第64話 白狐神、道路工事を監督する
異世界生活52日目。
五の月11日の午後。
昼食と休憩を終えた俺たちは、南側入口の道路工事現場へ戻った。
午前中に測量を行い、中心線と逃げ杭、道路丁張の設置までは終わっている。だが、道路予定地にはまだ草が生え、土の起伏も残ったままだ。
図面上に引いた線は道路ではない。
ここから実際に土を削り、弱い部分を補強し、砕石を敷いて締め固める。
ようやく本当の道路工事が始まる。
道路予定地の両側には、赤白の規制ポールとロープを設置してある。
子供たちの見学場所は、南側入口近くの高く乾いた草地。重機から十分に離し、ロクが誘導と周辺確認を担当する。
リーファは畑と工事現場の間に立ち、作業車両と生活動線が交差しないよう監視する。
「午後の作業を始める。もう一度、安全確認をするぞ」
俺が声をかけると、ユキが小さな胸を張った。
「かんとくさま、きく」
「道路予定地へ入らない。杭や丁張、水糸には触れない。重機へ近づかない」
「はい」
「重機が止まっていても、俺が許可するまで近づかない」
「はい」
「危険を見つけたら?」
「ちかくは、ぴー。とおくは、むせん」
「よし」
ユキは黄色い安全分離式ストラップから下がったホイッスルを握り、満足そうにうなずいた。
午前中の測量では、ホイッスルと無線機の使い分けもきちんと理解していた。
畑用の固定機の設定を勝手に触ることもなく、送信する時にはボタンを押し、話し終えてから指を離している。言葉は幼いが、誰へ何を伝える道具なのかは分かっているらしい。
昨日まで甘味の報告ばかりしていたとは思えない成長だ。
「ユキ。これを預ける」
俺は収納から、予備のUHF携帯無線機を一台取り出した。
落下防止用の短いストラップと、子供用に長さを調整した肩掛けケースも一緒だ。
「ユキの?」
「監督用だ。ただし、工事中だけ俺から借りる形にする」
「かんとくむせん」
「ああ。チャンネルは作業用の3番に固定しておく。勝手に変えないこと」
「さんばん」
「送信する前に、誰へ話すかを言う。短く、分かりやすく伝える。用事がない時は使わない」
「おやつのほうこくは?」
「用事に入らない」
「おなかすいたは?」
「緊急ではない」
「むう」
ユキが少し考えてから、もう一度無線機を見た。
「でも、あぶないとき、いう」
「そうだ。誰かが規制線へ入った。動物が近づいた。荷物が道路へ転がった。そういう時は、すぐ知らせてくれ」
「こちらユキ。あぶない。どうぞ」
「できれば、何が危ないのかも言ってくれ」
「こちらユキ。こびゃっこが、グイグイにのぼろうとしてる。どうぞ」
「それは今後、本当にありそうだな」
「ぬれぎぬじゃ!」
安全線の外で、こびゃっこが前足を振り上げた。
「びゃっこは重機へ無断搭乗など――」
「午前中、ゴロゴロのボンネットへ乗ろうとしただろ」
「あれは昭和文化の実地検証じゃ」
「監督。こういう時は報告していい」
「わかった」
俺は携帯無線機を肩掛けケースへ入れ、ユキの身体に合わせてベルトを調整した。
無線機は腰より少し上。走っても脚へ当たらず、転んでも身体の下敷きになりにくい位置だ。
送信ボタンへ指が届くことを確認し、ロック機能も有効にする。
「一度、通信試験をするぞ」
「つうしんしけん」
俺は自分の携帯機を持ち、数メートル離れた。ユキが教えた通りに送信ボタンを押す。
『こちらユキ。おっちゃん、きこえる? どうぞ』
「こちらヒカル。よく聞こえる。ただし作業中は、おっちゃんじゃなくてヒカルと呼んでくれ。どうぞ」
『こちらユキ。ヒカルおっちゃん、きこえる? どうぞ』
「おっちゃんが残ってる」
『こちらユキ。ヒカル、きこえる? どうぞ』
「こちらヒカル。よく聞こえる。通信試験終了」
『こちらユキ。かんとくむせん、つかえる。おわります』
送信を終えたユキは、胸元の無線機を大事そうに両手で押さえた。
「ユキ、かんとくさまのどうぐ、もらった」
「借りた、だ。作業が終わったら返却する」
「ニナが、てんけんする?」
「無線機の点検と充電は、ニナと一緒にやろう」
ニナがすぐにうなずいた。
「番号を書く。ユキ監督用」
「個人名を書くんじゃなくて、管理番号をつけよう」
「かんりばんごう、ゆきいち?」
「それは、ほぼ個人名だな」
それでも、思っていた以上に無線機を使いこなしている。今日からユキは、双眼鏡とホイッスルだけではない。
監督用の携帯無線機を持つ、正式な現場監督になった。
ニナも腰のコンベックスとペン型インパクトドライバーを確認した。
今日はインパクトドライバーを使う予定はない。それでも自分の腰道具を整えておくことが、ニナにとって仕事を始める前の習慣になっているらしい。
「ニナは測量と端部の仕上げ、点検記録を手伝ってくれ。ただし、重機が動いている間は安全線の外だ」
「うん」
「ロクは重機の周囲確認と誘導。それからレーキ作業」
「了解っす」
「リーファは畑側と森側の安全確認。生活動線に誰か入ったら、すぐ無線で知らせてくれ」
「分かったわ」
「リリアは子供たちと畑を頼む」
「はい。こちらはお任せください」
「ミーシャとトトも、決められた場所から出ないこと」
「はい」
「わかった」
「びゃっこは?」
こびゃっこが前足を挙げた。
「安全区域でおとなしくしてろ」
「道路建設特別顧問への指示が雑ではないかの?」
「無線へ昭和歌謡を流さないこと」
「それでは神務の半分が――」
「お前の神務はサブスクの音楽配信か」
役割分担を終え、俺はブルドーザーへ向かった。黄色い車体。幅広い履帯。前面に構えた、幅約2.9メートルの大きなブレード。
正式な型式はあるが、すでに全員がグイグイと呼んでいる。
「グイグイ、がんばる」
ユキが安全線の外から応援する。
「俺が頑張るんだけどな」
「おっちゃんもグイグイも、がんばる」
「機械の調子も大事だから、間違ってはいないか」
乗車前に車体を一周する。履帯に石や枝が噛んでいないか。ブレードの損傷。油圧ホースからの漏れ。燃料、作動油、冷却水。中古で状態が良いとはいえ、点検を省略していい理由にはならない。
運転席へ上がり、シートベルトを締める。エンジンを始動すると、低いディーゼル音が草地へ広がった。
ミミとクロメが少し警戒し、耳を伏せる。ロクが2頭を、さらに遠くへ誘導した。
俺は周囲を確認し、ホーンを短く鳴らす。作業開始の合図だ。
ユキがホイッスルへ手をかけたが、吹かずに我慢している。
「かんとくさま、みてる」
声は届かなかったが、口の動きで分かった。
まずは表土剥ぎ。植物の根や腐植を多く含む表面の土は、そのまま路盤の下へ残すと沈下の原因になる。
ブレードを浅く入れ、中心線と丁張を確認しながら、薄く表土を押していく。最初から深く削らない。一度押し、停止して高さを確認する。
また乗って、少し削る。俺一人で操作と測定を行うため、乗り降りの回数は多い。
「もっと一気にやれば早い」
そんな考えは捨てた。早く間違えるより、遅く正しく作る方がいい。
道路幅6メートルに対し、ブレード幅は約2.9メートル。中心から左右へ分け、少し重ねながら数回走行する。
剥いだ表土は道路脇へ山積みにせず、将来の植栽や畑拡張へ使えるよう、配置指定収納で一時保管した。
15メートルほど進んだところで、大きな木の根が現れた。
俺はブルドーザーを完全に停止し、エンジンを切る。ブレードを地面へ下ろし、駐車ブレーキを確認してから降りた。
「ツチノコへ乗り換える」
無線でロクへ伝える。
『了解っす。全員、安全線の外にいるっす。どうぞ』
「確認した。終わります」
収納からミニバックホーを展開し、根の周囲を掘る。無理にブルドーザーで引きちぎれば、地面を余計に乱す。
根の広がりを確認しながら周囲の土を取り除き、根切りチェーンソーで切断する。掘り出した根は収納へ回収。
できた穴へ良質土を戻し、薄く敷いてはプレート転圧機で締め固める。
大きな穴へ一度に土を入れて表面だけを転圧すれば、内部が締まらず、後から沈下する恐れがある。
「グイグイ、おやすみ。ツチノコ、こうたい」
ユキが実況している。
「正しいけど、その愛称はまだ認めてない」
「もう、みんな、グイグイっていってる」
見れば、ミーシャもトトもブルドーザーを指して「グイグイ」と呼んでいる。もはや手遅れだった。
「ヒカルよ。民が一度呼び始めた名は、為政者にも止められぬものじゃ」
「重機の愛称を、歴史の必然みたいに言うな」
「グイグイは民意じゃ」
「民意なら仕方ない、とはならないからな」
◇
木の根を処理した後、再びブルドーザーへ乗り換える。
ツチノコはエンジンを停止し、ブームとバケットを地面へ下ろしてから収納へ戻した。
重機を乗り換えるたびに停止、点検、周囲確認を行う。手間はかかる。だが、事故が起きてから悔やむよりはるかにいい。
路床の粗整形が終わると、丁張から水糸を張り、高さを確認する。高い場所は薄く削る。低い場所は良質土を入れ、薄層で締める。
路床は、上に載る路盤と舗装を支える土台だ。ここが軟らかければ、その上へ高価な砕石やアスファルトを載せても、いずれ沈む。
特に、午前中の測量でリーファが見つけた東側の窪地は水分が多かった。表面だけをならして終わらせず、軟らかい土を掘り取る。
底の状態を確認し、粒度の良い材料へ入れ替え、薄く敷いては締め固めた。何度か転圧した後、俺は足で踏み、沈み込みを確かめる。
さらに丁張から高さを測り、周囲との勾配を確認した。
「見た目が平らでも、下が弱ければ道路は壊れる」
水分補給の休憩中、俺はニナへ説明した。
「棚と同じ?」
「似ているな。棚板が立派でも、脚が弱ければ倒れる」
「橋も、下がだいじ」
「そうだ。建物も橋も道路も、見えなくなる部分が一番大事だったりする」
ニナは測量野帳へ書き込んだ。
――見えないところが、だいじ。7歳の子供が書いたとは思えない、立派な現場標語になった。
「びゃっこも名言を残すのじゃ」
こびゃっこが胸を張る。
「見えぬところで、こっそり飲む酒が一番うまい」
「現場標語として最悪だ」
「では、酒は飲んでも飲まれるな」
「工事現場から酒を離せ」
「飲酒運転、絶対駄目」
ニナが測量野帳へ追記しようとした。
「それは正しいけど、今のページには書かなくていい」
◇
路床を整えた後、最初の砕石を配置指定展開する。使用するのは、粒の大きさが混ざった道路用の砕石だ。大きな粒の間へ小さな粒が入り、締め固めることで強い層を作る。
50メートル区間をさらに10メートルずつ分け、必要量だけを帯状に配置する。
一度に全量を山積みにすれば、ブルドーザーで運ぶ手間が増え、材料の厚さも不均一になりやすい。
「展開する。全員、砕石配置範囲から離れてくれ」
周囲を確認する。道路予定地へ、灰色の砕石が10メートルごとに細長く現れた。
「石が、ならんだ」
トトが遠くから目を丸くする。
「ヒカルの収納、相変わらず反則じゃのう」
「これがなければ、ダンプトラックを何十往復もさせることになる」
「ダンプ野郎が集まれば、デコトラ軍団を結成できたものを」
「道路工事に電飾は要らない」
「夜空に輝く一番星――」
「ソーラー街灯で十分だ」
再びグイグイへ乗り込み、砕石を押し広げる。最初の層は、締め固め後で約10センチ。
最初から仕上がり高さまで盛らず、ブレードを微調整しながら薄く均一に敷きならす。
中心をわずかに高くし、左右へ雨水が流れる横断勾配をつける。
ブルドーザーは粗い整形には向くが、道路端部まで完全に均一に仕上げるには人の手が必要だ。
敷きならしを終えると、俺はグイグイを停止させた。ブレードを下ろし、駐車ブレーキをかけ、エンジンを切り、周囲の安全を確認してから降りた。
「これから端を整える。今は全部の重機が停止している」
俺とロクとニナがレーキを持つ。
「ニナは規制線の内側へ入るけど、俺の見える場所から離れないこと」
「わかった」
「重い石を無理に動かさない。端を整えるだけだ」
「うん」
3人で道路の際を揃えていく。ブルドーザーが押した砕石は、端部で波打ちやすい。
高いところから低いところへレーキで移し、道路幅を確認する。ニナは小型のレーキを両手で持ち、飛び出した砕石を内側へ戻した。
「ここ、2センチくらい高い」
「よく見てるな。少し中央へ戻そう」
ロクは長いレーキを使い、大きな範囲を整えている。
「これ、見た目以上に腕へ来るっすね」
「腰だけで引くな。足を動かして、体ごと移動する」
「了解っす」
「ロク、しっぽもつかう?」
ユキが安全線の外から尋ねる。
「砂利は尻尾でならさないっす」
「べんりなのに」
「自分の尻尾は道具じゃないっすよ」
リーファが笑いながら、ロクの尻尾についた砂埃を払った。
端部の不陸を整え終えたところで、散水する。砕石は乾きすぎていても、濡れすぎていても締まりにくい。
今回は散水タンクとホースを配置指定展開し、表面が軽く湿る程度に水を撒いた。
そして、いよいよ振動マカダムローラの出番だ。
「全員、ローラーの前後へ入らない。運転席から見えない場所がある。近づく時は、必ず俺が機械を止めて降りてからだ」
「はーい!」
子供たちがそろって返事をする。
最初は重機を少し怖がっていたミーシャとトトも、今は興味深く見つめている。
「ユキ。危険を見つけた時だけホイッスルだ」
「わかった。ゴロゴロが、うごく」
「振動マカダムローラだ」
「しんどう、ゴロゴロ」
「もういい……」
車体を一周して点検する。鉄輪へ石が噛んでいないか。
スクレーパー。散水装置。油圧系統。燃料。振動装置。非常停止。すべて確認してから運転席へ乗る。
エンジン始動。大きな車体が、ゆっくり動き出した。
締固め幅は約2.1メートル。6メートル幅の道路を、端から中央へ少しずつ重ねながら走る。
最初は無振動で表面を落ち着かせる。急発進、急停止、急旋回はしない。停止したまま振動をかければ、その場所だけ沈み込む恐れがある。
走行を始めてから振動を入れる。車体から伝わる低く重い振動。砕石同士が細かな隙間へ収まり、表面が徐々に締まっていく。
腰の無線機から、ユキの声が聞こえた。
『じめんが、おなかをならしてる』
「こちらヒカル。実況しなくていい。どうぞ」
『ぐううう、っていってる』
「振動音だ」
『ユキも、おなか、すいた。どうぞ』
「それも作業連絡じゃない」
『しょんぼり。おわります』
作業用チャンネルが平和すぎる。
端部から中央へ。低い側から高い側へ。同じ場所だけを過剰に踏まず、走行回数を記録する。
50メートルすべてを一度に仕上げようとせず、10メートル区画ごとに転圧状況を確認した。
一層目の転圧が終わると、俺はゴロゴロ…いや、マカダムローラーを停止した。振動を切り、平らな場所へ停車し、駐車ブレーキをかけ、エンジンを切ってから降りた。
密度と高さを確認する。足跡が深く残らない。鉄輪の跡が極端に沈まない。丁張から測った高さも計画範囲内。低い部分へ少量の砕石を補充し、不陸を直す。
その後、二層目の砕石を配置指定展開した。再びグイグイで敷きならし、重機を止める。
俺、ロク、ニナがレーキで端を整え、散水する。
ゴロゴロへ乗り換え、無振動から振動へ切り替えて転圧する。同じ工程の繰り返しだ。
派手さはないが、道路工事は同じ作業を、同じ精度で何度も積み重ねる仕事だった。
◇
夕方。最初の50メートル区間に、幅6メートルの灰色の道が現れていた。
まだ砕石路盤の段階だ。縁石も側溝もない。アスファルトの表面もない。それでも、朝まで草と土だった場所が、明確な一本の道路へ変わっている。
南側入口から畑へ向かって、まっすぐ伸びる灰色の帯。
中心はわずかに高く、左右へ滑らかな勾配がついている。道路端もレーキで整えられ、崩れや大きな段差はない。
「みち、できた」
ユキが砕石の上へ一歩だけ入り、足元を確かめた。
「今日はここまでだ。全部ではないぞ」
「でも、みち」
「ああ。最初の50メートルはできた」
ユキは振り返り、俺とニナとロクを順番に見た。
「おっちゃんと、ニナと、ロクがつくった」
「リーファも周りを見てくれた。リリアたちは畑と食事を守ってくれた。ミーシャとトトも、工事区域へ入らずに約束を守った」
「むれで、つくった」
「そうだな」
ニナはしゃがみ込み、締め固められた砕石を指で触った。
「朝より、動かない」
「粒と粒が噛み合って、隙間が詰まったからだ」
「ゴロゴロ、すごい」
「せめて振動ローラーと呼んでくれ」
後ろでは、ゴロゴロがエンジンを停止した状態で道路上に置かれている。作業終了後の点検と清掃をするため、仮置きしてあるのだ。
ユキが鉄輪を見上げた。
「ユキ、のりたい」
「動いている時は駄目だ」
「いま、うごいてない」
「清掃が終わってから、運転席へ座るだけならな。俺が一緒にいる時だけだ」
「やった」
「ニナも見るか?」
「見る!」
「俺もいいっすか?」
ロクまで手を挙げた。
「一度に全員は乗れない」
「自分、狼族なのに駄目っすか?」
「狼族かどうかは関係ない」
「では、びゃっこは神使枠で優先搭乗じゃな」
「そういう枠もない」
作業後の整備を始める。鉄輪とスクレーパーに付いた泥や砕石を落とす。目視で傷や油漏れを確認。燃料残量と稼働時間を記録する。
ニナには、運転ではなく点検表への記入を手伝ってもらった。
「今日使った人が、今日確認する。全部をニナ一人の仕事にはしない」
「うん。おっちゃんが見て、ニナが書く」
「それでいい」
グイグイ…いやブルドーザーも同様に、履帯へ挟まった土を落とした。ロクがスコップを使い、俺が車体下部を確認する。
リーファは作業終了後の道路周辺を歩き、規制ロープの外へ大きな石が飛び出していないかを見てくれた。
全作業が終わった後、停止したゴロゴロの右運転席へ、俺が先に乗った。
ユキを抱き上げ、左運転席との間に立たせる。続けてニナも抱き上げる。
二人とも運転席の間のステップへ立たせ、運転席から地上を覗かせる。
「うえ、たかい」
ユキとニナがハンドルへ触れないよう、両手をフェンダーの手すりに握らせる。
「ここから周囲が全部見えるわけじゃない。車体のすぐ近くは、運転席から見えない場所がある」
「だから、ちかづかない」
「そうだ」
「かんとくさま、わかった」
ニナがステップから鉄輪と運転席を交互に見る。
「ヒカルが運転して、ロクが外を見て、リーファが道の外を見て、ニナが数字を書く」
「みんな役割が違う。でも、どれが欠けても安全に作れない」
「むれ、おなじ。でも、おしごと、ちがう」
ユキが得意そうに言った。
「その通りだ」
そこへ、こびゃっこがふわりと浮かび上がり、ゴロゴロのボンネットへ着地した。
「見よ! 夕日に映える振動マカダムローラ! これぞ昭和の高度成長を支えた鉄の――」
「ボンネットに乗るな!」
「記念撮影じゃ。題して『白狐神、道路開通前夜』」
「まだ50メートルだ」
「では『白狐神、道半ば』」
「全体の10分の1だ」
「人生も道路も、一歩からじゃ」
珍しくまともなことを言った。
「そして開通式には、紅白幕、くす玉、餅まき、芸能人を呼ぶのじゃ」
「やっぱり駄目だった」
「司会はびゃっこ。歌は世に連れ、世は歌に――」
「その辺で止めろ。誰も分からない」
ボンネットの上で二本足で立ち、前足の指をワキワキさせているこびゃっこを、後から運転席へ上がったリーファがそっと回収した。
「神使様。お戯れはそこまでで」
リーファも、こびゃっこの扱いに慣れてきたようだ。
俺は運転席から、完成した50メートルの道路を見渡した。今日だけで100,000ptを超える支出。次の区間でも砕石を購入しなければならない。
第二期工事は、今回より長い300メートル。
さらにアスファルト、縁石、L型側溝、タイヤローラー、ガレージ、職人を迎えるための設備。
残高はまだ多いが、橋や重機、道路のような大規模工事を続けていけば、確実に減っていく。
生活用品を少し節約する程度では追いつかない。
「やっぱり、魔物狩りしかないか……」
思わず声に出た。魔物の魔石を回収し、ポイントへ変換する。今のところ、それが一番確実な収入源だ。
畑の作物を売るにも、まだ市場も商人もいない。職人が来れば、物や技術との交換が始まる可能性はある。
だが、それは先の話だ。
「おっちゃん、かる?」
ユキが俺を見上げた。
「すぐじゃない。道路が終わって、準備をしてからだ」
「ユキもいく?」
「危険な場所へは連れて行かない」
「むう」
「拠点を守る仕事も必要だろ」
ユキは少し考え、完成した道路と畑の方を見た。
「ユキ、かんとくさま。みちと、やさい、まもる」
「ああ。任せる」
「おっちゃんは、まものをかる」
「まだ決定じゃないからな」
「そしてびゃっこは、獲物を囲む猟友会の名誉会長として――」
「お前は稲荷寿司を食べて昼寝してろ」
「重要な神務じゃ」
「どこがだ」
ユキはゴロゴロの上で、もう一度道路を見渡した。
「おっちゃん」
「なんだ?」
「おっちゃんは、みちもつくる。はしもつくる。ごはんもつくる。まものもかる」
「全部やるとは言ってないぞ」
「おっちゃん、やっぱり、なんでものひと」
夕日に照らされた最初の50メートルの道路上で、俺は反論する言葉を失った。
第一期道路工事は、まだ始まったばかりだった。
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収支報告
異世界生活52日目
日付:五の月11日
オリエント王国歴952年
開始残高:379,176pt
今回の追加購入:
・なし
今回支出合計:0pt
現在残高:
379,176pt
円換算目安:
379,176pt × 100円 = 約37,917,600円相当
続く




