第68話 白狐神、職人宿に灯りを繋ぐ
職人用宿泊棟の工事は、今日で三日目になる。
昨日までに、二十メートル四方の職人区画を造成し、二階建てのプレハブ宿泊棟、風呂、男女別トイレ、給水タンクまで設置した。
ただし、宿泊棟の分電盤には、まだ電気が来ていない。照明器具もコンセントも備わっているが、電源がなければただの飾りだ。
「きょう、でんき?」
朝食を終えたユキが、監督用の青い線が入ったヘルメットを両手で抱えている。
「ああ。宿泊棟と風呂へ電気を通す」
「おへや、あかるい?」
「明るくなる。コンセントも使えるようになるぞ」
「ラジカセも?」
こびゃっこが横から口を挟んだ。
「職人宿へ持ち込むな」
「新しい建物の音響を確認せねばならぬ」
「昨日、外階段の踊り場で確認したと言っていただろ」
「あれは自然音響じゃ。今日は電気音響を――」
「工事中は音楽禁止」
「分かっておる。びゃっこは正式な音楽監督ゆえ、規則を守るのじゃ」
「昨日、階段を舞台にしようとしていた神使の言葉とは思えないな」
「過去を振り返るより、未来を見るのじゃ」
都合の悪い過去は、一晩で置いていくらしい。
◇
宿泊棟の東側へ移動すると、朝日を受けた湖面が輝いていた。
屋根付き外階段の昇降口は東向きだ。
階段を下りる正面には湖。その少し先には、今後建設する大型ガレージの予定地がある。
宿泊棟の二階屋根は金属折板屋根だ。屋根の勾配と向き、日照時間、周囲の木々の影を確認したうえで、南寄りの面へソーラーパネルを配置する。
屋根へ上がるのは俺一人。
屋根端部から十分な距離を取り、親綱と安全帯を使用する。工具には落下防止コードを付け、地上には立入禁止区域を設けた。
「こちらヒカル。これから宿泊棟屋根へ上がる。建物周囲への立入りを禁止する。以上」
「こちらロク。東側、立入り規制を開始したっす。以上」
「こちらリーファ。西側と既存生活区画からの通路を規制するわ。以上」
「こちらニナ。工具、数えた。落とさない。以上」
「こちらユキ。かんとくばしょ。おっちゃん、おちない。いじょう」
「こちらヒカル。落ちないように作業する。監督も安全位置を維持しろ。以上」
「こちらユキ。いじします。いじょう」
こびゃっこは無線機を持っていない。
昨日、音楽監督には工事中の無線機を貸与しないと改めて決めたからだ。
「びゃっこも、何か連絡したいのじゃが」
「そばに居るんだから口で言え」
「こちら、こびゃっこ。音楽監督位置、異常なし。どうぞ」
「聞こえている。返事はしないぞ」
「世知辛いのう」
俺は折板屋根用の取付金具を固定し、架台を組む。
屋根へ直接穴を開ける箇所は最小限にし、防水処理を確実に行う。金属屋根だから、配線が鋭い端部へ触れないよう保護管も必要だ。
ソーラーパネルは、宿泊棟の照明、換気扇、小型家電、充電器を使うことを想定した容量にした。
電気ヒーターや大型調理器具の使用はしない。高出力の機器を好き勝手に接続すれば、ポータブル電源の容量をすぐ使い切る。
宿泊棟の一階に、鍵付きの電源収納庫を設置し、その中へ大容量ポータブル電源ユニットと拡張バッテリーを収めた。
屋根のソーラーパネルから、チャージコントローラーを介して電源ユニットへ接続。さらに、電源ユニットの交流出力を宿泊棟の分電盤へ送る。
商用電源の代わりにポータブル電源を使用する形だ。
分電盤では、一階照明、一階コンセント、二階照明、二階コンセント、換気扇をそれぞれ別系統に分ける。漏電遮断器も設置済みだ。
「ニナ。主電源を入れる前の確認をするぞ」
「うん」
ニナは電源収納庫から離れた安全位置で、工事記録台帳を開いた。
「一階、照明。切」
「切」
「一階、コンセント。切」
「切」
「二階、照明。切」
「切」
「二階、コンセント。切」
「切」
「換気扇。切」
「切」
「主幹、切」
「切」
「配線の端末処理、確認。接地、確認。絶縁、確認」
俺が読み上げ、ニナが一項目ずつ印をつける。
全ての確認を終えてから、ポータブル電源の出力を開始する。
主幹を入れる。最初は一階の照明回路だけ。
「一階、点灯するぞ」
「でんきみる!」
「外からだ」
ロクが一階の入口を開け、リーファが窓側から確認する。
スイッチを押すと、天井の照明が点灯した。
「ついた!」
ユキが両手を上げる。
「おへや、あかるい!」
「まだ昼間だから分かりにくいけどな」
「でんき、きた」
「そうだ」
二階照明、各階コンセント、換気扇を順番に試験する。
コンセントにはテスターを差し込み、極性と接地を確認した。小型扇風機も接続し、問題なく回る。
「ニナ。分電盤の表示を確認してくれ」
「一階、あかり。一階、コンセント。二階、あかり。二階、コンセント。かんき」
「読めるか?」
「読める」
「将来ここへ住む人にも分かるよう、絵も入れておこう」
「電球。差すところ。風」
「それでいい」
火花。焦げ臭い匂い。異常な発熱。何度も遮断器が落ちる。その場合は無理に復旧せず、主電源を切って俺かニナへ知らせてもらう。
「ニナへ知らせるんっすか?」
ロクが聞いた。
「俺がいない時、最初に異常記録を取る担当だ。ただし、ニナに修理をさせるわけじゃない」
「見る。触らない。書く」
「そういうことだ」
「ニナ、きろくする」
◇
次は風呂ユニットだ。
風呂の屋根には、換気扇、脱衣室照明、浴室照明、給湯器の制御電源、充電用コンセントに必要な分だけソーラーパネルを設置する。
宿泊棟とは電源を分け、風呂専用のポータブル電源を脱衣室外側の防水収納庫へ入れる。
一つの電源へ全設備を集中させれば、故障した時に宿泊棟と風呂の両方が使えなくなる。
「べつべつ」
ニナが言う。
「ああ。宿の電気が止まっても風呂は使える。風呂が止まっても宿の照明は使える」
「むれ、おなじ。でも、でんき、ちがう」
ユキが得意げに言う。
「その考え方でいい」
「おしごと、ちがう」
「設備まで群れの理屈で理解しているな」
「わかりやすい」
確かに、ユキには分かりやすいらしい。
風呂設備の通電試験を行い、脱衣室と浴室の照明を点ける。換気扇も回る。給湯器を起動し、湯温を確認した。
温度設定は大人が管理する。
子供が勝手に高温へ変更できないよう、操作部には透明の保護カバーを付けた。
「おふろ、きょう、はいれる?」
「入れる。ただし、宿泊者用だから今日は試験だけだ」
「ユキ、しけんする」
「お湯を触って確認する程度だ」
「はいらない?」
「今夜はいつもの風呂を使え」
「むー」
「新しい風呂は、ガランたちが帰ってきてから本格的に使う」
「おきゃく、さき」
「職人用だからな」
「ドラン、ながい?」
「何がだ」
「おふろ」
「長そうだな」
「酒を持ち込もうとするっす」
ロクが言った。
「禁止だ。ガラス瓶を落としたら危ない」
「木の杯ならよいかの?」
こびゃっこが尋ねる。
「風呂で酒を飲む前提にするな」
「異世界の風呂といえば、酒ではないか」
「どこの異世界知識だ」
「昭和の温泉番組じゃ」
「それは地球だ」
◇
電気設備の試験を終えた後、昼休憩を挟んで、外階段にも照明を付ける。
屋根付き外階段だが、夜間は踏み板や踊り場が暗くなる。特に雨の日、荷物を持って昇り降りする時は危険だ。
階段の踊り場上部へ、ソーラー式の人感センサーライトを設置した。
照射方向は階段全体へ向ける。
人が階段の昇降口へ近づけば点灯し、踊り場と踏み板を照らす。湖側へ光が漏れすぎないよう、角度を調整した。
「昼だから、つかない」
ニナがセンサーライトを見上げる。
「明るさセンサーがあるからな。テストモードに切り替える」
手をセンサーの前へ出す。
白い光が点灯し、外階段を上から照らした。
「まぶしい」
「少し下へ向けよう」
「ここ」
ニナが階段の中央を指す。
「そうだな。踊り場だけじゃなく、下の段まで見えるようにする」
角度を調整し、再び試験する。
今度は、階段の踏み面と手すりが均等に照らされた。
「夜、ころばない」
ユキが言う。
「それでも走るなよ」
「あるく」
「手すりも持つ」
「もつ」
「こびゃっこは?」
「浮く」
「階段の照明試験中に飛び回るな」
「びゃっこには階段など不要じゃからの」
「なら踊り場を舞台にするのもやめろ」
「それとこれとは別問題じゃ」
別ではない。
◇
最後は、職人区画の外周照明だ。
既存の住居区画には、高さ一・八メートルのアンティーク街灯風ソーラー式ポールライトが設置されている。
新しい職人区画にも、同型を設置する。
二十メートル四方の敷地を囲む形で、約十メートル間隔。
四隅と各辺の中間、合計八か所だ。
「ひとつ、ふたつ、みっつ……」
ユキが指を折る。
「はちこ」
「合っている」
「おうちのまわり、あかるい」
「夜に人が歩く場所と、区画の境界が分かるようになる」
ポールライトは、地面へ差し込むだけでは弱い。
造成区画は締め固めてあるが、人がぶつかったり強風を受けたりすれば傾く可能性がある。
台座の四か所を、U字型に曲げた鉄筋で固定する。長いペグのように地面へ打ち込み、台座を上から押さえる形だ。
一基につき四本。
八基だから、U字型鉄筋は三十二本になる。
「こちらヒカル。ポールライト設置を開始する。打込み作業を行うため、周囲一メートル以内へ近づかないこと。以上」
「こちらロク。了解っす。以上」
「こちらユキ。はちこ、みる。いじょう」
「見るだけだぞ」
「こちらユキ。みるだけ。いじょう」
ニナが位置を測り、地面へ印を付ける。
「南東、ここ」
「既存生活区画から来る通路を照らせる位置にしよう。半メートル東へ」
「こっち」
「ああ」
ポールを立て、垂直を確認する。
四方向からU字型鉄筋を打ち込み、台座を固定。手で揺すり、ぐらつきがないか確認する。
「まっすぐ」
ニナが少し離れ、片目を閉じて見ている。
「水準器でも確認してくれ」
「泡、まんなか」
「よし」
同じ作業を八か所繰り返す。
東側の二基は、将来ガレージへ向かう通路も照らせる位置。
西側は風呂とトイレへ続く動線。南側は既存生活区画との間。北側は、今後宿泊棟を増設する側だ。
全ての設置を終えた頃には、日が西へ傾き始めていた。
「暗くなるまで、待つ?」
ユキが聞く。
「ああ。点灯確認までが工事だ」
「おなか、すいた」
「それも確認できた」
『はらぺこ、いじょう』
「無線で報告しなくていい」
「こちら、こびゃっこ。音楽監督も空腹じゃ。稲荷寿司を要請する。どうぞ」
「今日の夕食は、こびゃっこの希望で決めただろ」
「おお、そうであった」
こびゃっこの耳が立った。
「黄金の衣をまといし、ケチャップライスの宝箱!」
「オムライスな」
「びゃっこは、あれが好きじゃ」
「昨日は昭和歌謡、今日はオムライスか」
「昭和の子供が喜ぶ洋食の王道じゃぞ」
「こびゃっこは千歳を超えているだろ」
「心はいつでも成長期じゃ」
「食欲だけな」
設置工事は終わった。後は点灯確認のみだ。
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【第68話・収支報告】
異世界生活56日目
日付:五の月15日
オリエント王国歴952年
開始残高:324,151pt
今回の購入
・宿泊棟屋根用ソーラーパネル一式
2,800pt(約280,000円)
・宿泊棟用大容量ポータブル電源ユニット、拡張バッテリー
3,650pt(約365,000円)
・屋根取付架台、配線、保護管、防水部材
720pt(約72,000円)
・風呂ユニット屋根用ソーラーパネル一式
1,200pt(約120,000円)
・風呂ユニット専用ポータブル電源
1,450pt(約145,000円)
・防水電源収納庫、分電盤接続部材、漏電保護部材
680pt(約68,000円)
・外階段用ソーラー式人感センサーライト
180pt(約18,000円)
・アンティーク街灯風ソーラー式ポールライト八基
960pt(約96,000円)
・ポールライト固定用U字型鉄筋三十二本
160pt(約16,000円)
・電気設備表示、消耗品、安全部材
240pt(約24,000円)
今回支出合計:12,040pt(約1,204,000円)
現在残高
324,151pt − 12,040pt = 312,111pt
円換算目安
312,111pt × 100円 = 約31,211,100円相当
続く




