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スキル四十(しじゅう)の手習いで神獣幼女を養います  作者: ELWOOD CRAFTWORKS


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第62話 白狐神とお菓子作り


 昼食後。ミーシャが食堂の調理台へ残った。


 赤いチェック柄のエプロンを着け、片付けを手伝いながら、俺が食器を洗っている様子を見ている。


「ヒカル」


「どうした?」


「私も、もっと料理を覚えたい」


「朝と夕方、リリアを手伝ってるだろ」


「野菜を切ったり、盛り付けたり、お皿を並べたりはできる。でも、自分で作れる物が少ないから」


「何を作りたい?」


 ミーシャは少し考えた。


「甘い物」


「なるほど」


「チョコレートとか、さつまいもの甘煮とか、美味しかったから」


「お菓子作りか」


 料理と菓子作りは、似ているようで違う。


 料理は多少の目分量でも調整できるが、菓子は材料の比率や火加減で失敗しやすい。ただし、最初から難しい焼き菓子へ挑む必要はない。


「ホットケーキならどうだ?」


「ほっとけーき?」


「小麦粉と卵と牛乳を混ぜて、丸く焼く。蜂蜜やバターをかけて食べる」


 ミーシャの猫耳が前へ向いた。


「甘い?」


「甘くできる」


「作りたい」


 即答だった。


「なら、午後のおやつにしよう」


 洗濯ハウスにいるリリアにも、声をかけるとする。


 俺が自分のトランシーバーへ手をかけようとすると、こびゃっこが食堂の固定機へ飛びつき、先に送信ボタンを押した。


『こちら甘味作戦本部! ホットケーキ製造要員は、直ちに食堂へ集合せよ! 繰り返す――』


「やかましい」


『こちら隊長、すでに食堂へ到着済みじゃ!』


「目の前だから知ってる!」


 洗濯ハウスにいたリリアから返事が来た。


『こちらリリアです。洗濯物を干し終えたら向かいます。どうぞ』


 無線機を設置した初日は、菓子作りの招集にも活用された。俺が想定していた緊急連絡とは、かなり違う。


     ◇


 ホットケーキ作りには、ユキ、こびゃっこ、ミーシャ、トト、ニナも参加した。公平を考え、見るだけではなく、順番にできる作業を割り振る。


 まず手を洗い、エプロンを着ける。髪と耳が食材へ触れないよう確認し、皆に三角巾をかぶってもらう。


「おっちゃん」


「何だ」


「これ、ぼうし?」


「髪が落ちないための物だ」


「こびゃっこは?」


 こびゃっこが調理台へ上がる。


「びゃっこには髪がないから不要じゃ」


「全身が毛だろ。食材の上へ乗るな」


「浄化済みじゃ」


「浄化済みでも毛は落ちる」


 材料を量る。ホットケーキミックス。卵。牛乳。少量の溶かしバター。最初は失敗しにくい、市販のミックス粉を使う。ミーシャが計量カップで牛乳を量った。


「この線まで?」


「そう。横から見て、線へ合うように注ぐ」


 ニナがしゃがみ込み、真横から確認する。


「少し多い」


「本当?」


「ここ」


 ミーシャが少し戻す。


「今、同じ」


「ありがとう」


 トトは卵を割る役になった。机へ軽く打ちつける。力が弱すぎて割れない。もう一度。今度は強すぎて、殻が大きくへこんだ。


「ゆっくり、両手で開くんだ」


「うん」


 殻がボウルの中へ落ち、トトの顔が青くなる。


「失敗……」


「大丈夫。殻を取ればいい」


 俺がスプーンで殻を取り出す。


「料理では、失敗しないことより、失敗した時に直す方が大事なこともある」


「もう一個、やっていい?」


「次の分でな」


 ミーシャが泡立て器で、卵と牛乳を混ぜる。粉を入れたあとは、混ぜすぎない。


「全部きれいに滑らかにしなくてもいい。少し粉の粒が残るくらいで止める」


「混ぜた方がよくないの?」


「混ぜすぎると、固くなりやすい」


「料理、難しい」


「だから、覚えると面白い」


     ◇


 ホットプレートを低めの温度で予熱する。子供は熱い面へ触らないよう、作業線を決めた。焼く時は、俺が隣について、ミーシャが生地を流す。


 お玉一杯。丸く広がる。


「丸くなった」


「触らず待つ」


「いつ裏返すの?」


「表面に小さな穴が出て、周りが少し乾いてきたら」


 全員が一枚のホットケーキを見つめた。しばらくすると、ぷつ。小さな気泡が出る。


「でた」


 ぷつぷつ。


「いっぱい」


「今だ」


 ミーシャがフライ返しを差し込む。少し斜めになった。


「慌てない。真ん中まで入れる」


「うん」


 一気に返す。ぺたん。少しだけ形が崩れたが、きれいな焼き色がついていた。


「できた!」


「上手だ」


 ユキが両手を上げる。


「まるい!」


「ホットケーキだからな」


「まあるいおつきさま」


「昼だけどな」


 二枚目はトト。三枚目はニナ。ユキも俺と一緒にお玉を持ち、小さめの一枚を焼いた。


 こびゃっこは、自分用に煎餅ほどの大きさのホットケーキを要求した。


「ひっくり返すのは、びゃっこがやる」


「小さいヘラを使え」


 お好み焼き用の金属ヘラを渡す。プレートの上をふわふわ浮きながら、こびゃっこは前足で握り、慎重に差し込んだ。


「今じゃ!」


 勢いよく返す。ホットケーキが空中へ飛んだ。


「高い!」


 トトが叫ぶ。くるりと回り、ホットケーキがこびゃっこの頭へ落ちた。


 ぽす。全員が固まる。


 こびゃっこの頭に、小さなホットケーキが帽子のように乗っていた。


「……計算どおりじゃ」


 俺は思わず吹き出す。


「プッ…嘘をつけ」


「は、原宿では、こうして客の目を引くのじゃ」


「原宿のクレープ屋でも頭には載せないぞ」


 ユキがこびゃっこを指した。


「こびゃっこけーき」


「びゃっこは狐じゃ!」


「辛口の狐が、甘い狐になったな」


「早く取るのじゃ!」


     ◇


 焼き上がったホットケーキには、バター、蜂蜜、果物を添えた。


 子供たちの分は、同じ大きさを二枚ずつ。ユキ。ミーシャ。トト。ニナ。同じ皿。同じ枚数。同じ果物。ホットミルクも一緒に出す。


 こびゃっこは、体格に合わせた小さな物を何枚も積み上げた。


「枚数だけなら、びゃっこの勝ちじゃ」


「大きさを無視するな」


 ミーシャは、自分で焼いたホットケーキへ蜂蜜をかけた。


 一口食べると、猫耳がぴんと立つ。


「ふわふわ」


「焼きたてだからな」


「私が作った」


「ああ」


「みんなのも?」


「半分以上、ミーシャが作ったな」


 ユキも一口食べた。


「うんみゃあ」


「どうだ?」


「あまい、ふわふわ。ミーシャ、えらい」


 ミーシャは、照れたように笑った。


「また作ってもいい?」


「次は最初から最後まで、少しずつ一人でやってみような」


「うん」


     ◇


 ホットケーキを食べ終えた頃、こびゃっこが空になった皿を見つめた。


「次はクレープじゃな」


「今日はもう食べただろ」


 こびゃっこが二本足で立って、両前足の先をワキワキさせる。


「ホットケーキとクレープは別腹じゃ」


「その体のどこに別腹があるんだ」


 こびゃっこは、二本足で立ったまま胸を張る。


「神秘じゃ」


「便利な言葉に逃げるな」


 ミーシャが首を傾げる。


「クレープって、前にこびゃっこが言ってたお菓子?」


「ああ。もっと薄く焼いた生地に、果物やクリームを包んだ物だ」


「包む?」


「見たいか?」


「見たい」


 全員の視線が、俺へ集まった。午後のおやつとしては、すでに十分な量を食べている。だが、作り方の練習として、小さなクレープを一枚ずつなら問題ないだろう。


「夕食が食べられなくならない量だけだぞ」


「やった!」


 こびゃっこがふわりと浮き、空中で一回転する。


「原宿クレープの復活じゃ!」


「お前が作るわけじゃない」


「びゃっこは原宿の路上文化を知る、生き証人じゃぞ」


「クレープを食べ歩いていただけだろ」


「竹の子族を眺めながら食べるクレープには、時代の味があったのじゃ」


「食文化の説明に、時代背景を盛り込みすぎだ」


     ◇


 クレープ生地は、ホットケーキより薄い。小麦粉。卵。牛乳。少量の砂糖。溶かしバター。よく混ぜて、少し休ませる。


 今回は俺が生地を作り、ミーシャには焼き方を見せる。薄く油を引いたフライパンへ、生地を少量流す。すぐにフライパンを傾け、全体へ薄く広げる。


「速い」


「生地が固まる前に広げる」


「ホットケーキより難しい」


「そうだな。でも、薄いから焼けるのも早い」


 縁が乾いたら、菜箸とフライ返しで裏返す。反対側は短時間。焼けた生地を皿へ移し、冷ます。


 中身は、バナナ、いちご、缶詰の桃、少量のホイップクリーム。子供たちには、自分の分を包んでもらう。


「入れすぎると閉じなくなるぞ」


 俺が注意した直後、こびゃっこが自分の生地へ、果物とクリームを山盛りにした。


「……閉じぬ」


「やると思ったよ」


「包容力が足りぬ生地じゃ」


「生地に理想の男性像みたいなものを求めるな。中身を減らせ」


「食べ物を減らすなど、神使の名折れ」


「なら、開いたまま皿で食べろ」


 ユキはバナナを二切れ、いちごを一個、クリームを少し。


 慎重に生地を折った。


「できた」


「上手だ」


「おふとん?」


「果物の布団ではない」


「くるまってる」


「まあ、包まれてはいるな」


 ミーシャは三角形に折り、トトは巻いて筒状にした。ニナは左右の幅を測り、ほぼ完全に左右対称へ折った。


「食べ物まで寸法を測るのか」


「同じ方が、持ちやすい」


「合理的だな」


     ◇


 リリアにも一つ渡し、仕事を終えて食堂へ来るロク、リーファ、マリベル、アルノの分も作った。


 食堂用トランシーバーから、俺が呼びかける。


「こちら食堂。試作クレープが完成した。手が空いている者は、食堂へどうぞ」


 すぐにロクから返事が来た。


『こちらロク。今、橋を渡るところっす。クレープが何か分からないっすけど、急ぐっす。どうぞ』


「走るなよ。橋は徐行だ」


『了解っす。橋の上は早歩きで行くっす』


 続いてマリベル。


『こちらマリベル。診療所を片づけてから向かいます。どうぞ』


 最後に、こびゃっこが食堂用無線機へ飛びついた。


『全員へ告ぐ! 数量限定じゃ! 遅れた者は売り切れ御免!』


「勝手に煽るな!」


『原宿名物、湖畔へ上陸じゃ!』


「店じゃない!」


 数分後、全員が食堂へ集まった。ロクはクレープを受け取り、恐る恐るかじる。


「甘いっす」


「だろ」


「果物と、白いふわふわが入ってるっす」


「生クリームだ。甘いだろ」


「これ、町で売ったら行列になるんじゃないっすか?」


 こびゃっこが腕を組む。


「甘いのう。原宿では、行列の先に流行があるのじゃ」


「お前は何目線なんだ」


「元モデル目線じゃ」


「クレープ屋の経営経験はないだろ」


 ミーシャは、皆が食べる様子を少し緊張しながら見ていた。


 自分で作ったホットケーキ。自分で包んだクレープ。誰かへ食べてもらうことは、本人が食べる時とは違う緊張があるらしい。


 リーファが笑顔で言った。


「美味しいわ、ミーシャ」


「本当?」


「ええ。今度、森で採れる木の実を入れてもよさそうね」


 マリベルも頷く。


「果物の量を調整すれば、体力の落ちた人でも食べやすそうです」


「診療所でも?」


「甘い物が必要な時にはね。ただし、毎食これでは駄目よ」


 こびゃっこが自分のクレープを守るように抱えた。


「びゃっこの療養食に採用せよ」


「お前、覚醒してから体力爆上がりだろ」


「精神の滋養じゃ」


精神メンタルも厄災クラスだろ」


 ユキは口の横へクリームをつけたまま、ミーシャを見た。


「ミーシャ」


「なに?」


「また、つくる?」


「うん。もっと上手になったら」


「ユキ、たべるひと」


「役割分担が早いな。せめて手伝ってあげてな」


「ユキ、みんなてつだう。ミーシャ、ごはんのひと。トト、はっぱのひと。ニナ、どうぐのひと」


 ユキは、一人ずつ指した。


「ロク、みまわりのひと。リーファ、ゆみとむしとりのひと。マリベル、おくすりで、なおすひと。アルノ、せんせい。リリア、せんたくとごはんのひと」


 最後に俺を見る。


「おっちゃん、なんでものひと」


「せめて『何でも係』に戻してくれ」


「こびゃっこは……」


 こびゃっこが胸を張る。


「びゃっこは、神使にして畑守り隊総長、豊穣担当、甘味監督、無線放送局長――」


「天下り官僚並みに役職が多いな」


「忙しいのじゃ」


「大半が自称だろ」


     ◇


 夕方。畑の作業が終わるとトトは、自分の赤いワゴンを畑倉庫へ戻した。中には、小さなじょうろ、葉を観察する虫眼鏡、メモ帳。スケッチブックと色鉛筆は、蓋付き収納箱の中だ。


「今日の絵、見せてくれるか?」


 トトがスケッチブックを開いた。大きく描かれたジャガイモの葉。薄緑と濃緑を重ね、葉脈まで描かれている。


 隅には、赤いワゴンを引く自分。荷台には、前足を上げたこびゃっこ。その後ろを、ユキが追いかけている。


「よく見てるな。詳しく描けてる」


「明日は、トマト」


「そうか。楽しみにしてる」


 ミーシャの赤いワゴンには、畑で使ったタオルとエプロンが、防水シートの上へ分けて入れられていた。


「これ洗濯ハウスへ持っていくね」


「頼む。橋ではゆっくりな」


「はい」


 俺たちは畑を出た。橋を渡り始めると、腰のトランシーバーが鳴った。


 ザッ。


『こちら食堂。夕食の準備ができました。今日は野菜スープと肉料理です。どうぞ』


 リリアの声だった。俺が応答しようとした瞬間、ユキが俺の服を引く。


「ユキ、いう」


「短くな」


 送信ボタンを押し、一拍待ってからユキへ渡す。


「こちら、ユキ」


 ユキは真剣な顔で、トランシーバーへ話しかけた。


「おにく、なんのおにく? どうぞ」


 少し間が空く。


『こちら食堂。鶏肉です。甘辛く焼いてあります。どうぞ』


 ユキの尻尾が大きく揺れた。


「りょうかい。ユキ、いそぐ。どうぞ」


「橋は走るなよ」


「はやあるき」


「ロクと同じことを言うな」


 こびゃっこは、いつの間にか俺のトランシーバーを持ち、ミミの背中で送信ボタンへ前足をワキワキさせながら伸ばしていた。


「こちら畑守り隊総長――」


 俺はトランシーバーを高く持ち上げる。


「お前はもう話すな」


「通信の自由を守るのじゃ」


「自由すぎる実況しかしてないだろ」


     ◇


 橋を渡り終えると、住居区画のポールライトが次々に点灯した。ぱっ。ぱっ。ぱっ。俺たちが帰る場所を、順番に照らしていく。


 皆に必要な道具が増えた。


 トトには、野菜の成長を残すスケッチブックと赤いワゴン。ミーシャには、洗濯物と食事の手伝いに使う赤いワゴンとエプロン。ニナには、新しい工具と専用工具箱。そしてユキには、ホイッスルと双眼鏡。


 拠点と畑には、離れていても声を届けられる無線機。


 誰かへ仕事を押しつけるためではない。自分ができることを見つけ、それを少しだけやりやすくするための道具だ。


 俺一人で何でもやれば、早いこともある。だが、それでは群れの暮らしにはならない。


「おっちゃん」


 ユキが俺の袖をつかんだ。


「ん?」


「みんな、おしごとのひと」


「ああ」


「ユキも?」


「ユキは監督様だろ」


「うん。それと」


「それと?」


 ユキは少し考え、胸を張った。


「たべるひと」


「それは全員だ」


「おにく、たべるひと」


「それも大体全員だ」


 こびゃっこがミミの背中から叫ぶ。


「びゃっこは甘味と酒を担当するぞ!」


「酒の担当はドランで充分だ!」


 腰のトランシーバーから、ロクの声が流れた。


『こちらロク。森側周辺、異常なしっす。あと、夕食の肉が楽しみっす。どうぞ』


 俺は無線機を取り出した。


「こちらヒカル。異常なし、了解。走らず戻れ。どうぞ」


『了解っす。早歩きで戻るっす』


「そのうち競歩大会が始まるな」


 離れた場所へ声を届けられるようになった、その日の夕暮れ。


 湖畔拠点で最初に確立された無線通信の主な用途は、巡回報告と食事内容の確認。そして、お菓子が完成した時の招集だった。


 今日は非常通信の訓練が出来なかったが、明日から本気で始めようと思う。



【収支報告】


異世界生活51日目

日付:五の月10日

オリエント王国歴952年


開始残高:482,516pt


今回の購入:


・ホットケーキ、クレープ用材料、果物、ホイップクリーム、蜂蜜、バター

 85pt(約8,500円)


・昼食、夕食用食材、飲料、日用品

 115pt(約11,500円)


今回支出合計:200pt(約20,000円)


現在残高:


482,516pt − 200pt = 482,316pt


円換算目安:


482,316pt × 100円 = 約48,231,600円相当


続く



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