第73話 白狐神と空飛ぶこびゃっこ
日本の映像を鑑賞した翌朝。
工事事務所の長机には、道路工事台帳、測量野帳、ビデオカメラ、三脚、予備バッテリー、充電器が並んでいた。
「きょう、どうろ?」
朝食を終えたユキが、青い線の入った監督用ヘルメットを抱えている。
「ああ。今日と明日の二日間で、第一期の残り100メートルを完成させる」
「はしまで?」
「橋の手前までつなげる。道路と橋の高さも合わせるぞ」
「ユキ、かんとく」
「頼む。ただし、いつもどおり規制区域の外からだ」
「うん」
ユキがヘルメットを被る隣で、ニナも黄色いヘルメットのあご紐を確認した。
今日のニナは、測量、台帳、ビデオ撮影を担当する。ただし、三つを同時にはやらせない。
「ニナ。撮影する時は、測量を止める。測量する時は、カメラを三脚へ置くか録画を止める」
「ニナ、ぜんぶできる」
「できることと、一人で全部抱えることは違う」
「東京も、ひとりじゃ、できない」
「昨日見たとおりだ。道路を守る人、電気を直す人、列車を動かす人。仕事を分けていた」
「むれ、おなじ。でも、おしごと、ちがう」
ユキが得意そうに言う。
「そういうことだ」
ニナは少し考えてから、台帳の最初のページへ書き込んだ。
【王国歴952年 五の月19日
南側道路第一期 100メートル地点から150メートル地点】
「では、撮影主任たるびゃっこが――」
「撮影主任じゃない」
長机の端で、こびゃっこが前足を腰へ当てていた。昨日まで『映写主任』だった白いたすきは、いつの間にか『撮影主任』へ書き換えられている。
「いつ書き直した」
「昨夜じゃ」
「リリアの裁縫箱には触ってないだろうな」
「今回は油性ペンだけじゃ」
「進歩したようで、役職を勝手に増やしている時点で何も進歩してないぞ」
「原宿でモデルをしておったびゃっこには、撮影現場の経験がある」
「撮られる側だろ」
「カメラの角度、照明、立ち位置、目線。モデルも撮影の一部じゃ」
「今日は道路工事だ。モデルはいらない」
「グイグイの前に立ち、白狐神使が開工を宣言する場面はどうじゃ?」
「そう言う演出はいらない。重機の前へ立つな」
「ならばゴロゴロの車輪を地面すれすれから――」
「轢かれるぞ」
「びゃっこは浮ける」
「ビデオカメラは浮けない」
「びゃっこが持つ!」
「こびゃっこには大きすぎるだろ。落とす」
「なぜ始める前から失敗すると決めるのじゃ!」
「お前が昨日、レンズの前へ飛び込もうとした実績があるからだ」
「撮影意欲の表れじゃ」
「防犯カメラへ顔を近づける不審者と同じだぞ」
「びゃっこにも、カメラを寄越すのじゃ!」
「駄目だ」
「撮影主任なのに撮れぬとは、名ばかり管理職ではないか!」
「肩書自体が自称だろ」
「撮るのじゃ!」
「撮らない」
「撮るのじゃ!」
「駄目だ」
「撮る!」
「駄目」
俺とこびゃっこのやり取りを、ユキが見上げている。
「とる!」
「ユキまで参加しなくていい」
ユキはこびゃっこの隣で前足――ではなく両手を上げていた。
「こびゃっこ、ちいさいカメラなら、おとさない?」
「大きさの問題だけじゃない」
「びゃっこは浮ける。人には撮れぬ角度から、道路を撮影できるぞ」
そこで俺はふと思った。地上からの映像だけでは、道路の線形や幅、橋との接続、周囲の畑との位置関係が分かりにくい。上空から撮影できれば、道路工事の記録として価値はある。
ドローンを購入する案もあるが、操縦者が必要になる。重機を動かしながらドローンは飛ばせない。ニナへ操縦させるには危険も負担も大きい。
だが、こびゃっこは自力で浮ける。
「……超小型カメラならあるかもしれないな」
「あるのか!」
「今から調べる。机へ乗り出すな」
スキル画面で、四十の手習いのショップを開き、カメラ用品を検索する。
小型。軽量。動画撮影。液晶画面付き。条件を絞ると、玩具のような小ささのデジタルカメラが表示された。
「こんなのがあるのか」
俺も思わず声を漏らした。外観は普通のデジタルカメラだが、幅は大人の親指二本を並べた程度。背面には1.54インチの小型モニターが付いている。
静止画だけでなく、4K動画も撮影可能。記録用のメモリーカード付き。充電式で、撮影、録画、再生を切り替えられる。
画質や手ぶれ補正は本格的なビデオカメラに及ばないだろうが、上空から道路全体を記録する用途なら十分だ。
「これなら、こびゃっこでも持てるか」
「見せるのじゃ!」
商品画像をスキル画面へ出す。こびゃっこが浮き上がり、俺の肩越しにスキル画面を覗き込んだ。
「おお。小さい!」
「お前が持つと普通のカメラくらいに見えそうだな」
「びゃっこ専用撮影機ではないか!」
「専用ではないがな」
「色は白じゃな」
「地面へ落とした時に見つけにくい。黒にする」
「撮影主任の衣装との調和が――」
「安全優先だ。それと落とさないよう、首からストラップを掛ける」
「びゃっこは落とさぬ」
「撮影中に興奮して、両前足を広げる未来が見える」
「芸術家は感情を全身で表現するものじゃ」
「カメラを持っている時は全身で表現するなよ」
カメラを購入し、収納から出した。本当に小さい。手のひらへ載せると、親指二本分ほどの大きさしかない。黒い箱形の本体に、丸いレンズ、撮影ボタン、背面モニター。玩具のように見えるが、電源を入れると画面が点いた。
「ユキ、うつってる」
「小さい画面だが、確認はできるな」
「びゃっこへ渡すのじゃ!」
「まだだ」
「なぜじゃ!」
「最初に規則を決める」
「また規則かえ」
「カメラより先に役職を作る奴には必要だ」
俺は付属のストラップを確認した。こびゃっこの首へそのまま掛けるには長いため、長さを調整し、安全分離式の小型バックルを追加する。
「首へ強い力が掛かった時は外れる。木の枝へ引っ掛けても、こびゃっこが吊られないためだ」
「高位神使が洗濯物のように干されるところであった」
「だから先に対策してる」
「ヒカルは、びゃっこを心配しておるのじゃな」
「カメラを心配している」
「そちらが先か!」
「冗談だよ。両方だ」
ストラップを首へ掛け、カメラを胸の前へ下げる。こびゃっこの手のひらサイズの体には、一般的なデジカメを持った人間と同じくらいの比率に見えた。
「こびゃっこ、にあってる」
ユキが言う。
「うむ。報道写真家の風格じゃ」
「たすきがなければな」
「撮影主任の正装ぞ」
「空中でたすきがレンズへ被るぞ。今日は外せ」
「役職の証明を外せと?」
「映像の半分に『撮影主任』の文字が揺れていたら、道路が見えない」
こびゃっこは渋々たすきを外した。それから、電源、録画開始、録画停止、再生を教える。
操作は単純だが、画面が小さい。前足の先で別のボタンまで押さないよう、一動作ずつ練習させた。
「赤い印が出たら録画中だ」
「うむ」
「一度押したら始まる。もう一度押したら止まる。連打するな」
「芸術的な瞬間を逃さぬため、連写は――」
「まずは動画だ。連打したら細切れになる」
「むう」
「レンズを前足で触らない。地面へ置かない。飛ぶ前にストラップを掛けて。着地してから電源を切る」
「飛行中に再生してはならぬのか?」
「画面を見ながら木へ突っ込むぞ」
「びゃっこは鳥ではない」
「鳥より小回りが利くことと、よそ見して安全なことは別だ」
試しに事務所内を飛ばせる。こびゃっこはカメラを両前足で持ち、床から1メートルほど浮いた。
「撮影開始じゃ」
「ゆっくり飛べ。急旋回するな」
「こびゃっこ、行きます!」
「お前は、連邦の白い悪魔か」
こびゃっこは長机の周囲を一周した。途中でユキへレンズを向ける。
「白狐神、朝の御尊顔じゃ」
「ユキ、うつる?」
「手を振ってみろ」
ユキが手を振ると、こびゃっこは得意になって後退し、そのままホワイトボードへ尻からぶつかった。
「むぎゅ」
「ほら見ろ!」
カメラは首のストラップに支えられ、落ちなかった。
「後ろにも目が必要じゃな」
「撮影の前に飛行訓練が必要だ。工事現場でいきなり使わせなくて正解だった」
「今の衝突も迫力ある映像になったはずじゃ」
「撮影目的を変更するな」
録画をテレビモニターで確認する。画面は少し揺れているが、ユキの頭上から長机を越え、事務所全体を見下ろす映像が撮れていた。
「上から、みえる!」
ユキが声を上げる。
「人の目の高さとは全然違うな」
俺も感心した。三脚でも撮れない角度だ。ドローンの代わりとして、本当に撮影出来るかもしれない。
「こびゃっこ。道路工事では、作業中の重機へ近づくな。上空から撮る場合も、重機から横へ10メートル以上離れる」
「もっと近づいた方が迫力が――」
「駄目だ」
「望遠機能は?」
「ほとんど期待できない。だが近づかなくていい。道路全体を映すのが目的だ」
「びゃっこは空撮班じゃな!」
「そうだ。ただし、俺が許可した時間だけ飛ぶ」
「空撮主任!」
「主任を増やすな」
「映写主任、撮影主任、空撮主任を兼任じゃ!」
「一人しかいない部署で役職を三つ重ねるな。名刺が肩書だけで埋まるぞ」
「おお、そうじゃ!名刺もいるのう」
「誰と取引するつもりだ」
◇
南側道路第一期は、全長200メートル、幅6メートル。完成済みは100メートル。残り100メートルを50メートルずつ、二日間で施工する。
路盤は砕石10センチを二層。合計20センチ。中央をわずかに高くし、雨水を左右へ流す。
今日の施工区間をカラーコーンと赤白コーンバーで囲んだ。
「ここから、はいらない」
ユキが確認する。
「バーが外れていても入らない。俺かロクに呼ばれるまで待ってくれ」
「くぐらない。またがない。さわらない」
「よし」
ロクは完成道路側で赤旗を持ち、周囲の監視を兼ねて重機を誘導。リーファは森側の監視を兼ねて畑側の通行を管理する。
マリベルは携帯無線を持ち、アルノとミーシャ、トトと畑作業をしている。畑倉庫前のタープテントを張った休憩所には、救急ポーチを用意している。
ニナは測量機器と三脚、ビデオカメラを載せた赤ワゴンを引き、測量と固定撮影を担当する。ユキは見学場所。ミミとクロメもその端へ伏せた。
こびゃっこは超小型カメラを首から下げ、俺の肩に乗っている。
「空撮班、出動準備完了じゃ」
「まだ飛ぶな。最初はニナの固定映像だ」
「地上班より空撮班を先に紹介すべきでは?」
「主役は道路だ」
「びゃっこではなく?」
「一度もお前が主役になった覚えはないが」
ニナが三脚を設置する。泡を中央へ合わせ、施工区間と遠くの橋が入るよう画角を決めた。
俺はカメラの前へ立つ。
「今日は五の月19日。南側道路第一期、100メートル地点から150メートル地点を施工する。道路幅6メートル。路盤厚20センチ。砕石を二層に分け、散水、無振動転圧、振動転圧を行う」
説明を終えたところで、頭上から声がした。
「上空撮影班、こびゃっこ。現場全景を記録するのじゃ!」
見上げると、こびゃっこが3メートルほど上空でカメラを構えていた。
「飛んでいいとは言ってないぞ!」
「もう撮影は始まっておる!」
「勝手に離陸するな。航空管制が崩壊してるぞ!」
「びゃっこしか飛んでおらぬ!」
「一機しかいなくても規則は必要だ!」
こびゃっこを着地させ、空撮時間を決める。
一、重機始動前の全景。
二、表土剥ぎ終了後。
三、砕石一層目終了後。
四、二層目転圧後。
五、完成後。
「作業中の重機へ近づかない。俺が無線で停止を伝え、キーを回収してから飛ぶ」
「動いているグイグイを撮れぬのか?」
「ニナの固定カメラが撮る。空撮は工程の変化を上から残す」
「役割が違う」
ニナが言う。
「むれ、おなじでも、カメラ、ちがう」
ユキも続けた。
「白狐神に言われては仕方ないのう」
どうやら、俺よりユキの方が指揮系統の上にいるらしい。
測量後、グイグイで表土を剥ぐ。腐植を含む表土だけを薄く取り、道路脇へまとめる。後で畑拡張や職人区画周辺へ再利用する。
130メートル地点に軟らかい場所があった。ツチノコで試掘すると、浅い窪みに黒い腐植土と根が溜まっている。
「このまま砕石を置けば、あとで沈む」
「黒い土、取る?」
ニナが言う。
「ああ。固い地盤まで掘る」
幅約1.5メートル、長さ3メートル、深さ30センチを掘削。良質土を10センチずつ入れ、地面ぶるぶるで三回に分けて締めた。
「一度に入れない?」
「上だけ固まって、中が軟らかいままになるからだ」
「見えないところ、たいせつ」
「道路も建物もな」
ニナが台帳へ書く。
こびゃっこは上空から、掘削した範囲と道路全体の位置関係を撮影した。
「動かず、ゆっくり左右へ向きを変えろ」
「このようにか?」
「そうだ。自分が回る。カメラだけ急に振らない」
「撮影主任の才能が開花しておる」
「開始10分で二回注意されてるけどな」
午前中に路床を整形し、午後は砕石を二層に分けて敷いた。
グイグイで均し、ロクと俺が端部をレーキで整える。散水後、ゴロゴロで無振動転圧。砕石が落ち着いてから振動を入れる。
こびゃっこの空撮は、重機停止後だけだ。
「上から見ると、中央が少し高いのが分かるのう」
「雨水を左右へ流すためだ」
「道路が緩やかな山になっておる」
「大げさだ。高さの差はわずかだ」
「映像では光の当たり方で見えるぞ」
これは意外だった。こびゃっこの映像は多少揺れるが、道路幅、路肩、施工済み区間とのつながりがよく分かる。
「使えるな」
「撮影主任を認めるか?」
「空撮係としては認める」
「主任は?」
「係だ」
「役職が二段階も降格したのじゃ!」
「今日入ったばかりの新人だぞ」
夕方までに150メートル地点へ到達。第一期全体の四分の三が完成した。
◇
翌日、最後の50メートルは、橋との接続区間だ。
橋面より道路が高ければ段差になる。低ければ水が溜まる。橋台周辺は強く掘らず、狭い場所を地面ぶるぶるで丁寧に締める。
ニナは道路台帳と橋梁台帳を並べた。
「橋の高さと、道路の高さ。同じ基準から測るの?」
「工事が別でも、基準をそろえれば正確につながる」
「台帳も、つながる」
「ああ」
橋手前には、雨水が集まりやすい浅い窪みがあった。本格的な側溝は第三期工事で作る予定。今回は、橋台へ水を集中させず、道路脇の草地へ流す勾配を付ける。
「水、かわへいく?」
「最後はな。ただし、濁った水を一気に流さない。草地で勢いを弱め、土を沈ませる」
「おさかな、だいじ」
「道路を良くして、川を悪くしたら意味がない」
「さかなはとなりの、むれ」
「そんな感じだ」
トトは畑作業の手伝いを終えて、道路脇の草と水の流れを絵へ描く。ニナは寸法を残し、トトは周囲の様子を残す。こびゃっこは空から全体を残す。
同じ工事でも、見る場所が違う。午後、最後の砕石を敷いた。
ニナのビデオカメラは橋側へ三脚で固定。こびゃっこは橋から横へ離れた上空で待機する。
「風がある。今日は高く上がりすぎるな」
「何メートルまでじゃ?」
「5メートルまで。風に流されたら逆らわず、作業区域の外へ着地しろ」
「カメラは守るぞ」
「自分を先に守れ」
「ヒカル……」
「何だ」
「びゃっこを心配しておるのかえ?」
「昨日も言っただろ。両方だ」
「はあ。素直じゃないのお」
「飛ぶ前からため息をつくな」
最後の転圧に入る。
『こちらヒカル。振動マカダムローラ、愛称ゴロゴロを始動する。橋上および工事区域内への立ち入り禁止。以上』
『こちらロク。完成道路側、異常なしっす。以上』
『こちらリーファ。橋反対側、通行者なし。森側も異常なし。以上』
『こちらニナ。固定カメラ、録画開始。規制の外側にいる。以上』
『こちらユキ。かんとくばしょ。みんな、いる。あんぜん。ゴロゴロ、どうぞ。いじょう』
『こちらヒカル。了解。以上』
ゴロゴロをゆっくり前進させる。最初は無振動。端から中央へ。重なり幅を一定にする。橋手前では速度を落とし、橋面へ乗り上げない。
砕石が落ち着いてから振動転圧。仕上げは再び無振動で一往復し、決めた位置へ停止する。駐車ブレーキ。エンジン停止。キー回収。
『こちらヒカル。ゴロゴロ停止。第一期道路、転圧完了。出来形確認へ移る。こびゃっこ、空撮を許可する。以上』
「待っておった!」
こびゃっこが浮き上がる。
「こびゃっこ、行きます!」
「5メートルまでだぞ!」
連邦の白い…もとい、白い小さな体が上空へ昇る。
首から下げた黒いカメラを両前足で構え、橋側から南門方向へ、完成した200メートルの道路を撮影する。
地上では一本の長い道だ。上空から見ると、住居区画、畑、橋、職人区画へ続く生活動線の一部だと分かる。
「飛びます。飛びます!」
おそらく、俺以下の世代には、ググらなければ決して分からない昭和ギャグを飛ばしながら、こびゃっこが撮影を続ける。
「こびゃっこ。橋も入れろ」
「入っておるぞ!」
「急に振るな。ゆっくり向きを変えろ」
「空撮係へ細かい注文が多いのう!」
「撮影主任を名乗りたいなら応えろ」
「任せるのじゃ!」
出来形確認では、道路幅、路盤厚、横断勾配、橋面との段差、路肩、排水方向を確認した。すると190メートル地点の右側が3センチ低い。
「許容範囲だが、橋の手前だから直そう」
砕石を足し、地面ぶるぶるで締める。再測定。
「計画と同じ」
「合格だ」
ニナが台帳へ大きな丸を付けた。
「第一期、完成」
「できた!」
ユキが両手を上げた。ミーシャとトトも歓声を上げる。ロクが赤旗を振り、リーファが笑う。リリア、アルノ、マリベルも畑側から歩いてきた。
上空のこびゃっこが叫ぶ。
「白狐神記念大道路、第一期完成じゃ!」
「正式名称は南側道路第一期だ!」
「空から見れば白狐神街道の風格があるぞ!」
「名前を高度で変えるな」
完成後の道路を、地上の固定カメラと、こびゃっこの超小型カメラで撮影した。空撮映像には、橋まで延びる道路、その横の畑、遠くの住居区画、職人宿が収まっている。
「悪くない」
俺が映像を確認すると、こびゃっこが胸を張った。
「主任への昇格は?」
「空撮担当」
「係から担当へ上がったのじゃ!」
「主任までは遠いぞ」
「次回作で必ず昇進してみせるのじゃ」
最後は、ゴロゴロの上で記念撮影をする。エンジン停止。キーは俺が所持。足場と手すりを確認する。
右運転席へ俺。左運転席へリーファ。中央にユキ、ニナ、トト、ミーシャ。こびゃっこはユキの膝へ座った。
「空撮担当が地上へ戻されておる」
「セルフタイマー撮影だからな」
「びゃっこがカメラを持って飛べば、全員を撮れるぞ」
「記念写真は地上のカメラで撮る。お前も写れ」
「む」
「撮るだけで、自分が一枚も残らないのは寂しいだろ」
こびゃっこは一瞬黙り、それからユキの膝で姿勢を正した。
「仕方ない。主演者として写ってやるのじゃ」
「急に主役へ戻るな」
ゴロゴロの前には、ロク、リリア、アルノ、マリベル、ミミ、クロメが並ぶ。ロクがセルフタイマーを設定し、中央へ戻った。
赤いランプが点滅する。
「ヘルメット、曲がってる」
ニナが言う。俺は自分のヘルメットへ手を伸ばした。
「ユキの方」
「そっちか」
ユキの監督ヘルメットが、大きな狐耳に押されて斜めになっていた。位置を直し、あご紐を確認する。
「ユキ、かんとくさま、できた」
「ああ。第一期工事、完了だ」
「ニナのきろくと、カメラも」
「よくできた。全部を一人でやらなかったのもよかった」
「こびゃっこの、そらのカメラも」
「空撮担当だな」
「いずれは主任じゃ!」
「昇進審査中だ」
「おっちゃん、なんでも」
「今日は重機の人だ」
「みんな、どうろのひと」
「ああ、それでいい」
点滅が速くなる。
「みんな、カメラを見るっす!」
ロクが声を上げる。
「ユキ、笑って」
「できた!」
「ニナも笑え」
「笑ってる」
「昨日と同じ顔だぞ」
「ちょっと、笑ってる」
「こびゃっこ、カメラを前へ出すな。顔が隠れるぞ」
「撮影担当の象徴じゃ!」
「道具の集合写真じゃないぞ」
カシャッ。電子音が鳴りシャッターが切られた。その瞬間、リーファの長い耳が動いた。ロクも顔を上げ、完成した道路の先を見る。ミミとクロメが同じ方向へ鼻を向けた。
「誰か来るっす」
南門側から、二台のマウンテンバイクが近づいてくる。荷物を積み、旅の土埃をまとった二人の男。
長身の剣士と、がっしりしたドワーフ。
「ガラン?」
ロクが呟く。
「ドランも一緒よ」
リーファが目を細めた。
二台の自転車は、出発した時には存在しなかった幅6メートルの砕石道路へ入った。畑の柵。鋼橋。二階建ての職人宿。外階段。風呂とトイレ。職人区画を囲むポールライト。
そして、見覚えのないブルドーザーとマカダムローラ。ガランとドランは、落ち着かない様子で左右を見ながらゆっくり進んでくる。
橋の手前まで来たところで、二人は同時にブレーキを掛けた。
俺たちは、まだゴロゴロの上にいる。右運転席には俺。左運転席にはリーファ。中央には、監督ヘルメットのユキ、黄色いヘルメットのニナ、トト、ミーシャ。
ユキの膝には『撮影主任』のたすきを掛け、首から親指二本ほどの超小型カメラを下げたこびゃっこ。
背後には、橋までつながった全長200メートルの道路。
ガランは自転車へ跨ったまま、片足を地面へついた。普段は表情を崩さない男が、口をわずかに開けている。
ドランもハンドルを握ったまま動かない。
二人の視線が、ゴロゴロから俺へ。俺からリーファへ。リーファからユキ、ニナ、トト、ミーシャへ。最後に、こびゃっこのたすきと、首から下がった小さなカメラへ移った。
「帰還者の取材じゃ!」
こびゃっこが飛び上がろうとするが、俺はたすきの端を掴んだ。
「昭和のワイドショーか。報道陣みたいに突撃するな」
「びゃっこに会いたがっている顔じゃぞ!」
「多分、施設が増えすぎて理解が追いついてない顔だよ!」
ガランとドランは、マカダムローラに乗った俺たちと、空撮へ飛び立とうとして俺に止められている撮影主任を見上げたまま――そろって、ぽかんとしていた。
◇
【第73話・収支報告】
異世界生活60〜61日目
日付:五の月19〜20日
オリエント王国歴952年
開始残高:284,491pt
今回の購入:
・南側道路第一期・残り100メートル分砕石路盤材
4,800pt(約480,000円)
・ブルドーザー、振動マカダムローラ、ミニバックホー用軽油
520pt(約52,000円)
・測量杭、マーキングスプレー、撮影用ラベル等消耗品
85pt(約8,500円)
・超小型4Kデジタルカメラ、32GBメモリーカード付き
56pt(約5,600円)
・こびゃっこ用安全分離式ネックストラップ、保護袋、識別ラベル
24pt(約2,400円)
今回支出合計:5,485pt(約548,500円)
現在残高:
284,491pt − 5,485pt = 279,006pt
円換算目安:
279,006pt × 100円 = 約27,900,600円相当
続く




