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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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第79話 白狐神と過去を語るニナ


 翌朝。目を覚ますと、胸の上でこびゃっこが仰向けになり、短い前足を組んで寝ていた。


 首には超小型カメラのストラップが掛かったままだが、カメラはケースへ収まっている。


「おい」


「むにゃ……撮影開始は、日の出とともに……」


「寝起きの俺を撮ろうとしたな」


「白狐神の群れ、朝の素顔へ密着じゃ……」


「寝言でいいから本人の許可も取れ」


 幸い、録画はされていない。撮影主任を自称する白い毛玉が、機材を首へ掛けたまま寝落ちしただけらしい。


 右腕には、いつものようにユキが抱きついている。大きな尻尾は、俺の腹から左脚へ斜めに載っていた。


「おっちゃん……」


「起きたか?」


「まだ」


「昨日と同じ返事だな」


「きょう、かじば」


「まず場所を測って、地面を整える」


「ひばなは?」


「今日は出さない。火花を安全に受け止める場所を先に作る」


「ひばなのおうち?」


「そう考えていい」


 ユキは目を閉じたまま考える。


「ニナの、おうち?」


「ニナが住むわけじゃないぞ」


「ニナの、おしごとの、おうち」


「それなら近いな」


 こびゃっこが片目を開けた。


「正式名称は白夜鉄工所じゃ」


「一晩で、お前の旧名を付けるな」


「火花、鉄、職人。映像映えするぞ」


「お前は遮光防火カーテンの外だ」


「空撮は?」


「屋根工事で邪魔をしないなら考える」


「ならば建設記録主任じゃ!」


「勝手に職種を変えるな」


 俺がカメラケースを持ち上げると、ストラップにつながったこびゃっこまで浮いた。


「ぐえっ」


「首に掛けたまま寝るな。引っ掛かると危ない」


「夜間の緊急撮影に備えておった」


「夜中に何を撮るんだ」


「ユキの尻尾が夜城を攻め落とす瞬間を――」


「撮影しない」


 ユキが目を開け、こびゃっこの背中をつまんだ。


「こびゃっこ、よるは、ねる。カメラは、しまう」


「白狐神から機材管理指導を受けるとは……」


「昨日ニナへ教えたことを、お前が守れてないんだよ」


 カメラを夜城の脇へ置く。


「ユキ。今日は監督が必要なんだろ?」


「……おきる」


 役職を出すと早い。ユキは俺の腕を放し、布団へ座った。


「おっちゃん」


「何だ?」


「ニナ、きのう、かなしかった?」


 俺は痺れた腕を揉みながら答える。


「どうだろうな」


「おとうさん、いない。ユキも、おとうさんと、おかあさん、いない」


「ああ」


「でも、むれ、いる。ニナも?」


「もちろんだ」


「なら、ひとりじゃない」


「ああ。ただ、群れがいるから昔の悲しいことが消えるわけじゃない」


「きえない?」


「思い出して、悲しくなったり腹が立ったりすることはある」


「そのとき、どうする?」


「話したければ聞く。話したくなければ、そばにいる」


「おっちゃん、そば?」


「ああ」


「ユキも?」


「ああ、そばにいてやってくれ」


「びゃっこもじゃ」


 夜城から前足が上がる。


「余計な昭和人生訓を挟むなよ」


「千年の知恵を侮るでない」


「昨日、カレーは飲み物って寝言を言ってただろ」


「食文化の知恵じゃ」


「今の話へカレーを混ぜるな」


「鍛冶場完成祝いの献立は早めに――」


「まだ地面もできてないぞ」


「段取りじゃ」


「食べる段取りだけは早いな」


 ◇


 朝食は白飯、味噌汁、焼き魚、出汁巻き卵、ジャガイモと野菜の煮物だった。


 ニナは黄色いヘルメットを椅子の横へ置き、メモ帳を開いている。


「食事中は閉じろ」


「見てただけ」


「味噌汁をこぼすぞ」


 ニナは素直に閉じた。その隣でドランが、煮物のジャガイモを丸ごと口へ入れ、熱さに顔をしかめる。


「一口で食べるからだ」


「これくらい平気じゃ」


「涙が出てるぞ」


「美味さで感動しておる」


 ミーシャが冷たい水を置く。


「急いで食べたドランが悪いよ」


「子供に正論を言われたのう」


 ニナが俺を見る。


「昨日の鉄、見たい」


「食事が終わってからだ」


「早く食べる」


「喉へ詰まらせたら、作業開始が遅れるぞ」


 箸の速度が少し落ちた。


「今日は何から?」


 ミーシャが尋ねる。


「倉庫裏の測量と地面の整備。午後から鉄板を敷き、単管パイプを立てる」


「ミーシャも手伝う?」


「午前はリリアと厨房。午後にトトと安全表示を作ってくれ」


「何を書くの?」


「立入禁止、火気厳禁、高温注意、目の保護だ」


 トトが顔を上げる。


「火、かく?」


「炎、遮光面、熱い鉄へ触れない絵を頼む」


「トト、かく」


 こびゃっこも胸を張る。


「びゃっこも、撮影中につき静粛に――」


「安全表示を撮影所の表示へ変えるな」


 ユキが味噌汁を置く。


「こびゃっこ、かじば、はいらない」


「見学者として入るのじゃ」


「け、もえる」


「神使の尊厳が、可燃物扱いされておる!」


 ガランは、俺が長机へ置いた配置図を見ていた。


「仮設鍛冶場を職人区画ではなく、倉庫裏へ作るのか?」


「本格的な鍛冶場は、職人が来てから相談する。今回は工具製作と修理が中心だ。倉庫に近い方が使いやすい」


「火災対策は?」


「倉庫から八メートル離し、可燃物を撤去。壁を全部塞がず換気を確保する。発電機とガス保管区画も分ける」


「夜間は?」


「原則禁止。人命や防衛に関わる緊急修理だけだ」


 ドランが言う。


「職人は急ぎと言われると、夜でも仕事をしたがるぞ」


「だから先に規則を決める。破ったら溶接機を収納する」


「ボルガにも効きそうじゃ」


 まだ会っていない鍛冶師への対策だけが、先に整っていく。


 ◇


 朝食後、俺たちは新倉庫兼作業場の西側へ集まった。


 仮設鍛冶場は約五メートル四方。北側へ小型コンテナ倉庫。東側へ発電機。西側へガスボンベ保管区画。倉庫との間には鋼材置き場と運搬通路を確保する。


「測るぞ」


「うん」


 ニナはコンベックスと測量野帳。ドランは木杭。ロクはカラーコーン。リーファは森側と風向きを確認する。


 ユキとこびゃっこは規制区域外。ミミとクロメもその両脇へ伏せていた。


「倉庫から八メートル」


「ここ」


 ニナが印を付ける。


「コンテナの入口は東向き。火花が直接飛ばないようにする」


「ガスは?」


「西側。作業区画から六メートル以上」


「発電機?」


「東側。排気は北へ向ける」


「材料、置くところ」


「通路へはみ出さないよう、倉庫と鍛冶場の間だ」


 ドランが杭を打ちながら言う。


「火床を置く余地も残しておけ」


「今回は作らないぞ」


「ボルガが来たら欲しがる」


「仮設を本格鍛冶場へ育てる気か?」


「仕事場は、使えば育つ」


「格好いいことを言って設備を増やすな」


「いずれ必要じゃ」


「否定はしない。だから空き地だけ残す」


 四隅の高さをレーザーレベルで測る。


「北西、四センチ高い。南東、二センチ低い」


 ニナが報告する。


「高い所を削り、低い所へ砕石を足す。西側へ一センチほど排水勾配を付ける」


「水、どこへ?」


「倉庫側へ流さない。金属粉や油は清掃用の受けへ集める」


「川へいかない」


「そうだ」


 ユキが手を上げる。


「かじばの、みず、おさかな、だめ?」


「金属粉や油は魚にも川にも良くない」


「おさかな、となりのむれ。まもる」


「ああ」


 こびゃっこも前足を上げる。


「びゃっこが水質監督を――」


「排水タンクの浄化神気は、ユキとこびゃっこに頼む」


「任せるのじゃ」


 表土を剥ぎ、草の根と腐植土を取り除く。広くないため、ツチノコは使わない。ニナが高さを測り、俺とロク、ドランが地面を均す。


「ニナも」


「測量が終わったら、軽い部分を頼む」


 午前中で砕石を敷き、ドランがプレート転圧機――地面ぶるぶるを操作した。


「東、同じ。西、一センチ低い」


「排水勾配として残す」


 畑から戻ったトトが、安全表示の下絵を見せる。炎、遮光面を着けた顔、熱い鉄へ伸ばした手に大きなバツ印。


「分かりやすい」


「こっち、まぶしい」


「午後にミーシャと色を付けてくれ」


 アルノが頷く。


「大陸共通文字のカタカナを添えます」


「漢字も併記するが、絵とカタカナを中心にしよう」


 こびゃっこが絵を覗く。


「びゃっこ注意の絵も必要では?」


「何を注意する」


「麗しさに見惚れぬよう――」


「危険要因が自分で注意表示を要求するな」


 ◇


 昼食はサンドイッチ、豆とベーコンのスープ、果物だった。ドランがサンドイッチを見る。


「肉が少ない」


「午後に鉄板を扱うんだから、食べすぎないで」


 ミーシャが言う。


「肉は力の源じゃ」


「朝、ジャガイモを丸ごと飲み込もうとしたでしょ。ちゃんと噛んで」


「……噛む」


 ガランが静かに見ている。


「王都では、ドランを止める者が少なかった」


「マルタは怖いぞ」


「料理人ですか?」


 リリアが尋ねる。


「《槌と麦酒亭》の犬族の料理人だ。大人数の料理を任されている」


「騎士団側には炊事担当がいるが、職人に同行する料理人はいないと聞いている」


 ガランはそう答えた。この時点で湖畔の誰も、マルタが職人たちと一緒に向かっていることを知らない。


「職人たちは自炊するの?」


 ミーシャが聞く。


「交代じゃ」


「当番、決めた?」


「グレゴールが決めるじゃろ」


「決めてない顔だな」


「湖畔へ着けば、美味い飯がある」


「そこへ着くまでの話だ」


 リリアが心配そうに言う。


「到着した日は、温かくて消化のよい料理が必要ですね」


「スープ、煮込み、リゾットあたりだな。酒は後だ」


「わしは、もう一度歓迎されてもよいぞ」


「毎週帰還式を開く気か」


 こびゃっこが果物をかじる。


「帰還者にはカレーじゃ」


「またそこへ戻るのか」


「ならば先に味見を」


「結局、食べたいだけだろ」


 ユキが手を上げる。


「カレー、にく?」


「入れる」


「えらい」


「からい?」


「子供用は甘くする」


「びゃっこは激辛じゃ!」


「体は手のひらサイズだ」


「舌は熟成ものじゃ!」


「漬物みたいに言うな」


 ◇


 午後、整地した地面へ工事用鉄板を敷く。収納から位置を指定して出し、四隅と継ぎ目の浮き、段差を調整する。


「端、三センチ高い」


「細かい石が挟まってるな」


 バールで持ち上げ、異物を取る。


「もう一回」


「同じ」


「よし」


 鉄板は火花や高温金属から地面を守り、清掃もしやすい。ただし雨で滑るため、屋根と壁、滑り止めが必要になる。


「端、つまずく」


「見切り材と入口用スロープを付ける」


「台車、通れる」


「ああ」


 単管パイプの柱位置を出し、ベース金具とアンカーで固定する。ドランが柱を支え、俺が水準器を見る。


「上、少し西」


「これくらいか?」


「もう少し東」


「細かいのう」


「屋根を載せる前に直す方が楽だ。ニナ、確認」


「泡、まんなか」


「固定する」


 ロクが次の単管を運ぶ。


「自分、こっち持つっす」


「指を挟むなよ」


「了解っす」


 リーファは資材置き場と通路を警戒する。ミミが鉄板へ乗ろうとした。


「ミミ、待て」


 ロクの声で、ぴたりと止まる。


「ここ、あつくなる」


 ユキが言った。


「完成後は柵を付けよう」


 こびゃっこがミミの背へ乗る。


「びゃっこがマシンの誘導を――」


「魔犬だ。それにお前も入るな」


「浮いておるぞ」


「火花は空中にも飛ぶ」


「理不尽じゃ!」


「物理現象だ」


 夕方までに、柱と梁、屋根骨組みの一部が立った。筋交いと仮固定を入れ、単管端部へ保護キャップ。低い突起へ黄色い保護材。夜間はカラーコーンと点滅灯で囲う。


「今日はここまで」


「屋根、ない」


「明日だ。暗くなる前に片付ける」


「まだ、できる」


 ニナが言う。


「できる時間と、安全に終われる時間は違う」


「片付け、いる」


「そうだ」


 ニナは骨組みを見上げ、頷いた。


「終わる」


 ◇


 工具を戻した後、ニナは溶接機の収納箱の前で立ち止まった。


「昨日の話、続きを話したいか?」


 ニナはすぐには答えなかった。


 工事事務所へ戻ると、リリア、アルノ、マリベル、ガラン、ドラン、ロク、リーファがいた。ミーシャとトトは安全表示へ色を塗っている。


「皆がいる方がいいか。それとも、俺とドランだけか?」


「みんな」


「分かった」


 ニナは椅子へ座り、ユキが隣へ座る。こびゃっこも、今日は何も言わずユキの膝へ収まった。


 しばらくして、ニナが口を開く。


「お母さん。ニナ、小さい時、病気で死んだ」


「どんな病気か分かるか?」


「分からない。熱。咳。ずっと寝てた」


「医者は?」


「来なかった。お父さんが薬買った。でも治らなかった」


「そうか」


「それから、お父さんと二人」


 父親は、レイシス皇国の地方都市で小さな鍛冶工房を営んでいた。農具、つるはし、荷車の金具、蝶番、槍先や鎧の修理。差別されながらも、ドワーフの技術だけは必要とされていた。


「レイシスで、ドワーフが工房を持てたのか?」


 俺が尋ねると、ドランが答えた。


「地域による。腕が良ければ後ろ盾を得る者もおる。じゃが、組合へ入れぬ。店の場所を制限される。税を多く取られ、人族より安く使われる」


 リーファも続ける。


「武器や鉱山道具が必要だから街へ残される。でも、困った時に守られるわけではない」


「利用価値がある間だけか」


 ガランが低く言う。


「亜人職人へ注文を集中させ、問題が起きれば借金奴隷へ落とす例もある」


 ニナが続けた。


「ニナ、五歳の時。いっぱい作った」


「何を?」


「つるはし。鉄の棒。車輪の金具」


 鉱山会社の下請け商人から、大量の注文が入った。父親は材料を仕入れるために借金し、手伝いの職人を雇い、昼も夜も働いた。ニナも頼まれた道具を渡し、水を汲み、冷えた金属片を拾ったそうだ。


「お父さん、いっぱい仕事した。全部作った」


「納品は?」


「する前、店、なくなった」


 取引先が倒産し、経営者は逃げたらしい。残ったのは、鉱山の印が入った専用品と材料費の借金だった。


「ほかへ売れなかったのか?」


「印、入ってた」


「専用品なら売りにくい」


 ドランが顔をしかめる。


「人族なら工房や土地を売り、組合が仕事を回す場合もある。じゃが、亜人には最初から身体を担保に取る業者がおる」


「借金奴隷か」


 ニナは頷いた。


「お父さん、鉱山へ連れていかれた」


 名目上は、借金を返すまで働く契約。だが食費、寝床、道具代、監督料が追加され、働いても借金は減らない。怪我をすれば治療費が増える。


「最初から返済させる気がないのか?」


 自分でも分かるほど声が低くなった。ロクが答える。


「レイシスの鉱山奴隷では、よくあるっす。家族まで別の仕事へ売る業者もいる」


「父親は、ニナをどうしようとした?」


「施設。子供の施設へ入れてくださいって言った。お金も渡した」


「それなのに……」


 ニナは首元へ触れる。


「首輪、付けられた」


 腹の底が熱くなった。父親は、鉱山へ連れていかれる直前、せめて娘だけは保護施設へ入れてくれと頼み、その金まで渡した。だが仲介業者は約束を破り、五歳のニナを奴隷として売った。


「……畜生が」


 目を閉じ、ゆっくり呼吸する。怒りを消すためではない。怒りに自分を支配させないためだ。殺意ではなく、段取り。だが、怒らなくていい話ではない。


「父親は、ニナも奴隷にされたことを知っているのか?」


「分からない」


「鉱山や街の名前は?」


「覚えてない」


「父親の名前は?」


「ガルム。みんな、ガルムの鍛冶屋って言った」


 アルノが記録する。


「レイシス皇国の地方都市。鉱山向け専用工具を大量受注。取引先倒産後、借金奴隷として鉱山へ。娘は当時五歳」


「記録が残っている可能性はある」


 ガランが言った。


「奴隷管理局、鉱山組合、債権業者。シオンの情報を探す過程で照会できるかもしれない」


「お父さん、生きてる?」


「今は分からない」


 誤魔化さない答えに、ニナの指が服の裾を強く握る。ユキが、その手へ自分の手を重ねた。


「ニナ。おとうさん、さがす。シオンも、ニナのおとうさんも」


 簡単な約束ではない。それでも、調べることはできる。


「ガラン。王国へ照会を頼めるか」


「ああ。大量発注と倒産した商会から当たる」


「ドランは王都のドワーフ職人、鍛冶、鉱山関係者へ聞いてくれ」


「職人の噂に残っているかもしれぬ」


「アルノは、ニナの負担にならない範囲で記録を」


「はい」


「ニナ。今すぐ全部思い出さなくていい」


「うん」


「必ず見つけるとは約束できない。でも、探すための段取りはする」


「だんどり」


「ああ」


「見つかったら、ここ来る?」


「本人が望むならな」


「鍛冶場、使う?」


「使えるようにしよう」


「むれの、かじば?」


「ニナ、ドラン、これから来る職人。必要な者が使う鍛冶場だ」


 こびゃっこが静かに浮かび、前足をニナの手へ置いた。


「びゃっこも探す。白狐神の縁へ触れた者を見捨てはせぬ」


「うん」


「悪い奴の根城には『白夜参上』と――」


「書くな」


「真面目な場面じゃぞ!」


「だから混乱を増やすな」


「では貼り紙にする」


「同じだ」


 ニナの口元が、ほんの少し動いた。


 ◇


「溶接の件だが」


 俺が言うと、ニナが顔を上げた。


「条件付きで教える」


「ほんと?」


「ああ。ただし、ガス溶接とガス切断はまだ駄目だ。最初はアーク溶接だけ」


「どうして?」


「ガスは火炎と高圧ボンベを同時に扱う。覚えることが多すぎる」


「アークは?」


「電気の危険はあるが、設備を固定し、低い電流で短い仮付けから始めれば、大人が両側について教えられる」


「ヒカルとドラン?」


「ああ。俺が機械と電気。ドランが姿勢と金属の変化を見る」


「任せろ」


 ドランが頷く。


「ただし勝手に電流を上げるな」


「わしは操作せぬ」


「触りたそうな顔をしてる」


「疑い深いのう」


「安全にはそれくらいでいい」


 条件を一つずつ説明する。仮設鍛冶場が完成してから。防炎服、革手袋、腕カバー、脚絆、自動遮光面を使う。


 最初は電源を入れず、ケーブル点検、アース、材料固定、姿勢を練習する。次に使用済みの溶接棒で動きを覚え、俺が手を添えて低電流で数秒だけ仮付けする。


「いつ、一人?」


「安全手順を守り、止めろと言われたら止められ、異常を報告できるようになってから。それでも子供の間は、俺かドランが横にいる」


「分かった」


「疲れている日、体調が悪い日、怒っている日、急いでいる時はやらない」


「怒ったら、だめ?」


「注意が狭くなる」


「今日のヒカルも?」


「今の俺も駄目だな」


「ニナも、怒ってる。お父さん、だました人」


「怒っていい」


「でも、火花しない」


「その判断が最初の一歩だ」


 ニナは頷いた。


「今日は鍛冶場を作る日」


「ああ」


「明日、屋根。そのあと教える」


「完成検査をしてからな」


「だんどり」


「そうだ」


 ユキが両手を上げる。


「ニナ、ひばなのひと」


「まだ。これから」


「おっちゃんは?」


「安全を見る人だ」


「なんでもの、あんぜんのひと」


「役職が長いな」


 こびゃっこが前足を上げる。


「びゃっこは感動記録映像の――」


「今日は撮ってないだろ」


「心へ刻んだ。題名は『少女鍛冶師、運命の火花』じゃ」


「昭和のドラマか」


「予告編じゃ」


「勝手に放送予定を組むな」


 ◇


 夕食は豚肉と野菜の生姜焼き、白飯、味噌汁、ポテトサラダだった。


 ニナは時々、ドランの太く傷の多い手を見る。


「何じゃ?」


「お父さんの手と似てる。でも、ドランの方が毛が多い」


「そこは比べなくてよい!」


 食堂へ笑いが起きる。


「ドワーフの男は、年を取ると毛も髭も増えるのじゃ」


「お父さん、髭、短い」


「若かったのじゃろう」


「ドラン、髭にごはん付いてる」


「む」


 こびゃっこが言う。


「髭は食料備蓄庫ではないぞ」


「おぬしの口にもポテトサラダが付いておる」


「これは後で食べる分じゃ」


「同じではないか!」


 ミーシャが布巾を持ってくる。


「二人とも動かないで。子供より手が掛かるんだから」


「わしは大人じゃぞ」


「もう群れの大人でしょ」


 ドランは一瞬黙り、照れたように鼻を鳴らした。


「そうじゃったな」


 ユキが頷く。


「ドラン、むれ。ニナも」


「うむ」


「おとうさんも、くる?」


 ニナが箸を止めた。


「見つかって、本人が来たいなら迎える」


 俺が答える。


「かじば、ある」


「完成させよう」


「おうちも?」


「必要なら用意する」


「おっちゃん、なんでも」


「今は捜索計画の人だ」


「ユキも、さがす」


「ユキは何をする?」


「ニナの、て、もつ」


「それで十分だ」


 ニナは自分から、ユキの手をそっと握った。


 ◇


 食後、ホワイトボードへ明日の工程を書く。


 一、柱、梁、筋交いの固定確認。

 二、屋根下地とポリカ波板。

 三、防風壁。

 四、遮光防火カーテン。

 五、発電機置き場。

 六、ガスボンベ保管区画。

 七、小型コンテナ倉庫。

 八、安全表示。

 九、火災、排気、避難動線確認。


「明日で完成?」


「設備配置と検査は三日目だ」


「あと二日」


「急ぐな」


「数えただけ。心が先」


「もう屋根の上まで行ってるぞ」


「高い」


「降りてこい」


 こびゃっこが浮かぶ。


「では、明日の空撮計画を――」


「誰も頼んでない」


 ニナがホワイトボードの端へ書いた。


【こびゃっこ、屋根の下、だめ】


「なぜ正式規則へ追加する!」


「物、落ちる」


「空中におるぞ」


「危ない」


「白狐神とニナの評価が厳しい!」


 工程表の下へ、もう一つ記す。


【ニナの父ガルム捜索】


 ガランは王国経由で商会倒産記録と鉱山奴隷記録を照会。ドランは職人、鍛冶、鉱山関係者へ聞き取り。アルノはニナの記憶を無理のない範囲で記録。俺はシオン捜索と並行して資料化する。


「消さない?」


 ニナが尋ねる。


「解決するまで消さない。必要なら台帳へ移すが、なかったことにはしない」


「お父さんの名前、ある」


「ああ」


「ここ、いるみたい」


「記録は人を見つける道標になる」


「見つける」


「探そう」


 ◇


 夜。ユキは布団の中でも、ニナの話を考えていた。


「わるいひと、どうする?」


「証拠を集め、商売を止め、捕まえる。ほかの子供も同じ目に遭っているかもしれない」


「ながい」


「でも、それが段取りだ」


「おっちゃん、怒ってた」


「ああ。今も怒ってる」


「こわい?」


「怖い顔をしていたかもしれないな」


 ユキが俺の頬へ触れる。


「いま、こわくない」


「落ち着いたからな」


「怒っても、おっちゃん?」


「ああ」


「ニナも、ニナ?」


「もちろんだ」


「なら、よし」


 夜城のこびゃっこは、今日はカメラを外している。


「ニナへ溶接を教えるのじゃな」


「条件付きでな」


「心配か?」


「当然だ。火傷も、目を傷めるのも怖い」


「それでも教えるのかえ?」


「危険だからと全部遠ざけたら、ニナは一番やりたい仕事へ近づけないだろ。だから設備と手順を作り、大人が隣にいる」


「ヒカルらしいの」


「父親が戻った時、娘が鍛冶仕事を覚えていたら驚くだろうな」


「そうじゃな」


 ユキが俺の腕へ抱きつく。


「ニナのおとうさん、まってるあかり、つける?」


「ああ。見つかるまで消さない」


「かじばの、あかり?」


「ああ。ただし火花は作業中だけだ」


「鍛冶場の灯りとは、『父を待つ鍛冶場の火』じゃ」


「少し重くないか?」


「なら場所の名前として、ニナの鍛冶場はどうじゃ?」


「あそこは皆の鍛冶場だ」


「むれの、かじば」


 ユキが言った。


「群れの鍛冶場か。うん、それでいい」


「ニナのおしごと、ある。しょくにんと、おとうさんも来たら、おしごとある」


「ああ」


「みんなをまってる、かじば」


「悪くないな」


 明日は屋根と壁。その次の日には設備を配置し、完成検査を行う。ニナへ火花を教えるのは、その後だ。


 父親の行方は分からない。過去を消すこともできない。だが、奪われた仕事を、別の形でつなぎ直すことはできる。父親が叩いていた鉄の音。幼いニナが渡していた、やっとこや小さな金槌。その記憶の先へ、今度は電気の火花が続く。


 無理につなげば鉄は歪む。熱を掛けすぎれば弱くなる。だから急がない。必要な場所を確かめ、少しずつつなぐ。


 まずは明日、火花を受け止める屋根を作ろう。その下でニナが、自分の仕事を始められるように。


 ◇


【第79話・収支報告】


異世界生活64日目

日付:五の月23日

オリエント王国歴952年


開始残高:3,272,426pt


今回の購入:


・仮設鍛冶場用工事用鉄板、継ぎ目調整材、滑り止めマット

 1,050pt(約105,000円)


・単管パイプ、ベース金具、各種クランプ、筋交い材

 620pt(約62,000円)


・アンカーボルト、保護キャップ、単管端部保護材

 180pt(約18,000円)


・路盤用砕石、細粒砕石、見切り材、入口用スロープ

 260pt(約26,000円)


・カラーコーン、コーンバー、点滅警告灯

 110pt(約11,000円)


・安全表示板、防水ラベル、耐候性筆記具

 60pt(約6,000円)


今回支出合計:2,280pt(約228,000円)


現在残高:


3,272,426pt − 2,280pt = 3,270,146pt


円換算目安:


3,270,146pt × 100円 = 約327,014,600円相当


続く

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