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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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第71話 白狐神、モデルデビューする


 翌日、俺たちは再び工事事務所へ集まった。昨日までに倉庫の整理と事務所の基本設備までは終わっている。


 次に設置するのは、職人たちへ図面や工事資料を見せるための映像設備だ。そこで、壁掛け式のテレビモニターを設置した。


 四十三インチで、地上波受信機能は使わない。そもそも、この世界に放送電波はない。


 主な用途は、工事資料、図面、写真、映像教材の表示。HDMIケーブルでノートパソコンへ接続。別にDVDプレーヤーも設置する。


「これは、ぱそこん?」


 ユキが黒い画面を見上げる。


「テレビモニターだ。映像を見るための板だと思えばいい」


「えが、うごく?」


「ああ」


「なかに、ちいさいひとがいる?」


「無線機の時と同じ発想だな。いないぞ」


 こびゃっこはDVDプレーヤーを覗き込んだ。


「これは何じゃ?CDか、いやなんか書いてあるのう…でーぶいでー?」


「DVDプレーヤーだ」


「ビデオデッキとは違うのか?」


「違う」


「VHSテープを入れる穴がないぞ」


「テープは入れない」


「まさかベータか?」


「さらに古い方向へ行くな」


「では、レーザーディスクじゃな」


「近いようで違う。レーザーディスクより小さい。CDと同じ大きさだ」


「直径三十センチの銀色の円盤ではないのか? 途中で裏返したりするのじゃ」


「知識が昭和家電売り場で完全に止まってるな。家電量販店の店員を呼んだら、歴史資料として囲まれるぞ」


「ビデオは、長時間録画なら三倍じゃ」


「そんな豆知識を誇らしげに言うな。今の子供に説明したら、時間を三倍にする魔法だと思われるぞ」


「まほう?」


 ユキが聞く。


「魔法じゃない。機械が録画時間を長くする代わりに、画質が少し落ちる方式だ」


「がしつ?」


「絵が少し見えにくくなる」


「こびゃっこも、ぼんやり?」


「三倍録画を重ねたら、白い毛玉にしか見えないな」


「守護神使への扱いが、朝から一貫して雑じゃぞ!」


 ニナはDVDプレーヤーのトレイをじっと見ている。


「開く?」


「このボタンを押すと出る」


 ニナがイジェクトボタンを押す。トレイが静かに出てくる。四人の子供が、おおっ、と言って一斉に一歩下がった。


「くち、でた」


 ユキが言う。


「機械の口だね」


 ミーシャが慎重に覗く。


「ここに円盤を置く」


「食べる?」


 トトが尋ねる。


「食べない。読み取る」


「目が、ない」


 ニナがトレイの奥を覗き込む。


「機械に身体的特徴を求めるな」


 今日はまだ、本格的な上映はしない。先に、残りの道路工事を記録する準備をする。


 職人が到着した時、完成した道路だけ見せても、施工方法は分からない。


 どのように測量したか。どの重機を使ったか。表土をどう扱ったか。砕石を何層に分けたか。どの順番で転圧したか。安全区域をどう設定したか。映像があれば説明しやすい。


 そのため、デジタルビデオカメラを用意した。三脚付き。大容量SDカード。予備バッテリー。防塵ケース。風切り音を抑えるマイクカバーが付いている。


「おっちゃん、それ、なに?」


 ユキが、俺の手にある黒い機械を見上げた。


 片手で持てる大きさだが、前には丸いレンズがあり、横には開閉式の画面が付いている。見慣れない形なのは当然だ。


「これは、今ここで起きていることを、映像として残す道具だ」


「えいぞう?」


「動いている姿と声を、そのまま記録できる。あとで何度でも見直せるんだ」


 説明しながら液晶画面を開き、電源を入れる。画面の中に、俺を見上げているユキと、その隣で腕を組んでいるこびゃっこが映った。


「ユキ、いる!」


 ユキが画面を覗き込み、それから自分の体を見下ろし、もう一度画面を見た。


「こっちにも、ユキ。こっちにも、ユキ」


「今映っているだけなら鏡に近いが、記録を始めれば、その時のユキを中に残せる」


「ユキ、なか、はいる?」


「入らない。姿と声だけだ」


「たましいも、すいこむのかえ?」


 ビデオカメラを知っているはずのこびゃっこが、わざとらしく一歩下がった。


「吸い込まない。昔の迷信を子供に教えるな」


「びゃっこは古来より伝わる神秘的な注意事項を述べただけじゃ」


「デジタル機器に古来も何もないだろ」


 こびゃっこは前足を腰に当て、液晶画面の中でも同じように胸を張った。


「しかし、ビデオカメラも随分と小さくなったものじゃ。小さくとも、びゃっこの麗しい姿を後世へ残せるとは、なかなか見どころがあるのう」


「工事記録用だ。お前の宣伝映像を撮るためじゃない」


「白狐神守護神使密着二十四時ではないのかえ?」


「どこの古いテレビ番組だ」


 ユキは画面へ向かって小さく手を振った。当然、画面の中のユキも手を振る。


「おなじに、うごく」


「今は、レンズが見ているものを画面に映しているからな。ここを押すと記録が始まる」


 赤い録画ボタンを指で示す。ただし、ユキには触らせない。


「この道具は、動いているところを撮るのが得意だ。工事を始める前の状態、作業中の様子、完成したあとの状態を記録しておけば、あとで確認できる」


「きろく?」


 ニナが俺の横へ来た。さっきまで無表情だった目が、ほんの少しだけレンズへ引き寄せられている。


「そうだ。ニナが台帳に数字や絵を書くのと同じだ。ただ、これは光景をそのまま残す」


「ながさも、たかさも?」


「画面を見ただけでは、正確な寸法までは分からない。測量や台帳の代わりにはならない。でも、どこに杭があったか、誰がどの位置で作業していたか、施工の順番がどうだったかは分かる」


 記録は多ければいいというものでもない。数字は数字で残す。図面は図面で残す。写真や映像は、それを補うために使う。


「これは動画を撮る道具だが、動かない一枚の絵として残すこともできる。それが写真だ」


「しゃしん?」


 トトが反応した。


 絵を描くのが好きなトトにとっては、気になる言葉なのだろう。


「トトが描く絵は、トトが見て、大事だと思ったものを手で描く。写真は、レンズの前にあるものを、一瞬でそのまま写す」


「すぐ、かける?」


「描くというより、光を記録するんだ。ほら」


 俺は静止画撮影へ切り替え、少し離れたところに並ぶ子供たちへレンズを向けた。


「よーし。今から皆んなにモデルになって貰おうかな。これから一枚撮る。動かなくてもいいし、普通にしていてもいい。ただし、レンズの前へ急に飛び出すな」


「もでる!こびゃっこといっしょ」


「しょうがないのお。それでは経験者のびゃっこが手本を見せようかの」


 ふわふわ浮きながら、こびゃっこが短い両足で、グラビアモデルの様なポージングをしようとする。


「短い足で無理するな。普通にしろ」


「ぐっ…この体では無理があるのじゃ」


 安全確認をしてから、撮影ボタンを押す。小さな電子音が鳴った。


 保存された画像を再生すると、ユキ、ミーシャ、トト、ニナ、それに空中で胸を張るこびゃっこが、一枚の画面に収まっていた。


「うごかない、ユキ!」


「これが写真だ」


 ユキが画面を覗き込み、大きな白い尻尾を左右へ振った。


「トトの、えと、おなじ?」


「似ているけど、違う。写真は、その瞬間に見えていた形を正確に残すのが得意だ。トトの絵は、見えたものだけじゃなく、気付いたことや大事に思ったことも描ける」


 トトは画面と自分のスケッチブックを見比べた。


「しゃしん、はっぱ、いっぱい」


「そうだな」


「えは、おおきい、はっぱ、かける」


「そういうことだ。写真では小さく写った葉でも、トトの絵なら大きく描いて、虫食いや葉脈を分かりやすくできる。どちらが上という話じゃない。使い道が違う」


「むれ、おなじ。でも、おしごと、ちがう」


 ユキが得意そうに言った。


「その理解で合ってる」


 写真と絵まで群れの役割分担に入ったらしい。


 説明を聞いていたアルノが、画面を慎重に覗き込む。


「つまり、紙へ描き写さなくても、その時の光景を保存できるのですね」


「ああ。ただし、この中へ無限に残せるわけじゃない。映像や写真は、SDカードという小さな記録板に保存される」


 取り出す前に電源を切る必要があるため、今はカードスロットの位置だけを示した。


「これがいっぱいになれば、古い記録を別の場所へ移すか、不要なものを消さないと新しく撮れなくなる。だから、何を撮ったか記録して、必要な映像を勝手に消さないことが大事だ」


「ちいさい」


 ニナがカードスロットを見つめる。


「小さいから紛失しやすい。土や水にも弱い。取り出す時は電源を切る。金色の部分へ触らない。無理な向きで押し込まない」


「おぼえる」


「まだ教えないぞ」


 ニナの手が伸びるより先に言うと、ぴたりと止まった。


「……まだ」


「ああ。今は俺が撮影する。ニナには、今日の作業が終わってから使い方を教える」


「あとで?」


「作業中に初めての機械を教えると、説明する方も使う方も注意が散る。だから、作業が終わって、手を洗って、机の上を片付けてからだ」


 ニナは少し考え、こくりとうなずいた。


「だんどり」


「そう。まずは電源の入れ方と切り方。次に持ち方。ストラップの付け方。写真の撮り方。撮った写真の確認。最後に防塵ケースへ戻すところまでだ」


「じゅうでんも?」


「教える。ただし、バッテリーの充電は大人と一緒だ。端子に異常がないか、熱を持っていないか、ケーブルが傷んでいないかを確認する。濡れた手では触らない」


「こわれたら、みる。さわらない。きろくする」


「その通り」


 電気設備の時に教えたことを、きちんと覚えている。


「それと、これはニナ専用にはしない。工事記録を担当する時に貸し出す。使った人が、バッテリー残量を確認して、レンズの埃を落として、ケースへ戻す」


「ニナだけの、おしごと、しない」


 ユキが確認するように言った。


「ああ。記録の仕方はニナに教えるが、全部の撮影と管理をニナ一人へ押しつけるわけじゃない」


「むれで、つかう」


「そういうことだ」


 俺は三脚を開き、脚の固定具を一つずつ確認した。三本の脚を十分に広げ、地面へ安定させる。


 通路の真ん中や、重機の進路には置かない。風で倒れない場所を選び、必要なら重りを付ける。


「この三本足に載せれば、手で持たなくても撮影できる。ただし、立てたまま放置しない。脚へ引っ掛かると危ない」


「さんきゃく」


 ニナが台帳へ書き込む。


「三脚を運ぶ時は、カメラを付けたまま担がない。一度外して、それぞれ運ぶ。固定ねじが緩んでいないかも確認する」


「ねじ、かくにん」


「撮影中でも、危険を見つけたら映像より安全を優先する。いい場面だからといって、そのまま撮り続けない。まず作業を止めて知らせる」


「しゃしんより、あんぜん」


「映像よりも安全だ」


 ニナは、さらに一行書き足した。俺が言ったことを、ほとんどそのまま台帳へ書いているらしい。


 こびゃっこが三脚の周囲を一周し、顎へ前足を当てた。


「では、びゃっこが監督として撮影開始の合図を――」


「しない」


「まだ何も言っておらぬぞ」


「どうせ『本番三秒前』とか言い出すだろ」


「なぜ分かったのじゃ」


「昭和だからだ」


 こびゃっこは不満そうに尻尾を揺らした。


「ユキも、あとで、おしえて」


「ユキには、見る方と、撮られる時の注意を教える」


「とるのは?」


「もう少し大きくなってからだ。今はレンズを手で触らないことと、撮っている人の前へ急に出ないことを覚えてくれ」


「ユキ、かんとくさま」


「監督は、撮影している人の邪魔をしない」


「……かんとく、じゃま、しない」


 少しだけ悔しそうだが、納得はしたらしい。


 俺は防塵ケースの内側を確認し、予備バッテリーとSDカードをそれぞれ専用の小袋へ入れた。カードには番号を付け、バッテリーにも識別用のラベルを貼る。


 撮影日。撮影場所。内容。使用したカード番号。バッテリー残量。映像を残すなら、その映像が何なのか分かるようにしておかなければならない。


 正体不明の記録が大量に増えれば、探すだけで時間を食う。


「ニナ。あとで練習する時は、最初にこの台帳へ書く」


「なにを?」


「日付、使う人、撮る場所、目的。練習なら『カメラ練習』でいい。終わったら、撮影した数と、バッテリー残量を書く」


「けしても、かく?」


「練習で失敗した写真を消す時も、俺と一緒に確認してからだ。工事の記録は、失敗して見える写真にも意味がある。勝手には消さない」


「わかった」


 ニナは無表情のまま、いつもより少し大きくうなずいた。


 工具や測量器とは違う。だが、構造を残し、工程を残し、あとから確かめるための道具という点では、ニナの興味とよく合う。


 いずれ図面、台帳、写真、映像を組み合わせれば、俺がいない時でも、職人たちへ工事の経緯を説明しやすくなる。


 買っただけでは記録にならない。撮る人。保管する人。確認する人。消してよいか判断する人。そこまで決めて、ようやく道具になる。


「では最初の撮影は、びゃっこの華麗なる工事現場入りから――」


「こびゃっこは三脚から三メートル離れろ」


「横暴じゃ!」


「レンズの前を飛び回る気だろ」


「画面へ華を添えようとしただけじゃ!」


「白いぬいぐるみが至近距離を横切ったら、画面が毛で埋まる」


「神々しい白狐の御姿と言わぬか!」


 ユキがこびゃっこを両手で抱え、三脚から離した。


「こびゃっこ、じゃま、しない」


「む。ユキまで!」


「かんとく、じゃま、しない」


 自分へ言い聞かせたばかりの規則を、さっそくこびゃっこへ適用したらしい。ニナはその様子を見たあと、台帳の端へ小さく書き加えた。


「こびゃっこ、レンズまえ、だめ」


「なぜそれを正式記録へ残すのじゃ!」


 あとでニナへカメラの使い方を教える項目に、予定外の注意事項が一つ増えた。


 ◇


 夕方。事務所の長机を片付け、ニナへのカメラ操作練習を始めた。傍らではこびゃっこが、取説を読んでいる。

 

 まずはストラップを手首へ通す。両手で持つ。レンズへ指を掛けない。液晶画面だけに集中せず、周囲を見る。


 電源を入れ、撮影モードを確認。録画ボタンを一度だけ押す。録画中の赤い表示を確認。もう一度押して停止。


「長く押さない?」


「一度でいい。慌てて何度も押すと、始めたつもりで止めたり、止めたつもりで始めたりする」


「赤、撮る。赤ない、止まる」


「そうだ」


 ニナが最初に撮影したのは、事務所のホワイトボードだった。次に、充電棚。新倉庫の入口。三脚へ固定した状態で、建物の外観。画面は少し傾いていたが、最初なら十分だ。


「確認するぞ」


 録画した映像を再生する。テレビモニターの画面に、先ほどニナが撮った事務所内が映った。ホワイトボード。充電棚。新倉庫。映像が切り替わるたび、子供たちが小さく声を上げる。


「さっきの、おへや」


 ユキが言う。


「今も同じ部屋にいるのに、板の中にもある」


 トトが不思議そうな顔で言った。


「撮った時の部屋だ」


「むかし?」


 ユキが首を傾げる。


「ほんの少し前だがな」


「むかしの、いま」


「難しいことを言い始めたな」


 こびゃっこがモニターの前へ浮かぶ。


「つまり、びゃっこの美貌も、永遠に残るということじゃ」


「工事記録の説明から、自分の写真集へ話を曲げるな」


「白狐神使・令和版映像全集じゃ」


「令和を一日も経験してないだろ」


「先ほどヒカルが教えてくれたゆえ、知識としては最新じゃ」


「令和の機器の取説を読んだだけで時代を生きた顔をするな」


 ニナは映像の傾きを見ている。


「右、下がった」


「次は三脚の水準器を見る。泡を中央へ合わせる」


「撮る前、確認」


「そうだ。撮り始めてから直すのではなく、先に整える」


「だんどり」


「ああ」


 最後に、撮影した映像を保存したまま電源を切る。レンズを専用布で軽く拭く。バッテリー残量を確認し、台帳へ記入。最後にカメラを防塵ケースへ戻す。三脚は脚を縮め、固定具を確認して壁際の保管場所へ。


「これで終わりだ」


「充電、しない?」


「残量は十分ある。毎回満充電にする必要はない。次の道路工事前に確認する」


「使う前、見る」


「使用後にも見る。使う前と使った後、両方だ」


「わかった」


 ニナは台帳へ最後の数字を書いた。その横には、先ほどの注意事項も残っている。


【こびゃっこ、レンズまえ、だめ。】


「それは消してよいのではないかの」


「工事の記録は、失敗して見える記録にも意味がある」


 俺が言うと、こびゃっこは一瞬黙った。


「びゃっこの件は失敗ではない!」


「将来の事故防止資料だ」


「神使を危険要因へ分類するな!」


「撮影中にレンズへ突っ込もうとしただろ」


「華麗な登場演出じゃ」


「防犯カメラへ顔を近づける不審者と同じだよ」


 ユキがこびゃっこの頭を撫でる。


「こびゃっこ、こんど、うしろ」


「主役が後方では映らぬ!」


「こびゃっこ、主役じゃない」


 ニナが即答した。こびゃっこは、前足を腰へ当てたまま固まった。


 事務所のテレビモニターには、ニナが初めて撮影した倉庫の映像が止まっている。


 まだ少し傾いている。画角も広すぎるが、そこには今日作ったばかりの倉庫と、事務所の入口と、その前に立つ群れの姿が映っていた。


 台帳の数字だけでは残らないもの。図面だけでは伝わらないもの。作業した者の立ち位置。建物の周囲。完成した時の表情。そうしたものまで、映像には残せる。


「次は、道路工事」


 ニナが言う。


「ああ。次の五十メートルを撮る」


「最初。杭。表土。グイグイ。砕石。ゴロゴロ。完成」


「工程ごとに区切る。長時間撮りっぱなしにはしない」


「危ない時、撮らない」


「その通り」


「こびゃっこ、前、だめ」


「それもその通りだ」


「二人で規則を増やすでない!」


 ユキが両手を上げる。


「ユキ、かんとく。ニナ、きろく。おっちゃん、なんでも。こびゃっこは――」


「映像監督じゃ!」


「みるひと」


「なぜじゃ!」


「正確だな」


「ヒカルまで認めるでない!」


 事務所に笑い声が広がる。明日は、観光用のDVDを使って、日本の風景を見せる予定だ。


 神社。鳥居。東京。列車。この世界には映画も、テレビ番組も、録画映像もない。今日、写真と短い工事映像だけでこれだけ驚いたのだ。


 本物の日本の街や人々が動く映像を見せたら、いったいどんな騒ぎになるのか。


 こびゃっこだけは、VHSやレーザーディスクを知っている。だが、その知識は昭和後期から平成初期で止まっている。現代の東京を見た時、懐かしがるのか。驚くのか。それとも、自分の知らない時代の流れを感じるのか。


「明日は、日本を見るぞ」


 俺が言うと、ユキの耳が立った。


「にほん?」


「俺とこびゃっこがいた世界だ」


「おっちゃんの、おうち?」


「昔いた場所だな」


「こびゃっこの、はらじゅく?」


「びゃっこの麗しきモデル時代が蘇るのじゃ!」


「観光DVDにお前の映像は入ってない」


「探せば、残っておるかもしれぬぞ」


「数十年前の地方CMや雑誌撮影の記録を、観光DVDへ期待するな」


「笠間稲荷も見るのじゃ!」


「収録されていればな」


「伏見稲荷は?」


「神社の映像に入っている可能性は高い」


「千本鳥居じゃ!」


「ユキ。明日は鳥居がたくさん出てくるぞ」


「いっぱい?」


「数え切れないくらいだ」


「ユキの、とりいより?」


「ずっと多い」


 ユキは目を丸くした。


「おっちゃん」


「何だ」


「あした、すぐ?」


「朝食の後だ」


「いま、あさごはん?」


「夕方だ。時間を巻き戻そうとするな」


「さんばい?」


「こびゃっこの知識と混ぜるな」


 こびゃっこが得意そうに胸を張る。


「映像とは、時間を操る魔法のようなものじゃからの」


「さっき魔法じゃないと説明したばかりだ」


「巻き戻し、早送り、一時停止」


「言葉だけ並べると魔法っぽいが、機械だ」


「では、明日はびゃっこが映写主任を務める」


「ただのDVD鑑賞だぞ。大袈裟な」


「役職だけじゃ」


「却下」


「横暴じゃ!」


 新しい事務所のモニターを消す。DVDプレーヤーの電源を切り、カメラはケースへ戻した。


 明日は、この黒い板の中に、日本が現れる。工事を教えるために用意した設備が、群れにとって初めて異世界を見る窓になる。


 その前に、こびゃっこが映写主任のたすきを作らないよう、裁縫道具を確認しておこう。



【第71話・収支報告】


異世界生活58日目

日付:五の月17日

オリエント王国歴952年


開始残高:287,031pt


今回の購入:


・43型テレビモニター、壁掛け金具

 800pt(約80,000円)


・DVDプレーヤー、HDMIケーブル

 250pt(約25,000円)


・デジタルビデオカメラ

 720pt(約72,000円)


・撮影用三脚

 120pt(約12,000円)


・大容量SDカード、予備SDカード

 140pt(約14,000円)


・ビデオカメラ用予備バッテリー、充電器

 190pt(約19,000円)


・防塵ケース、マイク用風防、落下防止ストラップ

 100pt(約10,000円)


・撮影管理台帳、識別ラベル、SDカード・バッテリー用保管袋

 100pt(約10,000円)


今回支出合計:2,420pt(約242,000円)


現在残高:


287,031pt − 2,420pt = 284,611pt


円換算目安:


284,611pt × 100円 = 約28,461,100円相当



続く

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