第83話 白狐神と座布団運びのおっちゃん
異世界生活68日目。
五の月27日。
目を覚ます少し前から、妙な声が聞こえていた。
「むにゃ....『えー、お次はガラ太郎さん』『はい。 【弓を引くガラン】とかけまして、【慎重な外交】と解きます』『その心は?』『どちらも――引き際が肝心でしょう』」
「……なんだそれ」
目を閉じたまま呟く。
「おおっ、これは一本取られたのう! 座布団一枚! ヒカル君、持ってきておくれ!」
「誰が座布団運びだ」
「むにゃ.....では次、ドラ丸さん」
「ドランまで出てきた」
「『【溶接の火花】とかけまして、【若い恋】と解きます』『その心は?』『どちらも――最初はバチッときます』」
「昭和の恋愛ドラマか」
「うまい! 座布団二枚じゃ! ヒカル君!」
「だから俺を働かせるな」
そこで右腕に抱きついていたユキが、もぞりと動いた。
「……おっちゃん、だれと、おはなし?」
「寝てるこびゃっこと話してる」
「……こびゃっこ、ねてる?」
「寝てる」
枕元の籐カゴを見る。白い毛玉は仰向けになり、短い前足を腹の上に載せていた。
「むにゃ.....続きまして、白狐亭道楽の謎かけでございます」
「司会もやるのかよ」
「『【こびゃっこの夕食】とかけまして、【長編小説】と解きます』『その心は?』『どちらも――一章(升)では終わりません』」
「米を一升も食うな」
「道楽さん、座布団5枚!」
「自分で増やすな」
「ヒカル君、全部運んでおくれ」
「だから寝言の中で、俺へ肉体労働を発注するな!」
「むにゃ……ガラ太郎さん、うまい……三枚じゃ……」
「ガランが知ったら微妙な顔するぞ」
「ドラ丸さん、酒は禁止……」
「そこだけ妙に現実的だな」
「むにゃ……びゃっこにも、一枚……」
しばらく沈黙した。
「……司会が自分にやるなよ」
「んむ?」
ようやく、こびゃっこの細い目が開いた。
「おはようじゃ」
「おはよう、白狐亭道楽」
「な、なんじゃいきなり?」
「お前の芸名だよ」
「し、知らぬぞ?」
「お前が今、自分で名乗ったんだよ」
こびゃっこは数秒固まった。そして籐カゴの中でゆっくり横を向いた。何か思い出した様だ。
「……寝言の記録は、報道倫理上、公開禁止じゃ」
「撮影見習いが言うな」
「おっちゃん」
「ん?」
「ざぶとん?、ないよ?」
「そこは心配しなくていい」
朝から疲れた。今日も平和らしい。
◇
朝食後。いつものようにニナとドランの体調を確認した。ニナは両肩を回し、右腕を上げる。
「痛くない」
「張りは?」
「ない」
「昨日の疲れは?」
「ちょっとだけ」
「じゃあ今日はもっと短くしよう」
「分かった」
不満そうには見えない。いや、表情はいつも通りほとんど変わっていないが、三つ編みがわずかに揺れた。
たぶん納得している。ドランにも聞く。
「ドランは?」
「問題ないぞい」
横にいたマリベルが言った。
「昨日、本当に一本で止めたから大丈夫です」
「なぜお主が答えるんじゃ」
「確認したから」
「監視されとったのか?」
「健康管理よ」
「言い方だけ立派じゃのう……」
「鍛冶場で二日酔いになったら三日禁酒ね」
「ヒカル、始めるぞ!」
「逃げたな」
今日の溶接練習は短い。ニナは無通電で姿勢とホルダー操作を確認した後、低電流で短い仮付けを2回。
一本目。パッ。白青い光が遮光面の向こうで瞬いた。
二本目。パパッ――。前よりも迷いがない。
「はい、今日は終わり」
「まだできる」
「だから終わり」
「分かった」
ニナは素直にホルダーを置いた。そこが一番大事だ。できなくなってから止めるんじゃない。まだできる時に止める。
ドランはその後、短いビードを数本練習した。
「昨日よりは鉄が逃げんようになったのう」
「溶接機は逃げてない。ドランの手が動いてたんだ」
「細かい男じゃ」
「細かくない奴に溶接は任せられないよ」
「それはそうじゃな」
午前9時前には鍛冶場を片付けた。溶接棒を戻し、ケーブルを巻き、発電機を停止。
ニナが使用記録を台帳につける。その後、俺たちは本日の本工事へ移った。近衛騎士団宿舎の仕上げだ。
◇
昨日設置した二階建て二連棟プレハブは、朝一番でもう一度確認した。まず水平。支持部。固定金具。外階段と扉と窓。周囲の通路。全て異常なし。
「きょう、きしの、おうち、できる?」
青ライン入りヘルメットを被ったユキが聞く。
「生活できるところまでは持っていきたいな」
「おふろも?」
「作る」
「おとこ、おんな?」
「別々」
「おといれも?」
「もちろん」
ユキは満足そうに頷いた。
「だいじ」
「大事だな」
今回は職人宿を作った時のやり方がそのまま使える。違うのは人数だ。職人宿より多い。だから風呂は男女別に1ユニットずつ。トイレは、職人宿舎側と同様の男女別一体型のユニットを1棟。
さらに給水と排水設備にも余裕を持たせる。俺は事前に購入しておいた配管図を確認し、配置場所へ杭を打った。宿舎西側から少し離して風呂2棟。その間に目隠しになる通路を取り、北側にはトイレ棟を設置する。
給水タンクは風呂ユニットの西側。点検用通路を確保し、架台の上に空のタンクを設置。後で風呂とトイレへの配管を接続する。排水設備は北側。警備巡回路は塞がない。
「ニナ、水糸頼めるか?」
「うん」
赤いワゴンから杭、ハンマー、水糸、コンベックスを取り出す。俺が位置を決め、ニナは補助だけで掘削作業はさせない。
「ユキ監督」
「はい」
「規制線の外から見ててくれ」
「はい!」
「こびゃっこ」
「撮影台帳、記入済みじゃ」
「今日はちゃんとしてるな」
「びゃっこは信用回復月間なのじゃ」
「何かのキャンペーンみたいに言うな」
俺はツチノコ――ミニバックホーに乗った。
最初は排水タンクの埋設だ。職人宿の時と同じく、地上へ大型タンクを露出させない。景観もあるし、凍結や直射日光の影響も減らせる。
ただし埋めれば終わりじゃない。
点検口、清掃、ポンプ交換、配管修理ができなければ困る。風呂排水用とトイレ排水処理用は完全に分離。配管も色分けし、交差部には保護管を入れる。掘削範囲へ誰もいないことを確認する。
「こちらヒカル。近衛区画、タンク掘削開始。規制区域内への立ち入り禁止。以上」
『こちらユキ。はい。いじょう』
『こちらニナ。はい。以上』
掘る。
ツチノコのバケットが土をすくい上げる。掘削深さを一気に決めず、途中で何度も降りて確認した。底を整え、砕石を入れて転圧。その上へ水平な基礎を作る。
「おっちゃん」
「ん?」
「なんで、した、たいら?」
「タンクが傾くと、水の重さが片方にかかるからだよ」
「おみず、おもい?」
「ものすごく重い」
「じゃあ、たいら、だいじ」
「そういうこと」
配置展開でタンクを半透明表示。位置と点検口の向きを合わせる。全員退避。確定。実体化したタンクを、もう一度水平器で確認した。
配置スキルが正確でも、確認は省かない。次に配管。風呂、トイレへ向かう排水管を分ける。勾配を確認しながら排水管を敷設し、点検桝も設ける。埋め戻す前には必ず写真。
「こびゃっこ、今」
「承知!」
今日は許可を取ってから撮っている。偉い。いや、本来それが普通なんだが。
◇
昼前には給水タンク設置と排水の主要部分がつながった。埋め戻しは配管試験の後だ。
次は風呂。男女別のユニットを2棟購入し、配置展開する。職人宿の風呂と基本構造は同じだ。男湯と女湯。入口は正面から互いに見通せない向きにする。
「これなら交代で使えば十分だな」
ガランが図面を見ながら言った。
「20人一斉には無理だけどな。警備当番もあるから、そもそも全員同時に入ることはないだろ?」
「ああ。時間をずらすから問題ないだろう。」
「掃除は騎士団で当番を決めてもらうぞ」
「当然だ」
「炊事も」
「通常なら男女1人ずつ、炊事担当を連れてくるはずだ。だが、この拠点ではその2人だけに全てを負わせるつもりはない。副長にも申し入れておく」
「助かる」
リリアやミーシャへ20人分の世話まで押しつける気はない。自分の寝床は自分たちで管理する。その方が長続きする。
男女別トイレユニットも配置した。手洗い、換気、夜間照明は充電式ランタンを使用してもらう。こちらも職人区画と同じように、清掃用具を収納する場所を最初から確保する。
「おといれ、できた」
ユキが満足そうに言った。
「宿より先にトイレだけ完成しても困るけどな」
「でも、ないと、もっとこまる」
「確かにそうだな」
折角整備し始めた拠点で、周囲に用を足されたくはない。監督様に一本取られた。
◇
昼食後、給排水の通水試験を行った。給水、異常なし。各蛇口、異常なし。風呂、異常なし。トイレ洗浄、異常なし。排水、点検桝を開けて流れを確認。漏れなし。
そこでようやく配管周囲を砂で保護し、掘削土を段階的に戻して締め固める。点検口だけは地表から確実にアクセスできるよう残した。
「埋めたら見えなくなるから、写真と図面を残すの?」
ニナが言った。
「その通りだ。あとで掘る時にいる」
「やっぱり、記録するとべんり」
ニナは台帳に配管位置を書き込んだ。トトの絵とは違うが、これも記録だ。見えなくなったものほど必要になる。
◇
午後2時過ぎ。近衛区画の作業に一区切りついたところで、ガランとリーファを呼んだ。
「二人に試してもらいたい物がある」
「武器か?」
ガランはすぐ気づいた。
「よく分かったな」
「その顔で工具ではないだろう」
俺どんな顔しているんだ?そう思いつつ、俺は収納からケースを2つ出した。
「クロスボウだ」
取り出したのは、海外社製のコンパウンドクロスボウ、185ポンド級、矢速は公称400FPS級。かなり強力な部類だ。
「……弩弓か?」
ガランが目を細めた。
「こっちの弩弓よりだいぶ機械的だけどな」
近くで片付けをしていたドランも、ケースを見て寄ってきた。
「何じゃ、その妙にごつい弩弓は」
「クロスボウだ」
「弩弓じゃろ」
「分類としてはそうだけど、かなり違う」
ケースから本体を出すと、ドランの視線が両側のカムへ吸い寄せられた。
「……滑車が付いておる」
「カムだ」
「弓へこんな機構を付けて、何をする?」
「強い弦を扱いやすくする」
「ほう」
「分解するなよ」
「まだ触ってもおらぬ!」
「目が鍛冶師の目になってる」
「構造を見るだけじゃ」
「保証が切れる」
「む。では外から見る」
「効くな、その言葉」
リーファも興味深そうに見る。
「滑車が付いているのね」
「コンパウンド方式だ」
もちろん、いきなり森で使わせたりはしない。最初は試射だ。専用の標的を用意し、安全方向と後方を確認する。スキルで取得済みの構え方と安全装置の知識を説明し、俺が最初に撃ってみせた。
次がガラン。
「弩弓なら使った経験はある」
「でも別物だと思って扱ってくれ」
「分かった」
ガランが構える。狙い放つ。ボッ――!ボルトが標的へ突き刺さった。
「……速いな」
ガランの第一声はそれだった。
「弩弓というより、感覚は銃に近い」
「...銃。ヒカルの武器だな」
次にリーファ。彼女は弓手らしく、照準より先に重量バランスを確認した。
撃つ。命中。
「強い。でも……」
「でも?」
「森を歩きながら使うには少し重いわね。それに、一射した後の二射目が私の弓より遅い」
「やっぱりそこか」
「待ち伏せなら強いと思う。獲物が来る場所が分かっているなら、とても便利」
実際、現代のクロスボウは高い威力と安定した照準性を持つ一方、一般的な弓より再装填に時間がかかる。狩猟でも「一射を確実に」という性格が強い。
「じゃあ、もう二つ」
「まだあるの?」
今度はコンパウンドボウとリカーブボウを出した。リーファの目が明らかに変わった。
「……触っていい?」
「そのために出した」
最初はリカーブ。弦を引き、ゆっくり戻す。
「これは分かりやすいわ」
「今使ってる弓に近い?」
「かなり。形は違うけど、弓が何をしているか手に伝わってくる」
次はコンパウンドボウ。体格に合わせて調整した試用品を渡す。リーファが引くと途中で表情が変わる。
「……軽くなった?」
「カムの効果だな。最大荷重を越えると保持が軽くなる」
コンパウンドボウはカムによるレットオフがあるため、フルドロー状態で保持しやすく、照準に時間を取れる。一方、リカーブは引き切った状態でも張力をそのまま支え続ける。
数射したリーファは考え込んだ。
「面白い」
「どれがいい?」
「巡回なら、今の弓かリカーブ」
「即答だな」
「森では枝があるし、獲物を見つけてからすぐ射たいもの。でも、開けた場所で狙って射るなら、このコンパウンドはかなり強い。長く狙っていられる」
「クロスボウは?」
「防衛向きね」
ガランが横から答えた。
「同感だ。城壁、門、街道の監視ならこちらを選ぶ。狙った状態で待てるのが大きい」
「なるほどな」
「ただし巡回では、私はこれを背負って弓も持つ気にはならないわ」
リーファがクロスボウを指した。
「重い?」
「重いわ」
「ですよね」
現代装備だから何でも優れているわけじゃない。森を何時間も歩く人間には、重量も大事な性能だ。
「せっかくだ。今日の巡回で試してみるか?」
「獲物がいたら?」
「狩ってきていい。ただし食べる分だけな」
「了解」
◇
巡回は二方向に分けた。ガランはバギーで湖岸方面。リーファはマウンテンバイクで森側。ロクも森側へ同行する。
リーファの主装備はいつもの弓。試用のコンパウンドボウは今回は携行せず、クロスボウだけをケース付きでロクが分担して運ぶことにした。
「自分、荷物係っすか」
「斥候二人で交代してくれ」
「了解っす」
ガランは背中に普段の弓を装備し、クロスボウをバギーへ固定。双眼鏡、無線、水、救急用品も確認する。
「こちらガラン。湖岸巡回へ出る。帰還予定は夕刻前。以上」
『こちらヒカル。了解。異常があれば3番で呼び出してくれ。以上』
「こちらリーファ。ロクと森側巡回を開始します。以上」
『こちらヒカル。了解。深追い禁止。以上』
『こちらロク。了解っす。以上』
『こちら。ユキ。きーつけてー』
ユキが両手を振った。
◇
その間に俺たちは近衛区画へ戻った。宿泊棟の電源は職人宿と同じ方式。
屋根ソーラーを設置する。チャージコントローラー。大容量ポータブル電源から分電盤の主幹ブレーカーに接続。照明とコンセント系統を分け、漏電遮断器を入れる。
高出力機器は勝手に接続せず、風呂設備も別系統で管理する。ニナは通電試験の記録係。
「主幹、切」
「確認」
「1階照明、切」
「確認」
「1階コンセント、切」
「確認」
順番に確認してから主幹を投入。各回路を一つずつ試す。照明。コンセント。換気。異常なしを確認。
外階段に、ソーラー一体型の人感センサーライトを設置。反応テストも異常なし。
既に外周へはソーラー式ポールライトを8基設置してある。職人・騎士団合同区間の四隅と各辺の中間。騎士団宿舎側へ光を飛ばさないよう再度角度を調整する。
「こうやって明るくしすぎない」
「なんで?」
ニナが聞いた。
「寝る場所だから」
「あかるいと、ねむれない」
「そうだな。明るければ安全、って単純な話でもないんだよ」
必要な場所に、必要なだけ。それは建物でも照明でも同じだ。
◇
夕方までに工事が完了する。
巡回から先に戻ってきたのはガランだった。バギーの後部荷台に、大きめの水鳥が2羽。
「おかえり!」
「ただいま、ユキ」
「とり!」
「ああ。今夜の食材になる」
「にく!」
ユキの目が輝いた。
「そこへの反応が早いな」
ガランはクロスボウのケースを降ろした。
「どうだった?」
「一羽はこれで仕留めた。もう一羽は弓だ」
「比較は?」
「当てやすさは圧倒的にクロスボウだ。ただ、バギーを降りて歩くなら弓の方が楽だな」
「採用するとしたら?」
「拠点防衛用に数丁。巡回は従来の弓でいい」
「俺もそんな感じだと思ってた」
少し遅れて、森からマウンテンバイクが2台戻ってきた。
「こちらリーファ。南門到着。異常なし。以上」
リーファの自転車には獲物はない。ロクの方に、森鳥が1羽括りつけられていた。
「おかえりー!」
「ただいま、ユキちゃん」
「そっちも、とり!」
「今日は鳥の日ね」
「クロスボウは?」
聞くと、リーファが苦笑した。
「使ったわ。一射だけ」
「どうだった?」
「当たるし、強くて簡単」
「ずいぶん褒めるな」
「でも私は弓がいい」
「そこは変わらないか」
「ええ」
リーファは背中の弓を軽く叩いた。
「森の中では、見つける、止まる、引く、射る。それが一つにつながっている方がいいの。クロスボウは優秀だけど、私には道具を一つ余計に操作している感じがする」
「コンパウンドボウは?」
「あれはもう少し試したい」
「おっ」
「悔しいけど、狙っている時は楽だった」
「悔しいのか?」
「弓なのに機械に助けてもらってる感じがして」
「そこ?」
ロクが笑った。
「リーファ、試射場でずっと『これは弓なのかしら』って言ってたっす」
「弓よ。分かってるわよ」
「じゃあ問題ないっす」
「でも悔しいの」
エルフの弓手にも色々あるらしい。
コンパウンドボウは高い効率と保持のしやすさが利点だが、構造が複雑で、リカーブより調整や保守の手間が増える。リーファが森で単純な弓を好むのも理にかなっている。
「で、どれが一番?」
俺が聞く。リーファは少し考えた。
「今のところ――」
自分の弓を指す。
「これ」
「やっぱりか」
「次がリカーブ」
「コンパウンドは?」
「三番」
「クロスボウ」
「別枠ね。防衛拠点の道具」
「弓ランキングから外された」
ガランが笑った。
「やはり防衛拠点ならクロスボウが一番だ。」
「元騎士と弓手で評価が一緒なのは面白いな」
これでいい。新しい物を渡して、「こっちの方が進んでいるから使え」では意味がない。実際に使う人間の感覚が一番重要だ。
◇
夕食前。近衛区画へ全員で最後の確認に行った。宿泊棟。男湯。女湯。男女別トイレ。給排水。電源。全部動く。まだ寝具や収納、食堂は必要だが、建物としてはかなり形になった。
日が沈む。人感センサーが反応し、外階段の灯りが点いた。
少し遅れて外周のポールライトも柔らかく灯る。
「また、あかり、ふえた」
ユキが言った。
「増えたな」
「きしの、おうちの、あかり」
「ああ」
ユキは職人宿舎の方を見た。その向こうには、俺たちの生活区画の灯りがある。
「むれ、いっぱいになるね」
「もうすぐな」
「でも、まだ、いない」
「そうだな」
ユキはしばらく新しい宿のセンサーライトを見ていた。
「じゃあ、まってる、あかり」
俺は少しだけ黙った。以前、湖畔の灯りをそう呼んだ。帰ってくる誰かを待つ灯り。今度は、これから来る誰かを待つ灯りか。
「そうだな。今は待ってる灯りだ」
「うん」
ユキが俺の手を握った。その横で、こびゃっこが腕を組んだ。
「では白狐亭道楽、ここで一句――」
「大喜利から俳句に変わってるぞ。てか、やっぱり覚えてたのか」
「『待つ灯り、騎士が来るまで――』」
こびゃっこが止まった。
「……続きが出てこん」
「座布団全部持ってくぞ」
「ヒカル君! 司会の座布団を持っていくでない!」
「俺、座布団係なんだろ?」
「そうじゃった!」
「認めるのかよ」
ガランが横で首を傾げる。
「ところでヒカル」
「ん?」
「ユキから朝言われたんだが、ガラタロウさんとは誰だ?」
俺は黙った。こびゃっこも黙った。
「……ドラマルという名前も、朝からドランが妙に気にしていたが」
「こびゃっこ」
「なんじゃ」
「説明して」
「ヒカル君、座布団一枚!」
「逃げるな!」
白い毛玉が浮かび上がって逃走した。
「ガラ太郎さん。待つのじゃ! これは夢の中の芸名であってじゃな!」
「誰がガラタロウだ」
「本人に言うな!」
湖畔に、また一つ灯りが増えた。そして俺の仕事には、どうやら座布団運びまで増えたらしい。
……そんな仕事、四十の手習いにもないからな。
⸻
【収支報告】
異世界生活68日目
日付:五の月27日
オリエント王国歴952年
開始残高:3,234,016pt
今回の購入:
・職人宿側と同型の仮設風呂ユニット2棟(男女別)
17,200pt(約1,720,000円)
・職人宿側と同型の男女別水洗式仮設トイレユニット1棟
6,800pt(約680,000円)
・大型給水タンク、給水配管、埋設・点検設備一式
2,250pt(約225,000円)
・風呂用排水タンク、トイレ用密閉排水タンク、埋設設備一式
3,900pt(約390,000円)
・給排水管、分岐管、点検口、接続・保護部材一式
1,180pt(約118,000円)
・近衛宿泊棟屋根用ソーラーパネル、大容量ポータブル電源、拡張バッテリー、架台・配線一式
7,170pt(約717,000円)
・男女別風呂2棟用ソーラーパネル、専用ポータブル電源、防水収納・接続部材一式
5,980pt(約598,000円)
・外階段用ソーラー式人感センサーライト
180pt(約18,000円)
・電気設備表示、配線保護、安全部材、施工消耗品
240pt(約24,000円)
・EK-Archery ACCELERATOR 410+級コンパウンドクロスボウ2式、専用ボルト、ケース、試射用品
2,600pt(約260,000円)
・リーファ試用コンパウンドボウ一式
1,480pt(約148,000円)
・リーファ試用リカーブボウ一式
720pt(約72,000円)
今回支出合計:49,700pt(約4,970,000円)
現在残高:
3,234,016pt − 49,700pt = 3,184,316pt
円換算目安:
3,184,316pt × 100円 = 約318,431,600円相当
続く




