第77話 白狐神と厄災級のお土産
中継地点の中央では、レイクサーペントを出すには狭い。
馬が驚いて逃げる可能性もあるため、伝令隊に馬を簡易柵の反対側へ移動してもらった。草地の広さ。地面の傾斜。木。小屋。魔石箱。ピックアップトラックとの距離を確認する。
「この辺なら出せる」
「本当に、出すのですか?」
伝令隊長が尋ねる。
「牙を外すには、本体を出すしかない」
「牙だけ収納から取り出せないのか?」
ガランが聞く。
「収納した物の一部だけを指定して出すことはできない。先に解体してあれば別だが」
「全員、下がってくれ」
ガランが伝令隊へ指示する。
「何が起きても、ヒカルが許可するまで近づくな。死骸だが、あまりの大きさに馬が暴れる可能性がある」
全員が十分に離れたことを確認し、俺は収納を開いた。
「レイクサーペントを出す」
空間が大きく揺れた次の瞬間、草地へ巨大な胴体が横たわった。
太い鱗。長大な体。頭部だけでも小屋ほどある。口の端からは、湾曲した巨大な牙が覗いている。重量で地面が低く沈み、草が一斉に押し潰された。
伝令隊の誰も、声を出さなかった。口を開けたまま、全員が止まっている。ガランも以前見たはずなのに、改めて近くへ出された死骸を見て、しばらく黙っていた。
「……本当に、そのまま持っていたのだな」
「ああ。解体する場所と時間がなかった」
「普通は、持てない」
「収納があるからな」
「普通の収納にも入らない」
「便利だぞ」
「便利の規模が違う」
若い伝令騎士が、ようやく息を吐いた。
「これを……2人で?」
「ユキと俺で倒した」
「白狐神様が……」
「ユキはユキと言わないと嫌がるぞ」
「は、はい。そうでした」
「それと、最後の攻撃は俺だが、ユキが動きを止めてくれなければ撃てなかった。どちらか1人では難しかった」
伝令隊長がレイクサーペントを見上げる。
「過去の討伐隊は、これより小型の個体にすら敗れたと聞いています」
「この個体は大型なのか?」
「記録に残る中では、最大級かと」
ガランが口を挟む。
「だから、牙1本でも十分な証明になる。むしろ、王城へ持ち込める大きさか確認する必要があるな」
「牙だけでも、かなり大きいぞ」
「王都へ運べるよう、根元から切り離せばいい」
「よし」
俺は作業用手袋、防護眼鏡、防刃エプロンを出した。工具は大型の充電式レシプロソー、解体用ナイフ、バール、ロープ。
牙は硬い。根元へ刃を当てる前に、周囲の肉と組織を切り開く必要がある。
「ガラン。頭が動かないよう、反対側からロープを掛けてくれ」
「分かった」
「伝令隊は近づかなくていい。切断時に刃や破片が飛ぶ可能性がある」
「しかし、手伝いを――」
「初めての工具だ。離れていてくれた方が安全だ」
ガランと協力し、頭部が転がらないようロープで固定する。口を開いた状態で支え、牙の根元を露出させる。血液はすでに流れ出ない状態だが、腐敗はしていない。収納内では時間経過が止まるためだ。
「状態が、討伐直後と変わっていない」
ガランが言う。
「収納へ入れている間は傷まない」
「この能力だけでも、商人や軍が喉から手を出すほど欲しがるだろうな」
「貸し出せないからな」
「分かっている。あまり詳しく広めない方がいい」
解体用ナイフで根元周辺を切り、レシプロソーを当てる。低い振動音とともに刃が動く。
「何だ、あの工具は……」
伝令隊の誰かが呟いた。
「見るだけにしてくれ。説明はあとだ」
牙そのものを切るのではなく、顎骨との接続部分を分離する。刃へ無理な横力を掛けない。途中で停止し、熱と刃の状態を確認する。
数回に分けて切り進め、最後にバールを差し込む。
「ガラン。ロープを少し引いてくれ」
「ああ」
重い音を立て、巨大な牙が根元から外れた。長さは大人の背丈近くある。根元は両腕で抱えるほど太い。
俺とガランで草地へ置く。
「牙1本で、この大きさか」
「王都まで運べるか?」
伝令隊長は、荷運び用の馬と牙を交互に見る。
「そのままでは、馬1頭へ載せるのは難しいです」
「荷馬へ左右均等に分けることもできないな」
「ここへ来る時に使った魔石箱用の荷台があります。箱を下ろしたため空いておりますが、牙を固定する架台が必要です」
「簡単な木枠を作ろう」
収納から角材、木工ネジ、充電式インパクトドライバー、保護布を出す。牙の曲線に合わせ、2か所で受ける木枠を組む。直接木材へ当てると傷が付くため、厚い布とゴムマットを挟む。
「そのネジは、ドランが職人へ見せた物か」
ガランが聞く。
「ああ。同じ種類だ」
「王都の職人が騒いでいた」
「そこまでか?」
「均一な形をしたネジが大量にあることへ、一番驚いていた」
「工具よりネジなのか」
「職人は、見るところが違う」
木枠を組み、牙を載せる。左右へ動かないよう、革帯とラッシングベルトで固定した。
伝令隊長が牙へ近づき、魔力を確認するための検査石を当てる。透明だった石に、濃い青緑色が浮かんだ。
「間違いありません。水棲蛇竜系の厄災級魔物。これほど強い反応は初めて見ました」
「討伐証明になるか?」
「十分すぎます」
「なら、王へ届けてくれ」
「承知しました」
伝令隊長は背筋を伸ばし、正式な受領姿勢を取った。
「オリエント王国騎馬伝令隊は、守護者ヒカル殿および白狐神ユキ様によるレイクサーペント討伐証明部位として、この牙を受領いたします」
「敬称は王国側の記録に必要なら構わない。ただ、ユキ本人の前ではユキと呼んでくれ」
「はい」
◇
「討伐証明を出せば、おそらく報奨金が出る」
牙の固定を終えたあと、ガランが言った。
「報奨金?」
「厄災級魔物の討伐だ。しかも長年、王国東部の漁場と水路へ被害を出していた個体だ。討伐依頼が現在も有効なら、過去に積み立てられた報奨も含まれる可能性がある」
「俺は王国から依頼を受けて倒したわけじゃないぞ」
「依頼外討伐でも、危険指定個体なら支払われる。少なくとも、素材の買い取りと功績報奨は出るはずだ」
「王国の通貨を持っていないから、もらえるなら助かる」
「それだけでは済まないかもしれない」
「どういう意味だ?」
「爵位を与えられても、おかしくない」
「それはいらない」
即答した。ガランは、少しだけ口元を緩める。
「そう言うと思った」
「俺は工事と子供の世話で手一杯だ。貴族の領地経営まで増やすな」
「爵位だけで領地を持たない形もある」
「名前の後ろへ妙な肩書が付くだけでも面倒だ」
「王国としては、何らかの形で功績へ報いたいと考えるだろう」
「魔石支援を受け取ったばかりだぞ」
「魔石は友邦への支援。レイクサーペントの討伐は別の功績だ」
「分けるのか」
「国の帳簿と制度では分けなければならない」
「ニナが聞いたら、台帳が増えるって言いそうだな」
「実際に増える」
「爵位を断って、建材や食料に替えてもらえないかな」
「交渉は可能だと思う。だが、前代未聞だな。王がどう判断するかは分からない」
俺は巨大な牙を見る。この厄災級の魔物は、ユキを守るために倒した。王国へ恩を売るためでも、爵位を得るためでもない。だが、その結果として漁場や水路が安全になるなら、悪いことではない。
「報奨が出るなら、湖畔の設備へ使う」
「王国通貨なら、職人の給金や王国からの物資購入にも使える」
「その方がいいな。何でもスキルショップから出すより、こちらで買える物は買った方がいい」
「ようやく商取引の話になったな」
「今まで相手がいなかったからな」
ガランは、レイクサーペントの本体へ視線を向ける。
「それと、牙以外の素材も、今後の交渉材料になる」
「鱗や皮か?」
「ああ。鱗は防具、盾、耐水性の高い屋根材や船材に使える可能性がある。皮は加工次第で、防水布や鎧になる。骨、腱、爪、肉、魔力器官も価値がある」
「全部売れるのか」
「全てが高値とは限らない。解体と保存、運搬、加工できる職人が必要だ。だが、厄災級魔物の素材は、王国でも滅多に出ない」
「ボルガやバドルが来たら、見てもらうか」
「鍛冶師と石工だけでは足りない。魔物解体職人、革職人、魔導素材の鑑定士も必要だな」
「また人が増える」
「湖畔へ呼ぶ必要はない。必要な部位だけ王都へ送る方法もある」
「全部見せると大騒ぎになりそうだ」
「すでに牙1本で大騒ぎになる」
伝令隊の者たちは、牙の周囲を何度も確認している。討伐証明を運んだ者として、王都で質問攻めになるだろう。
「レイクサーペントの素材は、王国との商取引だけではなく、湖畔の立場を示す材料にもなる」
ガランが低い声で言う。
「立場?」
「湖畔は王国へ一方的に支援されるだけの場所ではない。厄災級魔物を排除し、東湖岸の安全と漁場回復へ貢献した。王国へ提供できる物もある」
「魔石を受け取る時に俺が気にしていたことか」
「ああ。王国から魔石を受け取る。一方で、ヒカルたちは王国へ安全、素材、技術を提供できる」
「双方が出せる物を出す」
「対等な友邦なら、その方が自然だ」
俺は頷いた。魔石を受け取ることへ、まだ少し引っ掛かりはあった。だが、湖畔側にも王国へ渡せるものがある。それはレイクサーペントの素材だけではない。
橋や道路の技術。診療。農業。王国側の職人から学び、こちらの道具や工法を共有することもできる。ただし、何でも無償で渡せばいいわけではない。相手へ依存させるのも、こちらが依存するのも違う。
「ガラン。素材の価値を調べる時、買い叩かれないよう手伝ってくれ」
「任せろ。王国側だけでなく、ハンターギルドと複数の職人組合へ見積もりを出させる」
「最初から1か所へ決めないのか」
「価値の分からない物ほど、複数へ聞くべきだ」
「整理収納より、商売のスキルが欲しくなってきたな」
「ヒカルが商売まで始めると、本当に何でもになるぞ」
「すでに手遅れかもしれない」
◇
討伐証明の受領書を、その場で作成してもらった。日付。場所。魔物名。受領部位。牙の本数。長さと根元の太さ。簡易魔力検査結果。
討伐者として、サコン・ヒカルと白狐神ユキ。立会人として、オリエント王国大使ガラン。受領者として、騎馬伝令隊長以下6人。
「ユキの署名は必要か?」
「本人不在のため、ガラン大使の証言と伝令隊の受領で仮登録します。正式確認は特使が湖畔へ向かった際に行えるでしょう」
「ユキへ難しい署名はさせたくないな」
「御神名を確認するだけで十分かと」
「さま付けしない練習をしておいてくれ」
「ど、努力します」
伝令隊長は、すでに少し困った顔をしている。
俺はレイクサーペントの本体を再び収納へ戻した。巨大な死骸が消えると、草地には押し潰された跡だけが残る。伝令隊の6人は、今度は消えた場所を見たまま固まった。
「出した時より、消えた時の方が驚いているな」
俺が言うと、ガランが答える。
「普通は、これほど大きな物が急に消えない」
「収納だからな」
「その説明で納得できるのは、湖畔の者だけだ」
魔石箱も収納へ入れる。大きな木箱が消え、伝令隊の視線がもう一度止まった。
「箱を車へ載せるのでは?」
「念のため荷台を準備したが、収納へ入れた方が安全だからな」
「収納へ入らない物があるのですか?」
「生き物は入れられない」
「それ以外は?」
「今のところ、容量の限界は分からない」
伝令隊長は口を開き、閉じた。
「王への報告へ、どこまで書けばよいでしょう」
「魔石箱は無事にヒカルへ引き渡した。それで十分だ」
ガランが助け舟を出す。
「収納能力について、細かい推測を報告へ付け足す必要はない」
「承知しました」
俺たちも帰り支度を整える。
「牙を運ぶ途中、固定が緩んでいないか休憩ごとに確認してくれ」
「はい」
「雨が降ったら、防水布を追加する。牙自体は水へ強いと思うが、受領書と木枠は濡らさない方がいい」
「確認します」
「馬が怯えないか?」
「最初は怯えていましたが、血の臭いがほとんどないため、落ち着いてきました」
「収納していたからな。腐敗もしていない」
「王都へ着けば、保管用の封印処理をします」
伝令隊長が一礼する。
「魔石箱の受領、ありがとうございました。本来はこちらがお礼を申し上げる立場ではありませんが……レイクサーペントを討伐してくださったことへ、東部湖岸出身者として感謝いたします」
「東部湖岸の出身なのか?」
「はい。幼い頃、父の漁船がレイクサーペントに襲われました。父は助かりましたが、同じ船の者が3人亡くなりました」
俺は何と答えるべきか迷った。俺は、その3人のために戦ったわけではない。名前も知らない。討伐した時には、この伝令隊長の存在すら知らなかった。
「俺は、ユキを守るために倒しただけだ」
「それでも、結果は変わりません」
伝令隊長は、巨大な牙を見る。
「もう、あの湖へ出る漁師が襲われることはない。その証を、自分が王都へ運べることを誇りに思います」
「そうか」
「はい」
「なら、無事に届けてくれ」
「必ず」
◇
俺とガランはピックアップトラックへ乗り込んだ。エンジンを始動すると、伝令隊の馬が再び耳を動かす。だが、今度は暴れなかった。
ゆっくり草地を離れる。バックミラーには、巨大な牙を積んだ荷馬車と、その周囲へ集まる伝令隊が映っている。
「大変な土産を持たせたな」
俺が言う。
「魔石を運んできた時より、帰りの方が注目されるだろう」
「王都へ着くまで、宿場ごとに人が集まりそうだ」
「王都へ入る前に、軍務局が迎えを出すはずだ。厄災級魔物の素材を、そのまま市街へ運び込むわけにはいかない」
「こびゃっこが一緒なら、牙の上に乗って入城しそうだな」
「『白夜参上』のたすきを掛けてな」
「絶対連れてこなくて正解だった」
ガランが珍しく笑った。
「だが、こびゃっこ殿の王都訪問は、いずれ避けられない」
「王城の壁を監視しないとな」
「セイラム王は、保存されている文字を本人へ見せたがるだろう」
「こびゃっこは謝るより先に、記念撮影を始めそうだ」
「撮影主任だったか?」
「主任じゃない。まだ空撮担当だ」
「そこは厳しいんだな」
「勝手に昇進させると、次は局長を名乗る」
「すでに名乗っていなかったか?」
「名乗ってたな。役職制度が崩壊してる」
来た道を戻りながら、俺は収納に入れた魔石箱を意識する。
3,000,000pt。
近衛騎士団用の宿泊棟。風呂。トイレ。厨房。業務用冷蔵庫。食堂タープ。給排水。これら全てを賄える額はある。だからこそ、使い道を曖昧にはしない。
「湖畔へ戻ったら、魔石を変換する」
「ああ」
「通常の残高へ加えるが、王国支援分の台帳も別に作る」
「俺も確認する」
「まずは受領日、変換前の魔石構成、合計3,000,000pt。そこから王国派遣者向け設備へ何ポイント使ったかを記録する」
「王国へ定期報告できるようにしよう」
「分かった」
「それと、レイクサーペントの報奨については、魔石支援と混ぜない」
「別台帳だな」
「そうだ」
「帳簿が増える」
「友邦、商取引、討伐報奨。立場が増えれば帳簿も増える」
「こびゃっこの役職みたいだな」
「帳簿へ自称役職は載せない方がいいな」
「それは同意する」
◇
帰路は大きな問題もなく進んだ。倒木を処理した場所を通過し、昼の休憩地点を越える。
夕方、湖面の西側が橙色に染まり始めた頃、双眼鏡を覗いていたガランが前を指した。
「灯りが見える」
「もう点いているか?」
「職人区画のポールライトだ。まだ薄暗いが、いくつか点灯している」
南門へ近づくにつれ、見慣れた灯りが増える。住居区画。食堂。診療所。畑倉庫。そして、少し離れた職人区画。
「帰る場所が増えたと、昨日言ったな」
ガランが静かに言う。
「ああ」
「王都へいた間、湖畔がどこまで変わったか想像できなかった。だが、この灯りは遠くからでも分かる」
「ユキは、『まってる、あかり』と言ってた」
「よい言葉だ」
「本人は多分、今頃夕食の肉を待っているけどな」
「それも含めて帰る場所だろう」
南門の近くには、人影が並んでいた。ユキ。こびゃっこ。ニナ。ミーシャ。トト。リリア。アルノ。マリベル。ロク。リーファ。ドラン。ミミとクロメもいる。
ピックアップトラックを徐行させる。窓を開けると、ユキが両手を上げた。
「おかえり!」
「ただいま」
「まほうのいし、あった?」
「あったぞ」
「いっぱい?」
「かなりな」
こびゃっこが空中へ浮かび、荷台を覗き込む。
「箱がないぞ」
「収納へ入れた」
「撮影する間もなく収納したのか!」
「魔石箱の荷降ろし映像なんていらない」
「物流記録は重要じゃぞ」
「変換前に写真だけ撮る」
「撮影主任へ任せるのじゃ!」
「固定カメラで撮る」
「空撮担当の出番は?」
「箱を上から撮って何が分かる」
「蓋の構造じゃ」
「ニナみたいなことを言い始めたな」
ドランが助手席側へ来る。
「王国の者はおったか?」
「ああ。予定どおり待っていた」
「魔石は?」
「俺のスキルで3,000,000pt分だ」
「どれほどじゃ?」
「レイクサーペントの魔石3個分くらいだ」
ドランの目が見開く。
「それは多いのう!」
「それと、レイクサーペントの牙を1本、討伐証明として王都へ送った」
「牙を?」
「ガランの提案だ」
ガランが車から降りる。
「正式に討伐認定されれば、報奨が出る可能性が高い。ほかの素材も、今後の商取引へ使える」
「ならば、わしにも見せろ!」
「本体は前にも見ただろ」
「解体を見ておらぬ!」
「明日やる予定はないぞ」
「職人が来てからか?」
「専門家を呼んで、価値と使い道を確認してからだ」
「ボルガなら、鱗を見て一晩眠らぬぞ」
「お前と2人で勝手に剥がすなよ」
「わしは勝手にはせぬ」
「ボルガは?」
「毎日、許可を求める」
「やっぱり聞いたとおりじゃないか」
◇
ピックアップを収納へ戻す前に、車体を点検した。タイヤの損傷。泥。油漏れ。荷台カバー。機関銃の固定。燃料残量。走行距離。
ガランも新しい無線機と双眼鏡を点検し、工事事務所の充電棚へ戻す。
「充電は必要か?」
「残量は十分だ。使用記録だけ書いてくれ」
「使用者、ガラン。湖東側往復。異常なし」
「双眼鏡のレンズは?」
「拭いた。ストラップも問題ない」
「よし」
無線機を受け取ったばかりでも、ガランは管理手順をすぐ理解している。これなら、巡回や職人警備の取りまとめも任せられる。ドランの無線機は、本人が橋へ持っていったらしい。
「ドラン。どこへ置いた?」
「腰袋じゃ」
「電源は?」
「切った」
「チャンネルは?」
「3番のままじゃ」
「作業が終わったら基本の1番へ戻す。充電棚の場所を覚えてくれ」
「ニナへ渡せばよいのではないか?」
「自分で戻す」
「そうであったな」
ニナが横から言う。
「使ったひと、戻す。残り、見る」
「わしも湖畔の規則へ従うぞ」
「えらい」
ユキが褒める。
「白狐神に褒められたのう」
「当たり前のことだ」
「ヒカルは褒め方が足りぬ」
「ちゃんと戻したら褒める」
「今はまだ腰袋じゃった」
「そういうことだ」
◇
工事事務所へ全員が集まったあと、俺は魔石箱を収納から出した。床を傷つけないよう、あらかじめ敷いた木製パレットの上へ置く。王国の封印札は開封済みだが、輸送書類と切った封印は保管してある。
ニナがカメラを三脚へ固定し、箱全体と中身を撮影した。
「魔石の種類ごとに袋が分かれている」
「ぜんぶ、ポイント?」
「ああ。合計3,000,000ptだ」
「いま、278,276」
「よく覚えてるな」
「台帳、見た」
「変換すれば、3,278,276ptになる」
「べつの台帳も」
「ああ。王国支援分として、3,000,000ptを別に記録する」
俺は魔石へ手を当てた。
「変換する」
箱の中の魔石が、淡い光へ変わる。大小の石が順番に消え、俺のスキルへポイントとして取り込まれていく。
最後の1個が消えた。
【魔石ポイント3,000,000pt獲得】
「増えた」
ニナが台帳を見る。
「これで、近衛騎士団を迎える設備を作れる」
「おうち、おふろ、といれ」
ユキが指を折る。
「厨房と食堂もな」
「きし、ごはん、いっぱい」
「20人増えるからな」
「からあげも?」
「毎日唐揚げにはしないぞ」
「むう」
「大鍋料理やスープ、炒め物、煮込みを組み合わせる」
こびゃっこが空になった魔石箱を覗き込む。
「石がすべて消えたのう」
「ポイントになった」
「箱だけ残った」
「王国の焼き印と輸送記録がある。支援物資の記念品ではないが、帳簿資料として保管する」
「びゃっこの宝箱にしてもよいぞ」
「駄目だ」
「稲荷寿司券を入れるのじゃ」
「そんな券は発行してない」
「今から作ればよい」
「王国支援魔石箱を、神使の食券箱へ転用するな」
ユキが箱の中を覗く。
「からっぽ」
「ああ」
「でも、おうちになる?」
「この箱そのものが家になるわけじゃない。魔石がポイントになって、そのポイントで宿泊棟や風呂を用意する」
「いしが、おうちに、なる」
「途中を省けば、そうだな」
「きしの、かえるばしょ」
「ああ」
ユキは空の箱を両手で軽く叩いた。
「まってる、あかり、つく?」
「そこまで作る」
「ユキ、かんとく」
「また頼む」
こびゃっこも箱の縁へ立ち、前足を腰へ当てる。
「びゃっこは近衛騎士団宿舎建設記録の撮影主任じゃな」
「空撮担当だ」
「魔石回収へ連れていかなかった埋め合わせとして、昇進を要求する」
「今日の空撮実績は?」
「ドランの橋解説を撮った」
「ちゃんと撮れたのか?」
「見事な映像じゃ。途中でドランが橋桁へ頭をぶつけたところも入っておる」
「そこは消せ!」
ドランが声を上げた。
「工事記録は、失敗して見える映像にも意味がある」
ニナが淡々と言う。
「ヒカルの教えが、わしへ牙を剥いた!」
「安全教材として残す」
「せめて、ぶつける直前で切れ!」
「記録を都合よく編集するなって、昨日言っただろ」
「王都へ送る映像ではないじゃろうな?」
「職人へ橋の点検方法を説明する時には使えるかもしれない」
「わしの頭まで教材にするでない!」
ガランが、珍しく声を立てて笑った。
王国からの魔石は、無事に湖畔へ届いた。そして湖畔からは、レイクサーペントの牙が王都へ向かった。一方が支援し、もう一方が王国を長く苦しめた厄災級魔物の討伐証明を渡す。
一方的に守られるのでも、貸しを作るのでもない。それぞれが出せる物を出す。その間に、道と帳簿と人の関係を作っていく。
友邦というのは、宣言だけで完成するものではないのだろう。
「明日から、近衛騎士団の宿泊棟の設置準備をする」
「おうち、ふたつめ」
「今回風呂は2つ。トイレも追加。厨房の配置も決める」
「おっちゃん、また、なんでも」
「今回は王国の魔石もあるし、ガランたちもいる。職人も来る。一人ではやらない」
ニナが俺を見る。
「ほんと?」
「……努力する」
「つもり?」
「ガラン。七歳児の追及が厳しい」
「王の謁見より逃げ場がないな」
ユキが俺の服を掴む。
「むれ、おなじでも、ひとりで、ぜんぶしない」
「ああ」
「おっちゃん、ガランと、いった」
「今日はな」
「ちゃんと、かえった」
「ああ。ただいま」
「おかえり」
事務所の外では、職人区画のポールライトが夜の草地を照らしている。
今はまだ、誰も寝ていない宿泊棟。これから職人が来る。護衛が来る。料理人が来る。近衛騎士団と特使も来る。灯りの下へ帰ってくる者が増える。そのための魔石は届いた。
あとは、受け取ったものを、帰る場所へ変えるだけだ。
◇
【第77話・収支報告】
異世界生活62日目
日付:五の月21日
オリエント王国歴952年
開始残高:278,276pt
今回の購入:
・なし
今回支出合計:0pt(0円)
オリエント王国支援魔石:
・各種魔物魔石
3,000,000pt相当
現在残高:
278,276pt − 0pt + 3,000,000pt = 3,278,276pt
円換算目安:
3,278,276pt × 100円 = 約327,827,600円相当
続く




