第61話 白狐神と繋がる群れの声
畑倉庫の整備が一段落した翌日の午前中。俺は食堂のテーブルへ、黒い小型の機械を並べた。
短いアンテナ。側面には送信ボタン。上部には、電源兼音量調整つまみと、チャンネル切替つまみ。
表示画面はなく、あらかじめ設定された16チャンネルを、番号で切り替える単純な機種だ。
ロク、リーファ、マリベル、俺の携帯用に四台。
さらに、食堂、洗濯ハウス、畑倉庫、作業倉庫へ固定配置する四台。
合計八台を用意した。
「これ、何っすか?」
ロクが一台を受け取った。
「トランシーバーという、近距離用の無線機だ。離れた場所同士で話せる」
「声が飛ぶんすか?」
「電波へ変えて飛ばす」
「魔力なしで?」
「なしで」
リーファがアンテナを眺める。
「どのくらい届くの?」
「開けた場所なら数キロ程度を想定してる。ただし、森の中や建物の陰では短くなる。湖畔拠点と畑、それから周辺巡回の連絡用だ」
「湖の東側や王都までは?」
「これは無理だ。王都との長距離通信には、まったく別の大型設備が必要になる」
いずれは、王都との連絡手段も整えたい。だが、まず必要なのは、目の届く範囲での連絡だ。
畑と拠点の距離は、橋ができても、声を張れば確実に届く距離ではない。
診療所へ急いで人を呼びたい時。森を巡回するロクやリーファへ、異変を知らせたい時。洗濯ハウスから食堂へ、人手を頼みたい時。畑倉庫から、工具や資材を持ってきてもらいたい時。
走って伝えに行かなくても、その場で連絡できる。
「使い方は単純だ」
俺は電源を入れた。機械的な音声が流れる。
『チャンネル・ワン』
全員が少し驚いた。
「しゃべったっす!」
「チャンネル番号を知らせる音声だ。ただし、番号は英語。俺の世界にある、別の国の言葉だ」
ユキがトランシーバーへ顔を近づけた。
「なかに、ひと?」
「いない」
「ちいさいひと、いない?」
「録音された声だ」
「ろくおん」
「同じ言葉を保存しておいて、必要な時に流してる」
ユキは納得したような、していないような顔で頷いた。
「ちいさいひと、おでかけちゅう」
「留守録の概念で納得された」
◇
俺は続けて説明する。固定機と基本チャンネルは1番。2番は、警戒と巡回者同士の会話。3番は、作業者同士。4番は、緊急予備。それ以外は、当面使わない。
「話す時は、この横のボタンを押す。押して一拍置いてから話す。話し終わったら『どうぞ』と言って、ボタンを離す」
俺は食堂用の固定機をリリアへ渡し、少し離れた場所へ移動した。
送信ボタンを押し、一拍置く。
「こちらヒカル。聞こえますか。どうぞ」
ザッという音のあと、手元のトランシーバーからリリアの声がした。
『こちらリリア。聞こえています。どうぞ』
「良好。終わります」
『はい。終わります』
ユキが興奮する。
「ちいさいおっちゃんと、ちいさいリリアのこえ!」
「人を都市伝説の小人みたいに言うな」
ロクが感心したように、自分の無線機を見た。
「これなら、森の中からでも連絡できるっすね」
「届く範囲ならな。尾根の向こうや深い谷では途切れることもある。聞こえないからといって、故障とは限らないからな」
「了解っす」
「それと、短く要点だけ話す。長話はしない」
その瞬間、こびゃっこが食堂用のトランシーバーへ飛びつき、送信ボタンを押した。
『こちら畑守り隊本部! 全隊員へ告ぐ! 本日の昼餉は何じゃ! 繰り返す、本日の昼餉は何じゃ! どうぞ!』
俺の腰のトランシーバーから、大音量で声が流れた。
「言ってるそばから、無駄話をするな!」
『応答せよ! こちら空腹なり! どうぞ!』
「目の前にいるだろ!」
こびゃっこは送信ボタンから前足を離した。
「交信試験じゃ」
「昼飯の問い合わせを緊急放送みたいにするな」
ユキが俺のトランシーバーへ向かって言った。
「きょう、ごはん、なに?」
「トランシーバーに問いかけるな。普通に話せ」
「とらんしーばー、いま、なんじ?」
「スマートスピーカーに進化した」
◇
午前中に各所へ固定無線機を配置した。無線機には、使用者の名前と配置場所のラベルを貼る。
携帯機は、ヒカル、ロク、リーファ、マリベル。
固定機は、食堂、洗濯ハウス、畑倉庫、作業倉庫。
携帯機にはベルトクリップを付け、雨天時は防水ポーチへ入れる。固定機は充電台とセットで棚へ設置し、使用後は必ず戻す。
携帯機の充電は、使用者本人にしてもらう。充電台は作業倉庫の充電スペースへまとめて配置した。特別なことがなければ、夜間は充電してもらう。
管理担当は、これまでどおりニナに頼むことにした。
「数、八つ」
ニナが一台ずつ確認する。
「夜、充電?」
「固定機は、それぞれの場所で常時充電される。ニナには、各所の固定機が決めた場所へ戻っているか、携帯機が充電スペースで充電されているかを確認してほしい」
「番号、書く」
「頼む」
ニナはバインダーに挟んだ充電管理表へ、無線機の番号と置き場所を書き込んだ。
ランタン。電動工具。トランシーバー。ニナの充電管理業務が、また少し増えた。
「多すぎる時は言えよ」
「まだ、できる」
「一人で全部抱えなくていいからな」
「手伝って、言う」
「そう。それならいい」
◇
「無線機と一緒に、巡回用の道具も渡しておく」
俺は収納から、黒いケースを三つ取り出した。ロクとリーファの前へ置いた二つは、少し大きめの防水双眼鏡だ。
落としても壊れにくい耐衝撃構造で、薄暗い森でも対象を見つけやすい。首へ掛けるストラップと、腰へ固定できるケースもついている。
「昨日、ユキへ渡した物と同じっすか?」
ロクが尋ねた。
「ユキの物より少し大きくて、巡回向けだ。倍率を上げすぎると視野が狭くなって、手ぶれもしやすい。森と拠点周辺を見るのに扱いやすい物を選んだ」
リーファがケースから双眼鏡を取り出した。
「遠くの獲物を探す道具に似ているけど、ずいぶん軽いわね」
「狩猟だけでなく、人や煙、木の倒れ方、鳥の動きなんかを見るためにも使える」
「鳥の動き?」
「一斉に飛び立った場所に、何かいるかもしれない。いつもと違う動きを見つける手がかりになる」
リーファは双眼鏡を覗き、畑の方へ向けた。
「明るい。防虫ネットの支柱まで見える」
「太陽は絶対に見るな。それから、歩きながら覗かない。足元と周囲の確認を止めないこと」
「分かったわ」
ロクも双眼鏡を覗いた。
「橋の向こうに、ユキがいるっす」
その直後、畑の方から短いホイッスルの音が聞こえた。
ぴいっ!俺たち全員が反射的に振り向く。
「何かあったのか?」
無線機へ手を伸ばしたところで、もう一度、短いホイッスル音がした。橋の向こうでは、ユキがこちらへ双眼鏡を向けていた。
そして、俺たちが見ていると分かると、嬉しそうに手を振った。
「……あれは」
「たぶん、見えたという合図っす」
「遊びで吹くなと言ったばかりなんだが」
腰の無線機が鳴った。畑の固定無線機からだ。
『こちらユキ。ロク、みえた。リーファも、みえた。どうぞ』
俺は額を押さえながら返信した。
「こちらヒカル。双眼鏡の確認なら、ホイッスルはいらないぞ。どうぞ」
『りょーかい。どうぞ』
「無線を使えている分だけ、少し成長したか」
ロクが笑いながら双眼鏡を下ろした。
「でも、畑からここまで笛が聞こえるのは分かったっす」
「結果として試験にはなったが、次からは事前に言ってからやる」
「了解っす」
◇
三つ目のケースは、リリアへ渡した。
「私にも、ですか?」
「ああ。これはロクたちの物より小さくて軽い」
洗濯ハウス。物干し場。食堂。住居。畑。リリアは一日の中で、拠点の複数の場所を行き来する。
子供たちが畑にいる時もあれば、周辺にいる時もある。橋ができたことで、行動範囲も広がった。
「常に子供を見張れという意味じゃない。遠くにいる子へ声をかける必要があるか、誰かが橋を渡って来ているかを確認するためだ」
「私が使ってもよろしいのですか?」
「リリア用に選んだ。洗濯物を干している時に、畑や橋の様子を少し確認したいこともあるだろ」
リリアはケースを開き、コンパクトな双眼鏡を両手で持った。
「軽いですね」
「ユキの物と同じくらいだ。焦点も合わせやすいし、片手で持ち運べる。ただし、これも太陽は見ないこと」
「はい」
リリアは双眼鏡を目へ当て、畑の方を見た。しばらくして、小さく笑う。
「ユキが、こちらを見ています」
「多分、また双眼鏡を覗いてるな」
「ミーシャとトトも一緒です」
俺が肉眼で見ても、畑の入口に小さな人影がいることしか分からない。
「よく見えるか?」
「はい。ミーシャが、ユキへ何か言っています」
その直後、食堂の固定無線機が鳴った。畑の固定無線機からだ。
『こちらミーシャ。ユキが、笛をもう一回吹きたいと言っています。どうぞ』
リリアが双眼鏡を覗いたまま答える。
「こちらリリア。今日はもう吹かないように伝えてください。笛は危ない時に使う物です。どうぞ」
『分かりました。どうぞ』
遠くの畑で、ミーシャがユキへ話しかけている。ユキは少し肩を落としたあと、ホイッスルを棚へ戻したようだった。
「見えます」
リリアが驚いたように呟いた。
「声も届いて、姿も確認できる。便利ですね」
「ああ。ただし、無線も双眼鏡も、相手をずっと見張るための物ではない。必要な時に安全を確認するための道具だ」
「分かりました」
リリアは双眼鏡をケースへ戻し、大切そうに蓋を閉じた。
「子供たちを呼び戻すべきか、もう少し遊ばせてよいか。これなら、わざわざ畑まで確認へ行かなくても判断できます」
「洗濯や料理の途中で、何度も往復しなくて済むからな」
「ありがとうございます。大切に使います」
ロクとリーファには、遠くの異常を早く見つけるため。
リリアには、離れた場所にいる群れの様子を、必要な時だけ確かめるため。
同じ双眼鏡でも、使う人によって役割は少し違う。無線機で声を届け、双眼鏡で姿を確かめる。
湖畔拠点の暮らしは、橋ができたことで広がった。その広がった距離を、今度は道具がつないでいく。
◇
マリベルには、診療所勤務中も無線機を携帯してもらう。
緊急連絡が入った時、診療所へ戻るか、現場へ救急用品を持って向かうか判断できる。
ロクとリーファには、森の巡回中に一定時間ごとの連絡を頼んだ。
「異常なしでも連絡する。連絡がないこと自体が、異常になるからな」
「一時間ごとっすか?」
「近距離巡回なら一時間ごと。遠くへ行く時は、出発前に予定経路と帰還時刻を知らせる」
「了解っす」
リーファが送信ボタンを押した。
『こちらリーファ。無線確認。ロク、聞こえる? どうぞ』
すぐ隣にいるロクの無線機が鳴る。
ロクもボタンを押した。
『こちらロク。よく聞こえるっす。どうぞ』
『あなた、目の前にいるけど』
『試験っす』
「二人とも、少し離れてやれ」
こびゃっこが頷く。
「最初は誰もが自分の電話を持った時、意味もなく電話したくなるものじゃ」
「俗世でそんなことをしてたのか」
「マイ電話には夢があったのじゃ」
「話がまた昭和へ戻ってるぞ」
◇
午前中の説明を終えたあと、ロクとリーファは、無線機と双眼鏡を携帯して森側の巡回へ出た。
マリベルも無線機を腰へ付け、診療所へ戻る。
ニナは、固定機の置き場所と番号を、もう一度確認していた。
「食堂、1番。洗濯ハウス、2番。畑倉庫、3番。作業倉庫、4番」
「無線のチャンネル番号と混ざらないようにな」
「こっちは、機械の番号」
「そうだ」
ニナは管理表の上へ、『機械番号』と大きく書き足した。
リリアは小型双眼鏡を洗濯ハウスの棚へ置き、必要な時だけ持ち出せる場所を決めた。
道具は、渡しただけでは管理できない。誰が使うのか。どこへ戻すのか。どんな時に使うのか。それを決めて、初めて生活の一部になる。
昨日は、畑倉庫へ灯りをつけた。今日は、離れた場所へ声を届ける道具を置いた。
橋によって広がった群れの暮らしを、今度は無線機と双眼鏡がつないでいく。
ただし、湖畔拠点で初日に飛び交った無線連絡は、緊急事態でも巡回報告でもなかった。
『こちら畑守り隊本部! 本日の昼餉は何じゃ!』
こびゃっこの声が、再び食堂の固定機から響いた。
「まだ聞くのか!」
『回答を得るまで、交信は終われぬ! どうぞ!』
リリアが小さく笑いながら、食堂の固定機を手に取った。
「こちら食堂。今日の昼食は、サンドイッチと野菜スープです。どうぞ」
『了解じゃ! 畑守り隊本部、直ちに帰還する!』
「お前、畑へ行ってないだろ!」
俺の腰の無線機にしがみついていたこびゃっこが、満足そうに頷いた。
「通信とは、必要な情報を必要な者へ届けるものじゃ」
「お前の場合、必要な情報の九割が食だな」
非常通信の本格的な訓練については、午後から始めることにした。
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【収支報告】
異世界生活51日目
日付:五の月10日
オリエント王国歴952年
開始残高:483,546pt
今回の購入:
・近距離用UHFトランシーバー8台、充電台、イヤホンマイク、防水ポーチ、予備バッテリー
520pt(約52,000円)
・ロク、リーファ巡回用防水・耐衝撃双眼鏡2台、ストラップ、携帯ケース
360pt(約36,000円)
・リリア用軽量コンパクト双眼鏡、防水ケース、落下防止ストラップ
150pt(約15,000円)
今回支出合計:1,030pt(約103,000円)
現在残高:
483,546pt − 1,030pt = 482,516pt
円換算目安:
482,516pt × 100円 = 約48,251,600円相当
続く




