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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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第65話 白狐神と昭和のお弁当


 異世界生活五十三日目。

 五の月十二日。


 前日は、道路工事の疲れを抜くための休養日にした。


 グイグイもゴロゴロも動かさず、ツチノコと地面ぶるぶるも作業倉庫の横で休ませた。


 ……いや、重機は休ませるものではない。点検して、清掃して、燃料や油脂類を確認し、次の作業に備えて待機させた、と言うべきだろう。


 だが、ユキたちの中では、完全に休養日扱いだった。


「グイグイ、おやすみ」


「ゴロゴロも、つかれた」


「ツチノコ、よくほった」


「じめんぶるぶるも、がんばった」


 昨日、ユキが一台ずつ撫でながら労っていた。


 そして俺も、ついに諦めた。

 ミニバックホーはツチノコ。

 プレート転圧機は地面ぶるぶる。

 ブルドーザーはグイグイ。

 振動マカダムローラーはゴロゴロ。

 もう、それでいい。


 機械管理表には正式名称を書く。無線連絡や現場での指示では、誤解が起きないよう正式名称と愛称を併記する。


 それ以外の場面では、好きに呼ばせることにした。正式名称を守ろうと粘っていたのは、もはや俺だけだった。俺が折れたというより、現場の共通認識に合わせた。そういうことにしておこう。


 ◇


 翌朝。今日の工事は、前回完成させた五十メートルの続きからだ。


 第一期区間二百メートルのうち、完成済みは五十メートル。残りは百五十メートル。今日の目標も、無理をせず五十メートルとした。


 表土剥ぎ。路床整形。軟弱地盤の確認。必要箇所の置換。砕石路盤を十センチずつ二層。散水。転圧。出来形確認。一人で複数の重機を扱う以上、欲張れば必ずどこかで無理が出る。


 グイグイを動かしている間、ゴロゴロは動かない。ツチノコを使っている時、グイグイは停止状態で安全を確保する。俺が運転席を移るたびに、周囲を一度見渡す。


 エンジン停止。駐車ブレーキ。作業装置を地面へ下ろす。キー管理。機械の前後を歩いて確認。面倒でも省略しない。事故は、慣れてきた頃に起きる。


「きょうも、かんとくさま」


 青いライン入りのヘルメットをかぶったユキが、胸を張った。肩には、工事中だけ貸し出している小型無線機のケースが掛かっている。


 落下防止ストラップ付き。チャンネルは作業用の三番に固定。音量も、俺が確認済みだ。


「監督様でも、赤白ロープの内側には入るなよ」


「はいらない」


「重機が止まっていても、俺がいいと言うまでは近づかない」


「いわないと、いかない」


「無線は必要な時だけ」


「ひつようなときだけ」


「食事の問い合わせには使わない」


「む、……ひつよう」


「必要ではない」


 ユキが小さく頬を膨らませた。今日は、無線の呼び方も統一している。


 呼び出す時は、


『こちら〇〇。内容。どうぞ』


 返答または連絡を終える時は、


『こちら〇〇。内容。以上』


 話す前に送信ボタンを押して一拍置く。自分の名前。現在地。何が起きたか。必要なこと。これを短く伝える。


 昨日の休養日にも練習したので、ロクやリーファだけでなく、アルノやリリアも基本は理解している。


「こちらユキ。かんとくばしょ。おっちゃん、かお、ねむそう。どうぞ」


 腰の無線機から、いきなりそんな報告が流れた。


 俺は送信ボタンを押す。


「こちらヒカル。監督場所、内容は了解した。寝不足の報告は不要だが、忠告ありがとう。以上」


「こちらユキ。どういらしまして。おっちゃん、ねたほうがいい。いじょう」


 通信の形式は完璧だった。内容だけが余計だった。


 寝不足の原因の半分は、俺の腕へ絡みついて眠る白い尻尾である。残り半分は、枕の間にある籐カゴの夜城から転がり出て、俺の額で寝ていた守護神使だ。


 その守護神使は、今のところ姿が見えない。


「こびゃっこ殿は、畑じゃないっすか?」


 安全誘導用の赤い旗を持ったロクが、畑倉庫の方を見た。


「朝から畑守り隊の確認へ行くと言っていたわ」


 リーファが答える。


「ミミとクロメも一緒です。トト君が葉の記録をするそうですから」


 畑作業を手伝っているマリベルが言った。診療所と薬草干し場は、朝の作業を済ませてある。緊急時マリベルはすぐ戻れるよう、携帯無線機と救急ポーチを所持している。


 アルノはトトの記録を手伝い、文字や数字の確認をしている。マリベルは作物の葉色や虫食いを、薬草管理の経験も交えて確認する。


 病人がいない時まで、二人を診療所へ閉じ込めておく必要はない。畑作業も、体力を戻すための適度な運動になる。


 もちろん、無理はさせない。マリベルは、逆にアルノの顔色を見ながら作業量を止める役でもある。


「今日は前回の続きから五十メートル。ロクは重機の死角確認と、生活動線側の誘導。リーファは森側と畑側の出入りを見てくれ」


「了解っす」


「分かったわ」


「ニナは測量記録と、高さの確認。道具を全部一人で持つなよ」


「持たない。コンベックスと、ノートと、鉛筆だけ」


 黄色いヘルメットのニナが、自分の腰道具を指差す。今日はペン型インパクトドライバーも工具箱も持ってきていない。道路の測量には必要ないからだ。


「それでいい。必要な道具だけ持つ」


「おもくない。べんり」


「軽いことも便利だからな」


 そして俺は、グイグイの運転席へ上がった。


 始業前点検。油漏れなし。履帯周辺に異物なし。作業装置異常なし。燃料残量確認。警告灯確認。周囲確認。


 ロクが安全位置から赤旗を上げる。リーファも、畑側の出入りが止まっていることを手で示した。


 エンジンを始動する。低い音とともに、グイグイが目を覚ました。


「グイグイ、おはよう」


 ユキの声が無線から聞こえたが、俺は返事をしなかった。重機との朝の挨拶を無線で中継する必要はないと思い、クラクションで応答した。


 ◇


 午前中の作業は、前回よりも順調だった。一度経験した工程なので、ロクとリーファも俺の動きを予測できる。


 ニナも、どのタイミングで丁張と仕上がり高さを確認するのか分かっている。


 まず、道路予定地の草と表土を薄く剥ぐ。畑へ近い区間なので、表土は廃棄せず、状態の良い部分を畑拡張用として分けて置く。


 木の根が多い場所では、グイグイを止め、ツチノコへ乗り換える。


 根を引き抜くのではなく、周囲を掘って太さと向きを確認する。無理に引けば、地中の土が広い範囲で緩む。


 必要な範囲だけ切り、残った空隙へ良質土を入れ、層ごとに締め直す。


 そこから、路床の高さを整える。道路中央をわずかに高くし、雨水が両側へ流れる横断勾配をつける。


 祠へ向かう道と違い、この区間は比較的直線だ。


 だが、畑から流れてくる水が道路へ集まらないよう、畑側の勾配も確認する。便利な道を作って、畑を水浸しにしたら意味がない。


「こちらニナ。ひゃくメートル地点。右側、2センチ高い。どうぞ」


 ニナから無線が入る。今日からニナにも予備の無線機を携帯させてある。


「こちらヒカル。確認した。右側を2センチ削って再測定する。以上」


「こちらニナ。わかった。いじょう」


 ニナは通話を終えると、記録ノートへ数字を書き込んだ。作業無線の形式を覚えるのが早い。とても七歳児とは思えない。


 ドランがいたら、「ドワーフだからな」と言うに違いない。


 その横でユキもノートを覗こうとしているが、規制の外から動かない。


「こちらユキ。かんとくばしょ。ニナ、じょうず。どうぞ」


「こちらニナ。ありがとう。ユキも、そこにいる。じょうず。いじょう」


 至近距離で、何の通信だ?。二人とも褒められて伸びる現場を目指しているのだろうか?だが、互いに安全作業を褒めるのは悪くない。俺は苦笑しながらグイグイを前進させた。


 その時だった。腰の無線機から、妙な音が聞こえ始めた。


『こ〜ちら〜、しろぎつね〜、ほうそうきょく〜……』


 歌っている。しかも、ラジオ放送の形式らしきものを、無理やり節へ乗せている。


『○○○の〜、よるに〜、あ〜なた〜と〜、○○○○〜……』


 歌詞の重要そうなところだけ、自分で伏せ字にしている。いや、伏せ字は記号や別文字で表すものだ。歌いながら「まるまるまる」と言うものではない。


『なみだの〜、○○○〜。ああ〜、しょ〜わ〜は〜、とおく〜なりにけり〜』


 俺はグイグイを安全位置で停止させた。排土板を地面へ下ろす。駐車ブレーキ。周囲確認。それから腰の無線機を取った。


「こちらヒカル。畑倉庫。無線で歌っている者は、ただちに送信をやめろ。どうぞ」


 一瞬、静かになった。そして。


『こちら、こびゃっこ。畑守り隊本部。これは作業能率を高める慰問放送なのじゃ。どうぞ』


 やはり、お前か。


「こちらヒカル。作業チャンネルを長時間占有すると、緊急連絡ができない。歌は中止。畑倉庫の固定機を充電台へ戻せ。以上」


『こちら、こびゃっこ。まだ二番までしか歌っておらぬ。どうぞ』


「こちらヒカル。何番まであるんだ」


『こちら、こびゃっこ。全十八番構成じゃ。どうぞ』


「こちらヒカル。即時中止。以上」


『こちら、こびゃっこ。昭和歌謡を途中で切るとは、情緒を解さぬ男よのう。いじょう』


 通信は切れた。ロクが口元を押さえている。


「こびゃっこ殿、歌えるんすね」


「千年以上生きていれば、歌の一つや二つは知っているでしょうけど……」


 リーファも笑いを堪えていた。ユキだけは、真剣な顔で畑倉庫の方を見る。


「こびゃっこ、うた、へた?」


「上手い下手の問題じゃない。緊急用の作業無線を十八番まで占領するなという話だ」


「ユキ、ききたかった」


「あとで別の方法を考える」


 そう答えてから、俺は少し考えた。無線機を取り上げるだけなら簡単だ。


 だが、こびゃっこは本当に歌を聞きたかったのだろう。平成初期まで地球の俗世にいたとはいえ、千年前にこの世界来て、更に実体を失い、四百年以上もの間、夢と湖畔の周辺に留まっていた。


 音楽を聴ける機械など、当然なかったろう。本人が覚えている歌を口ずさむだけだったはずだ。


 無線を使わせない代わりに、適切な場所で聞けるものを用意する。設備を禁止するだけではなく、代わりの手段を作る。それが一番揉めない。


 俺は収納画面を開き、ショップを確認した。持ち運び可能なCDラジカセ。家庭用電源と乾電池の両方に対応。CD、カセットテープ、FM、AM。外部音声入力付き。色は、こびゃっこが知っていそうな、少し角張った銀色。


 さらに、昭和歌謡の名曲を年代別に収録したCD全集。権利関係がどう処理されているのか、異世界仕様のショップは相変わらず謎だ。


 だが、正規商品として並んでいる。作業中に注文する物でもないので、昼休憩まで保留にした。


 ◇


 午前の作業終了前、畑倉庫から正式な通信が入った。


『こちらマリベル。畑倉庫前。畑作業は異常なし。アルノ、トト、こびゃっこ殿、ミミ、クロメも問題ありません。昼食準備のため、作業を終えます。どうぞ』


「こちらヒカル。内容了解。こちらも予定地点まで終えたら停止する。昼食は畑倉庫前の休憩所で取る。以上」


『こちらマリベル。了解しました。以上』


 こびゃっこではなく、マリベルが連絡してきた。無線機は、きちんと充電台へ戻されたらしい。どうやら歌番組は打ち切られた様だ。


 俺はグイグイで最後の整形を終え、ツチノコを安全な待機場所へ移動させた。


 午前中で路床の整形まで完了。午後から砕石を二層に分けて敷き、ゴロゴロで転圧する予定だ。


 前回よりも工程が早い。ただし、速くなったからといって、確認を減らしてはいけない。ニナと一緒に高さを再確認する。


 ロクは重機周辺を一周し、油漏れや異物がないかを見る。リーファは赤白ロープと安全ポストの乱れを直す。


 ユキは、監督用ノートへ大きな丸を描いた。


「ごぜん、できた」


「午前の分だけな」


「グイグイ、えらい」


「ああ。ツチノコもな」


「じめんぶるぶるは?」


「今日は午後、端部で使う」


「ゴロゴロも?」


「午後からだ」


 俺は、ついに普通に愛称を使って答えていた。ユキが目を丸くする。


「おっちゃん、いった」


「何を」


「グイグイ。ツチノコ。じめんぶるぶる。ゴロゴロ」


「……現場で通じる呼び方を採用しただけだ」


「おっちゃん、みとめた」


「渋々な」


「みんな、なかま」


「重機まで群れへ入れるな」


「グイグイも、むれ」


 ユキの中では、どうやら決定事項らしい。まあ、毎日働いている仲間という意味なら、間違いとも言い切れない。俺は反論を諦め、畑倉庫前の休憩所へ向かった。


 昨日、工事中の休憩環境を改善するため、畑倉庫前へ簡易タープテントを追加している。


 折りたたみ式の骨組みに、遮熱性のある屋根布。横幕は風向きに応じて一面だけ取り付ける。完全に囲うと熱がこもるので、基本は開放状態だ。


 下には折りたたみベンチとテーブルに、飲料水用の保冷ジャグ。救急箱。濡れタオル。夏本番ではないが、作業中の休憩場所は早めに用意しておいた方がいい。


 その休憩所へ近づくと、見慣れた赤いワゴンが橋の方からやって来た。前を歩くのは、リリア。反対側の取っ手を持っているのは、赤いチェックのエプロンをつけたミーシャだ。


 ワゴンの荷台には、布を掛けた楕円形の箱が並んでいる。


「ヒカルさん、お昼をお持ちしました」


「おっちゃん、べんとう!」


 ユキの尻尾が一気に立った。ミーシャが得意そうに胸を張る。


「今日は、弁当箱のごはん!」


 弁当箱のごはん。その言葉を聞いた途端、湖畔へ帰還した最初の夜を思い出した。黒い使い捨て容器に入った、のり弁。


 一人一つの弁当を渡されただけで、ミーシャとトトは何度も自分の分かと確認していた。あれから、まだそれほど長い時間は経っていない。


 だが今は、ミーシャが自分で弁当を作り、赤いワゴンへ積んで運んできた。ほんの少しずつだが、湖畔での暮らしは確実に前へ進んでいる。


「こびゃっこが、メニューを教えてくれたの」


 そうミーシャが言うと、後ろから当のこびゃっこが、ふわふわと飛んでくる。


「昭和の行楽弁当、基本の型じゃ。びゃっこ総合監修、懐古弁当部門の決定版なのじゃ」


「また役職を増やしたのか」


「今回は弁当総監督じゃ」


「無線放送局長はどうした」


「番組を強制終了されたゆえ、現在は謹慎中じゃ」


「局長本人が言うことではない」


 リリアとミーシャが、弁当を一つずつテーブルへ並べる。黄金色の楕円形。前日の休養日に購入した、アルマイト製の弁当箱だ。


 大人用は少し大きい。ユキ、ミーシャ、トト、ニナ、こびゃっこは、同じ大きさの子供用。


 こびゃっこは大食漢だが、体が小さいため、一度に大きな箱を扱うと食べにくい。そのため、子供たちと同じ大きさにした。


 足りなければ、食後におにぎりや追加のおかずを出す。箱の大きさを食欲だけで決める必要はない。食べやすさも道具の性能だ。


「こびゃっこ殿、本当にこの弁当箱を知っていたんすね」


 ロクが弁当箱を眺める。


「当然じゃ。昭和の児童は、この箱に夢と梅干しを詰めて遠足へ出たものよ」


「児童だった時期があるような言い方をするな」


「変幻した時は、見た目だけなら少女じゃったぞ」


「中身は千歳を超えていただろ」


「細かい男はモテぬぞ」


「既婚どころか、独身歴四十年近い俺に言うな」


 リリアが、少し困ったように笑った。


「神使様から、形や詰め方を詳しく教えていただきました」


 リリアはこびゃっこを「神使様」と呼ぶ。ミーシャは、当然のように「こびゃっこ」だ。


「ご飯を先に入れて、少し冷ましてから、おかずを詰めました」


「温かすぎるまま蓋をすると、水滴が出るからな」


「はい。卵焼きも、ミーシャが混ぜました」


「焼くのはリリアと一緒にしたの」


「よくできたな」


 ミーシャの猫耳が、嬉しそうに立った。


「さあ、皆んな食べよう」


 俺たちは席へ着き、それぞれの弁当箱を受け取った。ユキが両手で銀色の蓋を持つ。


「おっちゃん」


「何だ」


「ひらく?」


「ああ。開けていいぞ」


 全員が蓋を開ける。白いご飯。中央には赤い梅干し。塩ジャケ。黄色い卵焼き。赤いウインナー。レタスの上にポテトサラダ。そして、小さな容器に入った、うさぎ形のリンゴ。


 子供用も大人用も、中身の種類は同じ。量だけが違う。こびゃっこの希望通り、赤いウインナーには切り込みが入り、加熱で足が開いていた。


「赤いウインナー?」


 ユキが真剣な顔で言った。


「タコさんウインナーだ」


「たこ?」


「海の生き物だ。これ自体は肉で作ったウインナー」


「なんで、たこ?」


「形をタコに似せたんだ」


 こびゃっこが前足を広げる。


「見よ。この八本足こそ、昭和弁当界の花形。赤き小妖精、タコさんウインナーじゃ!」


「足は六本だがな」


 リリアが申し訳なさそうに頭を下げた。


「切り込みの幅が難しくて……」


「いや、十分だ。ウインナーのタコは足が四本か六本が普通だ。食べるには何の問題もない」


 ニナがじっと観察している。


「スケールで測ったら、八本に切れる?」


「タコさんウインナーに、そこまでの精度は求めない」


 トトは、リンゴを見ていた。


「うさぎ」


「皮を耳の形に残してあるんだ」


「かわいい」


「ミーシャが切ったのか?」


「うさぎの耳は、リリアが切ったの。わたしは塩水へ入れただけ」


「変色しないようにか」


「うん」


 リリアが教えたらしい。この世界にもリンゴと同じ様な果物があるそうだ。この世界の調理法をリリアがミーシャに教え、地球の調理法を、リリアとミーシャが一緒に覚えていく。


 それが押しつけられた家事ではなく、ミーシャ自身が望んでいる技能なのが大事だ。


 ユキは弁当全体を見回し、静かに言った。


「のりべん、みたい」


「ああ。箱を開けて、一人一つ食べるところは同じだな」


「まえも、むれ、おなじ」


「覚えているのか」


「おぼえてる。トトのぶん。ミーシャのぶん。ニナのぶん。ユキのぶん」


 ユキは、隣にいるこびゃっこを見る。


「いまは、こびゃっこのぶんも、ある」


「あるぞ。子供用と同じ箱だ」


「むれ、ふえた」


「ああ」


 トトが、自分の弁当箱を両手で包むように持った。


「前は、黒い箱だった」


「よく覚えているな」


「今日は、ここで作ったの?」


「リリアとミーシャが作った。こびゃっこがメニューを考えて、トトたちは畑で働いた。俺たちは道を作って、皆で昼に食べるんだ」


「みんなの、ごはん」


「そうだ」


 ミーシャは、少し緊張した顔で皆を見ている。ホットケーキやクレープを作った時と同じだ。


 自分が関わった料理を、全員が食べる。嬉しいが、失敗していないか不安なのだろう。


 俺はまず、卵焼きを一口食べた。甘めの味つけ。火はしっかり通っているが、固すぎない。


「うまい」


 ミーシャの耳がぴんと立った。


「本当ですか?」


「ああ。弁当に合う味だ」


 リリアが、ほっと息を吐く。


「神使様が、少し甘い方が昔の弁当らしいと」


「甘い卵焼きは家ごとに戦争が起きる話題だぞ」


「戦争とな?」


「甘い派と、だし巻き派と、塩味派でな」


「ならば、びゃっこは甘い派の総大将として出陣せねばなるまい」


「出陣するな。家庭の好みだ」


 ユキも卵焼きを食べる。


「あまい。ふわふわでうんみゃあ。ミーシャ、えらい」


「ありがとう、ユキ」


「どういらしまして」


「この場合、ユキが言う側ではないぞ」


 いつものやり取りに、休憩所の空気が和らいだ。ロクは塩ジャケを食べ、ご飯を頬張る。


「これ、のり弁の時にも食べたっすね」


「似た組み合わせだな」


「魚と白い飯、やっぱり合うっす」


 リーファは梅干しを少しだけかじり、目を見開いた。


「酸っぱい……!」


「ご飯と一緒に少しずつ食べるんだ」


「保存食なの?」


「塩漬けして干した梅だ。保存性が高い」


「森の酸味が強い実でも、似たものが作れるかもしれないわね」


「それ面白いな。鑑定して、安全な種類が見つかれば試してもいいな」


 アルノも、梅干しを慎重に食べる。


「刺激は強いですが、少量なら食欲が出ますね」


「塩分も多いから、食べすぎは注意だ」


「薬草の保存と似た考え方があります」


 マリベルは塩ジャケと梅干しを見比べる。


「作業で汗をかいた時には塩分補給になりますが、毎食これだけ濃い味では多すぎますね」


「さすが、おくすりのひと」


 ユキが頷く。


「こちらマリベル。塩分は適量に。以上」


 マリベルが無線の口調を真似すると、皆が笑った。


「今は無線機を使わなくていい」


「訓練の成果です」


 俺もタコさんウインナーを食べる。普通の赤いウインナーだ。だが、弁当箱に入っているだけで、なぜか懐かしい。


 昭和生まれではあるものの、俺が子供だった頃には、すでに平成が近かった。


 それでも、アルマイトの弁当箱、赤いウインナー、うさぎリンゴという組み合わせには、見たことのない記憶まで刺激されるような感覚がある。


 こびゃっこは、タコさんウインナーを小さなフォークで持ち上げた。


「これぞ俗世の味よ」


「ウインナーは前から何度も食べているだろ」


「形が違えば、心持ちも違うのじゃ」


「それは少し分かる」


「ほれ見よ。ヒカルも昭和の心を理解し始めたではないか」


「昭和を代表するな」


 こびゃっこは、子供用の弁当箱を膝の前へ置き、一口ずつ器用に食べる。


 小さい箱なので、腕を伸ばしすぎずに済む。


「どうだ。大きさは」


「うむ。食べやすいぞ。巨大な箱へ頭から突っ込まずに済む」


「最初から頭を突っ込むな」


「食欲が先走る時もあるのじゃ」


「そこを自制しろ」


 ポテトサラダは、以前から拠点で作っている味だ。ニナは一口食べてから、弁当箱の仕切りを確認していた。


「汁、混ざらない」


「完全ではないけど、ある程度は分けられる」


「角が丸い。洗いやすい」


「アルマイトは軽くて丈夫だ」


「蓋、重なる。べんり」


「やっぱり箱の構造を見るのか」


「毎日使うなら、洗いやすいの、大事」


「その通りだ」


 ニナの見方は正しい。


 道具は、使う時だけでなく、洗う時、乾かす時、しまう時まで考える。弁当箱は食べ終わった後、食堂へ持ち帰って洗う。完全に乾かしてから、蓋をずらした状態で保管する。


 誰の物か分かるよう、底へ小さな名前ラベルも貼ってある。こびゃっこの箱には、名前に加えて小さな稲荷寿司のイラストラベル。


「びゃっこの箱だけ、格が高いのう」


「子供たちの箱にも、それぞれイラストラベルがある」


 ユキは白狐。ミーシャは赤い猫。トトは野菜。ニナは工具。


「むれ、おなじ。でも、しるし、ちがう」


 ユキが言う。


「誰の箱か分かるようにな」


「おしごと、ちがうけど。おべんとう、おなじ」


「そういうことだ」


 公平は、全部を同じ姿にすることではない。同じように大切に扱いながら、その人が使いやすい形にする。弁当箱の小さなラベルにも、それは表れていた。


 食後、うさぎリンゴを食べる。ユキは耳の部分を最後まで残した。


「うさぎ、いなくなる」


「食べ物だからな」


「でも、たべる」


「それでいい」


「うんみゃあ」


 ミーシャは、その言葉を聞いて、ようやく肩の力を抜いた。


「次は、もっと卵をきれいに巻きたい」


「十分きれいだったぞ」


「でも、少し形が違う」


「家で作る卵焼きは、全部同じ形でなくてもいい。安全に火が通って、食べやすくて、うまければ成功だ」


「失敗しても、直せる時は直せばいい?」


「そうだ。ホットケーキの時と同じだ」


「うん」


 ミーシャは嬉しそうに頷いた。その横で、こびゃっこが空になった弁当箱を持ち上げる。


「こちら、びゃっこ。弁当総監督。第一弁当、完全制圧。追加兵力を要請する。どうぞ」


「無線機を持っていないだろ」


「気分じゃ」


「あとで小さいおにぎりを一つ出す」


「タコさんも追加じゃ」


「ウインナーは弁当分だけだ」


「総監督権限を行使する」


「そんな権限はない」


 弁当を食べ終え、全員が少し休憩する。風がタープの下を通り抜ける。道路工事の途中とは思えないほど、穏やかな昼だった。


 そして俺は、午前中に考えていた物を収納から取り出した。銀色のCDラジカセ。その横へ、厚いCDケースの束を置く。


 こびゃっこの切れ長のキツネ目が、丸くなった。


「……これは」


「無線で歌う代わりだ」


 俺は言った。


「CDラジカセと、昭和歌謡大全集。無線の作業チャンネルを占領せず、休憩中や食堂で聞ける」


 こびゃっこは、ふわりと浮き上がったまま動かなくなった。


「CD……」


「知っているんだろ」


「知っておる。平成の初め頃まで、俗世におったからのう」


 こびゃっこはゆっくり降り、ラジカセの前へ立つ。前足で、CDのケースをそっと撫でた。


「千年ぶりじゃ……」


 いつもの大げさな口調ではなかった。小さく、静かな声だった。


【第65話・収支報告】


異世界生活53日目

日付:五の月12日

オリエント王国歴952年


開始残高:379,176pt


今回の購入:


・CDラジカセ

 140pt(約14,000円)


・昭和歌謡大全集CDボックス

 160pt(約16,000円)


・大人用アルマイト弁当箱6個

 180pt(約18,000円)


・子供用アルマイト弁当箱5個

 125pt(約12,500円)


・工事休憩所用折りたたみタープテント

 280pt(約28,000円)


・休憩所用折りたたみベンチ、テーブル、保冷ジャグ

 145pt(約14,500円)


・弁当用食材、飲料、調理消耗品

 95pt(約9,500円)


今回支出合計:1,125pt(約112,500円)


現在残高:


379,176pt − 1,125pt = 378,051pt


円換算目安:


378,051pt × 100円 = 約37,805,100円相当


続く

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