり近づいた。


「この牙が、何十年も東部を苦しめた個体の証か」


「はっ」


 伝令隊長が片膝をつく。


「我々6名、湖東側中継地点にて、守護者サコン・ヒカル殿および王国大使ガラン殿より正式に受領いたしました」


「本体も確認したのだな」


「はい」


「本当に討伐されていたか」


「間違いございません」


 伝令隊長の声が少し強くなる。


「私は東湖岸の出身です。幼い頃、父の漁船がこの個体に襲撃されました」


 セイラム王の耳がわずかに動く。


「そうだったか」


「父は生還しました。しかし同船の漁師3名が亡くなりました」


「……」


「守護者ヒカル殿は、『ユキ様を守るために倒しただけだ』と仰いました」


「ガランの報告通りの人柄の様だな」


「ですが、東湖岸の者にとっては、それだけではありません」


 伝令隊長は顔を上げた。


「もう、この個体に怯えながら湖へ出なくてよい。その証を自分が運べたことを、誇りに思います」


 セイラム王はしばらく牙を見ていた。


「その言葉も、正式な報告へ残しておけ」


「はっ」


「討伐功績については、魔石支援とは分けて審議する」


 財務卿が頷く。


「すでに過去の討伐依頼、被害補償記録、漁業組合からの請願を調査しております。長期にわたり積み立てられた討伐報奨もございます」


「ガランの報告通りの人柄であれば、爵位を出せば断られるだろうな」


 宰相が苦笑した。


「その可能性が極めて高いかと」


「何を欲しがると思う?」


「建材や食料ですかな」


 軍務卿が言った。


「……欲がないな」


「生活はあります」


 宰相が返す。


「それが守護者ヒカル殿なのでしょう」


 セイラム王は笑った。


「ならば、功績へ報いる方法もこちらの都合だけで決めるべきではないな」


「御意」


 王は再び牙を見る。


「それにしても……」


「何でしょう」


「これ一本で、この大きさか」


「はい」


「本体を見てみたいものだ」


 宰相が即座に答えた。


「陛下が湖畔へ行く理由がまた一つ増えましたな」


「視察だ」


「稲荷寿司」


「視察だ」


「米」


「視察だ」


「白狐神ユキ様へのご挨拶」


「それが第一だ」


「今、三番目でしたぞ」


「順番は重要ではない」


「陛下の耳は正直ですな」


 セイラム王は自分の銀狐耳を押さえた。


「この話は終わりだ」


     ◇


 牙の正式確認から数時間後。王城北側の近衛騎士団詰所では、別の意味で騒ぎが起きていた。


「もう一度確認する!」


 訓練場中央で、大柄な男が声を張る。


「湖畔派遣隊、総員20名!明朝出発!」


「オウ!」


 揃った返事が響いた。先頭に立つ男は、近衛騎士団副団長――レオン・ヴァルガ。


 人族。30代半ば長身で肩幅が広く、長い金髪を後ろで束ねている。腰には長剣。王宮儀礼用の華美な装備ではなく、長距離行軍を前提とした実用本位の軽装だ。


「レオン副団長」


 副官が書類を差し出す。副官の名は、ベルタ・グレン。29歳のドワーフ女性だ。ドワーフらしく小柄だが、体つきは引き締まっている。濃い赤褐色の髪を後ろで一つに束ね、腰には少し幅広の片手剣を下げていた。


 その剣は王国近衛騎士団の制式装備ではない。


 ベルタ自身が鍛冶場で鉄を選び、何度も打ち直し、自分の体格と腕に合わせて仕上げた剣だ。柄の太さも、重心も、刃の長さも本人専用。もう十年近く使い続けている。


 武器や防具、馬具を含む装備全般への知識が深く、壊れ方を見れば扱い方の癖まである程度分かる。


 だが、彼女が優れているのは鍛冶の知識だけではない。


 補給品の数量。武具の貸与記録。修理履歴。食料。薬品。馬匹用品。警備日誌。派遣隊員の勤務表。


 細かな書類を嫌がる騎士が多い中、ベルタはそれらを几帳面に整理し、必要な時に必要な情報を即座に出せる。


 今回の湖畔派遣でも、20人分の装備、荷馬車、消耗品、野営資材の管理を実質的に取り仕切っていた。


 そして剣を抜けば、近衛派遣隊でも一番強い。体格差を力で埋めようとはせず、低い重心と短い踏み込み、相手の剣筋を外す技術で懐へ入る。模擬戦ではレオンですら気を抜けば一本取られる。


 そんなベルタが、今回最も興味を持っているのは白狐神ユキ様ではなく――異界人サコン・ヒカルだった。


 正確には、ヒカルが持ち込んだという技術と道具だ。彼女も職人達が集まる酒場《槌と麦酒亭》の常連で、噂を聞いていたのだ。


 均一な木工ネジ。電動工具。鉄筋コンクリート。巨大な鋼材。魔力を使わない時計。マウンテンバイクに自走する工事機械。そして、全長30メートルのレイクサーペントすら収める収納。


 報告書を読むたび、余白へ小さな疑問を書き込んでいた。


 ネジの規格は何種類あるのか。鋼材は鍛造なのか、別の製法なのか。電動工具の動力源。装備の管理方法。故障時の修理体制。湖畔へ到着したら、見たい物が山ほどある。


 もっとも、副官である以上、それを顔には出していない。少なくとも本人は、そのつもりだった。


「最終名簿です」


「変更は?」


「ありません」


 レオンが書類を受け取り、ざっと目を通す。


「ガランの奴、本当に大使になったんだな」


「今さらそこですか」


「近衛を辞めてハンターになり、久しぶりに戻ったと思ったら王国大使だぞ」


「同期として、誇らしいのでは?」


「もちろん誇らしい」


 レオンは笑った。


「だから湖畔へ着いたら、肩を組んで祝いの酒だ」


「ガラン大使は嫌がると思います」


「昔からそういう奴だ」


「過去の失敗談を大声で話すのは控えてください」


「何を言う。再会の基本だ」


「立場上問題になります」


「友人だから大丈夫だ」


「友人だからこそ駄目です」


 ベルタは深くため息をついた。


「それと、守護者ヒカル殿へいきなり手合わせを申し込まないでください」


 レオンの動きが止まった。


「なぜ分かった」


「ずっと顔に書いてあります」


「ガランより強い剣士なのだろう?」


「報告では」


「居合。抜刀術。鞘に入った状態から一瞬で斬る」


「はい」


「手合わせしたい」


「まず挨拶してください」


「する」


「その次に施設確認」


「する」


「指揮系統確認」


「する」


「警備引き継ぎ」


「する」


「その後です」


「なら四番目だな」


「せめて数日待ってください」


「数日か」


 レオンは真剣に悩んだ。


「二日」


「交渉しないでください」


 ベルタが書類を取り戻し、革製の書類鞄へ収める。


「それに、ヒカル殿へ聞きたいことなら私にもあります」


「お前も手合わせか?」


「違います」


 即答だった。


「電動工具。均一規格のネジ。鉄筋コンクリート。鋼材。自走式の普請用機械。装備の点検方式。それから、異界の武器管理」


「多いな」


「まだあります」


「楽しみにしてるじゃないか」


「調査です」


「顔が楽しそうだぞ」


「副団長ほどではありません」


「俺は隠してない」


「それは威張るところではありません」


 ベルタは腰の剣へ一度手を添えた。


「……ただ」


「何だ?」


「ヒカル殿の剣は、見てみたいですね」


 レオンがにやりと笑う。


「ほら、お前も同じじゃないか」


「見るだけです」


「本当に?」


「私は自分から手合わせを申し込みません」


「申し込まれたら?」


 ベルタは少し考えた。


「受けます」


「同じじゃないか」


「違います」


「どこが?」


「手順です」


「そこだけか」


 副官の返事は真顔だった。


「手順は重要です」


 その言い方だけなら、まだ会ったこともない湖畔の守護者と、少し似ていた。


     ◇


 派遣される20名は、ただ戦える者を上から順に選んだ部隊ではない。


 長期間、湖畔で独立行動できること。異種族との共同生活に慣れていること。野営、警備、衛生、炊事、救護を自分たちで回せること。そして何より、白狐神ユキを「王国の所有する神」として扱わないこと。そこを重視して編成されていた。


「各班長、前へ」


 レオンが呼ぶ。


 最初に進み出たのは、長い金髪を後ろへまとめたエルフの女性だった。


「医療班長、エレナ・フィオレ」


「はい」


 30代前半。細身で、腰には剣よりも治療道具を入れた革鞄が目立つ。


 近衛騎士でありながら、王国軍でも数少ない上位回復術士だ。身体鑑定魔法に加え、筋肉、関節、骨、内臓状態、毒、失血、魔力枯渇などを確認できる。


 そしてマリベルの軽度回復魔法より一段上――浅い切創や裂傷、軽度の火傷などであれば、外傷そのものをある程度閉じることもできる。


 もちろん、失われた部位を戻したり、大出血や重度内臓損傷を一瞬で治したりできるわけではない。


「湖畔にはガランチームの魔術師で、回復魔法を使うマリベル殿がいる」


 レオンが言う。


「聞いています」


「張り合うなよ」


 エレナが眉を上げる。


「医療で何を張り合うのです?」


「腕前とか」


「患者が助かるなら、どちらが上でも構いません」


「お前を選んで正解だった」


「むしろ、比較しようとする副団長が間違っています」


「今日は突っ込まれる日だな」


     ◇


 次に進み出たのは、人族の女性。


「防御班長、クラウディア・ベルン」


「はい」


 28歳。


 濃い茶髪を肩で切り揃え、長剣と小型盾を装備している。彼女の本領は剣ではない。防御魔法だ。


「短時間防壁、展開」


 レオンが言う。


「ここで?」


「新人への説明も兼ねる」


「了解」


 クラウディアが右手を前へ出す。淡い青白い光が、一瞬で幅3メートルほどの面を作った。半透明の壁。完全な球形結界ではない。正面方向へ集中した防壁だ。


「一定方向からの物理攻撃、矢、投石、魔法攻撃を短時間防ぐことができます」


 クラウディアが説明する。


「ただし、背後や側面は守れません。面積を広げれば強度が落ちます。強い攻撃を受け続ければ破られます」


「つまり」


 レオンが言う。


「逃げる数秒を作る魔法だ」


「それが一番正しい使い方です」


「湖畔では子供も多いそうだ」


「最優先で退避時間を作ります」


「頼む」


     ◇


 三人目は銀狐族の男性だった。


「弓兵班長、シルヴァン・ルーク」


「はい」


 27歳。銀灰色の髪と耳。細身だが、弓を引く右腕と背中は明らかに鍛えられている。長弓を背負い、腰には通常矢とは別に、厚い軸を持つ専用矢を入れた矢筒がある。レオンが訓練場の木製標的を指した。


「一射」


「承知」


 シルヴァンが矢を番える。弦を引くと、矢尻へ淡い銀光が集まった。


「撃ちます」


 放つ。バシュッ!矢というより、破裂音に近い。50メートル弱先にある厚い木製標的を矢が貫通、その後ろに置かれた藁束まで突き抜け、ようやく止まる。


「相変わらず凄いな」


 若い騎士が呟いた。シルヴァンは淡々と答える。


「連射はできません」


「魔力を乗せるためだな」


「はい。一射ごとに集中が必要です。有効距離は40から50メートルほど。それ以上では命中精度と貫通力が大きく落ちます」


「だが、当たれば強い」


「大型魔物にも通ります」


 レオンが満足そうに頷く。


「湖畔では森側警戒へ入ってもらう可能性が高い」


「ガラン大使から、エルフのリーファ殿が森林巡回を担当していると聞いています」


「現地で配置を相談しろ」


「承知しました」


     ◇


 最後の班長は、人族の男性だった。30代前半。槍と盾を持つ、実直そうな男だ。


「戦闘班長、ハロルド・ケイン」


「はい!」


「お前は派手な魔法がない」


「存じております!」


「だが一番人数を預ける」


「承知しております!」


「声が大きい」


「申し訳ありません!」


「もっと小さく」


「はい」


 少し小さくなった。ハロルドは派遣隊の基本警備をまとめる。


 夜間交代。門衛。巡回。馬の管理。荷物警戒。戦闘になった場合の隊列整理。派手さはないが、野営部隊を実際に回すにはこういう人間が欠かせない。


「現地では、ガラン大使がリーダーを兼務する《東風の牙》と《蒼岩の盾》がいる」


「はい」


「どちらも高ランクの実力派パーティだ。勝手に自分たちの方式を押しつけるな」


「現地規則を確認し、合わせます」


「その答えでいい」


     ◇


「次、炊事担当」


 レオンが言った瞬間、一人の男が勢いよくレオンの目前へ出た。


「はい!」


「....近い」


「失礼しました!」


 人族男性、アルバート・ロウ。28歳。体格は騎士として標準的だが、腰には剣と同じくらい大きな包丁用ケースを下げている。炊事担当を希望した理由は明確だった。


「副団長」


「何だ」


「湖畔では、本当に米を食べているのでしょうか」


「またそれか」


「白い米。炒飯。握り飯。稲荷寿司」


「ガランの報告にはあったそうだ」


「毎日?」


「らしいな」


 アルバートの目が輝く。


「やはりこの派遣、私が行くべきです」


「お前、その話を聞いてから10回くらい言ったぞ」


「王国軍の炊事技術向上のためです」


「本音は?」


「食べたいからであります」


「素直でよろしい」


「それに、米料理を覚えたいであります」


 これは本音らしい。


「保存、調理方法。炊事担当として見逃せません」


「湖畔へ料理修業に行くんじゃないぞ」


「警備部隊の炊事が第一です」


「本当だな?」


「米は第二であります」


「近いな、おい」


     ◇


 もう一人の炊事担当は猫族の女性だった。


「ミレイ・カッツ」


「はい」


 22歳。今回の派遣隊最年少。明るい栗色の髪と猫耳。小柄だが、包丁と小型弓の扱いに慣れている。


「お前の希望理由は?」


「甘味であります」


「即答か」


「王城で聞きました」


「何を」


「白狐神ユキ様の湖畔では、チョコレートと言う甘味が出ると」


 レオンは眉間を押さえた。


「誰が炊事班へ余計な情報を流している」


「ガラン大使の報告書です」


「公文書だった」


「異界の甘味を知ることは、炊事技術と共に士気向上へつながります」


「本音は?」


「食べたいであります」


「お前たち、似た者同士だな」


 アルバートが真面目な顔で言う。


「副団長。間違いなく、甘味は士気へ影響します」


「分かった分かった」


 ミレイの猫耳が嬉しそうに動く。


「それと、ユキ様へ、こちらのお菓子を勝手に大量に渡すな」


「はい」


「ヒカル殿の方針を確認してからだ」


「承知しています」


「本当に?」


「子供が何人かいるとも聞いています。同じ物を同じ量ですよね」


 レオンが少し驚いた。


「そこまで聞いているのか」


「重要ですから」


「ならよし」


     ◇


 20名の残りも、槍兵、剣士、弓兵、斥候、衛生補助、馬匹管理、物資管理などを組み合わせている。男10人。女10人。王国の近衛では珍しくない。


「宿営装備を確認する」


 ハロルドが名簿を読み上げる。


「大型天幕4張。予備天幕1張。簡易寝台20。毛布。防水布。炊事鍋。鉄板。食器。水袋。携帯濾過具。簡易柵。杭。ロープ。薪割り道具。保存食10日分」


「多すぎませんか?」


 若い騎士が言う。レオンは首を振った。


「伝令隊の報告では、湖畔側で受け入れの準備を進めているとは聞いている」


「では天幕は不要では?」


「間に合うとは限らん」


 ハロルドが答える。


「20人分だぞ。俺たちが出発すると決まってから一月程度しかない」


「そうですね」


「白狐神の里へ着いて、『寝る場所がありません』などと言うつもりか」


「それは恥ずかしいです」


「だから自分たちで寝られる準備を持つ」


 アルバートも頷く。


「炊事も同じです。厨房があるとは聞いていますが、完成している前提で食料と鍋を減らすべきではありません」


「到着初日から飯を要求する客にはなるな、ということだ」


 レオンが言う。


「普請や作事の途中なら、俺たちで野営地を作る」


「風呂は?」


 誰かが聞く。


「湖畔だぞ」


「水浴び?」


「簡易湯浴み場くらい自分たちで作れるだろう」


「トイレは?」


「同じく、野営用を設置する」


「到着までに全部できていたら?」


「20人用の宿泊設備など簡単にはできん」


 レオンは肩をすくめた。その場にいる誰も反論しなかった。


 湖畔の近衛宿が一階男性10人、二階女性10人としてすでに整えられているなど、彼らは知る由もない。そんなものがすでに湖畔で完成しているなど、想像できるはずもなかった。


     ◇


 同じ頃。王宮内の小応接室では、銀狐族の女性がセイラム王の前に座っていた。


「特使、セレナ・アルジェント」


「はい、陛下」


 28歳。銀灰色の長い髪。平民だが、外務官僚家系の出身で、外交実務と各種族の慣習へ詳しい。今回、白き神獣の里へ派遣される正式な特使だ。


「役目は理解しているな」


「白狐神ユキ様と守護者ヒカル殿へ、王国の友好意思を直接お伝えすること」


「うむ」


「湖畔を王国領、保護領、庇護対象として扱わないことを確認」


「そうだ」


「正式な友好盟約については、湖畔側の意思を聞いた上で協議」


「その通り」


「神殿儀礼や王国式の礼法を、ユキ様へ押しつけない」


「最重要事項の一つだ」


 セレナは少し微笑んだ。


「ガラン大使の報告書には、『ユキ様本人は、さま付けを嫌う』とありました」


「本人の前ではな」


「では正式文書では敬称を維持します」


「頼むぞ」


 セイラム王は頷いた。


「随員2名を付ける。移動は馬車。近衛派遣隊と同行せよ」


「承知しました」


「収納は使えるな」


「はい」


 セレナが右手を軽く上げる。彼女は珍しい収納スキルを持っている。容量そのものは大きくない。大型旅行用トランク一つ分程度。武器庫や倉庫代わりにはならない。だが――。


「収納中の物は時間が経過しません」


「そこが貴重だ」


「食料、薬品、書類、傷みやすい贈答品には向きます」


「うむ」


 セイラム王の耳が、わずかに前へ向いた。


「……贈答品、か」


 セレナが王を見る。


「何か?」


「いや」


「陛下」


「何だ」


「何か、ありますね?」


「特使が王を追及するな」


「外交官ですので」


 セイラム王は咳払いした。


「もしだ」


「はい」


「もし、湖畔で……」


「はい」


「その、稲荷寿司という物が出たなら」


 セレナは無表情を保った。


「出たなら?」


「味をよく確認してこい」


「承知しました」


「保存方法も」


「はい」


「可能なら調理法も」


「はい」


「そして、もしヒカル殿やユキ様が、王への土産として持たせてくださるようなことがあれば――」


「陛下」


「何だ」


「それとなく、ねだれと?」


「そんなことは言っていない!」


 耳が完全に前を向いていた。セレナは少しだけ笑う。


「収納中は時間が経過しませんので、稲荷寿司でも作りたての状態で王都まで持ち帰れます」


「そうか」


「顔が嬉しそうです」


「王として食文化交流へ関心があるだけだ」


「もちろん、そのように記録いたします」


「記録するな」


「外交記録は重要です」


「ガランの影響か?」


「元からです」


     ◇


 翌朝。王都東門前には、近衛騎士団派遣隊が整列していた。


 騎乗する騎士。荷物を積んだ荷馬車。大型天幕。食料樽。炊事道具。簡易寝台。馬具。医療用品。交換用武具。かなりの量だ。


 セレナ特使と随員2名は、王国紋章を小さく掲げた専用馬車へ乗る。派手な行列ではない。白狐神への示威でもない。友邦へ赴く使節と、そこで働く近衛の移動だ。


「副団長」


 副官のベルタが報告する。


「総員20名、異常ありません」


「馬匹は」


「問題なし」


「荷馬車」


「固定確認済み」


「水と食料」


「10日分以上。街道上で追加補給予定」


「医療」


 エレナが答える。


「薬品、包帯、消毒用品、魔力回復薬、すべて確認済みです」


「炊事担当」


 アルバートが胸を張る。


「米以外、問題ありません」


「米を基準にするな」


「湖畔で補充予定です」


「勝手に予定へ入れるな」


 ミレイが手を上げる。


「甘味も現地調達予定です」


「お前もだ!」


 レオンが額を押さえる。


「お前たちは王国近衛騎士団だよな?」


「はい!」


 妙に元気な返事が返る。そこへ馬車の窓が開いた。


「副団長」


 セレナが呼ぶ。


「何でしょう、特使殿」


「出発前に一つ」


「はい」


「ヒカル殿へ、到着直後に剣の手合わせを申し込むのは禁止します」


 レオンが固まった。


「なぜ知っているので」


「昨日、王城内で三回聞きました」


「誰から」


「全員から」


「む。情報統制がなっていない!」


「秘密ではないでしょう?」


「男には、胸へ秘めておきたい勝負があるのです」


「口に出していたそうですが」


「……」


「まず友邦への挨拶」


「はい」


「指揮系統確認」


「はい」


「宿営または宿舎の確認」


「はい」


「警備の体制」


「はい」


「その後、ヒカル殿の都合を聞く様に」


「分かりました」


「お願いします」


 レオンは馬へ乗る。


「ガランめ」


 小さく呟く。


「俺が行くまで、ちゃんと湖畔にいろよ」


「逃げませんよ」


 副官のベルタが言う。


「それと、ガラン大使はあなたを避けるかもしれません」


「なぜだ」


「酒場へ連れて行くからですよ」


「20年来の友情だぞ」


「20年嫌がられている可能性は?」


「ない」


「自信がすごいですね」


     ◇


 東門が開いた。朝日が街道を照らす。先頭は騎馬の斥候2名。その後ろにレオンと班長たち。中央に荷馬車。馬車に乗った特使セレナと随員。後衛にも騎馬騎士。総員20名の近衛騎士団と、特使一行が、王都を離れていく。


 セイラム王は王城東塔の窓から、その小さくなっていく列を見ていた。隣には宰相。


「いよいよ出ましたな」


「ああ」


「湖畔側も受け入れの普請を進めているそうですが」


「20人だ。さすがにすべては間に合うまい」


「近衛も、そのつもりで野営道具を大量に持って行きました」


「それでよい」


 セイラム王は頷いた。


「友邦へ世話をされに行くのではない。自分たちの暮らしは、自分たちで回せ」


「御意」


「ただ……」


「はい?」


「守護者ヒカル殿だ」


「何か?」


「ガランの報告を読む限り、一月あれば何を作るか分からぬ」


 宰相が少し考えた。


「まさか、20人分の宿舎まで?」


「いやいや、そこまでは無理だろう」


「ですな。いくら異界人でも、そこまでは」


 二人は同時に東の空を見た。その頃湖畔では、騎士たちが「間に合わない」と考えていた主要生活設備は、ほぼ出来上がっていた。


 さらに守護者ヒカルは、すでに次の新厨房を設置し、湖畔全体の上水・排水計画まで考え始めている。もちろん王城側は、そんなことをまだ知らない。


「まあ」


 セイラム王が言う。


「着いてから、分かるだろう」


「近衛がですか」


「特使もだ」


 少し間を置く。


「そして」


「そして?」


「稲荷寿司を忘れずに帰ってくれば、なおよい」


「結局そこへ戻るのですね」


 東塔の窓から見える一行は、やがて王都外縁の森へ消えていった。


続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。