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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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第70話 白狐神と工務店の事務所


 翌朝。頬に、柔らかい何かが押しつけられている。温かい…毛がある。微妙に重い。


「……またか」


 目を開ける前から、だいたい予想はついていた。


 右腕はユキに抱え込まれている。胸から腹にかけて、大きな白い尻尾が斜めに乗っていた。


 顔の上には、こびゃっこ。今日は腹の上ではない。俺の左頬へ腹を押しつけ、四本の足を投げ出して寝ている。


「んん……次は、クリームソーダ大盛りじゃ……」


 こびゃっこが寝言を漏らす。


「町中華の炒飯か。飲み物に大盛りを要求するな」


「おまけは、ビー玉……二個……」


「何処のハッピーセットだ」


 俺が左手でこびゃっこの体を持ち上げようとすると、前足が鼻の穴を掴んだ。


「ぐっ! 俺の鼻は吊り革か」


「おっちゃん……にげるな……」


 右側では、ユキが俺の腕をさらに強く抱える。


「逃げようにも、神と神使でアンカーボルト留めされてる」


「むれ……おなじ……」


「群れの平等と、俺の右腕の血流は別問題だ」


 ユキの耳がぴくりと動く。


「ふう……」


 小さなため息がした。


「寝ながら昨日の続きをするな」


「びゃっこの……ためいき……」


「寝言で解説しなくていい」


 頬の上のこびゃっこが、薄く目を開いた。


「今のは寝起き系じゃ」


「ため息をこれ以上、電気回路みたいに分岐させるな」


「分類は大事じゃぞ」


「お前らの分類表、そのうち分電盤より系統が増えるぞ」


 こびゃっこを籐カゴへ戻し、ユキの腕をゆっくり外す。ようやく起き上がると、右腕がじんじんしていた。


 ユキも目を開ける。


「おっちゃん、おはよう」


「おはよう。昨日はよく眠れたか?」


「ねた」


「だよな。俺は寝具の一部だったけど」


「しんぐ…おっちゃん、べっど?」


「違う。四十歳の人間だ」


「でも、あったかい」


「俺はヒートテックか」


 こびゃっこが籐カゴから頭を出した。


「ヒカルは、白狐専用人型寝具じゃの」


「勝手に商品名をつけるな。しかも専用って何だ」


 ◇


 朝食は、ご飯、味噌汁、焼き魚、卵焼きだった。


 ユキは昨夜の微炭酸を思い出したらしく、自分のりんごジュースを飲むたびに一度止まり、慎重に喉を動かしている。


「今日はしゅわしゅわじゃないぞ」


「わかってる」


「何で一口ごとに緊張しているんだ」


「けぷ、でないように」


「普通のりんごジュースに、そこまで警戒しなくていいぞ」


 ミーシャが口元を隠して笑う。


「ユキ、昨日、真っ赤だったね」


「ミーシャも、した」


「私のは小さかったです」


「音の大小は関係ないと思うが」


 トトも加わる。


「ニナは一番短かった」


「必要な分だけ」


 そう言って、ニナは淡々と卵焼きを食べている。


「げっぷまで省エネ志向なのか、ニナは」


「むだ、ない」


「人の生理現象を工具みたいに最適化しなくていい」


 リリアが笑いをこらえながら、味噌汁を配っていた。


「ヒカルさん。今日は道路工事を再開されるのですか?」


「いや。その前に、職人を迎えるための事務所と倉庫を整える」


「じむしょ?」


 ユキが首を傾げる。


「工事の打ち合わせや相談をしたり、図面を見たり、記録を書いたりする場所だ」


「おっちゃんの、なんでものへや?」


「まあ仕事限定のフリースペースだな」


「何でも相談所じゃな」


 こびゃっこが前足をワキワキさせながら、器用に魚の身を小さな箸で取る。


「仕事、人生、恋愛、稲荷寿司の悩みまで、びゃっこが答えるのじゃ」


「最後だけ相談員が食べたい物だろ。それにお前へ恋愛相談したら、回答が昭和の少女漫画から出てきそうで怖い」


「まずは交換日記からじゃな」


「ほら、時代がカセットテープと一緒に止まってる」


「今は違うのか?」


「少なくとも、連絡手段の第一候補ではない」


「文通でもよいぞ」


「選択肢をさらに古くするな。近代化の話をしてるのに、会話だけ昭和初期へ下がってるぞ」


 朝食後、俺は皆んなに今日の作業内容を説明する。


 現在、作業倉庫として使っている十二畳のユニットハウスには、工具棚、作業台、充電設備、設計机、ノートパソコン、プリンターが置かれている。


 だが、職人が来れば、俺一人の作業場所では済まない。


 図面を広げ、工事内容を説明する。工程を確認し、休憩もする。問題が起きた時には話し合うスペースも必要だ。


 そのため、現在の作業倉庫を事務所兼休憩所へ変更することにした。


 工具、建築資材、予備部材、消耗品は、新しく設置する八坪のユニットハウス倉庫へ移す。


「はちつぼ?」


 トトが聞く。


「広さの単位だ。約十六畳くらいだな」


「いまのおへやより、おおきい?」


「少し大きいぞ」


「道具の家が、引っ越しする?」


 ニナが言う。


「そうだ。でも、全部を一度に運ぶ必要はない。先に新しい倉庫を設置して、棚と置き場所を決めてから移す」


「おうちが出来て、棚を移して、道具を置く」


「その順番だ」


「段取りじゃな」


 こびゃっこが胸を張る。


「そういう事だ」


 ◇


 説明後、現在の作業倉庫へ集まった。建物の右隣には、以前の造成時に砕石を敷き、転圧まで済ませた空き区画がある。


 現在の作業倉庫に付随する資材置き場として、最初から余裕を持たせていた場所だ。八坪のユニットハウスなら十分収まる。


 建物同士の間隔は、作業通路と雨水排水、点検スペースを考え、約二メートル確保する。


「新倉庫の設置場所を確認するぞ」


『こちらユキ。かんとくばしょ、いじょう』


「無線はいらない。全員ここにいる」


「れんしゅう」


「朝の食卓で家族同士が全員電話してるくらい無駄だぞ」


「こちら、こびゃっこ。朝食の魚、異常なし。以上」


「朝食内容の報告を、無線口調でするな」


 ニナが基準点から距離を測る。コンベックスを伸ばし、現在の作業倉庫外壁から二メートル。


 新倉庫の四隅へ印を付ける。長辺と短辺を測り、対角寸法も確認する。


「対角、同じ」


「よし。直角は出ている」


 地面は整地済みだが、建物を置くとなれば、もう一度水平を確認する。


 レーザーレベルを据え、四隅と中間支持点の高さを測る。


 ニナがスタッフを持つ。


「ここ、基準より、二センチ高い」


「砕石を少し削る」


「こっち、三センチ低い」


「敷砂で調整だ」


 ユキは、カラーコーンと赤白コーンバーで規制した外側から、腕を組んで見ている。


「まっすぐ、なった?」


「まだだ。今は建物を置く前の地面を合わせている」


「おうち、ななめ、だめ」


「棚の上から工具箱が滑ってくるからな」


「寝ている時に、びゃっこが端へ転がるのも困るのう」


「倉庫で寝る前提を混ぜるな。お前を収納物に分類するぞ」


「高位神使を備品にするでない!」


「夜城ごとラベルを貼ってやる。『白狐神使・よく食べる・取扱注意』だ」


「まさか賞味期限も書くのか?」


「冗談にのるな」


 支持点にはコンクリートブロックを並べる。建物の荷重が集中する位置へ配置し、ブロック上面の高さを調整。


 敷砂と細粒砕石を使い、レーザーで一か所ずつ確認する。ブロックが傾いていないか、水準器でも見る。


「泡、まんなか」


「次」


「まんなか」


「次」


「ちょっと、みぎ」


「少し下げよう」


 ニナは小さな調整も見逃さない。


 俺がブロックを持ち上げ、砂を少し掻き出す。


 再度置いて確認。


「まんなか」


「よし」


 全支持点の高さが揃ったところで、周囲を立入禁止にする。


「これからユニットハウスを展開する。全員、規制の外へ」


 収納から建物を出す時、配置指定はできる。ただし、指定できるからといって、確認を省略していいわけではない。


 位置。向き。高さ。扉の開く方向。既存倉庫との間隔。雨樋の排水方向。窓と通路の位置。全部確認する。


「ニナ。配置図」


「これ」


「入口は南側と東側。既存事務所と二メートル離れているので問題ない」


「通路、ここ」


「ああ。入り口にスロープを置く。資材をワゴンで運ぶ時、直接出入りできる」


「ユキも、はこぶ」


「軽い物だけな」


「こびゃっこも運ぶぞ」


「何を」


「現場の士気じゃ」


「そういうのはいいから」


 全員の退避を確認し、八坪ユニットハウスを指定位置へ展開した。


 空間がわずかに揺れ、灰色の外壁と金属屋根を持つ建物が、支持ブロックの上へ静かに現れる。


「でた!」


 ユキが両手を上げる。


「おおきい、どうぐのおうち!」


「確かに今回の主役は倉庫なんだが、登場が舞台俳優みたいだな」


「収納から出しただけで、この存在感。さすがヒカルの反則技じゃ」


「反則技って言うな。建築現場で建物を一棟ずつ運んでたら、俺一人じゃ人生が三回必要になる」


 設置後、まず四隅の水平を確認する。レーザーで床の高さ。長い水準器で床面。扉と窓の開閉。建具が勝手に動かないか。床がきしんでいないか。支持点に浮きがないか。全て問題なし。アンカー金具を使い、建物下部を固定する。


「ニナ。固定金具、数」


「十二」


「アンカーボルト」


「二十四」


「ワッシャーとナット」


「二十四ずつ」


「アンカーボルトの打ち込みは俺がやる。ニナは締め付けと記録」


「うん」


 俺が振動ドリルで穴を空けて、セットハンマーでアンカーボルトを打ち込んでいく。


 その後をニナがナットをラチェットで締め付け、全て終えたら作業台帳に記録した。


 ◇


 建物を固定した後は、電源設備だ。

新倉庫の用途は、資材の加工作業や工具、資材、消耗品の保管。


 必要な電力は、室内照明、作業工具の使用と一時充電、換気扇、点検用機器程度であり、常時大電力を使う場所ではない。


 屋根の南寄りへソーラーパネルを設置する。今回も屋根へ上がるのは俺だけ。


「こちらユキ。かんとくばしょ、いじします。おっちゃん、おちない。いじょう」


「作業中はヒカルだ」


「こちらユキ。ヒカル、おちない。いじょう」


「俺の予定表みたいに言うな。落下は予定に入ってない」


「こちら、こびゃっこ。音楽監督、地上待機。異常に退屈。以上」


「口頭無線は禁止って何度言えば分かるんだ」


「びゃっこは電波を使っておらぬ。合法じゃ」


「税金の抜け道を見つけた会社か」


 屋根金具を固定し、小型ソーラーパネルを設置する。配線は保護管へ通して、屋根端部や金属角へ触れないようにする。室内へ引き込む箇所は防水処理。


 ポータブル電源は、入口から離れた壁際の専用区画へ置く。放熱空間を確保し、棚や段ボールで吸気口を塞がない。床から少し高い台へ載せ、水濡れを防ぐ。


 チャージコントローラーを介してソーラーパネルへ接続。室内LED照明と換気扇、充電用コンセントへ供給する。


「大きな工具を使う時は、事務所側か、発電機を使う。この倉庫のコンセントへ何でも差すな」


「なんでも、だめ」


 ユキが復唱する。


「そうだ」


「おっちゃんなら、なんでも」


「俺にプラグを差すな。俺だって同時に重機三台は動かせない」


 通電前確認。主電源切。照明回路切。換気扇回路切。コンセント回路切。接地確認。端末確認。絶縁確認。ポータブル電源出力開始。主幹投入。


 照明回路から順番に確認する。天井のLEDベースライトが点いた。


「ついた!」


「まだ昼間だが、点灯は確認できるな」


 換気扇も正常。コンセントはテスターで極性と電圧を確認する。


 小型充電器を接続し、充電表示が点灯。


「べんり」


 ニナが小さく頷く。


「ただし、ここを充電器だらけにしない。基本の充電場所は事務所側に残す」


「どうして?」


「電池の状態を一か所で確認しやすいからだ。倉庫では、一時的に必要な物だけ充電する」


「集めて、見る」


「そうだ。場所を増やしすぎると、どこで何を充電しているか分からなくなる」


「ヒカルの世界でも、充電器が行方不明になるのか?」


 こびゃっこが聞く。


「なる。ケーブルも増えるし、微妙に仕様も違う」


「現代文明も、紐に支配されておるのじゃな」


「言い方が壮大すぎる。スマホの充電ケーブルを隷属紐と同列に置くな」


 ◇


 昼前から、既存の作業倉庫内を整理した。今まで工具棚に置いていた物を、全て移すわけではない。事務所にも、日常的に使う工具は必要だ。


 測量道具。筆記用具。図面用具。無線機。救急箱。小型工具。点検用テスター。ノートパソコンとプリンター。これらは残す。


 大型電動工具。予備工具。建材。金具。配線部材。塗料。ロープ。シート。規制用のカラーコーンとコーンバー。予備ヘルメット。消耗品。これらを新倉庫へ移す。


「まず、置く場所を決める」


「はこばない?」


 ユキが赤いワゴンの取っ手を持っている。


「先に棚を置く。何も決めずに運び込むと、新倉庫が巨大な物置箱になる」


「大きな箱へ、小さな箱を無計画に詰めると、最後に必要な物が一番奥へ行くのじゃ」


 こびゃっこが妙に納得した顔をする。


「珍しくまともだな」


「昔、押し入れの奥へ入れた晴れ着が出てこなくなったことがある」


「経験談だったのか」


「前に物を積みすぎたのじゃ」


「千年生きていても収納の失敗はするんだな」


「物が多いのは、豊かさの証じゃ」


「片づけられない人が言う定番の言い訳だよ。押し入れを古代遺跡にするな」


 新倉庫内部へ、スチール棚を配置する。重量物用棚。長物用ラック。電動工具用棚。配線・電気部材棚。金具・ボルト類棚。塗料・溶剤用の施錠収納庫。安全用品棚。季節用品と予備品棚。


 棚は壁と床へ固定し、下段へ重い物。中段へよく使う物。上段へ軽い予備品。塗料や溶剤は、電源区画から離し、火気厳禁表示も付ける。長物は倒れ止めを設置。


「ニナ。棚番号を振る」


「A、B、C?」


「それでいい。棚Aは電動工具。棚Bは金具。棚Cは電気部材」


「絵もつける」


「文字が読めない職人もいるかもしれない。工具の絵、ボルトの絵、電線の絵を付けよう」


「トト、かく?」


 ユキが聞く。


「頼めるか?」


「うん」


 トトがスケッチブックを開く。


「でも、ボルト、むずかしい」


「実物を見ながらでいい。正確な図面じゃなく、何が置いてあるか分かればいい」


「ぼく、かく」


「びゃっこの棚も描くのじゃ」


「お前の棚はない」


「守護神使保管区画」


「保管される気満々じゃないか」


「柔らかな布を敷くのじゃぞ」


「高級工具より扱いが面倒だな」


 移動作業は、赤いワゴンを使った。ロクが重い電動工具を運ぶ。リーファが長物ラックへ資材をまとめる。ニナが台帳と照合する。ミーシャとトトは、軽い安全用品や空の収納箱。ユキは、作業用手袋を運ぶ。こびゃっこはワゴンの荷台に乗っている。


「お前は降りろ」


「荷崩れ防止じゃ」


「一番先に崩れてるのは、お前の労働観だ」


「現場監督は全体を見るものじゃ」


「荷台から見えるのは、ロクの背中だけだろ」


「働く狼族の背中は美しいぞ」


「自分、狼族っす」


「そこは訂正しなくていい。ちゃんと狼族と言ってる」


「条件反射っす」


「まるでパブロフのい……。いや、何でもない」


 俺は、言いかけて途中で止める。


 ◇


 午後、空いた作業倉庫を事務所へ変えていく。俺の設計机とノートパソコン、プリンターは、そのまま奥側へ残す。


 壁際には充電スペース。携帯無線機。予備バッテリー。測量機器。後で購入するデジタルカメラ。工具用バッテリー。充電中、充電済み、点検必要の三つに分ける。


 誰が使った物かも記録する。ニナ一人へ任せず、使用者本人が戻す。


 中央には、折りたたみ式の長机を二台。向かい合わせに置けば、十人前後の打ち合わせができる。パイプ椅子は十二脚。使わない時は壁際へ積み重ねる。出入口は塞がず通路を確保する。


 小型冷蔵庫は、飲料、保冷剤、熱中症対策用品を入れる。当然、酒は入れない。


 俺がそう言うと、こびゃっこの耳が下がった。


「まだ何も言っておらぬぞ」


「顔が居酒屋の閉店を知らされた常連客みたいになってるぞ」


「職人の労をねぎらう酒は必要じゃ」


「仕事が終わってから食堂で出す。事務所の冷蔵庫は業務用だ」


「冷えた日本酒も業務のうちでは?」


「どんな会社だ。朝礼で乾杯する気か」


「ドワーフ企業なら、あり得るのう」


「労働基準監督署があったら、真っ先に立ち入り調査されるな」


 冷蔵庫の扉へラベルを貼る。


「水」


「スポーツ飲料」


「保冷剤」


「救急用冷却材」


「持ち出した人が補充」


 ユキが一つずつ読む。


「おやつ、ない」


「ない」


「おにく、ない」


「事務所の冷蔵庫だからな」


「つまらない」


「職場の冷蔵庫へ期待する内容じゃない」


 壁には大型ホワイトボード。左側に週間工程。中央に本日の作業。右側に安全確認と連絡事項。下部には、磁石で図面や写真を留められる。


「ここへ残りの道路工事を書く」


 俺はペンで書く。南側砕石道路・第1期。完成百メートル。残り百メートル。次回施工五十メートル。


 工程。


 一、立入規制。

 二、測量。

 三、表土剥ぎ。

 四、路床整形。

 五、砕石一層目。

 六、散水・転圧。

 七、砕石二層目。

 八、散水・転圧。

 九、出来形確認。

 十、清掃・記録。


「いっぱい」


 ユキが見上げる。


「道路は、重機でグイグイしてゴロゴロすれば終わりじゃないからな」


「グイグイ、ゴロゴロ、じめんぶるぶる」


「擬音だけ並べると幼児番組みたいだが、実際は測量と排水が大事だ」


「地面ぶるぶる体操、第一!」


 こびゃっこが前足を上げる。


「ホワイトボードの前を教育番組のスタジオにするな」


「みぎ、ひだり、ぶるぶる!」


「やめろ。腰痛になるだけだ」


 ホワイトボードの片隅には、明日以降の予定も書いた。


 事務所用テレビモニター。DVDプレーヤー。工事記録用ビデオカメラ。職人に工事の資料を見せる設備は、次に整える。


 今日は、話し合う場所と、道具を置く場所までだ。


 事務所の中を見回す。設計机。充電棚。長机。椅子。冷蔵庫。ホワイトボード。右隣には、新しく設置した八坪倉庫。


 建物が一棟増えただけではない。俺一人の作業小屋だった場所が、これから来る職人たちと仕事をするための場所へ変わった。


「じむしょ、できた?」


 ユキが聞く。


「基本部分はな。明日は映像を見る設備を入れる」


「えいぞう?」


「絵や人が動いて見える」


「なかに、ひと?」


「その説明は明日だ」


「こびゃっこも、うごく?」


「普段から無駄に動いてるだろ」


「びゃっこの華麗な姿を映すのじゃな!」


「工事資料が目的だ」


「白狐神使主演作品ではないのかえ?」


「まだ機械すら買ってないのに、主演だけ決めるな」


 こびゃっこは、長机の上へ飛び乗り、前足を腰へ当てた。


「題名は『白狐神使、湖畔に立つ』じゃ」


「倉庫の荷台に座っていただけだろ」


「働く者たちを見守った」


「それを世間では見学と言うんだよ」


 ユキが長机の前へ座る。


「ユキ、かんとく」


「そうだな」


「ニナ、どうぐときろく」


「ああ」


「おっちゃん、なんでも」


「事務所を作っても、俺の役職だけ一向に整理されないな」


「こびゃっこ、しき」


「何の指揮だ」


「夕食じゃ」


「一番指揮されたくない役職だよ」


 夕方、新倉庫の照明を消し、ポータブル電源の状態を確認する。事務所の冷蔵庫は稼働。充電棚は、充電中の物がないことを確認。工具と資材は棚へ戻し、新倉庫の扉を施錠する。


「おっちゃん」


「何だ」


「どうぐの、おうち、できた」


「ああ」


「おはなしの、おうちも、できた」


 ユキは事務所を見上げている。


「そうだな。明日からは、ここで皆に説明できる」


「むれ、おなじ。でも、おうち、ちがう」


「倉庫は道具を守る。事務所は、人が話し合う。その理解で合っている」


「おっちゃんは?」


「両方を行ったり来たりする」


「なんでも」


「やっぱりそこへ戻るのか」


 こびゃっこが俺の肩へ浮かんでくる。


「明日は映像文化の夜明けじゃな」


「大げさだ」


「白狐テレビ、開局!」


「この世界には、メディアの概念すらないぞ」


「局長は、びゃっこ」


「機械を買う前から組織を乗っ取るな」


 新しい倉庫と事務所を振り返る。職人が来るまでに整えなければならないものは、まだ多い。


 職人宿の寝具。生活規則。工具。作業服。道路工事の続き。だが、職人が働くための中心となる場所はできた。


 道具を保管し、図面を描き、工程を確認し、皆で相談する場所。


 群れの仕事場は、また一つ形になった。



【第70話・収支報告】


異世界生活57日目

日付:五の月16日

オリエント王国歴952年


開始残高:312,001pt


今回の購入:


・8坪中古ユニットハウス倉庫

 18,500pt(約1,850,000円)


・支持用コンクリートブロック、敷砂、細粒砕石

 280pt(約28,000円)


・アンカー金具、アンカーボルト、ワッシャー、ナット

 340pt(約34,000円)


・倉庫入口用スロープ

 180pt(約18,000円)


・倉庫屋根用ソーラーパネル一式

 1,500pt(約150,000円)


・倉庫用ポータブル電源、チャージコントローラー

 1,250pt(約125,000円)


・LEDベースライト、換気扇、充電用コンセント

 240pt(約24,000円)


・配線、保護管、防水部材、電気工事用消耗品

 180pt(約18,000円)


・重量物用スチール棚、電動工具用棚

 520pt(約52,000円)


・長物用ラック、転倒防止金具

 260pt(約26,000円)


・塗料・溶剤用施錠収納庫

 220pt(約22,000円)


・収納箱、棚ラベル、火気厳禁表示、安全表示用品

 100pt(約10,000円)


・折りたたみ式長机2台

 240pt(約24,000円)


・パイプ椅子12脚

 360pt(約36,000円)


・大型ホワイトボード、専用ペン、磁石

 280pt(約28,000円)


・事務所用小型冷蔵庫

 520pt(約52,000円)


今回支出合計:24,970pt(約2,497,000円)


現在残高:


312,001pt − 24,970pt = 287,031pt


円換算目安:


287,031pt × 100円 = 約28,703,100円相当


続く

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